裁縫の授業
「………………!!?」
目が覚めて、薄ら意識が自分に戻ってくる。
目の前の艶のある金が、気焔の瞳だと認識するまでに少し時間がかかった。
お陰で、至近距離でじっと見られている事に気がついた時は心臓が飛び跳ねた。
だから…………止めてって言ってるのに。
ビクッとして、でも本能的にすぐ彼の胸にパッと隠れる。
私、大丈夫?変な顔してない?
してるよ、絶対。
寝起きなんて。本当やめて欲しい。
恥ずかしさからするっとベッドから抜け出した。
もう。言っても聞かないんだから…。
気焔が私の寝顔を見ているのなんて、いつもの事だ。
正直最近慣れてきてて、何とも思っていなかった。
でも、さすがに今日は何だか居た堪れない。
ちょっとぷりぷりしながら朝の支度を始める事にした。
藍にお湯を頼んだ後、洗面室へ行く。
櫛、櫛、髪留め…………?
無い?!
え。ウソでしょ?
咄嗟に洗面室中の床を舐めるように探す。
なんで?無い。
ちょっと待って。
昨日…………どこに置いた?
基本的に物は定位置管理する性格だ。
あちこちにやると、落ち着かない性格。
ここに無いとすれば…………。
洗面室から出て、ベッド脇のミニテーブルを見る。
無い。
「え…………?どこ?」
私が「無い無い」言いながら部屋中をウロつき始めると、布団からペロリと気焔が出てきた。
「何が無いのだ?」
「髪留め!あれが無いと…………。」
「ああ。ここにある。」
「え?!」
ちょっと。
私の焦りを返して?
何故気焔が持っているんだろう?
気焔はそれを私に渡すと、ノビをしてシレッと何処かへ行こうとしている。
ちょっと、逃さないけど?
「なんで気焔が持ってるの?」
「うむ。居た仕方ない理由があったり、無かったり…………。」
「何それ?意味が分かんない。どこにあったの?」
「…………風呂じゃ。」
そこまで聞いて、昨日の事をパッと思い出した。
そういえば。
お風呂での事、なんか恥ずかしい事を言ってしまった事、気焔に対してキレた事。
ヤバい。
え?私、大丈夫?これ。
でも、私一人が「うわーーーーーー」ってぐるぐるしているのに対して、気焔は全く普通通りだ。
なんだか、それも気に入らない。
私がこんなに恥ずかしい思いをしたのにっ。
理不尽に怒りながら、とりあえず髪留めを受け取った。
そういえばお風呂の中で、髪を引っ張られた感覚があったな…………。
あの時?
髪留めを手に、気焔をじっと見る。
結局モヤモヤは解決したんだっけ?
してないんだっけ?
でもきっと、すぐにどうこうなる問題でもなさそうな気も、する。
私は割とせっかちなので、すぐに答えを出しがちだ。
よくしのぶにも注意されてたな…………。
ここは、保留にしてゆっくり考えるべきか。
いずれにしても、自ずと答えは出る、とレナは言った。
ん?でも私、二人のうちどちらかを選ぼうなんて、そもそも思ってないんだよな…………。
これかな?
違和感。
でもその話をしたのはモヤモヤしてる最中だしな?うーん?
でも、なんで選ぼうと思わないんだろう?
みんなに「どっち?」と言われても、私の心はあまり混乱しない気がするのだ。
確かに、なんだか決められない気は、する。
でも、そもそも選ぶ必要が無いような気もする…。
え…………どっちも好きじゃないのかな???
自分の部屋の真ん中で、立ち尽くしていることにふと気が付いた。
「ヤバ!」
もうエローラを起こしに行く時間を過ぎている。
「も~!言ってよ~!」
「?」
謎の八つ当たりをされて訳の分からない状態の気焔は放って隣の部屋へ駆け込んだ。
瞬殺で髪留めを付け、着替えを終わらせてから。
「ごめん!遅くなった!」
するとエローラは既に支度を終え、自ら入れたお茶で寛いでおり「まだ時間あるよ?座れば?」と優雅に言ったのだった。
「ねえ。始まる前に、これだけは聞いときたいんだけど。」
エローラの言葉にちょっとドギマギする。
だってエローラが聞きたい事なんて、一つしかないに決まってる。
さっきぐるぐるして、なんだかよく分からなかった。答えは正直出ていない。
でもとりあえず、質問を聞いてみないと。
「うん。なぁに?」
「や、昨日大丈夫だったかなぁと思って。気焔怒ってたでしょう?」
「うん…………いや?結局怒っては、いなかったのかな?いやでも怒ってた?」
「ん?どういう事?てか、何かされなかった?大丈夫だった?」
「何かって?」
「うん、大丈夫そうねそっちは。でも…………そっか。ふーん。」
え…………。
なんだろう、この私は分かってないけどエローラは分かってるみたいな感じ。
なんで?経験の差?
「何がふーんなの?エローラは何か気付いた?」
「まぁね。でもちょっと分かんないところがあるんだよなぁ。」
「なになに、教えてよ~。私、昨日から何が何やら、こんがらがってきたんだよ…………。」
ぐだっとテーブルに突っ伏している私の背中をトントンしてくれる。
「でもいいのよ。」と言いながら。
「何が?」
「無理して解ろうとしなくていいって事よ。考え過ぎると、間違えたりもするしね?」
「うーん。そうかな…………。」
「そうよ!私が言うんだから、間違いない。」
エローラのグレーの瞳と目を合わせて、2人で思い出し笑いを、する。
確かに考えて、分かるものじゃない気がするもんね…………。
でもそこではたと気が付いた。
そう、私迷ってないんだよ、そう言えば。
「ねぇ。エローラ聞いてくれる?」
「勿論。なに?」
「私ね…迷ってないの。」
「え?何が?」
「だから、気焔と、シン。」
「え?じゃあ決まってるって事?」
「いや、決まってないの。でも、迷ってないんだよ。それは分かるの。何故か。意味分かんないよね?」
「…………まぁ…………じゃあ、決まってはいるんでしょうね。」
「え?決まってないのに?」
「多分。自分の中に迷いが無いんでしょう?という事は、迷ってないのよ。多分。でもどっちにどう、っていうのが表面化してないだけじゃないかなぁ。」
ふむ。成る程?
やっぱりよく分からない。
でも、確かに迷ってはいないからモヤモヤはしていない。
それだけでも、いっか。
本来能天気な性格の私は、それで問題を処理することにした。
だって、「まぁいっか」精神は大事だと思う。
うん。
「とりあえず今日から裁縫も始まるし。手を動かしながらなんとなく答えが見えるかもよ?」
「それはあるよね。」
手作業は余計にぐるぐるする時もあるけど、単純作業を繰り返すのは思考の整理には丁度良い。
私達は頷き合うと、食堂へ降りて行った。
ウィールの入り口で気焔と別れると、私達は揃って裁縫の教室へ向かう。
今日からスタートの私達の為か、最初の日と同じように部屋の前まで「→」で案内される。
教室は23階だ。
いつか、機会があれば全フロアを回ってみたいなぁとチラリと考える。
今度エレベーターくんに聞いてみようっと。
長い廊下を歩いて行くと、数体のマネキンが見えてきた。
あ、既に楽しそう。
「ね?凄くない?」
「ヤバいね!」
何これめっちゃヤバい。
私は最後ちょっと小走りでマネキンに駆け寄る。追いついたエローラもテンションが上がっていて、鼻息荒くマネキンの衣装を観察し始めた。
その「→」に案内され、到着した先はどうやら正面の扉の教室のようだ。
廊下の突き当たりにある大きめの観音開きの扉、その手前から左右3体ずつマネキンが並んでいる。
その、どれもが素晴らしいものだった。
歴史を感じる褪せた生地の色や、色とりどりの生地、刺繍、レースやビーズ。
宝石ではなかろうか、というものもある。
左奥2体が男性の服で、レースがふんだんに使われている所を見ると17世紀ヨーロッパ辺りの服によく似ている。
他4体はどれもドレスだが、ボリューミーなパニエが必要そうな物からスレンダーなドレスまで、様々なタイプの物がある。
私はエローラがパターンやラピスらしい服を学びに行く、と聞いていたので割と現代風の裁縫の授業だと思っていた。
だが、このマネキンの並びを見て俄然テンションが上がってくる。フローレスがレースと刺繍、両方ができる事も納得がいく。
これだけの古い物を保管しているのだから必ず修復が必要になる筈だ。
時を止めるまじないがあればいいのに。
どうしても脆い細い糸のレースを見て、思う。様々な大きさのものをそれで保存できれば、文化財保護にも役立ちそうなのに。
でも持って帰ってもまじない道具って、使えないよね…?
そこまで考えた所で、観音扉がガチャリと開き私達の至福タイムは終わりを告げた。
「あら、貴方達。待ってたわよ?」
振り向いたその扉の前には、優しく微笑んでいるが目が笑っていないフローレスが立っていた。
私達は遅刻について短時間でコッテリ濃い目に怒られた後、席に着いた。
私とエローラ以外にも、2人の女子生徒が縫い物をしている。
上級生のようで、チラッとこちらに目をやり軽く頭を下げて挨拶すると、また目線を戻し忙しそうに手を動かしていた。
「まじないで作ると、やっぱり時間がかかるのよね。」
少し残念そうにフローレスがそれを見ながら話す。
今は、まじない道具が普及していて裁縫を学びに来る生徒はとても少ないのだそうだ。
「私達の頃は、女の子には1番人気だったのよね」と言いながら私達を前の席に案内してくれる。
「私達の頃は」と言うフローレスはおばあちゃん先生だ。
多分、マデイラと同じくらいではなかろうか。「昔に比べるとまじない道具も良くなったしね…」と呟き、私達を一つの大きな机に座らせた。
裁縫の教室は、確かにそう広くはない、しかし狭くもない部屋で大きくて作業がし易そうな机が4つ、ほとんどのスペースを占めている。
扉がある所以外の壁は収納棚になっており資料本や生地、収納箱などが綺麗に整理されていた。
さすが。あの人達の所と違う。
私はそう思っていたが、フローレスからしてみればあの人達とは絶対一緒にされたくないだろう。
フローレスが教材の準備をしに小部屋へ行く間、エローラと「あれ凄くない?」とか言いながら楽しく過ごす。
遅刻してなければ、きっと立って見に行っていただろう。
しかしこれ以上先生の心証を悪くする訳にはいかない。
私達は大人しく、待っていた。
口は忙しなく動いていたけれど。
「じゃあ今日は初日だから。」
そう言って戻ってきたフローレスが持っていたのは、白生地と糸、針。
基本的なもの一式。
「ハサミは持ってきたかしら?」
「はい。」
「いえ…………。」
知らなかった。
ハサミだけ要るの?
「伝わってなかったのね。大丈夫よ。この中から一つ選んで?ここを出る時に何か代わりを納めて行ってくれればいいから。」
フローレス曰く、お金ではなく作品を納めていけばいいそうだ。
服でなく、布や糸など何でもいいという。
まじないが、こもっていれば。
「分かりました。ありがとうございます。…………わぁ。」
フローレスに渡された箱には数種類のハサミが入っている。
それがまたシンプルな物から、装飾の凝った物までどれも素敵なものばかりなのだ。
横から覗いたエローラも、やっぱりこう言った。
「先生!私も何か納めればこのハサミ使ってもいいですか?」
「はいはい、大丈夫ですよ?使う前にはちゃんと自分のハサミにしてね?」
「はい。ありがとうございます!」
自分のハサミ?
名前書くのかな?
エローラも嬉々としてハサミを一緒に選ぶ。
勿論、私達は趣味がかぶらないのできちんとそれぞれ「らしい」ハサミを選んだ。
エローラはシンプルイズベストな、持ち手の部分、切る部分共に鋼で出来た灰色の「できる女」的なハサミ。
色もそうだけど持ち手の部分と刃が滑らかに繋がるデザインで凄くかっこいい。
これは私が勝手に命名しただけよ?
私は虫と花が立体的にデザインされた、ちょっとアンティークっぽい金色のハサミだ。
箱の中で、生き物がデザインされているのはそれしか無く、なんだか虫から糸を連想したからだ。
糸巻きとかそういうのがあれば、そっちにしたかも。
エローラはそれに決めると、そのままハサミを懐にしまった。
え?冷たそう…………。
「何してるの?」
「ああ、ヨルは初めてだよね。自分のハサミにするのに、体温を移してるんだよ。ヨルだったら、手からでも出来そうだけど。私はこっちの方が効率がいいんだ。一気に出来る。」
フフッと笑うエローラが、ハサミを取り出す。
するとさっきまで暗い灰色だったハサミが、堅く光るシルバーになっていた。
ウソ。
色が変わるんだ?大丈夫かな??
折角綺麗な金色なのに…………何色になる?
やっぱり…………だよね?
幸いにもフローレスは席を外していて、上級生は少し離れた席、自分達のやる事で手一杯の様子。
エローラなら、何を見てもそう驚くまい。
いいかな?やってみても?
「じゃ、ちょっと手でやってみようか。」
そう言って両手でハサミを握る。
出来るだけ、体温が伝わる部分が増えるように、ぐるっと。
裁ちバサミなので、私の両手じゃはみ出る部分も多いけど懐に入れるのは、冷たすぎるだろう。
やだやだ。お腹が冷えちゃう。
ちなみに私は少しでもお腹が冷えると、すぐ下す。
いや、そんな情報乙女が流すもんじゃないよね…。
とりあえず、ちょっとずつ力を入れてみる。
始めは何も、変化が無かった。
どこまでやるんだろう?
色って絶対変わるのかな?
「ねぇ、エローラ…………。」
「あっ。ヨル!」
ん?
次にハサミを見た時には、もうそれはなんだかキラキラしたパールががった薄い水色に変化していた。
あれ…………全然別物になった、ハサミ。
予想はしてたけど、これだけ変わるとやっぱり驚く。
なんだかまじない力をチェックした、とんがり帽子の道具で見た色に、似てるな?
「ちょっと変わり過ぎだな…………。」
いや、綺麗なんだけどね?
目立つよね…………。
まぁ隣のエローラが「かっわいい~!」って喜んでるからいいかな?
「あら。そうなの…………。」
少し、驚いたような声が聞こえた。
振り返ると、私のハサミを見て目をパチクリさせているフローレスが、いた。
フローレスに一通り説明をされ、私達はどちらの生地を作るか悩んでいた。
まじないで染める液を作って、それに浸し染め布を作るか。
染められた糸を使ってそれを自分のまじないを力を使い、織っていく織り布か。
「凄い悩む。」
「うん。」
「決められなーい!」
私達がわぁわぁ言っていると、フローレスがアドバイスしてくれる。
「楽しいのは、どちらもよ?でも作りたい品によるわよね、どちらの生地を作るかは。」
確かにその通りだ。
私は修復を学びにきたけど、基礎として布、糸、針ハサミ、基本の縫い物までは、やる。
何を作ろう?
エローラは作品にできるように、ちゃんと大きな布を作らなきゃいけないけど、私は自由だ。
しかし、何を作るかによって勿論使いたい布の種類は変わる。
何が欲しいかな?
フローレスはこれまでに生徒達が作って納めていった見本を色々出してくれていた。
隣の机に並べられた沢山のものを見ながら、想像を膨らませていく。
教室に納めるものはバッグにしようかな?
これを織りで作って、生地が楽しい大きめのトートとかにしようかな…………この世界はあまりバッグが無いんだよね…。
中にポケットを付けて…織りが違うポッケを外側につけても可愛い。うん。
綺麗な色で作りたいけど汚れを考えるとな…………。
この世界にあんまり無い色で作りたい。
綺麗な色、沢山見て欲しいし…あの先輩達はどこから来たのかな?
修復もするから、自分に作るのは服にしようかな?
修復しても姫様の服だし、人形用の小さい服だし着れる訳じゃ無いもんね…?
綺麗な色のワンピースとかならそんなに時間かからないかな?
織りもいいけど、私はやっぱり染めでグラデーションか、もっ凄い綺麗な色を創りたいな…。
刺繍とレース…レースは出来てるやつがあれば使わせてもらえるかな?
自分じゃ時間かかりすぎるよな…。
目的、目的。そう、私は修復に来たの、修復。
趣味は二番目。
あー、忘れそう。
うん。とりあえず、そんな感じかな?
何となく纏まった。
顔を上げると既にエローラはフローレスと生地の相談をしている。
あの感じだと、エローラは染めのようだ。
確かに、エローラの作るものは織りのイメージは無い。
何が出来るのか、エローラのも楽しみだよね!
大体話が終わったのか、フローレスがこちらにやってくる。
エローラは生地を決めるため隣の机に大きく布を広げ始めている。
ううっ、楽しそう!
「ヨルは、決まった?」
「はい。自分にはあまり時間のかからないワンピースにしようかと思って。修復もあるし…。納める物はバッグにしようと思うんですけど、こっちは織りで。」
「という事はワンピースは染めにするの?」
「はい。その方が綺麗な色が出ると思うから。」
「そうでしょうね。」
フローレスは私のハサミに目をやりながら、何だか懐かしい物を見るような目でそう言った。
「じゃあ2人とも染めからやりましょうか。あっちでエローラと一緒に、生地を選んでくれる?糸は同じのでいいかしらね…………。」
そう言うとフローレスはまた小部屋の方へ向かう。
きっと糸を選びに行ったのだろう。
私はそれを認めるとエローラの所に合流する。
決まったかな?エローラ。
「どう?決まった?」
「うーーん。これとこれで悩んでる。ラピスのデザインって言っても生地は好みのやつでいいよね?」
「でも多分エローラの好き系の生地だとハリが出過ぎるんじゃない?」
「やっぱり?…………無理かなぁ。」
「ていうか、思うんだけど。もうエローラデザイン流行らせちゃえば?結構飽きてる子多いと思うよ?あの可愛い系。」
「やっぱり?思う?」
「思うよ。言われない?エローラの服、良いって。」
「まぁ。何人かは。」
「でしょ?多分、服が好きな子はエローラの服選ぶ子多いと思う。後は興味がないか、流行ってる物、当たり前の物を着てるだけだよ、多分。みんな着てるやつ、着るみたいな。最近あんまり目立ったからって噂もされなくなってきたみたいだし、いい方向に流して貰えばいいんだよ。新しい流行です、みたいな。いいじゃん、デザイナーエローラの服!いい機会なんじゃない?やっちゃえ、やっちゃえ!」
「…………やっちゃうか。」
顎に手を当て考えているエローラ。
今、頭の中はデザインがぐるぐるしているに違いない。
私は是非エローラデザインを流行らせて欲しい派なので、ここぞとばかりに唆す。
「一応さ、パターンだけやっていけば、エローラならラピスのデザインもやろうと思えばすぐ出来ると思うんだ。何だかんだ、マデイラさんだってお店を立ち上げたくらいだから、新しい事やるの反対しないと思うけどな?ここでは好きな事、やっちゃいなよ!折角ラピスも少しずつ変わってきたし、バーンとやっちゃえ!」
隣で囃立てる私を他所に、真剣な顔のエローラ。
しばらくそのままだったが、頭の中のシュミレーションが終わったらしく顔を上げる。
そうして私を見ると、ニッコリ、言った。
「よし!決まった。モデルはヨルがやってね?」
「ん?試着?いいよ。」
「オッケー、じゃあ決まり!そうと決まれば生地はこれとこれかな。」
やりたい事が決まったエローラは早い。
テキパキ生地を選ぶと、すぐノートを出してデザインを書き始めた。
スイッチが入ったようで忘れないうちに書き留めたいのだろう。
うん、いいねいいね!
私も早くやりたい!
さて、どの生地にしようかな…………?
大きな机の上には長い芯棒に巻かれた生地がいくつか、置いてある。
さっきフローレスがまた追加で持って来ていた。
「これ、何で出来てるんだろうな…………。」
コットンぽいもの、キャンバスらしき厚手の硬い生地、サテンらしき光沢を放つもの、…………あ、これ…………。
沢山の並ぶ生地の中で私の目を惹いたのは、地紋が入った綸子のような生地だった。
こんなのあるんだ…………。
どうやって作ってるんだろう?しかも、かなり薄くてすごく綺麗な動きが出そう。
色の乗りも良さそうだし…………。
現代物には無いこの手触り…………。
古いのかな?
亡くなったおばあちゃんが着物も好きで、私もお正月にはよく着せられた。
子供心にもあの、おばあちゃんが持っている古い着物達がいい物だ、と分かるくらいおばあちゃんの着物は美しかった。
お姉ちゃんの成人式の着物は「今時のやつがいい」というお姉ちゃんの意向でレンタルしてたけど、私はおばあちゃんの着物の方が、ずっと良いと思っていた。
お姉ちゃんの着物は何だか派手で私は気に入らなかったのだ。
しかも重いし、厚いし、色が、単純。
ああ、その話は置いておいて生地ね、生地。
すぐに脱線する思考を元に戻して、その綸子のような生地を検分する。
「これは…………ヤバいね。」
他の生地を片付け、それを広げる。
大きく広げた生地に織られている地紋は、木立ちのような、縞のような枝や葉が伸び伸びと踊る、とても珍しい柄だった。
基本的に可愛らしい柄が表される事が多い綸子だが一風変わったこの生地を私はとても気に入った。
すごく、いい。
「見た事ないよ、こんな地紋のデザイン…。しかもこの綸子の艶。カッコ可愛い…………。」
「あら。そんな事もあるのね、やっぱり。」
生地を前にデザインをあれこれ考えていた所にフローレスが戻ってくる。
手には2種類の糸。
一つはエローラ、一つは私のものだそうだ。
「きっと、あなたはこれを選ぶと思った。この糸が丁度良いわよ。」
そう言ってフローレスが差し出した糸は光沢があって本当に生地にピッタリのもの。
どうして分かったんだろう?
首を傾げつつ差し出された糸を受け取り生地に合わせる。
うん、綺麗…。
私はふと頭に浮かんだ事を訊いてみた。
「先生、これって自分以外の物、作ってもいいですかね?」
「構わないわよ?まぁあなたがちょっと大変になるくらいじゃない?この生地は誰も使ってないから、沢山使っても大丈夫だしね。」
「え?こんなにいい生地なのに?」
「どうしてかしらねぇ。まぁでもちょっと難しい方の生地なのよね。」
「そうなんですか?まぁでも人とかぶらない方がいいですけど。」
気焔の服も作ればいいんじゃないかな?
この生地を見て、パッと思い付いたのだ。
基本、アラビアンナイトな彼はその格好が見慣れたせいか、普通の服だと微妙に変だ。
言わないけど。
何か、変なの。
ズレてるって言うか…。ちょっと…ダサいんだよね。
多分、ラピスの男性服が合わないんだと思う。
冬の祭りでシンが着ていたような、ラップパンツとか似合うと思うんだよな…。
トップスも作りたいけど、シャツは作るのに時間も手間もかかる。パンツの方が比較的楽。
ラップパンツを作ろう!
そう決めるとこの柄は男性にも合うだろうな、とまた良さを再認識する。
でもお揃いかぁ…………。
恥ずかしくない?いや、恥ずかしい。
ここではペアルックの概念はあるのだろうか。
「エローラ?」
こんな時にはエローラ先生。 恋愛関係なんでもござれ。
どこ?ああ、もう切ってる。
エローラはデザインがザックリ決まったらしく、もう必要な分量の布を裁断していた。
流石に速い。
サクサクあの「できる女」ハサミで切っている。
最後、パチンと切り終えると私は聞いてみた。
その、ペアルック事情について、だ。
「ねぇ、エローラ。男の人と女の人がお揃いの格好とか、生地とか、色とかそういうのってある?あの…付き合ってる人たちで。」
「ん?ああ、ない訳じゃないよ。でも家族で同じ生地使ったりもするし、そんなに生地の種類が多い訳じゃないから必然的に同じくなる事はあるよ?なんで?」
「いや、気焔にパンツを作ろうと思って…。」
「え!」
「いや、違う、ズボンの方!」
「ああ…………だよね。いいんじゃない?色を変えるでしょう?」
「うん、そのつもり。」
「楽しみ!…………でもさ、シン先生は?いいの?」
やっぱり、そう思います…??
もしかしたらそうかな、と思ったけどもう一つ作らなくてはいけないだろう。
そんなに作れるかな…………?
「やっぱりそうだよね…………。あんまり時間も無いし、何か簡単に作れる物考えるよ。」
「…………。いいんじゃない?」
そのままエローラは何だかニッコリすると、自分の作業に戻る。
私はシンに何を作ろうか、考えつつも気焔のパンツのデザイン画を描いていく。
うーん。シンにはアレにしようか。
ロングベストにしようかと思ったが、あれの方が簡単で似合いそうだ。
私はお内裏様が着ている装束の袖がないバージョンを作ろうと考える。
あの、ペロンとしてるやつ。
何故それかと言うと、私はフェアバンクスから腰紐を貰ったからだ。
あのペロンとしたやつを着せて、腰紐を使えば…………うん、カッコいいと思う。
なんかあの人神社にいそうだし。
なーんか、神様っぽいんだよね…顔立ちとかも結構、和風だし…。
気焔は本当に顔立ちもアラビアンナイトな感じでハッキリして彫りの深い顔をしているのに対して、シンは和顔だ。
結構違うのに、女子会でみんなが「選べない」って言ってたのが面白い。
「ヨル、決まった?」
そんな妄想をしていたら、そろそろ今日は終わりのようだ。
あら。裁断までいきたかったのに。
「じゃあこの生地と糸で二人とも取っておきますから、次回までに色を決めて来てね。大体でいいわ。調合しながら決めるし、まじないで色を付けるから作れない色もあると思うから。」
その、フローレスの言葉に私は耳を疑った。
え?本当に?!
「作れない色もある」?
それは困る。
色は私が一番こだわる所だ。
「先生、作れない色って…………?」
「やっぱり得意不得意があるのよ。あとは石の色で、正反対の色が上手く作れなかったりね。でもヨルは心配無いと思うけど?」
「え?何でですか??」
すると、フローレスはチラッとエローラを確認して私に耳打ちした。
エローラは多分、何色にしようか真剣に、考えている。
もう私たちの話は聞いていないに違いない。
「虹色だからよ。何色でも作れるわよ?楽しみね。」
コソッと私にそれだけ囁くと、入り口の扉を開けながら、教室を出るように私達を促す。
私は多分、目がまん丸だったに違いない。
フローレスは私の顔を見ると、笑いながら「また次の授業で。」と言って、扉を閉めた。
完全に趣味回です。




