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透明の「扉」を開けて  作者: 美黎
5の扉 ラピスグラウンド
32/1972

反省会とベイルートの店


「では、お疲れ様でした!」


と私がコップを上げると、みんなに変な顔で見られた。

あれ?乾杯の習慣は無いのね??


ちょっと恥ずかしくなった私だが、今日は楽しい反省会だ。先日のお祭りの報告を兼ねて、家族会議と反省会と言う名のお茶会。

勿論、おやつも用意してもらっている。

決して、そちらが目的では、無い。


メンバーはイオス始め、イオスの両親、兄、私、キティラと半分ハーシェル。ハーシェルは教会に人が来ると出て行ったりするので、半分参加だ。ティラナもお茶とお菓子をご相伴に預かりながら、朝と遊んでいる。


丁度いい天気の麗かな午後だ。それにしても今思ったけど、ラピスは雨が降らないよね?

石で水が出せるから、困らないのかなぁ?



みんなでワイワイイオスの作ったお菓子をつまむ。あれからまた調子を上げたらしく、今日も新作を持って来ていた。


「どう?こっちは?」

「上手いよ。俺はこっちのが好きだな。」

「多分女性はこれかしらね。」


すっかり仲良くなったようで、何よりです…………。感慨深く眺めていると、キティラにずずいとお皿をよこされる。全種類のクッキーが乗ったお皿をありがたく頂いた。

もうすっかりイシン家に馴染んでるね‥。


「で、結局イオスさんは独立?する事になるんですかね?」


通常進路が決まると、実家ならそのまま働くか、少し修行に出るし、他の工房なら弟子入りする。しかしイオスは新しいことを始めるので前例がない。どうやって作って行くのか、大筋を家族で話し合う事が必要だろう。

私がいなくても大丈夫だろうけど、単純にどうなるのか気になるのだ。ここまで来たら、見届けたいと思っている。


「とりあえず、夏の終わりの祭りで100個、売れたのは大きいです。目標も達成できたし、かなりの人に食べてもらえたと思います。」

「本当に。あの後もどこに行っても言われるわ。美味しかったから、お店が出たら絶対行く、って言ってくれる人が多くて。」


お母さんがとても嬉しそうに言う。噂も良い方向に広がっているようだ。この辺に関しては、もう大丈夫だろう。

キティラも最近はあちこちのお茶会や井戸端会議に顔を出しているらしく、嬉しい噂の報告をしてくれる。


「あのお店の様子も可愛かったって、友達からは評判です!黄色に青のリボンで、衣装も揃えてて。みんな真似したいって言ってたから、黄色が流行っちゃうかも。」


そう言ってもらえると凄く嬉しい。やはり、宣伝効果はあったみたいだ。


「あの場で軽く話したが、1番小さい店を借りられる事になっている。」

「え?父さん?」

「結局あなたが1番乗り気なんじゃない。」


どうやらイシンは祭りの時既に、据え置き店舗の責任者に話を通していたらしい。お父さん、なかなかの暴走っぷりですよ。


「なんで俺が知らないんだよ、父さん。どういう事?」

「いや、噂を聞いて広場に行ったらもう売り切れそうだったんだ。この分なら店を出した方が早いかと思って、ベイルートに話を通しておいた。1人だから、1番小さい店でいいだろう?借り賃は応相談だと言っていた。少しは融通してくれるといいが。」


ベイルートって最近よく聞くけど、商家の人だよね。どういうお店の形態なんだろう??

もし交渉に行くなら、連れて行ってもらおうっと。

イオスと一緒に行けば、ハーシェルがいなくても出掛けられる。勝手に心のスケジュール帳にメモをした。


イシンが乗り気になっているので、そこから話が纏まるのは本当に早かった。

お店の内装などはイシンが張り切っているし、小物や道具はお兄さんが勉強がてらやりたいと言ってくれている。どうやら弟の店で色々試してみるつもりらしい。ちゃっかりしてるな、この兄は。

お店のデザインはそのまま出店のものを使えるし、後はもう少し商品を精査して数を絞る。種類と量を作りすぎない事を提案したのだ。

今なら、お屋敷のお墨付きと祭りで最速完売の実績がある。ちょっとプレミアを付けるには、丁度良い。お店が軌道に乗って、人を増やしたり出来るようになれば安定して作れるだろうし、そこから量を作ればいいと思う。

1人で何もかもやって、潰れてしまっては元も子もない。

あとは、ルシアのお店の人がお祭り中に来てくれてハーブ店に置いてもらえる事になったのが大きい。ルシアのお店は高級店なので箔が付くし、ハーブティーの隣にお茶請けとして置いてもらえるようにしたのでお茶の友文化が浸透する手助けになるだろう。

出店がルシアの店の近くで本当に良かった。正直、運も大事な要素だと私は思っている。日頃の行いね、日頃の。イオスは見るからに頑張ってるからなぁ。


1人ふむふむしていると、お母さんとキティラが私を取り囲んでいて、男性陣は店舗計画で盛り上がっている。


「ヨル、本当にありがとう。少し考え過ぎてしまうこともあるけど、以前よりはだいぶ楽になったわ。」

お母さんは言う。


「私は、噂の仲間から抜け出すのが怖かった。人からどう思われるのかが、怖かった。自分がその中にいる時はその考えだけで、言われている方がどう思っているかなんて考えてもみなかった。「そういう事をするから、言われるんだ、仕方がない」と思っていたわ。まぁあまり深く考えていなかった、というだけよね。きっと。何気なく同意する事でも、みんなと同じように批判する事で安心していたんだわ。私は、「そっち」に行かなくて済むって。」


「はい。」


「でも自分が言われるかもしれない、という立場に立って初めて怖くなった。とんでもないと思って、否定したわ。自分の不安が現実になる事の、否定をね。それが、息子の夢にとってどういう事かとか、そんな事は考えていなかったのね。逆に目立つ事が悪い事だと思っていたわ。今思うと、どうしてなんでしょうね?別に、悪い事をするわけでもない。誰に迷惑をかけるわけでもない。それなのに、何かを言われる。少しの悪意や、やっかみと共に。おかしいわよね、やっぱり。それに気付いてからは、イオスを応援するのが当たり前だと思うようになったわ。何故、息子よりも噂に加わる方が重要だと思っていたのか、分からないわね今となっては。」


「なんていうか、怖いですよね。思い込みって。本当にそこにいる時は、それが全てですから。外れたら、生きていけないくらいに思っちゃいますもんね。」


私も、しのぶと離れた学校になってからは苦労した。本音と、建前。仲間との同調。なんとなくの、圧力。そこに悪気は全くない。殆どの場合は。しかし発生するのだ、自分の意思を持った時点で。矛盾となんらかの抑圧が。


キティラも私たちの話を静かに聞いている。何か思うところがあるのか、時々縋るような目をするが話を聞いているうちに自分の中で纏まってきているようだ。何だか目に光が出てきた。


「結局は無責任に人の事を否定する人達の望むようにしたって、別にこれからの人生が保証される訳でもないですからね。いざとなったらそういう人はすぐ手のひら返しますし。実際自分の人生に責任取ってくれるのは、自分だけですから。」


言う通りにしたところで、他人が私の人生の面倒を見てくれる訳ではないのだ。無責任に批判すると言うことはあくまでも無責任で、後のことなんて考えてもいないからそういう事が言える。

結局は自分で責任を取るしかないのだから、自分が納得する人生を歩むのが1番いいのだ。私はそれを知っている。


ん…………?何故知っているのだろう?



私が考え込んでいると、お母さんがスッキリした顔で言った。


「私も、しっかり考えてこれからやっていこうと思います。同じように感じているお友達がいる事が分かったのも、収穫の一つです。ヨルにはいくら感謝しても足りないわね。」

「いや、1番すごいのはイオスさんですよ。私は旅人だけど、このラピスにいて自分のやりたい事をしっかり主張して実行するというのは凄く難しかったと思います。彼の勇気に、感謝して下さい。まぁ、その彼を育てたのはお母さんですけどね!」


私が悪戯っぽくウインクするとお母さんはすごく嬉しそうに笑った。もう大丈夫だろう。

家とお店と共にいい方向に引っ張って行ってくれるに違いない。


「というか、キティラも功労者よね。イオスさんがお菓子でやっていこうと思った原因じゃない?愛の力は偉大だね!」

「…………もう!」


バシッと肩を叩かれてちょっと椅子から落ちそうだったけど、最初の泣き始めてしまった頃からキティラの恋話を聞いていた私としてはとても嬉しく感じる。

むしろ、ちょっと感動している。思い出す、あの愚痴を聞いていた日々…………おまじないで彼の夢が見れたと喜んでいた時…折角話す事ができたのに、気の利いた事が言えなかったと落ち込んでいた時…デートに誘ったらOKだった時の浮かれっぷりは私も1日ハッピーにさせてもらった。色々な事を走馬灯のように思い出していると、あれ?どうやらお茶会はお開きのようだ。


男性陣を見ると、早くも店舗構想が纏まったようで早く作りたくて帰る事になったらしい。お店の外枠はあるし、大体のものは揃っているので飾りながら売る棚や看板、中に入れる折り畳みの椅子など色々持ち込み品を作る。他の店と基礎は同じの為、違いをどう出すかが腕の見せ所なのだそうだ。

各自が生き生きとこれからの事を考え、実行しようとしているのを見て羨ましくなる。


いいなぁ。私も頑張って探さなきゃ。って言ってもアレだと思うんだよね…………。


ウインドウの服を思い出しながら、ハーシェルにまた聞いてみようと思った。最近バタバタしていて、すっかり忘れていた。

あ、忘れていたと言えば忘れないうちに…


「イオスさん、ベイルートさんの所に行く時、私も連れて行って欲しいです!」


しっかり手を挙げて主張しておく。イオスは「分かった。」と言っていたので大丈夫だろう。後は、ハーシェルだけ…………。

最近過保護だからな‥。



そんな事を考えながら、イシン一家とキティラを見送ると私はティラナと夕飯の支度に取り掛かった。





そして火の日。イオスがうちに迎えに来てくれた。待ち合わせしようかと思ったのだが、ベイルート商会の本店が私の行った事がない南側にある為、うちに寄ってもらった方がいいという事になった。


「ヨル。勝手な事はしてはいけないよ。できればあまり喋らない方がいいんだが、無理だろうな…とりあえず朝、連れて行きなさい。」


心配するハーシェルに保護者として付けられたのは猫だった。まぁ、ただの猫じゃないけどさっ。

朝は「しょうがないわねぇ。できるだけ止めるけど、無理な事もあるわよ。」とすっかり私が何かやらかす前提だ。この2人は私の事を何だと思っているのだろうか。

こうなったら何事もなく帰ってくるもんね…!



道すがらお店の進み具合を聞く。もうすっかり家の中では分担が決まったらしく、イシンが棚を作りお兄さんが看板を彫り、お母さんはクロスの大きいのを縫ってくれてるいるらしい。祭りの時は台に被せているものだけだったが、店舗になるので後ろの壁に大きく飾るのだそうだ。きっと明るいレモンイエローが凄く爽やかな店舗になるんだろうな~と、私がウキウキしてきた。

「オープン日は手伝いに行こうか?」とイオスともだいぶ気安くなってきた。


ベイルートの本店は南の広場を挟んで丁度ウイントフークの家の反対側にある。南の広場にはまだ行った事がないが、この道をまっすぐ行けば着くのだろう、広い石畳の広場らしきものが遠くに見えた。そして広場に繋がる広い石畳の道沿いにあるのがベイルートの店だ。



その店はラピスには珍しい深緑の外観だった。何かが違う、と第一印象で感じたが多分珍しい木造建築だからだろうと気が付く。ラピスでは勿論木造も多いが、基本ラピスが使われているので石のイメージだ。青ではなくても白い石を使っている家も多い。この店は大部分を占める壁に深緑が使われていて、角の柱や窓枠などに生成りが使われている。擬洋風建築のようだ。ちょっと違う街に来たような感覚になる。

これはまた入る前から期待が高まるね…!


イオスに続いて入り口をくぐる。中は意外にも普通の洋館に見えた。というのも、商家というのはここではスーパーやコンビニ的なものだと思っていた私は、たくさんの棚に囲まれてはいるが普通の家のようなお店にいささか落胆したのだ。いやいや、何を期待していたのか自分でも分かんないけど、十分凄いよ…。

謎に自分に言い訳をしながら沢山の物が並んでいる周りの棚を見ていると、男の人が出てきた。イオスの名を聞くと、すぐに部屋へ案内してくれる。


廊下の手前にある部屋へ入ると、こぢんまりとした応接室だった。向かい合った長椅子との間にテーブル、もう一脚一人がけがある。家具はそこまでラピスのものと変わらないが、建物と内装だけで随分と変わるものだな、と部屋を見渡しながら感心する。そしてこの建物を建てた人に興味が湧いた。このデザインを注文したのか、それとも建築士がこうしたのか。そもそも建築士という職業はあるのだろうか。

そんな事を考えていたら、男の人が入ってきた。


おおう、玉虫色。


その男は珍しい髪色をしていた。ここラピスでは、青系、グレー系、茶系の髪色をしている人が多い。その中で、赤茶だったり、濃淡があったりする。彼は角度によって青、茶、もしくは緑に見えるような髪をしていた。とても珍しい。濃くもなく薄くもない本当に丁度玉虫色のような髪を後ろで一つに束ねている。長さは、多分肩くらいだろう。解いて、光に翳したらとても綺麗なんじゃないかと思わずお願いしそうになる。

濃い灰色の目でチラリと私を見ると、かけているボウタイを少し締めてイオスに話しかける。


「イシンから聞いている。座りなさい。」


何だかちょっと堅そうなその男は、私にも長椅子を勧めると契約書のような紙をテーブルに出した。

この人もなんだかウイントフークさんみたいだな??ロン毛だし。

かっちりとした立襟のシャツや髪のまとめ方、雰囲気が何だかウイントフークに似ている。ある意味親しみを覚えた私は、好奇心丸出しで契約書を覗き込む。そこには小店舗の貸出契約内容が書かれているようだ。

正直、読んでもよく分からない。文章としては理解できるが、相場が分からないのだ。

元々算数が嫌いな私は、解読を諦め部屋の様子を眺めていた。


そのまま2人は話し合いを続け、始めにイシンが言っていた内容で契約したようだ。まぁお父さんが言ってたなら、大丈夫でしょ。

私はついてきた割には全く役に立っていない自分のことは棚に上げた。物事、適材適所。


そして2人はイオスのお菓子をベイルートの店にも置くかどうかについて話し始めた。


「新しく加工品を始めようと思っているが、お菓子を置く事はできるか?農家からはハーブ漬けなどの加工品、猟師からは燻製を卸してもらうつもりだ。調味料や野菜を買いに来る客が、手を出し易いもので考えているが、どうだ?」

「そうですね………少し軌道に乗ってからでないと、何とも言えません。ルシアさんの所にも置かせてもらえることになってますが、そちらは数が少ないので大丈夫なんです。北の広場で1日どの位売れるのか、目処が立たないと難しいですね。店舗を借りてもそちらで出す分が間に合わないと困りますし…。」

「確かにそれはそうだ。だが、どこでなら売れやすいのか試すのにはいいんじゃないか?」

「それもありますよね。どんな場面で食べるかにもよると思うんです。家に持って帰って、家族で食べるのか。外でも食べやすいと思うし…………」


2人は真剣に話している。私はそこに前から思っていた疑問を投げた。


「あの…。ここって、カフェとか無いんですか??」

「「カフェ??」」


うーん。このハモリ方はやっぱり無いっぽいね。


「カフェって言うのは、外のお店で、あ、外って言っても家以外って事です。例えばイオスさんのお店の前にテーブルと椅子を置いて、お茶とお菓子を出したりすればオープンカフェだし。この、ベイルートさんのお店でやればカフェだし。結構ここの街の人って、立ち話してたり、噂好きだったり、あ、これはアレかもですけどお茶を飲みながらゆっくり話ができるスペースがあればいいなぁ‥なんて…………?」


そこまで話したらベイルートの目が変わっている。物凄く興味を持たれている事がわかる目だ。私が話を止めると、「それで?」と目を光らせながら続きを促してくる。

ああ、これロックオンされたね。


そのまま私のカフェの希望を聞き続けたベイルートは、途中で立ち上がり壁際の棚から多分計算機のようなものを持ってきた。

算盤に似ているそれを、パチパチ凄い勢いで弾いている。たまに私に必要なものや、お茶の種類、お菓子、食事はどうかなど質問をしながらキラキラした目でキラキラした算盤を弾く。

ああ、この人もそっち系ね…………。

間違いなく彼のまじない石はこの能力を特化しているに違いない。正直何をやっているのか全く分からないが、彼のキラキラした目と算盤からどんどん計画書や見積もりが出来上がってきた。

やっぱり普通のお店じゃなかったよ。


終わる気配がないので、イオスと私はパチクリしながら「どうする?」と目で会話していたが、扉が開いた音で、2人とも振り返った。先ほど部屋に案内してくれた人が、お茶を持ってきてくれたようだ。


カートを押して入ってきた男性は、「ウォリスと申します。旦那様はこうなるとしばらく戻ってきませんから、少しお待ち頂けますか?」と言いながらお茶を入れてくれる。

するとベイルートがちょっと顔を上げて、ウォリスに「あれを。黄色だ。」と伝えた。


そのまま1度部屋を出たウォリスがまた入ってきて、お茶を飲んでいる私達の前に小さな箱を置く。そのまま「もう少々お待ち下さいませ。」とまた出て行ってしまった。

もう少々って、どのくらい??



しかし、それからはそう待つ事なくベイルートの計算は終わったようだ。そして私達に向き直ると徐ろに彼は言った。


「俺は新しい事を好む。そのカフェとやらをやってみようと思うんだが、これが見積もりだ。」


私達は顔を見合わせる。そんな予感はしてたけど、急じゃないですか、ベイルートさん。

私は「こりゃこの館を作ったのは完全にこの人だな。」なんて考えながら、頭に浮かんだ疑問を口にする。


「さっきイオスさんは品数についての心配をしていたと思うんですが、これ以上卸す場所が増えるのは困ると思うんですけど…。ですよね?」

隣のイオスも頷いている。


「いや、俺の店には置かなくていい。その代わり、北の広場にオープンカフェとやらを作る。基本的にイオスの店の前で、広場の在庫でやるようにするからそこで売れる分、という事になるはずだ。必要になる備品はうちが投資として出す。テーブルと椅子などの他に細かい備品が必要ならお前が見積もれ。イオスはあとどのくらい広場で商品が出せるかきちんと計算しろ。お前は店のやり方をイオスに教えるんだ。場合によっては外を回す人間が必要になるな。」


そしてまた算盤を弾き出す。そういえば私この人に自己紹介してなかったよ。

「お前」と呼ばれて気がついたが、自己紹介もしていなかったようだ。人件費の計算を終えたベイルートに改めて自己紹介する。


「ハーシェルさんの所でお世話になっています、ヨルと言います。挨拶が遅れてすみません。」

「ああ、あの噂の相談室だろう?知っている。」


え。なにを。

敢えて何を知っているのか、聞くのは止めた。何だか聞かない方が幸せな話が多そう。


「で?イオスの方はどの位作れるかまずやってみて、という所だろう。次の火の日にまた来なさい。ヨル、一度に出すお菓子の量をイオスに伝えておけ。それで1日どの位の客を捌けるのか計算しておけ。あとはお茶の種類と出し方だな。どういう形で出す?」

「どういう形って言うと、お皿とかそういう事ですか?」


私はベイルートと詳細を詰めていく。テーブルや椅子の数、テーブルにクロスは必要か、レモンイエローにブルーのラインのオリジナルを作って欲しい事、お茶の種類、メニューの制作、トレーを使って出す事など思いつく事をどんどん提案していく。

物凄いのが、ベイルートはそれをメモする事なくそのまま算盤で弾いて注文用紙の様なものに書き込んでいる事だ。店舗に必要な備品の発注書が出来上がっていくのが分かる。

凄っ。


そのままある程度の見積もりが出来ると、ベイルートは一旦ペンと算盤を置き私も火の日にイオスと一緒に来るように言った。


「粗方準備が出来るだろうから、確認が必要だ。」


給仕のスタッフについては、少しイオス1人で様子を見て間に合わなそうなら追加する事にする。そして始めは私の助けが要るだろうという事で、手伝う事になった。

ハーシェルさん…これは不可抗力です。でもオープンカフェなんて、楽しそう過ぎるので呼ばれなくても手伝いに行ってしまう自分が容易に想像できた。

うん、仕方がないよ、これは。



では火の日にまた、という事になり一段落した私達にベイルートは先程ウォリスが持ってきた箱を差し出した。


「「??」」

「これを次から付けて来い。」


開けて見ると黄色のバッジが2個、入っていた。多分石でできているが、少しキラキラしている。


「わぁ。綺麗。これ何ですか?」

「僕、黄色は初めて見ました。」

「知ってるの?」

「これは商会に出入りする者が付けるバッジだ。僕は赤と青しか見た事がないけど、黄色は何なんですか?」


イオスがベイルートに聞く。


「黄色は共同運営者だ。今現在持っているのは中央屋敷の者とウイントフークだけだ。無くさない様に気を付けろ。」


私達はビックリして顔を見合わせる。え?そんな大層なもの、大丈夫??てか、ウイントフークさん何者?


外を歩いている時は見えない様にする事を注意され、私達は部屋から出された。「しっしっ」とやって、算盤を持っていたのでまだ計算したいのだろう。とりあえずの気になる事は全て伝えたので、帰る事にした。

ウォリスが入り口まで送ってくれる。


「旦那様の目があれだけ光っているのは久しぶりです。お二人とも、これから大変でしょうがよろしくお願い致します。」

「「こちらこそよろしくお願いします。」」





イオスの顔にはまだ「?」がだいぶ浮かんでいたが、帰り道カフェの概要を説明しながら帰ると教会に着く頃にはだいぶスッキリしてやる気のある顔になっていた。急にベイルートに色々振られて、頭がぐるぐるしていたに違いない。


「大丈夫そうね。」

「うん。ヨルのお陰だ。新しい事が沢山で戸惑う事も多いけど、これからよろしく頼むよ。」

「こちらこそ。イオスが作ってくれるお菓子が無いと、成り立たないからね!私は初めから応援するって決めてたから、嬉しいし楽しみだよ。私は教会もあるから、キティラにも教えて一緒に手伝うね。」


そう言うと、イオスも嬉しそうだ。


「「じゃあ!また」」






「で?どうして黄色のバッジなんてもらう事になったんだい?」


案の定、夕食後ハーシェルに問い詰められた私は緩衝材として朝を間に挟んでみた。小さいから意味が無い。


「そういえば朝、ついて来てくれるって言ってたのに入ってこなかったじゃん!どこ行ってたの?」

「いや、お店を見てたらあなた達が部屋に入って行ったでしょう?まさか扉を開けて入るわけにもいかないから、日向ぼっこしてたわよ。」


ハーシェルがため息を吐いている。


「いや、完全に不可抗力ですよ。ちょっとカフェ無いのかなー?なんて言ったら、ベイルートさんの目が光って急に算盤弾き出したんですもん。」


ウソは言っていない。



「まぁ、イオスにしてみれば良かったんじゃないか?」


私の話を大体聞き終わったハーシェルはそう言った。


「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があります。」

「ヨル、君は…………」


その後の言葉を飲み込んで、ハーシェルは「教会もあるしキティラと協力して最終的には引き継ぐように」言う。


「はぁい。ごめんなさい、ハーシェルさん。心配かけるつもりは無かったんですけど。」

「それは分かっている。もう君に関してはそういうものだと思う事にする。しかし目立たないようには、気をつけるように。そのバッジも、必ず見えないところに付けて店で確認できればいいようにしておきなさい。女の子の場合最悪拐われる可能性だってある。」


本当に心配しているハーシェルには悪いけれど、私はオープンカフェの想像にウキウキしていた。


「はい。絶対気をつけますから。」

「心配だなぁ。」


ちょっと呆れたような顔で、でも仕方がないと言うハーシェル。きっと私が、カフェが楽しみで仕方がない事も分かっているのだろう。それ以上は止めなかった。まぁ、止められてもやめるつもりは無かったけども。





その日はウキウキしながらベッドに入った。

ふと、実家のレースのベッドカバーを思い出して生成りのカバーを撫でる。

あの、ウインドウの服どうなったかな…………。


朝が足元に入って来たのを感じたところで、意識が途切れた。


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