白銀の男の子とウインドウの服
出がけに、揉めた。
今日はハーシェルがついて行けないので、別の日にしなさいと言われたのだ。
「あれだけの守りがあれば、大丈夫だと思うが………。」
私の腕輪を見て、ハーシェルが呟く。
どちらかというと、何かに巻き込まれて腕輪が暴走し(主に気焔。)腕輪が他の人に見られたり、私が注目を集めたりする方を心配してるらしい。
ティラナにやんわり口止めしといたけど、朝と喋れる事は言っていないが助けてもらう過程での炎の事は、しっかり喋っていた。
この年頃の女の子が出す炎にしては、大き過ぎたらしい。
まぁまじない石も火は出せるので、その辺は大丈夫だろうけど。………多分。
散々心配されたが、しかしハーシェル無しでは出掛けられないとなるとこれから困るのではないか。
お店などには絶対入らないから、と念押しをしてなんとか外出にこぎつけたのだった。
「わーいお姉ちゃんとお出かけ!」
「デートデート!」
「デートってなぁに?」
思わずスキップしながら2人で歩く。
一応、朝にもついてきてもらった。
道案内はティラナがいるけど、やっぱり女の子2人はちょっと心許ない。
朝はどうせ散策に行く予定だったみたいで「いいわよ。」と快諾してくれた。
ボディーガード、朝(猫だけど)。
そして、道中。
正直、私はマヌケにしか見えなかったと思う。
なぜならずっと口が開きっぱなしだったからだ。
教会は割と街の中心部、高い所にあるのでそのまま上に上り、中央から下っていこうという事になった。
どんどん複雑な細い坂道を登っていくと、段々青の分量が増えてきて、本当に青い街になってゆく。
上に行くに連れ家の壁や塀にもタイルが使われていたり、ラピスに装飾が施されていたりで、もう「はぁ~」とか「ほぉ~」とかしか言っていない。
私が「はぁはぁ。」「ほぉほぉ」言っていて、ちっとも進まないので朝がティラナと遊んでいてくれた、と後で聞いた。
ホントごめん…、朝、ティラナ。
そうこうしているうちに、1番中心にある高いお屋敷の前に出た。
なんと言っても、デカい。
真ん中全部この家じゃん………!
そこは本当に「青の宮殿」だった。
ラピスそのものを使っている部分が多いので、壁面の殆どを深い青が占めていて、とてもシックだ。
しかし全体に調和が取れた細かい意匠が施されており、なんとも豪華な雰囲気を醸し出している。
「こりゃまた神殿というか、何というか。ここまでくると、神の力を感じるね………。」
しばし茫然と眺める。
「ここにずっと居れるわぁ。」
私は好きなものが沢山ある。
茶器もそうだし、本、刺繍、レース、家具、教会の人形みたいなのも好きだし、この家の壁なんてヤバい。
それら、全てに共通するものがある。
それが、「職人魂」や「心を込めて作ったもの」「技巧」「想いがこもっているもの」などだと、ある日ふと気付いた。
それらは単純に「すごい」と感動もするけれど、それだけではなくとてもいい波長を持っていると感じる。
持っているだけ、見ているだけ、側にあるだけで落ち着く………。
何故なのかと思うけど、理屈じゃないんだろう。
しかし反対に、込もっているからこそ恐ろしいものもある。
怖い場所、嫌なものもあるのだ。
作っている人や作られた理由が、負の感情だったり悪意だったり。
そういうものも、わかる。
この世界に来てからは良い波長のものにしか出会っていないし、今日ここに来て最高潮に浮かれている。
あ、でも森の中のアイツらは負だったわね………。
チラッと嫌なことも思い出す。
うん、落ち込んだらここに来よう。
癒されそう。
ふと、朝に足元を撫でられて、自分が大分固まっていた事に気が付いた。
いかんいかん、ティラナの事忘れてた。
ぐるっと屋敷の周りを見て、さて下ろうかと名残惜しげに屋敷を見上げながら歩いていた。
すると高めの2階の窓に、チラリと人影が見えた様な気がする。
ん?
何ともなく気を留めたが、何故だか自分でも分からずもう一度目を凝らした。
すると窓際に立っている、多分、男の子が見えた。
多分、というのは髪が長く人形のように綺麗な顔立ちだったからだ。
あの子、知ってる……………??
何となく知っているような気がして、記憶を探る。しかし思い出せない。
あんな目立つ子、忘れないと思うんだけど。
彼は白銀の髪に、赤い瞳だった。
豪華な服を着ているのが、ここからでも分かる。なんだかこちらを見ている気がするけど、気のせいかもしれない。
一瞬目が合ったかと思ったら、すぐにいなくなってしまったからだ。
「ねえ、ここに白い髪の男の子いる?」
ティラナに尋ねる。
「私は見た事ないけど、お父さんは居るって言ってた気がする。」
ティラナの言葉を聞きつつも、先を歩いている2人に置いて行かれない様、急いだ。
チラリと振り返ってみたけれど。
もう、窓から姿が見える事はなかった。
なんだか後ろ髪を引かれながら、坂を下ってゆく。
中央から少し下ると教会や南北の広場、自治会の館など大きな建物がある区域だ。
この辺もまだ割と、青い。
中には入れないので、またどんどん下っていく。
初めての街の割には、なんだか足取りが軽い。
下りだからかな?
中腹部にくると、お店や住宅が目立ってきた。
「あの店は何?あれは??」
文字がわからないので、ティラナに沢山質問する。
しかしティラナも読めない文字が殆どらしく、行ったことのない店は判らないものも多かった。
しかし見てるだけで楽しい。
店構えも可愛いものが多く、基本的には売り物が見えるように飾られているので、何の店かは見ていれば大体分かった。
「!!!」
その中で私が釘付けになったのは、ある店のウインドウだ。
青というより水色の店構え。
小さな丸い雨除けが入り口を飾っていてステンドグラスの飾りがついた扉。
その横に大きめのウインドウがあって、古い服が飾られていた。
お店のウインドウに、足が自然とと引き寄せられる。
これだ………………。
見ただけで、ピンときた。
多分、十中八九、姫様の服だ。
細かいレースの襟が立ったブラウス。
その上から被さるようにとてつもなく細かい刺繍とレースが組み合わされたワンピースがある。
胸元と袖、スカートには全体的に刺繍が施されており、場所によっては密度の濃い所、薄い所と絶妙なデザイン。
袖口や裾はノルマンディーレースを彷彿とさせる、繊細なレースの組み合わせ。
ん?ノルマンディーレース?
最近どこかで見たな。
しかし目の前の宝に抗えず、気付いたらウインドウにべったり張り付いていた、私。
「依る。中には入れないのよ。また今度ハーシェルに連れてきてもらいましょう。」
そのままでもかなり怪しい私がこれ以上目立たない様に、朝にウインドウから引き剥がされた。
フードを被った怪しい女がウインドウに張り付いていたら、昼間だけど、ちょっとコワイ。
「休憩しましょ。」
朝が振り返って言う。
そろそろティラナも疲れてきたようだ。
すっかり街を満喫し過ぎて、お姉ちゃんなのに全然気を使えてなかった…ごめん。
その店から離れまいと、足がなかなか動かなかったけれど。
結局私のお腹が鳴ったので、ティラナと顔を見合わせて笑った。
そうして私達は、お昼に食べようと持ってきたサンドイッチを食べる場所へ移動する事にした。
この街へ来た時に通った、東門の近くの公園でお昼にする。
今日はハムとケルにオーレのサンドイッチと、ミックスジュースだ。
今日のオーレはもう摘んでからだいぶ経ってるので、叫び声が聞こえる事は無い、はず。
ケルは黄色だけどレタスみたいな野菜だ。
みずみずしくて美味しい。
そして、調子に乗っていろんな野菜と果物を入れたミックスジュース。
正直味が分からないものが多くて、何となくの見た目で決めたのだがアイプが入っている時点で既に蛍光ピンクの独り勝ちだ。
いや、味は美味しいのよ、味は。
視覚効果、恐るべし。
昼食を食べながら、ボーッと公園を眺めていた。
気が付くとウインドウの服の事を考えてしまう。とてつもなく「良い」服だという事もあるが、それがかなり傷んでいたからだ。
その状態を見て、なんだかとても胸が痛んだ。
何かが気になるけれども、何が気になっているのか自分でも分からない。
ただ、心がズシンと重くなる。
そしてすごくアレを修復したい気分になった。
私にそんな技術は、無いのだけれど。
足元で朝が靴に鼻を付けている。
「靴は綺麗なんだけどなぁ。」
「お姉ちゃん、直せないの?」
「あれ?口に出てた?」
どうやら口に出していたらしく、しかも先程かなりウインドウに張り付いていたのでティラナはすぐにピンときたらしい。
「うーん。好きなんだけどねぇ。そこまでの技術は持ってないんだよね。教えてくれる人とかいないかなぁ。てか、今もあのレベルのモノって作れるのか………?」
またしても最後が独り言になり、考え出した私の膝に朝が飛び乗った。
「うわっ!危ないよ!服が………」
持っていたジュースを溢しそうになり、「アイプ色になっちゃう…」とワタワタしていたら「いい加減にしなさい」と怒られてしまった。
さすがにティラナを放っておきすぎだろう。
うん、わかってる。
「ねぇ。かくれんぼって知ってる?」
腹ごなしの運動にティラナを誘う。
2人じゃ少ないから朝をまぜたらほんとに見つからなくて、橙の時間になり、焦り出したら木の上で寝ていたところを見つけた。
「ほら、もう帰るよ!」とつい怒っちゃったのはしょうがなくない?
散々焦ったので、これからは木の上は禁止する事にした。
てか、もう朝を入れてのかくれんぼは止めておくのが、無難。
何か気になる白い男の子。依るは扉の中にいる間は
シンラの事を忘れています。彼は誰なんでしょう。
そして幸先よく姫様の服らしきものが見つかりましたが
とても痛んでいて、依るの心も痛みました…。
直したい!