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透明の「扉」を開けて  作者: 美黎
7の扉 グロッシュラー
181/1937

地階の人々


部屋に鍵をかけ、階段を下る。


なるべく目立たない様、コッソリと移動だ。


何せ、私は簡易の灰色ローブだし、顔を見られれば「ヨル」だとバレる。

もし、この格好で見つかったらシリーが怒られる可能性が高い。


朝に先導してもらい、灰青の館を出て白い廊下を横切る。



丁度礼拝中だろう、遠くから小さく祝詞の声が聞こえる。

タイミングがいい。礼拝が終わると人が増える筈だ。今のうちにコッソリ移動しよう。


祭祀に合わせて少しずつ準備されている神殿の石廊下は、柱の上方にキラキラしたものが取り付けられていてちょっとクリスマスの様な雰囲気だ。

その少しだけ浮かれた雰囲気に更に浮き足立ちながら、何処へ行くのかとシリーの後に続く。


そう、私は地階へどうやって行くのか、知らないのだ。


最初に聞いた時から気になっていた、地階(した)への、道。

「この下」と言っていた、場所とは何処にあるのだろうか。


本当にこの下なの?





廊下を横切り、門の方へ進む。


丁度、深緑の館の外廊下、色の違うタイルの始まりの、場所。

少しだけタイルの色が、違う箇所がある。

少し小走りでそこへ先に行き、振り返るシリーは「少しお待ちください。」と言って「トントン」と二回、足でタイルを叩いた。


「ガチン」と音がして、少しタイルが跳ね上がる。


「えっ。」

「さ、早く。」


シリーはそのままその重そうなタイルの床をパカリと開けると私を手招きして階段へ下ろす。


「わぁ…………。」


目の前に続く下への階段と薄暗く紅い灯り。


仄暗い通路に嫌でもワクワクが高まる私。

騒がない様、口を覆ってシリーが下りるのを待つ。

何となく炭鉱の様な雰囲気のその地階への道を、シリー、朝、私の順でゆっくりと進んで行った。







「地階は基本的には三層です。すぐ下に作業部屋兼、子供達の遊び場、食堂、調理室。」


「その下に私達の部屋があります。」


うん?「基本的には」?

その下も、あるのかな?


シリーの話を聞きつつ、階段を下って行く。

余り騒がない方がいいと思い、口に手は当てたまま。目と首だけが忙しく動く私を振り返りながら、朝が頷いている。

きっと、「ちゃんと大人しくしてるわね」とか思っているに違いない。



「先に部屋に行きましょう。代わりのローブが有りますし………。」


そう言うシリーの後に続いて、どんどん下る、仄暗い階段。

大分大冒険感が出てきて、私の頭の中では音楽が盛り上がっていた。

そう、アレよアレ。



少し広めの踊り場を過ぎ、まだ下に階段が続く二つ目の踊り場。左右に扉がある、そこで止まったシリーは右側の扉を開け、私を通す。



「わぁ………!」


もう、大丈夫かと思い手を下ろした私はやはり、感激の声を出していた。


「余り騒がないでよ?」

「分かってる!」


朝に早速小言を言われながらも、フードを外して思いっきりキョロキョロし出した私の手を引いて、シリーは奥の部屋の扉へ進んだ。


その廊下は同じ様な紅い灯りの廊下だが、造りが完全にログハウスの様な木の造りになっていた。


温かい灯りの色と、木の温もり。

この、グロッシュラーに来てから初めて感じる感覚。


あるじゃん、木。

どこから持って来たんだろう?

ずっと昔って事なのかな………?


階段迄は石造りだったので灯りだけに気を取られていたが、ここからはもう全く世界が違う。

嫌でも上がるテンションを、どう落ち着かせようかと思いつつもワクワクが止められなくてニヤニヤしていた、私。


「気持ち悪いわよ。」

「どうぞ。」


朝に突っ込まれながらも、シリーの部屋に入って行く。



「お邪魔します………。」




「あら。」

「やだ!可愛い!!」


そこは本当に素朴な、山小屋の世界だった。


完璧な木でできた部屋の正面には窓を模した四角い何かが嵌められていて、エローラの擬似窓を思い出す。


その下には簡単な暖炉。

そこだけ石で囲われた小さな暖炉には、これまた小さな火が燃えていて部屋には誰も居ない所を見るときっとまじない石なのだろう。

チロチロと揺れる火が、この木の部屋を暖かく照らしている。


全体的には、少し、暗い。


灯りが充分でないのだろう。

左右の天井付近からの黄色い灯りと、暖炉の火、擬似窓の白い区切られた四角。

左右には枝ぶりを活かした木の二段ベッドが設えられ、暖色のパッチワークカバーが部屋に暖かみを足していた。


「今はアルルと二人なので割と自由に使っていますが、男の子達は二人か、四人か。もう少し部屋は広いですけど、人数が多いのでやっぱり少し、窮屈みたいですね………。」


そう言いながら傍の荷物の中から灰色ローブの予備を私に羽織らせる。

私の布はとりあえずベッドに掛けておく。


「何も、見る様なものは無いんですけど…。」


確かに、こう言っちゃ何だが部屋は狭い。

暖炉とベッド、小さなラックが左右に二つ。

それで終わりの、小さな、部屋。


可愛らしく纏められた部屋の中も、ここしかない空間で出来る限り過し易くしようとした二人の工夫が詰まっている。

二段ベッドの下は少し何か書き物ができる様にテーブルの様になっているし、綺麗に畳まれた布や服もきちんと整理整頓され整然と並んでいる。


その、きちんと感と古い木の温もり、手作り感あふれるクロス達。



ほっこり落ち着くこの空間が気に入った私は、テンション高く、部屋を褒めまくっていた。


「いや、凄く可愛いよ!これとかこれも、作ったの?凄いね………時間、かかったでしょう。縫い目も細かいし………。色も合っててとても素敵。この窓もいいね?誰が作ったの?やっぱり窓があると広く見えていいよね…………。」


一人でペラペラ喋っている私を、穏やかな笑みで見つめるシリー。

私の話が途切れるのを待って、「上に行きましょうか。」と言った。



あまりプライベートに踏み込み過ぎるのも悪いかと思い、大人しくついて行く。


だがその、上の「遊び場」で事件は、起こった。






再び階段を上り、少し広めの、踊り場。


話し声がする、左の扉。


少し大きな扉の軋む音と共に、一斉にこちらを見た、沢山の瞳。


おおう…………。


広めの部屋には、手前に長机が三つ、奥には子供達が遊べる様におもちゃの様なものや、小さな滑り台迄ある。思ったよりも広く、設備が整った様子。

よっぽど酷い生活をしている訳では無さそうで、少し安心する。


私を見た沢山の瞳は子供達のもので、しかし髪色が違うので分からない様だ。顔を見合わせてヒソヒソした後、また遊び始めた。



「凄いね!遊べる所もあるんだ。部屋だけだとちょっと狭いもんね。」


何気なく、言ったその、一言。



子供達の騒めきの中、しかし思わぬ方向から、返答が返ってきた。


「ハッ!能天気でいいな。」

「何しに下々の所迄いらっしゃったのかな?足が汚れるぞ?」


「え?」


反射的に、振り返る。


扉を入ってすぐの長机に、ハリコフとグラーツが座っていた事にどうやら気が付いていなかった様だ。


二人とも、諦めに似た嘲笑を含んだ、声。

ハッキリと私だと認識して、放たれたその言葉の意味が、解らなかった私。


なに?

ここに来た事が気に入らないの?



だが、二人が言っているのはそんな事では、無かった。



「お前、煩いんだよ。可愛い、可愛いって。この暗い地面の下で、何が楽しくて暮らしていると思うんだ?物珍しさで見学か?………いい御身分だよ。」


「ここは遊びに来る様な場所じゃ、ない。俺達の生活の、場所だ。「ここしか」無いんだ。嗤ってんだろ?狭くて、暗い、この部屋。窓だって無い。狭く、押し込められた部屋で充分な布団すら、無い。あのツギハギだらけの古着の布団を見て、面白かったか?!」


「チビ達だって、広い場所で遊ばせたいさ!しかし俺達は外にに出る事が許されているのは、造船所へ行く時だけだ。あいつらの遊具も俺達や以前のロウワが作った物。お前らが与えてくれたものなんて、一つも、無い。」



静まり返る、部屋。



口の中が一瞬で渇く。



自分のした事が落ちて来なくて、冷静になれる様拳を握り、手の感覚を確かめる。


遊び始めていた子供達も一斉にこちらを見て固まっていた。




ハリコフ達は、いつから私に気が付いていたのだろうか。


私が、能天気に騒いでいる間、どんな気持ちでそれを聞いていたのだろうか。



何も、解っていない、私が。


ここにいる、みんなを無意識に傷付けていた。

結果として、馬鹿にしていた。侮辱していた。


その事実がどんどん、私の中に染み込んできてどうしようも無い冷たさに心が冷えてゆく。



立ち尽くす私に、畳み掛ける様に喋りだすグラーツ。


「シリーだって、上に置いてやればいいのにお前が下に押し込めてるんだろう!何だってそんな事をする?俺達がそんなに穢らわしいか?!」


「止めて!!」


その時割って入った、シリーのハッキリとした強い、声。


「そんなんじゃ、無い。それは私達の間で相談して決めたの。まだ、子供達の事も心配だし。アルルだけじゃ、無理。」

「それはそうかもしれないけど………。」


「この人に、悪気は無いよ。」


そう言って私達の間に入ってきたのは、ルガだ。

遊んでいる子供達の間から出てきて、二人に淡々と述べる。


「見てれば分かるだろ。僕達の事、何とも思ってないよ。」

「それが一番悪いんじゃないか。悪気無く人を馬鹿にするのが一番サイテーだ。」

「だって知らない事をどうやって……………。」

「だから………。」


ルガとグラーツが言い合いになる。


その様子がどんどん見えなくなってくる、私。



二人が本音をぶつけてきて。

シリーが庇ってくれて。

ルガとも言い合いに、なって。


私は余りにも自分が情け無くて、泣いていた。


いや、こんな所で泣くのは嫌なんだ。

違う。ルール違反。私が泣くのは、駄目だし狡い。


でも、涙が止められなかった。



余りにも自分が無知で。

助けたい人達の場所を物知り顔で踏み荒らして楽しんで。

もっと、歴史の勉強をしてからここに来れば、こんな思いをさせなかったかも知れない。

もっと、私に配慮があれば静かに見れただろう。

造船所での様子から、想像する事だって、出来たかも知れない。


ただ、馬鹿にしに来たと思われたって、当然なんだ。


それだけの事を、した。


その事実が私の涙腺君に仕事をさせなかった。




ただはらはらと涙を流す私にシリーはオロオロして、ルガは「大丈夫?」と近づいてくる。


余りよく見えないけどあの二人は黙っている。



早く、止めなきゃ。

駄目だよ、私が泣くのは。

狡いよ。



そうして袖で、ぐっと涙を拭って、頭を下げた。

古くなって、削れた木の床が目に入りぐっと堪える。


「ごめんなさい………。」


掠れた声、鼻水の音。

駄目、ちゃんと謝らないと。

いつまでも、私達の間の溝はきっと、埋まらない。


そう思うと鼻を啜って顔を上げる。

二人の前迄進むと、丁寧に頭を下げる。

その後は、みんなにも。

私が傷付けてしまったのは、ここ地階にいる、全員だ。


「ごめんなさい。私が、馬鹿だった。何も、解って無かった。」


ハッキリとした声で、言う。



静かな部屋。


誰も何も、言わない。




そうして、暫く。


子供達のソワソワが伝わる頃、低く、通る声がこう言った。


「その位で気が済んだろう。食事にしないか。」



振り向くと、そこに立っていたのは何処かで見た事のある気がする、男の人だった。




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