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透明の「扉」を開けて  作者: 美黎
7の扉 グロッシュラー
175/1934

旧い神殿の時間


旧い、神殿の崩れた回廊に入る。


足元は瓦礫だらけだけれど、そう歩き難くも無い。

きちんと明るいからかもしれないな、と頭上を仰ぐと残った石のアーチから雲ばかりの空が、見える。


「これが青空なら、さぞ綺麗だろうに。」


そんな事を呟きながら、少しずつ奥へ進む。



いつもの新しい(とは言っても古いが)神殿よりも随分と小ぢんまりはしているが、ここもそこそこ大きな建物だったのだと思う。

ただ、あれが大き過ぎるのだ。


入り口の回廊は元から屋根が無いのか、崩れ落ちたのか、それでも美しいアーチの柱が雲を額縁の様に切り取り、私を楽しませてくれる。

植物を象ったレリーフが柱の随所に刻まれていて、こちらの神殿はやはり緑がある頃を知っているのだと連想させた。


灰色の、きっと以前は白かったであろう神殿なのだけど。

自然との関わりを連想させるその柱を見ながらまた、奥へ進む。


「池?…………うーん?川の続きかな…………。」


回廊の両脇はお堀を想像させる水で囲まれていて、それをまた囲む様に荒れた灰色の土や瓦礫が見える。

何故、ここだけ綺麗に残っているのだろうか。


そりゃ、川が堰き止められると困るけど………ここは手が入っていない筈だよね?


川を辿るか、少し迷ったが中を探検してから外へ回ろうと思った。


もう、入っちゃったし。




朝はもう、見えなくなってしまった。

レシフェはチラリと見るとまだ、入り口で立ち止まって腕組みをしている。

でも私は一人でゆっくり、この旧い神殿を堪能したかったので丁度いい。


ここは、危険なものはいない。


一人でも、大丈夫だ。


多分、ここにいる危険なものは「神」だけだろう。まだそこに在るとしたら、だけど。





回廊を過ぎて建物の中に入ると、少し階段を下る。


礼拝堂に入る前にある、ちょっとした広い踊り場の様なスペースに、謎の床の紋様。

以前来た時は、気が付かなかった。


半円に区切られたその場所は天井も複雑な幾重にも重なるアーチ状になっていて、幾つかの区切られた円に紋様が描かれている。

しかし殆ど剥がれ落ちたその紋様は全体を見て取る事はできず、一部天文図の様な円を区切った線が判る、程度だ。

床には太陽を模しているのか、円とそこから伸びる輝く光が表されている。


やはり、空はあったのだろう。


神殿のそこかしこに残る、この扉の過去が暖かいもので少し嬉しくなってきた。


奥も、きっと楽しい筈だ。



その踊り場から正面、大きな通路はきっと聖堂に繋がる道だ。

この前は真っ直ぐしか行っていないから。


今日は探検を兼ねている。

これは違う道に行くしかないだろう。うん。



「大丈夫か?」


ベイルートが心配して飛んで来た。


「?何がですか?」

「いや、お前ボーッとしながら、急にズンズン歩いて行くからさ…………。」

「ああ…………。フフッ、大丈夫ですよ。「ここ」には私を害するものはいない筈です。」


「…………。」


ベイルートは私のその言葉には何も言わず、そのまま肩に留る。

それを確認すると、左右どちらの通路へ行くか考える。


うーん?

でもとりあえず、こっちかな?すぐ扉が見えるし?


先にすぐそこに扉が見える左の通路へ行く事にした。




「ちょっとドキドキしますね………。」


半分独り言でベイルートに話しかけながら、大きな扉の前に立つ。

その、ほぼ通路いっぱいの大きさの扉は観音開きで丸い取っ手が付いた木の扉だ。

びっしりと埃が付いて、灰色だが元は何色だったろうか。


確か、礼拝堂辺りは少し青っぽい感じだったよね…………。


一応、中から何か気配がしないか耳を欹てて様子を伺う。

多分、大丈夫。

生き物の気配はしない。

いや、いたら怖いんだけど。



丸い取手を掴んで、ゆっくり、引いた。

その重そうな大きな扉は思ったよりはすんなり、開いたのだけれど中は何も無かった。


というか、ガラクタ?物置?


「教会の小部屋みたいだね…。」


そこそこ広い、その冷たい部屋は装飾のない石壁が露わになっておりやはり物置の類なのだと判る。

そのまま置かれている何かの道具や、布を掛けられた、何か。


正面にある形だけは美しい窓が、それらを照らして私に見せてくれていた。


「何も…………無いね?いや、あるんだけど………何だろ、これ。」


少し近づいて、その奥の一段高くなった所に積まれている道具やら何かを眺める。

あまり私が興味を惹かれるものは無さそうで、早々に反対側に行こうと決めた。

あっちの部屋も、見たい。


「じゃ、また。」


謎に挨拶をして扉を閉じ、反対側の通路へ進む。



まだ、レシフェは見えないけれどもう先へ行っただろうか。


まぁ、私は寄り道、するんだけど。




反対側、入って右側のその通路は少し、人の気配があった通路だ。


剥がれている塗りの壁を見ながら、アーチ状の通路の天井を見ながら少し進むと、扉が見える。

今度はそう、大きくない扉だ。


片開きの、普通の扉。


ここも、そう豪華な扉ではなく普通の木の扉だ。同じく、丸い取っ手が付いている。


「お邪魔します…………。」


今度は普通に開ける。

多分、誰もいないし。



少し、軋んだ音を立てた塗りの扉は軽く、思ったよりも勢い良く開いた。


よろけた私の肩からベイルートが飛び、転ばない様二、三歩進んだ部屋の、中。



埃が積もる、その部屋はさっきの物置とは違う、生活感が残る部屋だ。


正面にはシンプルな四角い窓。

左手にはオルガンの様なもの、窓の下には四角いシンプルな木造のテーブルと椅子。

部屋の隅には布切れが纏められている。


何か控の間の様なその雰囲気は少しの柔らかさを含み、優しく迎えられた、気がした。


薄く埃の積もった石の床を、そっと進み窓から外を見る。ガラスを区切る四角い線にもほっこりと乗る埃があり、何処も彼処もその誰も入ってはいない年月を物語っている。


細くなった、川と灰色の何も無い土地、そして拡がる、雲。


やはりこの旧い神殿はあちらと反対側に位置して、この島の両端となっているのだろう。


「でもさ………、あっちと、こっちなら対なんじゃないの?普通は。」


私のポツリと言った、独り言に応える者はいない。




急に「ポーン」という音がして驚いて振り向くとあのオルガンの様なものにベイルートが乗っていた。


「………びっ………くりしたぁ………。」

「すまん。」


「これ、まだ音出るんですね………。」


ベイルートは自分でも驚いたのか、すぐに飛び立ちテーブルに移った。


代わりに私が楽器の前に、立つ。


薄く、埃が積もる、この楽器も。



以前、あの窓の下に立った事を思い出す。


誰にも触れられず、ずっと、ここに在ること。


誰にも、知られずひっそりと、しかし確実にこの場に存在する、こと。


時間だけが静かに過ぎてゆく、誰も、何も、いないこの空間で。



ここに「在る」とはどういう事なのか。


「生きて」もいなく「死んで」もいない。


ただ、そこに「在る」ということ。



何も無くても、誰もいなくとも、例え全てが無くなろうとも。

時間は流れ、ただ静かに過ぎていく。

そんな世界で「大切なもの」とは何なのだろうか。


曽ては「祈りの場」だったという、この場所で。


「価値」って、何?

「お金」?

「身分」?

「力」?


どうやら、デヴァイの人達にとっては大切そうなそれらは。本当に、「大切なもの」?



多分、私の「大切なもの」はこういう時間、空間、感覚、想い、だ。



この息遣いが感じられるもの、場所を創った「人の手」。


ここが、こうして残っていること。


それを味わうことを喜べる、気持ち。


また「それ」を繋いでいきたい、という想い。



静かに、一人で、この薄暗い埃の積もる部屋に、立つこと。


何者にも邪魔されない、時間、空間と、「私の感覚」。


「大切なもの」を大切にして、またそれを作る「こと」、「物」、「人」を守り繋いでいくこと、そしてそれを「大切にして行くこと」を繋いで行くこと。




薄く差し込む光に目を細め、オルガンの前から窓を見る。


礼拝堂とは違うけれども、ここもまた、静謐な空間なのだ。

それは重ねてきた「時間」だけが持つことのできる、空間。


「こうして愉しめるのなら、長生きするのも悪くないのかもね。」


何となく、「不死だ」という長の事が思い出される。


もし本当に彼のお陰でここが保たれたのだとしたら。


「感謝しなきゃ、いけないかもね………。」



静かに指を鍵盤に置いて、力を入れる。


思ったより、澄んだ音が響いて少し驚く。


「ベイルートさんより、上手いんじゃない?」


クスクスと笑いながら、辿々しく一本の指で鍵盤の上を歩いて行く。

私はオルガンは弾けないのだ。


一応、音楽の授業でやる程度なら、できるけど。



あまりにも澄んだ音が響くので、唯一弾ける曲を弾いてみる。

勿論、主旋律だけ。片手でしか、弾けないから。


でも楽しい。


「「音」「楽」って、こういう事だね………。」



自然と口遊むいつもの曲は、何でも出来る、しのぶに習った曲。

「耳コピで覚えた」と言ってきちんと両手で弾く彼女を「実は天才か」と思った事を思い出した。

ついつい楽しくなって、盛り上がる私。


だって、誰もいないし?


ここ、静かだし、綺麗だし、これだって、こうして歌うためにあるのでしょう?



きっと、待っていた筈なのだ。


こうして再び、触れられ、歌い出す瞬間(とき)を。



楽しそうに歌うオルガンと私、それを聴くベイルートに注ぐ、曇った光。


この曇りの光の中でも玉虫色はとても綺麗に光っている。


反響する石壁、所々、剥げた灰青。

古い木のテーブル、使い込まれた光沢のある椅子の座面。

古さと埃の他は傷も無い、丁寧に使われていたであろう、オルガンの隠された艶。

足元に残る私の足跡とまだ侵されていない埃の、領分。


ここから見ると雲しか見えない、窓枠の白さと切り取られた景色。

いつか、青空も見る事が出来るだろうか。



この、気持ちをどう表現すればいいのか分からなくてただ、歌う。


そう、きっと、歌うってそういう事だ。


祈るってきっと、そういう事。


何の為でも、誰の為でも、自分の為ですら無くて、ただ、この時間(とき)に感謝して、歌う。



ただただ、私の、心、「想い」を込めて。

溢れてくる、この「想い」を歌うんだ。




あたたかい………。





そう、感じた瞬間、飛び込んできたのは朝とレシフェだった。



「ちょっと!」

「こら!お前、また!」




えっ。


駄目だった??


ピタリと歌うのを止めた私を見て、二人はまたゲンナリしていたのだけれどベイルートだけは「うん、まぁ、仕方ない。」と一人で頷いていた。


多分、そんな感じだった。虫だけど。



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