ヨル、川へ行く
「今度、口も付けて貰えばいいかな?……………いや、でも絶対もっとキモくなるよね…。」
今朝、部屋に帰って来た「目耳」はダイニングで私の頭上をくるくると飛び回っている。
雰囲気からして、「大丈夫」の返事だろう。
駄目なら多分、もっと飛び方がしょんぼりしている筈だ。
昨日の夜、気焔に相談出来なかった私は適任者にお使いを飛ばしていた。
それは、あの人。
最近、私の聞きたい事が溜まっているレシフェだ。
多分、川に探検へ行くのに一人だと許可が出ない事を見越した私は、夜のうちにレシフェに「目耳」を飛ばしていたのだ。
レシフェに聞きたい事は、沢山ある。
造船所や、あのお城の事。ここでの、石の調達方法等等。
話しながら行けば、丁度いいのだ。
それに、レナとのお店の話もしたいしね………。
祭祀が終わったら、という話はしているけれどきっと私から持ち掛けなければいけない話の筈だ。
少し、詳細を詰めておいた方がいいだろう。
何にせよ、都合が良いのである。
レナがいれば、もっと良いんだけど。
ま、それは無理だろうからもう少し待たなきゃね……………。
「目耳」の動きを確認すると、ローブを掴み礼拝と朝食に向かう事にした。
待ち合わせ?迎えに来てくれるかな?
とりあえず、用事を済ませなきゃね!
「何時何処で」と言われた訳でもないが、何となく用を済ませて神殿の入り口で待つ、私。
普段から誰も居ない神殿前は、一人で気楽に待てるから丁度いいのだ。
廊下は結構人がいるし、部屋で待つと二人で出て行く事になる。私は構わないが、何かまずい事があるのかどうか、分からなかったので少し寒いが安全策を取る事にした。
気焔は少しレシフェとのお出掛けを渋っていたけど、私が一人で行くよりは、と結局、折れた。
ハーゼルの事もあるし、図書室や神殿でウロウロしてるよりはレシフェといる方がある意味安全な事もある。
一応、石も戻った。今のレシフェもかなり強い筈だ。
そういやブラックホールはもう、作ってないよね………?
出掛けに山百合をポワッとしてくれたので、多少寒さは感じるが、大分マシである。
中々いい、カイロ代わりになっている。
そうして意外とゆっくり見る機会の無い、入り口の彫刻を鑑賞しながらレシフェを待っていた。
大きな石の門と、それに浮かび上がる装飾は自然を図象化したもので所謂人物や動物などは、無い。彩色等も勿論無いので極めてシンプルで且つ繊細な紋様がある程度の規則正しさをもって、並んでいる。
でも、近くで見ると結構大きそうだよね………ここでこれだけ見えるって事は。
く、首が痛い………。
門は、大きい。
階段から下りる事なくそのまま上を見上げていたので、首がおかしくなりそうでちょっと休憩だ。
ひょっとするとそのまま背後にひっくり返るかもしれない。
私なら、あり得る。自分で言うのも何だけど。
「気をつけなさいよ。」
やはり、朝からも注意される。
勿論、朝とベイルートの二人は気焔から頼まれて私のお守り役だ。
「ああ、良かった。ここにいたか。」
そう言ってレシフェがやって来たのは、ある意味丁度いい、タイミングだった。
「気焔が行きたがってただろう。」
「うん、まぁ。でも、あまり私が振り回すのもあれかと思ってさ………。」
朝を先頭に、レシフェと二人で並んで灰色の石畳を歩く。
何時もはクテシフォンとしか、殆ど歩かないこの道をレシフェと歩いているのは少し、変な感じだ。
まだ、グロッシュラーでレシフェに会う事に慣れていないせいだろうか。
隣のフワフワした濃い灰色の髪を見る。
ん?
「あれ?これって、ここでは一般的なもの?」
「何だ?………ああ、飾り紐か?」
「飾り紐って言うの?いいね、これ。レシフェが扱ってるの?」
最近、目にする事が多くて気になっていた組紐が、まさかこんな身近にあろうとは。
すぐに食い付いた私は、すっかり何時もの調子に戻って、その飾り紐について根掘り葉掘り、聞いたのだった。
「まぁ、でもお前が着ければ流行るかもな?」
「そう?」
レシフェが言うには、飾り紐はデヴァイやグロッシュラーでは一般的に男性が使う物なのだそうだ。女性は、リボンを着けるらしい。それか、私が着けているような飾りの髪留め。
私が着ければ流行る、とは言ってもグロッシュラーに女性は四人しかいない。
あ………でもネイアや貴石を合わせるともうちょっといるか…………。でも私の真似なんて、しないよね…………。
「怒られないかな?」
「お前を怒る奴なんているのか?ああ、確か銀の偉い奴が一人いるな…………。」
うーん。
でもミストラスはなんとなくだけど、怒らなそうだな?そもそもそんな、校則みたいな決まりってあるの??
そんな事を考えていると、もう造船所が見えてきた。
「あっ。違う違う、私そんな事聞きたいんじゃなかった。」
そうだよ………。
そうして私は造船所を見て思い出した疑問を、順にレシフェにぶつけて行った。
「俺も、中には入った事がないな。」
「やっぱり………?」
「今度、入れる?見て欲しいかも。」
「多分、行けるだろう。シュレジエンに話すかどうかは俺が見て決めるからな。お前は知らないフリをしてろ。…………まぁ知ってるのかもしれないけどな………。」
「…………どうだろうね。」
箱舟の、あの、天井。
結局気焔にはまだ話していないけど、とりあえずレシフェに話しておけば早いだろう。
デービスやナザレの事も、多分レシフェに探ってもらった方が早い筈だ。きっと、シュツットガルトに訊いてくれるかもしれない。
「そういや、お前。見たぞ。」
「え?何が?」
「あの赤ローブだよ。………気焔、大丈夫だったか?」
「………うん?まだ、ちゃんとは話してない。ちょっと、注意されたけど………。」
「何故すぐ呼ばなかった?あいつとは繋がってるだろ?」
「…………うーん。そうなんだけどね…………。」
確かに、レシフェの言う通りでも、ある。
結局あの時、何でかあの人は弾かれたけど、一瞬遅かったら私が何かされてたかも、しれない。
確かにあの時は怒りが、勝っていた。
でも、その後来た不快感と結局何も出来ていなかった自分の不甲斐なさ………。
髪留めに手をやって、きっとアキが守ってくれたのだと改めて思う。あの時確かに、この辺が弾けたから。
「お前さ…………確かに、お前は強いよ。普通に手は出せない。けどな、あの様子だと多分咄嗟には反応出来なかっただろう?あいつは多分、悪戯位の様子だった。あの後も、ケロっと帰ったしな。ただ、一瞬でも出来る事はある。………お前を傷付ける為にな?それに、カンナビーを使われたりしたら駄目だ。もう、終わり。」
「ああ、まぁそう落ち込むな………。分かってるよ。気を付けろって事だ。最低でも朝か、ベイルートは一緒に連れて行け。」
見るからに落ち込み出した私を見て、まずいと思ったのだろう。
レシフェはそれ以上、言うのを止めたけれどきっと本当に私は危険だったのだろう。
それは、分かる。やっぱり怖かったから。
動けなかった。
身体が、竦んだ。
何も、出来なかった。
自分では、アキに助けを求める事も、自分の石たちの事も呼べなかったのだ。
唯一、浮かんだ気焔は「迷惑かけられない」と自分で消してしまった。
もし、私が被害にあったなら迷惑どころじゃなくなる、彼の事を知っている筈なのに。
自分の認識が甘かった事を反省していたのだ。
ついでに、落ち込みも。
「ヨル…気焔には言っといてやるから。これ以上言わない様に。何かいい物持って行くから………。」
なんだか一生懸命慰めようとしているレシフェが可笑しくなってきて、ちょっと元気が出て来た。
とりあえず、同じ事をしない様気をつけるしかない。
「ごめんね?でも、「目耳」レシフェの所まで報告に行ってたの?」
そう訊いた私にレシフェは当然のように答えた。
「まぁ、全部じゃ無いが特にあれは気焔が「見ろ」と飛ばして来たからな。あいつの顔が見せたかったんだろうが。」
成る程。
どうやらハーゼルは気焔に「危険人物」認定されたらしい。ちょっと、可哀想だけど。
とりあえずまだ聞きたい事は沢山ある。
私は反省を横に置いておいて、レシフェに他の質問もしながらどんどん川に沿って歩いて行った。
そう、今日の目的は「川」だから。
「えー。じゃあ結局、どこかから奪ってるの?」
「まあ、そういう事になるな?デヴァイは世襲の時石も継ぐらしいが。あそこは資源がないから使い回ししてるんだろう。どうせいい石だろうしな。」
ふーん?
なら、デヴァイの石はみんな喋るかな?それってちょっと楽しいかもね?
グロッシュラーでの石の調達方法を訊いていた私。
私の癒し石や、レシフェが来てからはウイントフークに都合を付けてもらっているらしいが、基本レシフェが以前いた頃はラピスで奪うか、何処からか持ってきた石に力を溜めて使っていたらしい。
「行き来出来るならさ、普通に鉱山に行けばいいじゃん。何で人から獲るかな…………。」
私がブツブツ言っていると、ポツリと答える。
「人から奪うのが普通の連中なんだよ。まぁ、俺も以前はそう思ってたからな…………。」
確か、レシフェは最初は自分で石を採りに行った筈だ。
でも、きっとここに来て「奪うのが普通」の生活に、慣れた。
何かを作る、採りに行く、力を溜める…………。
あらゆる事を自分の手を使わずに誰かの手を使い、時には汚して、生活を賄う。
それが「普通」の世界。
何故?
いつからそうなった?
デヴァイは、初めからそんな世界なの?
グロッシュラーは最初、神殿だったと確かソフィアが言っていた。
なんだっけ?何か、祈るのにいい場所だったけど、悪いモノが溜まってこうなってる、みたいな事言ってたよね…?
ミストラスは「流刑地」じゃないかって、言ってたけど………?
どれが、本当?
ぐるぐるしていたら、もうアーチ橋に着いた。
そうして私は、今日の目的をやっとこの時点でレシフェに告げた。
そういや、言って無かったよね??
「ねえ、この川ってどこから来てるの?」
「川?川って、これか?」
「そう。水が流れてるって事は、始まりがあるって事でしょう?」
「そりゃそうだな。…………考えた事無かった。しかし………とりあえず、行ってみようぜ。」
レシフェ曰く、「そういうもんだ」と思っていたし、そもそも以前はそう自由が無かったらしいので川の始まりについては知らないらしい。
そもそも、本当は川なのか、水路なのか。
綺麗に管理されていそうな箇所もあれば、そのまま地面が穿たれ、流れている様な場所もある。
レシフェの言葉を聞きながらとりあえず上流へと水源を求めて進む。
川はほぼ道なりに続いているので、普通に歩いていけばきっとどこら辺か、くらいは判ると思うのだけれど………。
チラリと遠目に貴石が見えて、「今度行ってもいい?」と訊いたら「気焔がいいと言ったらな。」と間接的に駄目、と言われてしまった。
何故だ。
とりあえず、あそこも問題があるんでしょう?
実際、見てみないと判らないよ…………。
そのままもっと進むと、やはり旧い神殿に行き着いた。
どうやらここで、終点の様だ。
「お前達、始めここに隠れたんだろう?」
「うん。何で?」
何故か、レシフェの声が少し固い。
「いや。ここは石が悪くなるから近寄るなって子供の頃から言われるんだ。まぁ今となりゃ信じちゃいないが、やっぱり気持ちいい感じはしないからな…………。」
「えー。…………嘘だよ、それ。」
キッパリと、そう言い切った私に少しポカンとしているレシフェを置いて、私は一人瓦礫の散らばる入り口をゆっくりと進んで行った。
結局、この前は明るい所でじっくり見れなかったしね?
よし、今日は堪能するぞ?
「諦めろ。行くぞ。」
背後でベイルートがレシフェにそう言っているのが、聞こえた。