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透明の「扉」を開けて  作者: 美黎
7の扉 グロッシュラー
148/1937

祝詞


結局意外とあの後は、怒られなかった。


ただ、テクテクと帰り道を歩きながら気焔が来るまでにあった話を、訊かれながら話す。

いつから見ていたのかとドキドキしたが、そう早くから見ていた訳では無かったらしい。


「とりあえず子供達とは仲良くなれそう。」


という曖昧な感想を言って、締めておいた。

そう、余計な事は言わないに限るのである。


そんなバタバタが有ったのが、数日前。



それから力を溜めた石を届けた私は、それをシュレジエンに託して一旦造船所通いを落ち着かせる事にした。

とりあえずは1日おきに行って石の状態を確認すれば、後は数日おきでも大丈夫だろう。


子供達の様子も休息が取れているからか、食べ物がちゃんと食べられる様になったからか、かなり表情が明るくなってきた。

今迄も笑顔は見れたが、やはり違う。元気に屈託なく笑う顔を見ると基本的な生活の大切さが分かる。

まずはきちんとご飯を食べて、きちんと寝て、元気な事。何もかも、それからだ。

これも引き続き、様子を見る案件の一つ。



しかし、これからは課題を中心として少し自分の事もやらなければならない。

流石にちょっと、同級生に差をつけられ始めたのでは無いかと思うくらい、何も進んでいない私。

ランペトゥーザもあの後、進んでいるだろうか。


そろそろヤバそうだよね………。

流石に進んでなさ過ぎかな?



とりあえずは手近な所から手を付けるべく、借りてきてそのままの青の本から手をつける事にした。きっと図書室で沢山の資料に埋もれても、何から手を付けたら良いのか分からなくなるに違いない。

それに、まだ青の本の声が聴こえるかどうか試していないしな………。


そう、最近益々寒さが本格的になってきて「そろそろ雪が降るかもね」という合言葉と共に雪の祭祀の準備が本格化してきていたのだ。

いつ降るか分からないので、本当は出来るだけ早目に訳さないといけない事は解っていた。





ピン、と冷えた空気が張り詰める神殿の廊下。


ボーッとしながら朝食を終えた私は、部屋に帰ろうと廊下を横切ろうとしていた。

みんなはきっと授業に行ったのだろう。

チラホラ灰ローブが見えるくらいで、殆ど誰もいない廊下はその寂しさも相まって益々、寒く感じる。


石だしね…………。


白い、石とタイルの廊下を立ち止まり、冷たい空気を吸う。

礼拝堂に見える人影。

今朝も、きちんと祈ってきた。

やっぱり、言葉は解らないけれど。


しかし、何度も繰り返すうちにリズムにも慣れて、何となく一緒に唱えられる様になってきていた私。

あの独特のリズムと言葉の音。

実は隣のミストラスの抑揚が結構好きだ。


あの人、祝詞の時は何か声が違うんだよね………。

ううっ、寒っ。


誰も居ない廊下の真ん中で突っ立っていた私は、両腕を摩るととりあえず足早に部屋に戻る。

今日はゆっくり、部屋で青の本を開くつもりだから。






「さて、と。」


カンカン言うヤカンを待つ間に資料を纏めてテーブルに用意する。


「自分の部屋での醍醐味、お茶を用意して飲みながらやっちゃうもんね………。」


独り言をいいながら「フフフ」と怪しく笑っていると朝に「溢さない様にね?」と突っ込まれる。


「確かに。」


自分の紙とかならいいが、青の本を汚すとまずい。ポットはミニキッチンに置いたまま、カップだけ持ってテーブルに支度をした。

これでクッキーもあると最高に捗りそうなんだけど………。

勉強に甘い物は、不可欠だと思う。しかも翻訳なんて、脳みそが疲れそうな時には。



「さて。とりあえず、雪の祭祀の祝詞とは…………。」


そもそもそれが、何処に載っているのかも知らない私。

テーブルの上には借りてきた予言の本や辞書、日記がある。メモ紙を脇に寄せ、本を並べて少し、眺めた。


読めないんだもんね………どうするか………まぁ、訊くしか無いよね。


そうしてとりあえず、二の本を静かに開いた。



「やあ、青の子。今日はどうした?」


ん?何かキャラ違くない??


この前まで女の子かと思っていた、話し方が今日は男の人の様になっている。

どう言う事?色んなキャラがあるのかな?

まあ、どちらでも良いんだけど。本だし…。


少し止まってしまったが、特にどちらでも問題は無い。そのまま質問を、してみた。


「あの、雪の祭祀の祝詞が知りたいの。あなたは知ってる?」


「それは六の本だな。しかし雪の祝詞だけで良ければこの本にも載っている。」

「え?どれ?………これ?こっち?」


二の本が言うには他に借りている本に載っているらしい、雪の祝詞。あれこれ持ち上げて其々訊いてみると、載っているのは予言の、本だった。



「これ?これは………予言の本だけど………。関係あるの?予言と、祭祀が。」


「まあそうであろうな。」


え?何それ。

予言と祭祀が関係あるなら、まずくない?


瞬時に頭に浮かんだ、危険な予感。

何かが、起こる。

かも、しれない。

でも、もしかしたら何かが起こる、という訳ではないのかもしれない。

とにかく調べれば何か判るかも知れないと、予言の書をパラパラとめくっていった。





うっ。冷めてる。


暫く、集中していた私。

手を伸ばしてお茶を飲むと、すっかり冷めてしまっていた。



そもそも何が書いてあるのか全く分からなかった、予言の原書。

青の本に雪の祭祀のページを教えてもらい、祝詞を探す。

古語の文字が難しくて思わずため息が出たが、先ずそれを書き写す事から始まり、借りてきた辞書と合わせて一語一語、意味を書いていく。

辞書には活用系や形容詞等は載っておらず、きっと名詞としての語句しか載って無いのかも、知れない。やはり調べられない言葉もあって、それについては青の本が教えてくれた。


所々、語尾の文字が違うものがあるがとりあえずの意味を並べていって、やっとひと段落だ。


そう、長くは無い祝詞だがやはり全く見たこともない文字は、かなり集中力を使う。

しかし解ると結構楽しくて、何となくの意味が見えてくるとやはり「雪の」祭祀だという事が解ってきた。


「知らない文字なんだけど、何処かで見た様な気はするんだよね………。」

「あっちの神殿じゃないか?あそこにあったろう、何か、よく分からんやつが。」


キラリと背中を光らせながら、紙の上を歩くベイルート。

確かに、そう言われればそんな気がしてきた。



あの、旧い神殿の円窓の、下。

階段を上った踊り場の中央にあった鏡の様なものと、それを囲む絵と文字。

はっきりとは覚えていないが、確かにそんな気がしてきた。

そう、確かこんな記号の様な絵の様な、美しく装飾の様な文字だった気がする。

そう、だから書きづらいんだけどね………。


「確かに………。あそこも、旧いですもんね。じゃあ余計に………。」


あっちでやった方がいいんじゃないかな。

それか、天空の門、か。


そんな事をチラリと考えたが、私にどうこう出来る問題でも無い。

とりあえずそれは置いておいて、訳を進める事にした。


「でもさ、此処からが問題じゃない?」

「どうして?」

「もし、私が何か間違ってたら教えてね?だって………ココとかさ、「静か」って言うのは「静かな」なのか「静かに」なのかでも、全然違うじゃない?それ間違えたら全然意味が違うくなっちゃうよね………。」


最後の方独り言になってしまったが、私の懸念は青の本にとっては大した事では無いらしかった。


「案ずるな、青の子。そうなる様に、出来ている。」

「「そう」?なる様?…………どうなるのよ………。」


なんだかよく分からない。

とりあえずやってみるしか無い事は、確か。


そして一つため息を吐くと、また黙々と考え始めた。




何度か青の本にダメ出しをされ、何とか仕上がった祝詞。

結局「そうなる」とか言ってたくせに、「違う」「もう一度」「もう少し」とか言って修正させられた祝詞は「さすが雪の祭祀。」と思わず独り言を言ってしまう内容だった。



いやね?

なんていうか………思ったよりも、激しくない?


何となくだけど、冬の、寒くて、キラキラした雪が降って、静かな祈り………みたいなものを想像していた、私。

しかし訳した祝詞は、思ったよりも鋭く激しい、ものだった。


「ここはもうちょっと再考の余地ありだけど………とりあえず「祈れ、祈れ」でしょ?」


そう、朝とベイルートに説明しながら完成した祝詞を読んで、聞かせる。

「これ、どう思う?」と訊きながら。



祈れ 祈れ

等しき恵を 白い 空へ


放て 想え 歌え 踊れ

見えないものは 空にある


祈れ 静かに 凍える日にも

川を 涙を 凍らせ 穿て

求めるものは 啓く 力


氷の 刃で 雲を 斬り裂け

開放しろ 解放しろ



リン、と空気が鳴った気がする。


何かが綺麗になった部屋の中で、初めに話出したのは朝だった。


「へぇ。思ったより行動的ね?」

「そうだな………何を暗示しているのか。」

「だよね………やっぱり、それ思う?中々物騒だよね………特に「氷の刃」とかさ…。降るのは雪でしょう?一体何がどうなってこの祝詞が出来たのか………。」


少し暗くなった部屋の中でボソボソと意見を言い合う私達。

意外な翻訳に少し不安になる私の前で、ブツブツ言いながらベイルートがくるくる回っている。玉虫色がチラチラ遊ぶ紙の上をボーッと眺めていると、私達を安心させる様に言う、手元の本。


「案ずるな。まだ時期尚早だ。そうたいした事にはならない筈だ。」


そう、青の本は言う。


「ん?時期尚早?……………時期が来たらどうなるのか、聞くのが怖いね………。」

「まぁ、止めとけば?」

「うん…………。」


メモ紙をトントン纏めて揃えながら、頭がもう限界の私はとりあえず青の本の言う事は、横に置いておいた。


いや、無理無理。

とりあえず今日は終わりだよ………。


解釈とか………後でいいかな………。



ずっと同じ体勢だったので、身体が固まっている。解すように伸びをして、力を抜いた。

そのままテーブルに突っ伏して、窓の外を見ると既に雲は暗い。


何も考えずに灰色の雲が流れるのを、見ていた。

そして、鐘が鳴る。


「…………え?」

「私は気が付いてたけどね?わざとじゃなかったの?」

「やだ~………教えてよ…。」


道理で力が出ないし、頭が働かなくなってきたと思ったら昼食を食べ損ねていたのだ。

私とした事が………。



「まぁ、ある意味タイミングいいか。もう限界だし、とりあえずご飯行こっ。」


そう言ってカップを片付けると、ローブを掴み食堂へ向かったのだった。







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