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透明の「扉」を開けて  作者: 美黎
7の扉 グロッシュラー
129/1936

あの、光と礼拝堂


結局帰った後はネイア達がなんだか慌ただしくしていて、気焔も呼び出されたらしい。


「部屋から出るなよ?」


そう言って、何処かに借り出されて行ってしまった。


「出るなよと言われてもな~。」


まだまだ体力が余っていて、元気な私。

流石にゴロゴロするのは気が引けるな………。

クッションでも作ろうかな?


出窓を眺めて、部屋の足りないものを調達しようと考える。お風呂グッズも欲しいしな………。

譲渡室、行っちゃダメかな?


姫様の箱を取り出し、生地を用意する。針と…糸はこれでいっか。

あ。

綿が無い。


致命的な事に気が付いてしまった。と言うか、なんで今迄気が付かなかったのか。

中身が無いとクッション作れないじゃん。


「ねえ、朝。譲渡室もダメだと思う?」

「そうね………まぁ、いいんじゃない?今からずっと、カンヅメって訳にもいかないでしょ。ていうか、もう鐘が鳴るんじゃない?」


そう、朝が言ったすぐ後、お昼の鐘が聴こえてきた。

流石朝だね………ピッタリだよ。


「じゃあお昼の帰りに寄ればいいよね?それなら仕方ない、うん。」


何が仕方ないのかは不明だが、ただフラフラ出るよりは言い訳が立つだろう。

そうと決まればご飯をさっさと済ませよう。

気焔は食堂にいない可能性が高い。ネイアが忙しいなら、きっとゆっくり食べられないかもしれない。


そう思って、さっさと食堂に向かった私は手早くご飯を済ませる事にした。

また、厨房の人はきちんと朝のご飯を違うもので出してくれて、きちんと考えてくれている事が感じられる。


「いつか、お礼をしなきゃね?」


そう、朝に話しかけながらも一人でササっと食事を済ませ、そのまま譲渡室へ向かった。




「これも持って行ってくれ。」

「ひゃ!」


急に声がして少し飛び上がる。


相変わらず人がいない譲渡室でフンフン鼻歌を歌っていた私の耳元で急に喋ったのは、ベイルートだ。


「どこ行ってたんですか?………ちょっと心配しましたよ…。」

「ああ、悪かった。色々探ってるうちにこれを見つけてな。俺の寝床に持って行ってくれ。」


そう言ってベイルートがピョンと飛び移ったのは、豪華なエッグスタンドのような、もの。

ロココ調のような派手な装飾に収まる玉虫色がなんだか似合いすぎて、ついつい笑ってしまった。


「え?………フフ、本当にこれでいいんですか?」


私はちょっと可愛すぎやしないかと思ったけれど、「これに少し端切れでも入れてくれれば完璧」らしい。

まぁ、本人がそう言うなら…………。部屋の何処に置こうかな?

とりあえずクスクス笑いながらそれも、手に取る。


その後は必要な物をまた見繕い、部屋へ戻った。


ちょっとねこを借りるか、迷うくらい両手一杯になってしまった戦利品達。

ダイニングのテーブルにとりあえず並べて、ベイルートの寝床は寝室のお気に入りコレクションに一緒に並べておく。


「お前達と寝室一緒かよ………。」


そうベイルートさんは言ってたけど、朝のイビキはそんなに煩くないのにね?

私がブツブツ言っていると、隣で朝がため息を吐いていたけど。なんでだろ?




その後は中身を調達したクッションを一つ、完成させた。

結局、モールを付けたり、金糸が上手く出るよう生地の裁断を悩んでたりしたので完成は夕食後になってしまった。

相変わらず気焔は姿を見せなかったので夕食も手早く済ませて、部屋でゆっくりお風呂に入る事にした。



ずっと縫い物をしていたので、少し身体が強張っている気がする。温かい湯気を感じて、ほっと緩んだ体を洗い、戦利品を並べた湯船にゆっくりと浸かる。


ブックスタンド代わりに銀の板を湯船に渡して、いくつかのキャンドルと、細工の小皿を石鹸置きに。ガラス瓶の綺麗なものも、もらってきた。


「何入れようかな…………。」


それぞれを棚に配置したり、入れ替えたり、しっくりくる位置を探しながら呟く。


ボーッと考えながら、マスカットグリーンのお湯をすくった。

あの時、光が差したよね…………?

いつ、晴れるんだろう?でもレナは「灰色の世界」って言ってたよね?じゃあ基本は曇りなんだろうな………。たまに晴れるのかな?

でもあの光もすぐ消えちゃったし。また、見たいな?



なんだか物音がした気がして、そろそろ上がろうかという気になった。

またのぼせるといけないしね。もしかしたら、気焔の用事が終わって来てくれたのかもしれない。


そう思い身支度をして、寝室へ向かう。



予想通り、気焔はベッドに座っていてさっき聞こえた音は多分、寝室への扉を開けた音だろう。また律儀にダイニングから来たに違いない。


「おかえり。忙しそうだったね?」


頷くと気焔は私に隣に座るよう促し、朝とベイルートにも声を掛けた。朝は出窓で丸くなっていて、ベイルートは既に卵のように寝ていたようだ。


「そのままでいい。ちょっと、耳に入れておいてくれ。あの、光だが。」


そこまで言ってチラリとベイルートを見る。

あの時、ベイルートさんは居なかった。その事で知っているか確かめたかったのだろう。

しかしベイルートはどこから聞いたのか、知っていたようだ。


「ネイア達がかなり騒ついていたからな。色々話は聞いてきたぞ?何しろ大変な事らしい、と。」

「え?何がですか?」

「………あの雲は、晴れんのだ。」


ん?雲が晴れない…………?


「まさか、レナが言ってたみたいにずーっと曇りって事?晴れないの??」

「そうだ。」

「伝承でしか、残ってないらしいぞ?空が青かったのは。」


伝承?それって、いつの時代?


「ええ?!そうなんですか?……………じゃあ、グロッシュラーの人は青い空を見た事が、無い、と………?」


ゆっくりと、隣の気焔の顔を見る。


夜の灯りの中、静かに光る金の瞳は何の感情も映していなくただ、綺麗だ。

抑揚のない声でこう答える。


「そうだ。そして多分、あの光はお前だろう。」


え?私?

光が?


「どうして………?あそこに行ったから?」

「それもあるだろうが、吾輩は「歌」だろうと思っている。」

「え………歌?じゃあ……………。」


私が言いたい事が分かるのだろう、気焔は続ける。


「これからは駄目だ。」

「……………。」


駄目。

駄目か…………。


いや?今迄そんなに歌ってなかったよ?でも、なんか、改めて歌うなって言われるとね…………なんか、ずーんと来るよね………。



この世界で、あの雲の中で、歌うのは至極当然の事と思えた。

とても気持ち良くて、解放された気がして、開放もされて、なんだか新しい扉が開きそうな気すら、していた。



あれが、駄目。


うん、分かる。私が歌って、色々光が差したらなんだかきっと色々面倒な事になりそうなのは。


「とりあえず、分かった。」


きっと気焔は私が心底納得した訳では無いのが分かっていただろう。

何も言わずに「寝るぞ。」と言って私をポンと寝せる。


少しの寂しさとモヤモヤで、なんだか眠れないかも…と思ったのは一瞬で、気焔は魔法でも使っているのかと言うくらい、私はストンと眠りに落ちた。







今日は説明会だ。


どうやら水の時間から始まるらしいが、私には今日計画が、ある。

いや?計画って程の事でも無いんだけどね?


実は、朝の礼拝に参加しようと思って早起きしたのだ。



疲れていたのか、ここに移動してきてからはなんだか早起き出来ていなかった私。

でも元々は早起きなので、今日はきちんと白の時間が終わる頃、起きた。


今は身支度をして、恒例の朝のお茶を新しいカップで楽しんでいる所。

今日も安定の曇り空に色合いを足したくて、赤の染付けがあるカップにした。花柄や美しい線模様が赤一色で描かれているのがとても綺麗だ。


冬にも、いいよね?なんだかあったかい感じがするし。ダイニングで一人、朝のお茶を楽しむ。

礼拝は朝食の前に、ある。少しお茶をして向かえば、丁度良い筈だ。


「しかし昨日の今日で、止めといた方がいいんじゃないか?」

「何がですか?」


白いポットの周りをぐるぐる周りながら、ベイルートが言う。多分、彼が言っているのは昨日の光の話だろう。でも、別に私が何かした事はバレて無いんだよね?てか、そもそも本当に私が歌ったから光が差したかは、判らないんじゃない?


「大丈夫ですよ。堂々としていた方が、バレませんって。」

「まぁ、お前は分かってないかもしれないが、数々の不思議を体験してきた俺からすれば絶対今度の件もお前絡みだけどな。」

「そうですか?そんなに?」

「確かにそう簡単に判りはしないだろうが。気を付けるに越した事はないだろうよ。とりあえず俺も行く。」


ベイルートさんは礼拝が珍しいだけじゃなくて?


でももしかしたら私と離れている間に見てきたかもしれない。そして私も、礼拝がどんなものか想像でしか知らないのだ。

作法とか、大丈夫かな………ミストラスさん、居るよね?


とりあえず遅れて行くのだけは気まずい。

お茶の道具を片付けると、最後の一口を飲んで水に付け、そのまま部屋を出る事にした。





朝早く、静かな神殿の廊下には人の気配は無い。


「さぶっ。」


そう、館はきっと暖かくなるまじないがかかっているけど神殿は寒いのだ。

誰も居ないから余計に寒く感じる気がする。


「誰も居ないけど、もしかしてもう始まってるのかな?」

「とりあえず、向かおう。」


猫がいると目立つだろうと、朝は留守番を買って出たけれどもきっと寒いのを知っていたからじゃないかと思う。

肩に乗せたベイルートと共に、神殿の礼拝堂に向かって広い廊下を進む。



それにしても、大きいな……………。


そう、館は普通の建物だが神殿はとても大きい。

入り口の柱から繋がる高い天井は幾重にも重なるアーチ状になっていて彩色や彫刻は無いがとても美しい。

その高い天井を眺めながら広い廊下を進む。

朝の静かな時間だと、意外と足音が響くのが分かった。

ん?でも靴が変わってヒールがあるからかもしれないな?



少し、人の気配がする。


礼拝堂には扉は無く、アーチ状の入り口からそのまま繋がるホールに入った。



思ったよりは、広くない。


それが第一印象。

外から見た時に細長い綺麗な窓が並んでいて、その窓の数と大きさからして大きな礼拝堂だと思っていた。それに、廊下の広さからして、なんだか巨大なものを想像してしまっていたのかも知れない。


しかし私の想像が広過ぎただけで、決して狭い訳ではないその礼拝堂には、既にネイア達が集まってそろそろ始まるのか、という雰囲気だ。

みんなが順に並び始めていて、なんとなく順番が決まっているのが判る。何人かのセイアも見えて、上級生だろうか。やはりすんなり順に、並んでいるようだ。


色とりどりのローブから目を離すと、すぐに「あれ」が目に飛び込んできた。



そう、「あれ」だ。


中央屋敷の、神殿の扉の、移動部屋にあったもの。

それと同じか、もう少し大きい絵だ。



「う、わぁ…………。」


その、私の感嘆詞は色々な意味での「うわぁ」だったが、みんなを振り向かせるには充分な声の大きさだったようだ。


一瞬、ピリッとした空気が走ったような気がしたが、すぐに私を呼ぶ、静かな声がした。


「ヨル。こちらへ。」



長細くて高い窓からの逆光で、誰が私の事を呼んだのか判らない。しかし、声の感じからミストラスだと、思った。

そのまま、みんなの方へ進んで行く。


うゎ…………。


今度は心の中で呟いたので、なんとも無かったが私が進んで行くとモーセのように道が出来る。


なんだろ、これ。気まずい…………。


予想通り、私を呼んだのはミストラスだ。

割れた列の先頭で私を待つ彼は、今日も神経質そうな眼鏡をくいと上げ、私の事を見ている。途中、ブリュージュやビクトリアがいるのが見える。

そのまま私が到着すると、自分の隣に立つよう促しくるりと全員に向き直って話し始めた。


「新しい銀です。女性ですので、失礼の無いように。では、始めましょう。」


「失礼の無いように」の意味がちょっと分からなかったが、ミストラスが正面を向き、それに合わせて全員が姿勢を正した。


そのまま流れるようにローブを捌き、跪く、神官達。

慌てて私も真似をして、跪いた。

絶対、カッコ悪いけど。後で、教えてもらわなきゃ………。


隣で少し、息を吸ったのが聞こえミストラスが祈りの言葉のようなものを呟き始める。皆初めの一言だけ聴くと、そのまま全員が合わせて祈りを捧げ始めた。


朗々と、続く祈りの言葉。


実は私はその言葉が全く、解らなかった。


初めて聞く言葉だ。ただ、私以外の全員が淀み無く唱えているのだけは分かる。朗々と練り上げられるその言葉は、私が聞いた事のある何語にも似ていない、不思議な、言葉だ。

邪魔をしてはいけないので、そのまま跪いて祈りだけは捧げておいた。


そうして祈りの言葉が終わると、ミストラスが始めに立ち上がり、それに続いて全員が綺麗に立ち上がる。一番前でモタモタしているのはちょっと恥ずかしいが、こればかりは仕方が無い。

この後の説明会で教えてもらう事になるだろう。


でも明らかに不慣れなのに、一番前に寄越されたのは何故?しかも、もしかしてだけど礼拝の作法は全員知っているのでは?もし、訊いたらデヴァイ出身で無いのがバレてしまうだろう。


どうしたらいい?でも、ネイアに訊くしかないよね………。しかもミストラスさんは私が礼拝初めてなの知ってるよね?でも一番前?


少し考えたが、その理由はすぐに思い当たった。

多分、身分だよね…………?


私がそんな事を考えている間に、ミストラスが全員に向けて少し頭を下げると解散の意味だと分かる。

他の神官もミストラスよりはやや丁寧に頭を下げ、銘々戻ったり脇に並ぶベンチに腰掛けたりしていた。因みに気焔の姿は見えない。


何処にいるんだろう?



そう、この礼拝堂は少し、変わっていた。


真ん中が広く空いていて、脇にベンチが寄せられた形になっている。その広くなった場所に神官が並んでいたので始めは違和感が無かったが、こうして人がいなくなってみるとなんだか不思議な気分になる。


でもあのポーズになるには、椅子があると邪魔だって事だよね…。


そして、さっきから私が気になっているモノが、もう一つある。


私達が、祈っていたその正面の窓の前に大きなあの絵が掛けられている。

そして、その前の小さな祭壇に一つだけ、乗っているのは大きな石だ。

それは乳白色で少し黄色がかっている。この世界では中々の透明度だろう。そして、きっと私が両手で持たなくてはならないであろう、大きさ。


めっちゃ、高そう…………。


そう、最初に跪くのが遅れたのはこれに気を取られていたから。すっかり、見入っていたのだ。


うーん?まじない石だよね?………こんなの、どこから調達したんだろう?


「触れてはなりません。」

「ひゃっ!」


思わず声が出て、ちょっと飛び上がってしまった。まずい。お淑やかにせねば。


振り返ると、やはりそこにいたのはミストラスだ。私が石に触ると思ったのだろう、ピシャリと注意されたが怒っている様子はない。

丁度いい、今聞いておいた方がいいかもしれない。


「あの、礼拝の………。」

「ああ、こちらへ。」


そう言ってミストラスは私を礼拝堂の隅へ連れて行く。ベンチの奥、丁度入り口からの出入りが見える位置に落ち着くと彼は私に向き直り、こう言った。


「すっかり失念していました。後で別部屋で教えます。言葉については、選択で図書を取りなさい。そこで学べるでしょう。図書のネイアには話を通しておきます。」

「分かりました。よろしくお願いします。」


それだけ言うとミストラスは頷いて、「ブリュージュ。」と声を掛ける。

待っていてくれたのか、ブリュージュはすぐにこちらへやって来た。私の事をブリュージュに預けて「よろしく。」と言うとミストラスは忙しそうに礼拝堂を出て行く。


やっぱり上の人は忙しいのかな?なんて思っていたら丁度、鐘が鳴った。

確かにそろそろお腹も鳴りそうだ。



「じゃ、とりあえずご飯を食べましょうか。」

「はい!」


元気よく答えた私にクスリと笑うブリュージュと一緒に、広い廊下を食堂へ向かった。




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