ソルス
わたしが剣奴となって、7日ほどが経った。水分は魔法で補給できるものの、食料は生み出すことは出来ず徐々に自分が衰弱していくのがわかる。
火傷の傷痕をどうにか消したいと思ってソルスに魔法を教えてと頼んだのだが、ソルスは教えてくれなかった。
その時ソルスがこう言っていた。
「お前の火傷が治ってしまってお前が女だとバレたら後々めんどくさいことになる……」
ソルスはわたしの身を案じてくれたみたいだ。
わたしはそんなソルスの言うことに賛同することにした。
それにきっとわたしが魔法を覚えて、使うようになったら大変なことが起きるとソルスも思ったのだろう。
『ふぁいあ』をわたしが使ってからは魔法の使用はソルスに禁じられて、でもそのおかげでわたしはマシな食事を確保できた。
とそこでふとわたしに何かの答えが頭の中に降り注いだ。
この火傷はもしかして自分の魔法によってなったんではないか—————
あの時わたしは最後の最後の力を振り絞って、
剣凪流 火龍の型 『焔』
を使った。
元いた世界では名前の如く炎が剣に纏うなんてことはなく、ただの抜刀術の名前であったのだが、もしかしたらこの世界では名前の通り剣から炎が出るのではないかと。
そして、その時に魔力枯渇を起こし、森で火事が起き、その家事にわたしが巻き込まれた。
という推論が頭の中に立った。
真偽はわからないが筋が立っており、納得することができた。
ソルスに魔法を纏わせる剣はあるのか聞いてみたところ、ソルスはわたしの方を見て怪訝そうにしながらも、ある。とだけ答えてくれた。
それに思い出したくもないのだが、ロイドを斬った時の感覚も生々しさがあったものの、思ったのとは全然違くてどこか軽かった。
わたしがその時使ったのは確か、『風刃』だった気がする。
もし風の刃が名前の通り出現していたとするならば、あの巨躯のロイドがわたしの剣で吹っ飛ばされたのも納得できる。
牢屋に閉じ込められて、剣奴とされる絶望の状況の中で、わたしは少しでも自分が生き残ろうと必死だった。
ソルスの知恵をかり、細々と生きながらえた。
けれどあの地獄は貴族たちが飽きるまで続いてしまうわけで……
この地獄から出るには二つの方法があるとソルスは言っていた。
まずは、とにかく試合に勝ち続けて100勝をすること。
次に、奴隷として誰かに買われること、だった。
今までかつて剣奴が奴隷として買われたことはないらしい。
だからここを出るにはどうにかして生きながら、100人殺さなければならない。
どう考えても不可能なことだった。
そして、今日はこの世界の休日であって、試合に出ることがあれば、自分が生き残るためにも、わたしはまた人を殺さなければいけないのかと顔面を蒼白にしながら、牢屋の中で心臓をバクバクさせながら壁にもたれ座っていた。
そして、予想通り、私の牢屋の前で衛兵が姿を現した。
とうとう来てしまった……
本当に嫌だった……
できれば人なんか殺したくない……
蘇る返り血の生暖かさ。
飛び出る内蔵の生々しさ。
こぼれ落ちた自分の耳。
その全てがわたしの精神を擦り減らして、それでもわたしはわがままなようで自分は生きたい……そう思ってしまった。
臆病なわたしはここから力尽くで抜け出す勇気も力もないので、卑怯と冷酷だと言われようとも、目の前の相手1人を斬って、命を繋ごうと決めた……
それしか生きる道がないように思われたのだから……
そして卑怯にもわたしは相手は自分の本心から殺したくなるような残虐非道な人物であってほしいと思った。
そして、わたしに思っきり殺意を向けてほしいと。
そうであればわたしは後で言い訳ができそうだなと思ったから……
そして、わたしは一種の覚悟を持って、衛兵から発せられる言葉を聞いた。
「おい! 出てこい! そこのガキ!」
わたしは自分が呼ばれたと思って、立とうとしたところ、
「お前じゃない! そっちのガキだ!」
わたしは立って外に行こうとしたところ衛兵に蹴り飛ばされた。
ゴホゴホとむせて、わたしは口から吐血する。
衛兵が呼んだのはわたしではなく、一緒の牢屋にいたソルスの方だった。
ソルスは大人しく立ち上がり、どこかいつもとは違う雰囲気で、獅子の如きオーラを漂わせていて、腰にはどこから出したのかオンボロの剣とは違ったしっかりと研がれた剣を携えて、牢屋から出て行ってしまった。
その瞬間、わたしが感じたのはどんな気持ちだったんだろう……
自分が人を殺さなくてもいい安堵!?
それとも牢屋の中で少ない時間だけど一緒に過ごしたソルスがもしかしたら死んじゃうかもしれないという心配!?
どれだったのだろう……
わたしにはわからない……
けれど何故だかわたしは発狂していた。
胸が苦しくて、辛くて、悲しくて、熱い何かが舞い上がってきて、わたしはここに連れて来られた時みたいに涙をボロボロと流していた。
ここはどこにいたって地獄だった……
ソルスがここから出て行った後、わたしのところまで聞こえて来る貴族たちの下卑た笑いと歓声がわたしの心をさらに蝕もうとする。
⭐︎
人影の少ない村のとある家の庭にて。
木剣を必死に振り続ける少年に駆け寄る男の子。
「にーさん。にーさん。また剣の稽古してるの!?」
「そうだよ。僕は王国の騎士団に入りたいんだ」
「やっぱりにーさんはすごいねー! 僕には無理かなー」
「そんなことないよ! 毎日諦めずに努力すればカインだって立派になれるよ」
「ほんとぉ〜!? 兄さんみたいにかっこよく強くなれる?」
「うん! きっとなれるよ! カインは俺の弟なんだからな」
「じゃあ、僕も兄さんと一緒に頑張る〜」
「うん! 偉いぞ! カイン」
そんな兄弟のもとにこの少年たちよりも小さな女の子が短い脚を必死に動かして近づいてくる。
「にーにー。にーにー。にーにー!」
一生懸命駆け寄った女の子は兄ちゃんたちに向かって受け止めてくれることに疑いも持たずに飛び込んでいく。
そんな妹を優しく抱きとめる1番上のお兄ちゃん。
「マイン……いつも言ってるでしょ? いきなり飛び込んできたら危ないでしょ?」
「えへへへ〜。にーにー。チュキー!」
兄ちゃんの腕に抱き溜められ、短い腕をお兄ちゃんの首に回し、抱きつく女の子。
そんな様子に取り残された男の子は
「もぉぉ。マインはいつもにーさんを独り占めするー」
歳10くらいの男の子が歳5歳の女の子に対して羨ましそうにして不満を垂らす。
「カイン。マインはカインの妹なんだから優しくしてあげないと行けないよ!」
弟を諭す1番上のお兄ちゃん。
と、マインは1番上のお兄ちゃんに抱きつくのはやめて、
「にーにー。にーにー。だっこぉ!」
カインという名のお兄ちゃんに抱っこをするように催促する。
カインは嫌な顔をしながらも、優しく妹を抱に抱える。
お兄ちゃんに抱き抱えられたマインはご満悦のようで、
「えへへへ〜。カイン。カイン。チュキー」
と、先ほどと同じようにお兄ちゃんの首に手を回し、楽しそうに頬っぺたをスリスリする。
幸せそうな兄妹の身なりはどれも裕福とは思えないようなもので、襟はよれよれで少し黄ばんだ色をしていた。
庭先で子供たちが仲良く遊んでいる時、雨漏りしてそうなボロボロの平屋の家の中では、
「あなた今年もまた不作だけどどうしましょう……」
「あぁ……このままだと借金が……」
「あなた……このまま子供達を連れて違う国に逃げませんか?」
「いや……ダメだ……他国に行ったとしても、今は戦争の真っ只中、捕虜にされるに違いない……」
「じゃあ、どうするんですか!? このままだと家族みんな奴隷落ちですよ!?」
「あぁ、わかってる! 少し考えさせてくれ!」
子供たちの幸せな光景とは異なり、現実的で後ろ暗い会話をする夫婦。
この家の周辺の村はここ数年間農作物が天災のせいで思うように育たず、不作が続いた。
そしてそれに追い討ちをかけるように重税が続き、この村に住む多くの村人たちが生きるためにも、貴族たちから借金をするようになった。
そしてその後も運悪く天災が起こり不作となり、多くの人々が借金の返済が困難になっていくのであった。
そしてこの家族もその村人と同じく、借金を抱えて困窮状態に至っていた。
そんなことを子供たちは知りもしなかった。
⭐︎
ある曇天の夜の日、馬がヒヒーンと泣きながら村を訪れる音。
どんどん近づいてくる足音。
そして、家の中は差し込む松明の光。
そして家族が皆寝ているときには非常識にも扉をガタガタと叩く人影。
「おい! 出てこい!」
と、大人の男性が怒鳴りつけるように言う。
その瞬間、俺のお父さんとお母さんに緊張が走った。
お母さんは俺とカインとマインを抱き寄せて、俺たちを落ち着かせようとする。
お父さんは呼ばれたままに限界の元へと向かっていく。
「はい。なんでしょうか……」
お父さんの弱々しい声が俺の耳にも聞こえてくる。
と、先程怒鳴っていた男の人が、冷たい声色で。
「言わなくても理由はわかってるだろ?」
「…………」
父さんはなにも反論できず黙ったまま、とそんな様子を見たお母さんが、お父さんの前に出て立ちはだかるようにして、
「すみません……もう少しだけ待っていただけませんか……後、少しだけ!」
必死に男に懇願するお母さん。
それを見たお父さんも黙っていた口を開いて……
「お願いです! 今年中にはお返ししますから! どうかお願いできませんでしょうか……」
と、男の情に訴えかけるようにしてお父さんとお母さんが懇願する。
けれど男は一切同情心を抱くことなんかなく、
「これは決まりだ……どんなけ俺に懇願されようと決定は変わらん!」
「「そこをぉなんとかぁあ!」」
と男にしがみついて必死に懇願する両親。
「これはどうにもならん……借金を返せないものは誰であって奴隷になる。これはルールであって個人的な嫌がらせなのではない……」
と男は少し感情を込めて声色で言葉を放つが、告げられる内容はひどく絶望的なもので。
そして願い叶わずに父さんと母さんが膝を地面について項垂れる、そんな父さんと母さんに手錠をかける衛兵たち。
そして衛兵たちはそこで止まらず、家の中へと侵入してきて、俺たち兄妹3人をも連行した。
突然のことに泣き叫ぶカインとマイン。
俺も泣きたい気持ちだったのだが、2人を元気付けるので精一杯で、泣くことが出来なかった。
外に引っ張り出され、俺とカインには首輪をつけられて馬車へと乗せられる。
泣き叫ぶ母さんとマインとカイン。
父さんは涙を流しながら、ずっとごめんなと言うだけだった。
男性と女性を分けるようにして、俺たち家族は別々の馬車に乗せられた。
その時、俺は家族みんなが同じ場所へと送られると思っていた。
けれど、決して現実はそんなに甘くなかった。
馬車が止まり目的の場所に着いた時には、母さんたちはいなかった。
俺たちはとある大きな建物へと連れて来られた。
そして俺たちはここが地獄とは知らずに、送り込まれることになった。
普通の奴隷であればどれだけ幸せだったことだろうか……
⭐︎
俺は衛兵に呼び出され牢屋を出てから一つ深呼吸をする。
今日これを勝ち抜けば99勝。
そして、あと一回勝てばこの地獄から抜け出せる。
だから、負けられない。
絶対この地獄から抜け出してやる。
そして、残された母さんとマインの元へ。
⭐︎
「にいさぁん! にいさぁん! 助けてぇ! にいさぁん!」
カインの泣きじゃくる声が俺の心を激しく揺らす。
「カイン! カイン! カイン!」
俺は牢屋に閉じ込められて、引き摺り運び出される弟を一生懸命に声をかけ、手を伸ばすことしかできない。
それでもカインに届くことはなく、カインは俺の目の前からいなくなり、泣きじゃくる声も遠くなっていった。
あぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!
俺は牢屋に取り残され、ひたすら牢屋の中で絶叫を上げた。
耳を塞いでも聞こえてくる貴族たちの大歓声。
そして、カインが甲高く泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
そして、突然消えた——————————
カインの声が聞こえなくなった。
そして、さらに上がる大歓声。
そしてこの時俺の瞳は色を失った。
そして、しばらくして衛兵たちが持ってきた。
誰かの首を。どう見たってもそれは俺の弟のものだった。
ごめんね……カイン……にいちゃん助けてあげられなくて……
そして、カインの次は父さんだった……
父さんはカインみたいに泣き叫ぶことなく、外へと出ていった……
そして父さんが出てすぐに勝敗が決したみたいだった。
巻き起こる大歓声。
そして、またも衛兵に運ばれてくる父さんの遺体。
父さんの胸には剣で突き刺された後があった。
でも、父さんの顔は苦痛に染まることなく、どこか幸せそうだった……
父さんはカインが死んでから、狂って壊れてしまった。
だから俺もわかっていた……
父さんも死んでしまうんだろうと、
予想通り父さんは死んで生き残ったのは俺1人だった。
けれど俺は生きるのを諦めなかった……
ただ死にたくなかったそれだけの理由で。
⭐︎
俺が闘技場への入場口を通り広場へと足を進めると巻き起こる大歓声。
そして、俺が足を進めた先には1人の少年が立っていた。
その少年の正体に思わず俺は声をあげてしまった。
「カイン…………なのか?」