世界の理
衛兵によって俺の目の前に放り投げられ、転がされる焼け爛れてた1人の少年。いや、1人の少女。
最初は完全に男だと思っていたのだが、確かめれば確かめるほど、女であることが証明されていく。
まず、男にしては少しばかり小さい体、触ってみると柔らかい胸……
俺はこの少女にいつになく興味を抱いた。
興味を抱いたのはこいつが女だったからだけではない……
そんなことで俺が興味をそそられることなんてない……
俺がこいつに興味をそそられたのは……
「なんだよぉ……この手……」
俺が目にしたのは転がされた少女の手。
その手にはこの少女のものらしい耳が握られていた……
だが、俺が目を奪われたのはそんなグロテスクなものなんかでなく……
「どんなけ剣を振ったらこんな手になるんだよ……こいつ……」
こいつの手を見てみれば、常人では考えられないほど研鑽を積んだと思われる武人らしい手だった。
火傷でドロドロになっている部分もあるが、ひたすら努力をして産まれたと思われる掌の硬くなったまめ。
「まじでなんなんだよこいつ……本当に女かよ……」
この掌を見てしまえば、ロイドを倒したのもすんなりと納得できてしまう……
俺が気絶している小さな少女に抱くのは少しばかりの好奇心とあとは体中から溢れ出す恐怖心だった……
いつぶりだろうか……人を見ただけでここまで冷や汗をかいたのは……
得体の知れない、小さな少女……
強いものが生き残るという単純明快で残酷な掟。
この少女とは絶対に敵対したくない……
そんな気持ちが自分の脳内に駆け巡るのであった……
ここは一つ恩でも売っておくか……
俺は彼女の掌から彼女の耳をそっと取り、
『ヒール』
と回復魔法をかけてやる……
腹部からも血がだらだらと流れ出ているので、もう一つ恩を売るためにも、腹部の傷も残り少ない魔力を使って、回復させてやる。
火傷には回復はかけてやらない……
このまま戻すのにも、かなりの魔力が削られるだろうし、こいつが女だとバレたら、さらに面倒なことが起きるのも予想できる……
さらにこいつが全快でもしてしまって、俺と対峙することになったら勝てるのか……
完全な状態のこいつに勝てるのだろうか……
生きるか死ぬか……
俺はなにがなんでも生き残りたい……
だから俺の敵になりそうな奴に自分の身を削ってまで手を貸すなんて馬鹿な真似はしない……
俺が生き残ればそれでいい……
はやく会いたい……母さんに……
そして、俺の妹に……
そして伝えなきゃ……
父さんと弟が———
と、そうこうしているうちにこの気味の悪い少女が目を覚ました。
そっと目を開けたと思えばいきなり、俺に向かって叫び、身を抱えるようにして俺のことを冷酷な視線で睨む少女。
まじでなんだよ……こいつ……
と、突然、吐き気を催したのか胃液を吐き出す少女。
なんだこいつ……もしかして、人を殺したのが初めてだっていうのか……
俺も最初に人を殺した時はこんな風にゲホゲホしていたが……
なんでだ? あれだけ修練を重ねたような逸材が戦争に行かない?
なわけないだろう……
こいつなら国の騎士団にだって入れたはずだ……
なのに、人を殺したことがない?
ありえない……
こいつはいったいなんなんだ?
俺のこの少女に対しての不信感は募っていくばかり……
とりあえず、こいつの様子を見ることにしよう……
と、そう様子を見ているうちに彼女も落ち着きを取り戻したのか、
『クリエイトウォーター』
俺は魔力を使って、コップに水を生み出す。
そして、俺は彼女にそっと魔力で作った水を渡してやる。
と、彼女は俺のコップを奪うようにして……
やべえやつだ……こいつ……
人に水を貰っておきながら、感謝の気持ちもねぇ……
こいつに恩を売っても意味がねぇ……
なんて思ったのだが、水を飲み干した彼女がいきなりワンワンと泣き始めた。
おいおい……本当に気色悪りぃ……
こいつはなんなんだよ……
昨日の夜から狂っているのはわかっていたけど……
狂いすぎなんじゃねぇのか……
それでも彼女の泣く姿は何故だか美しく見えてしまって……
とりあえず、こいつのことを知りたい。
それに、知っておかなければならない……
じゃないともし俺の対戦相手になった時に、こいつに勝てないかも知れない……
「聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
俺は彼女に尋ねることにした。
まずは名前から、彼女の名前はミツキというらしい。
名字があったように聞こえ、隠したことから、どこかの貴族なのだろうかと推測したがそれはどうやら違ったみたいだった……
そして、さらに分かったのが、こいつが魔法を知らないということだった。
これはどう考えてもおかしい、魔法を使えないならわかるが、魔法を知らないなんてことは絶対にない……
魔法を知らなかったらこの世の中でどうやって生きていくんだ……
こいつは俺を疑って、こういうところで揺さぶりをかけているのだろうか……
だとしたら本当にこいつのことは侮れない……
こいつは本当に何者なんだろう……
俺の不信感はさらに募る。
でも、これはかなり有力な情報だ……
もし、本当に魔法を知らないというのなら、魔法を知らない=魔法が使えないと考えても良い。
そしてロイドも生来から魔力を持っていなかったから、初戦は魔法を交えた剣劇を経験はしていないだろう……
その前に経験をしていた可能性はあるのだが……
魔法知らない時点でこいつは魔法剣なんて使えないやしない……
ならばこいつの武器は剣術だけであって、近接戦はかなり強いかもしれないが、遠距離からならかなり有利に試合を運べることだろう。
俺は彼女から有力な情報を獲得した。
そして、さらに分かったのだが、この少女はやはり狂っている……
喜んだり、悲しんだり、笑ったり、怒ったり、感情の振れ幅が大きすぎる……
それにたいしたことを言ってもいないのに、突然顔を鬼のような形相をして、俺に手刀を向けてきた……
俺は躱そうとしたのだが、躱すこと叶わず、意識を刈り取られることになった。
そして、さらに分かったことがひとつ。
こいつ、強ぇ……
俺なんかよりと随分強い……
そして、もし、こいつが魔法剣までも習得していたとしたら勝てっこない……
あと、こいつを次に怒らせたら……
多分死ぬ……
こいつは怒らせてはいけない……
でも、俺が同居人に興味を持ったの初めてだった……
こいつがとんでもなく気色悪くて、理不尽であっても、俺はこいつの強さに惹かれたんだろうか……
惹かれた理由はわからないまま俺の意識は暗闇へと落ちていく。
⭐︎
「もぉ! なんなのよ! こいつ!」
わたしが寝ている時にの胸を触ってたなんて、こいつ最低……嫌い……
美味しいお水もくれたし、耳もお腹も治してくれたことには感謝はするけど、私の胸を気絶してるときに触るなんて本当にクズ……
死んじゃえばいい……
こいつめ……
わたしは気絶したソルスの頰をグリグリと踏んづけてやる。
これくらいならいいでしょ……
わたしの胸を触った罰よ……
わたしに無防備にも踏みつけられるソルスの顔。
目を閉じたソルスの顔はもともと綺麗な顔立ちはしていたが何故だか綺麗に見えて。
「もぉ……あんたはなんなのよ……優しくしてくれたと思ったら……それでも……すごしだけ嬉しかった……」
わたしはソルスの顔を踏んづけるのをやめてソルスに近いとは違う壁の方へと戻る。
こんな絶望のどん底にいるわたしを少しだけ救ってくれたソルス……
現状はなにも変わらず、苦しく辛く痛いままだけど、そんな気持ちをほんの少しばかり軽くしてくれたソルス……
わたしは楽になった気持ちの何十倍もの感謝の気持ちをソルスに感じるのであった。
それでもやっぱり現状が変わらず、辛くて辛くて堪らない……
昨日みたいに号泣はしないものの、止め処なく出続ける涙……
早く帰りたいよぉ……
もういやだ……
そして、蘇る人を斬った時の生々しい感覚。
吐くものはないけど、吐き気が全く消え去らない。
苦しくて痛くて辛くて悲しくて……
そして、わたしはそのまま眠りに落ちてしまった。
昨日は一睡もできなくて、そして今日は凄惨な地獄へと連れて行かれた。
そんな積りに積もった疲労感がドット押し寄せてきて……
⭐︎
そして、またあの時の感覚が蘇る。
どこか暖かいようなそんな感覚。
そして、わたしはふと目を覚ます。
「…………そ、るす」
ソルスがわたしの側まで来て、わたしを覗き込むようにして見ている。
何!? 今度は夜這いでもしに来たの? こいつ……
そう思ったわたしはソルスを睨んでやるのだが、目があった瞬間にソルスの瞳が怯えているのか震えだした……
「あぁ、俺だ……飯、来たぞ……」
ソルスがわざわざわたしを起こして、言ったのはただそれだけだった……
ご飯……
あぁ、あの石みたいに硬いやつのこと……
それに味もしない乾いた肉のこと?
それに汚い泥水のことかな……
そんなの要らない……
食べないと死んじゃうかも知れないけど、あんなのは食べた方が早くに死んじゃう……
「いらない……わたしねるから……それと、わたしに何かしようとしたら殺すから、いい?」
「あぁ、わかった……」
起こしてくれたソルスにご飯を食べないことと、夜這いしてくるかも知れないソルスに釘を刺しておく。
まぁ、こんなに肌がドロドロで焼け爛れた女を誰が抱きたいっていうんだろう……
そんなことを認識してはわたしはどことなく悲しさを抱く。
家に帰りたいとひたすら天に懇願するような思い、そして、ここから抜け出したくても自分では行動できない不甲斐なさ、自分のあまりの臆病さに嫌気がさす。
そして、追い討ちをかけるように全身を焼き尽くさんとする火傷の痛み。
悲しくて………悲しくて……
帰りたくて……帰りたくて……
自分は臆病で……
そして、すごく痛くて……
でも、死にたくない……
死ぬほど辛い、なのに……死にたくない……どうしようもない自分……
この上居に追い込んだ誰かを怨むなんて臆病なわたしにはそんな余裕なんてなかった……
わたしはただ自分のことで精一杯だった……
ここからどうしていけばいいのか……
どうなっちゃうのか……
そんなことで頭がいっぱいだった……
わたしは壁の方を向いて、無理やりにも目を閉じて眠りにつこうとする……
目を閉じているのに、堪えきれず出てきてしまう涙……
だが、突如そんなわたしの鼻腔を擽るなにか……
くんくん。くんくん。
なんなんだろう……この美味しそうな匂いは……
グゥぅぅぅぅぅううう!
それはそうだよ……昨日から何にも食べてないんだから、お腹だって鳴るわよ……
でも、ここのご飯はどうせ食べものとは呼べないし……
でも、この匂いはどこから……
わたしの中では疲労感から生じる眠気と肥大した空腹感が鬩ぎ合った結果、空腹感に軍配が上がったようで、
わたしは寝ようとした体をすっと起き上がらせる、
と、そこには
「…………そ、ソルス!? なんなの? それ……」
「あぁ、なんだよ起きたのか、お前……どうしたんだ?」
「うん……って、わたしが今あんたに訊いてるでしょ!?」
「あぁ、ごめんごめん……これはただの飯だが……」
「えっ!? それが今日のご飯なの?」
「あぁ……そうだけど、お前にもあるぞ? ほら!」
ソルスがわたしに渡したのはやっぱり朝と同じようなものだった……
一品だけ野菜のクズで作られたようなスープが追加されていたのだが、塩味も薄いし、それに冷めていて温いどころか冷たかった……
なによこれ、やっぱり食べれるものなんかじゃないじゃない……
でも、なんでソルスのご飯はあんなに美味しそうなの?
人のものは美味しく見えるっていうそういうことなの?
でも、明らかにわたしのとは見た目だって違うし、スープからは湯気が立って美味しそうに見える……
「ソルス……そのご飯どうしたの?」
「あぁ……これも魔法だよ!」
うん。知ってた。わかってた。わたしの常識の範囲ではこんなことを絶対にこんなことはできない、つまりこのことはわたしの常識の範疇外のこと。
だから、きっと魔法なんじゃないかって思っいた。
案の定、わたしの予想は当たってたみたいで……
魔法……
私からしたら、イメージは湧くけど実態の見えないもの。
でも、それでもこの世界で生きるためには、必要になるように思えてしまって、
だって、お水だって創れて、怪我だって簡単に治せてしまうような代物。
この世界から抜け出す手掛かりになりそうなもの……
わたしが使えるのかはわからないけれど……
覚えなきゃいけない、そんな気がして……
「ソルス! わたしに魔法を教えて! お願いソルス! わたしなんでもするから!」
「えっ!? お前に俺が魔法を教える!?」
「うん! わたし、魔法を覚えたい! この世界で生きていくためにも……」
これはわたしの本心からの願いであった。
わたしが真剣な表情でソルスに懇願しているのに対し、ソルスの瞳はフルフルと震え、怯えているのか、そしてさらには顔を顰めてわたしを見ていた。
でも、ソルスはわたしの勢いに根負けしたのか、
「…………わかったよ、少しだけだぞ?」
ソルスは渋々ながらもわたしに魔法を教えてくれることになった。
わたしが知りたいのはソルスがわたしに使ってくれた回復魔法と食べ物を美味しくする魔法だったりする。
それがあれば少しの間でもこの地獄で長く生きられるはず……
そしていつかはこんな地獄からは抜け出せる時が来るのかもしれない。
だから、そのためにも……
と、意気込むわたしだったが、お腹の中は物理的にも空っぽで、
グゥぅぅぅぅぅうう!
と、盛大な音を奏でてしまった。
お腹は空っぽでも、出てきたのは食べれそうにないようなもの。
そして、その隣にはソルスの魔法によって仕上がった美味しそうなもの。
でも、ソルスのご飯を奪うなんて横暴なことをわたしが出来るはずもなくて、
どんなに不味そうなものでも、魔法を使えば美味しいものになる。
そして、脳裏には
—————どんなに醜くても、魔法を使えば元の姿に戻ることだって
そんな風に思った私は早速、
「ソルス! わたしにこれを美味しくする魔法を教えて!」
まずは今を生き残るためにも何か食べなければいけない。
わたしは火傷して醜くなった顔をソルスに向けながらも、絶望に染まった瞳ではなく、すごしだけ希望の光が差した目でソルスを見た。
「あぁ、わかったよ……あと、そんなに俺に近づくな……」
「あっ……ごめん……なさい……」
わたしは気づかぬうちに、ソルスとの顔の距離が拳ひとつ分くらいとなってしまっていた……
ソルスが近づくなっていうのは恥じらいから出たものなんかではない……
こんな醜く爛れた顔が目の前までやってきたら、誰だって怖いと思ってしまうし、嫌悪を抱くのは当然だ……
わたしはそんなことを思って、先程少しばかり明るくなった気持ちを一段と暗くさせ、ソルスから一歩離れた。
そうだよね……わたし、こんなに気持ち悪いもんね……
わたしが気持ちを暗くしている中、ソルスはわたしに声を掛ける。
「じゃあ、教えるぞ……って、その前にお前はエリトなのか?」
「へっ!? なに、そのエリトってのは……」
「えっ!? お前、エリトもわかんねぇのか?」
ソルスがわたしをまたも不思議そうな目で見てくるのだが、エリトなんてわたし訊いたことがない。そりゃあ、この世界に来たのは1日前だからこの世界のことなんて全然わからない……
だから、エリトっていう人の名前なのか、どうなのかなんて全くわからないわけで……
「うん……わたし、そんな言葉聞いたことない……エリトってなに?」
「はぁ……そこからかよ……お前、そんなんでよく今まで生きてこれたな……それとも—————」
一瞬だけ、ソルスの様子が一変した。
この感じ、やだ……
ソルスはわたしの胸は触るし、天然なのかも知れないけど、わたしの心を弄んでひどいやつだけど……
それでも、顔立ちは整っていて、少しだけどわたしに優しくしてくれて、どこか温かい、そんな存在……
だけど、一瞬だけソルスは変わった……
獅子の如くわたしを射殺さんとする鋭い眼光。
そして、強者を思わせるけたたましいオーラ。
わたしの背筋が一瞬だけ、凍りついた。
(わからないフリをして俺を騙そうとしてるんじゃないよな?)
その時、わたしにはなにも聞こえてこなかったけど、ソルスの口は確かに開いていた。
最初に見た時と同じで、静かな闘志を身に纏っていて。
でも、そんなソルスに呆気にとられているわたしを見たのか、すぐにソルスの表情は温かいものに変わっていて、
「エリトっていうのはなぁ、この世界では魔力を産まれながらにして持つ人のことを言うんだ。そして、エリトとは逆に、魔力を産まれながらにして持たないものはこの世界ではボングと呼ばれる。もちろん、魔力を持っていれば、魔法を使うことが出来るわけだから、この世界ではエリトは優遇されるし、ボングは冷遇される。エリトになるのは遺伝とか言われているけど、突然覚醒することも多々あるらしい……エリトに関して俺が知っているのはこれくらいだ。ここまででわかんないことはあるか?」
なるほど、そういうことか……
エリトは魔法を使える魔力を持った人。
ボングが魔力を持たない人のことか……
わたしはどっちなんだろう……
ソルスはエリトは遺伝的なものだって言ってたから、もともとこの世界の住人じゃないわたしが持っているのだろうか……
もし、わたしがエリトじゃなくてボングだったら、どうしよう……
もしここから出られたとしても、ボングだったら冷遇されてまたこれ以上に酷い目に遭わされるのかな……
そんなの絶対にいや……
それにしてもどうやってエリトなのかを確かめるんだろう……
でも、確かめる方法があったとしても、わたしはなぜだかものすごく怖い……
もし、自分がエリトじゃなくて、ボングだってわかったとしたら、わたしはさらに絶望の底へと突き落とされてしまう……
確かめることに関してすごく恐ろしく思いつつも、エリトだったらと希望を持っている自分がいて。
「…………エリトとボングってどうやったら確かめられるの?」
わたしは恐る恐る、細々とした声色でソルスに尋ねてみる。
「ん!? 簡単だぞ! そうだなぁ……こうやって言ってみろ! 『クリエイトウォーター』ってな……」
なによその安易な呪文は……
ソルスはわたしを馬鹿にしてるの?
この世界に英語があるのか知らないけれど、わたしだってそんな馬鹿じゃないんだよ……
クリエイトの今は創造するってわかるし、ウォーターは水でしょ。
『水を創る』なんて安易な言葉で本当に水ができたら、人間は苦労しないわよ……
でも、ソルスの顔は別に私を揶揄うようなものなんかではなく……
そんなソルスの顔見たわたしはソルスのことを無為に反論するわけでもなく、信じられないが仕方なくわたしはソルスの言う通りにやってみることにする……
でも、やろうと思った時に、どうしてか言葉が出てこない……
もし、やったとして出来なかったらどうしよう……
自分がボングだとわかったらどうしよう……
そんなボングであったらという不安がエリトであったらという希望よりも先行してしまって……
声が震えてなかなか言葉にできない……
「お前、どうしたんだよ……やらねぇのか?」
「う、ううん……やる……でも、もう少し待って……」
「なに怖がってんだよ……さっさとやれよ……」
わかってるって……わかってるから黙ってて……
あんたはエリトだからわたしの気持ちなんてわかんないのよ……
もしボングだったらどうしようなんて……
もう……本当にわたしの気持ちを察してくれないようなソルスのことは嫌い……
けれど教えてもらう立場として、いつまでもソルスを待たせるわけもいかずに、
わたしは覚悟を決めて、
「『クリエイトウォーター!』」
わたしは喉から自分のあげられる最大の声量で魔法を唱えてみた。
そしてその瞬間、何故だかわたしは気を失ってしまった———————
この感覚、最近あったような気がする……
いつだったんだろう……
巨大なクマに襲われた時の感覚だったっけな……
そういえば、熊に引っ掻かれたと思ってたけれど体にはそんな傷はなくて、ただ火傷だけが残っていた気がする……
わたしまた死んじゃうんだろうか……
でも、これで死ぬのならいいかも知れない……
だって、何故だか別に苦しいなんて思わない。
そして、わたしの意識は暗闇へと落ちていってしまった。