人殺し
俺はここの腐った闘技場で何人もの命を奪ってきた……
小さな子供の命も弱々しい老人の命も、それに親しくしていた友人の命だってこの手でそしてこの大剣で奪ってきた……
やらなければやられるこの腐ったゲームの中で生き残るためにも……
俺には別に人を殺して快感を覚えるような性癖など一切持ちあわせていない……
人を斬る感覚は快感を覚えるどころか今でも俺に吐き気を催す。
思い出すだけでも気持ちが悪くなる程のものだ……
そして今まで斬ってきたやつの顔を俺は今まで一瞬たりとも忘れたことはない……
涙を流しながらも果敢に俺に向かってくる親しき友。
跪いて天に懇願する爺さん。
持たされた剣を捨てて、あっちこっちに喚き、逃げ回る小さな子供。
俺はその全ての命をこの手でこの大剣で切り裂いてきた。
俺がこの地獄に連れて来られたのは、自国のセラノス王国フォルムス帝国に戦争を挑んだ時だった。
その時俺には美人な嫁がいて、そして産まれてから一年も経たない小さな娘がいた。
俺は貧乏ながらも農家で働き、家族3人でひっそりと幸せに暮らしていた。
けれどそんな時に国から悪魔の囁きとも思える徴兵の応募があった。
15歳以上の成人男性を誰でも募集するとのことだった。
報奨金は1人1,000,000セリスと書かれていた。さらに加えて歩合制で報奨金を増やすとも書かれていた。
俺も当時20歳であったので、軍入って一旗あげてやろうなんて思った。
これが俺を悲惨な道へと進む第一歩だった。
この時俺が報奨金に目をくらませず、ひっそりと暮らしていたらどれだけ良かったことか……
あの時、嫁が引き留めた時に俺は一歩止まればよかった……
あの時の妻の泣いた顔が今でも俺の脳裏に鮮明に描かれる。
俺は引き止める妻を跳ね除けて、借金をしてまで装備を整え、軍に加わることになった。
そして、フォルムス帝国と自国のセラノス王国との戦争が始まった。
だが、この戦争は一瞬にして勝敗が決した。そして、勝利を手にしたのは相手国のフォルムス帝国だった。
我が国の敗残兵は背を向けて逃げ出した。
俺も戦争に加わり命拾いはしたものの、フォルムス帝国に敗北したことにより、与えられることになっていた報奨金もなくなった……
そして、俺は借金奴隷となった。
普通は借金奴隷になった親族がいれば親族諸共奴隷落ちとなるのだが、俺が戦争に参加したこともあり、恩赦としてなのか、妻と娘は奴隷にならずに済んだ。
これは本当に不幸中の幸いであった……
俺はもともと巨体で、農家で肉体労働をしてきたおかげで筋肉も隆々としていた。
そんな俺は一般奴隷として肉体労働をさせられるのだろうと思ったのだが、一般奴隷にならことはなく闘技場で戦う剣奴となった。
これが凄惨な地獄の始まりだった。
俺は剣奴として連れて来られてすぐに闘技場の中央にボロボロの剣を持って立たされた。
鋭く照りつける太陽。湧き上がる観客の歓声。
内容は聞いていて胸糞悪くなるようなものばかり……
戦争に我が国は負けたにも関わらず、自国の民は国が起こした戦争によって課せられた増税に大変苦しめられているのにも関わらず、そんなことは歯牙にも掛けない惨虐な趣味に興じる貴族たち。
どう考えたっておかしい……
この国は腐っている……
この貴族たちも腐っている……
そして、そんな時に正面から現れたのが戦争の際に共に戦い、絆を深めた友、マルスの姿であった。
マルスも同じように闘技場で剣を持たされて立っていた……
俺は剣奴という奴隷が何をして、お偉い貴族たちを喜ばせるのかを知っていた。
今から俺が何をしなければならないかもわかっていた……
だから俺は一種の覚悟を持ってたっていた。
戦争では自慢の巨躯を生かし、敵兵を大剣で薙ぎ払ってきたから、殺すことに関しては忌避はなくなっていた。
だから、俺もやれる……なんて思ったのだが、そんな覚悟は涙を流す友の姿をみたら消え去ってしまって……
「なぁ……ロイド……俺とお前どっちが死ぬんだ……」
マルスが情けなく、泣きじゃくりながらもそんなことを聞いてくる。
「…………」
俺はマルスの問いかけに答えられずにいた……
どっちが死ぬのか……
俺は本当にマルスのことを親しき友と思っている……
彼が死んで俺が生き残るくらいなら、俺が死んで彼が生き残ってほしい……
どちらとも生き残れないのか……なんて思ったのだが、貴族たちはそんな生優しいものなんかでは満足しない……
貴族たちは身に迫るゾクゾク感を強く欲しているのだ……
だから、どちらかが死ぬまではこの闘いは終わらないし、手を抜いて長引かせて引き分けにしようとするものならば、そのまま2人とも首を撥ねられ処刑される。
だから、俺かマルスのどちらかがしななければならなかった……
「マルス……俺が死ぬ……だから、お前の手で俺を殺してくれ—————」
俺はやっぱり友のマルスを自分の手で殺すなんてことはできない……
だから俺が犠牲になろう……
「ロイド……本当にごめん……でも、俺はまだ生きていたい……こんなところで死にたくない……だから——————」
マルスが剣を持って俺の側へと寄ってくる。
俺は座り込んで、死を覚悟する。
近づくごとに高まる大歓声。
こういう悲劇も貴族にとったら至上の蜜の味なのだろう……
とことんゲスい奴らだ……
自分たちは安全なところへ身を隠して、我関せずの様子で娯楽に興じる。
さらに近づいてくる友のマルス。
「ロイド……お前は俺の大切な友だ……だから、お前のことは絶対に忘れない……そして、ありがとう——————」
と、マルスがオンボロな剣を振りかぶり、目には大量の涙を浮かべて、絶叫しながら振り抜こうとする。
「うおぉぉぉぉあああああ!」
俺の頭を駆け巡る走馬灯。
小さい頃遊んでくれた兄さんたちの記憶。
いつも可愛がってくれた母さんや父さん。
田舎の山でよく遊んだ友達。
今も帰りを待っている俺の大切な妻と娘。
沢山の楽しかった思い出がぐるぐると駆け巡る。
と、その瞬間に思い出される妻のあの時の言葉、あの悲痛な表情……
『あなたぁ! 行かないでよぉお! 今までみたいにひっそりと暮らしていればいいじゃない……だから、行かないでぇぇ』
『お願い……行かないで……生きて……』
俺もこんなところで死ねない……
その瞬間、俺は手に持ったオンボロな剣で知らずのうちに友のマルスの胸をグサリと貫いていた。
マルスの胸から噴水の如く流れ出す紅色の血。
マルスは大きく目を見開いて、
「ろ、ろ、ら、ロイドぉぉ……」
と、胸を貫かれた状態で俺に倒れかかってくるマルス。
不意打ちをする形で、マルスの胸を貫いた俺は、自分でやったことの整理もままならず、
「マルスぅぅぅぅぅううう!」
「おい! しっかりしろ! マルス……」
そんなの……ダメだ……
マルス……
頼む……死なないでくれよ……
自分が貫いたのにも関わらず、抑え切れないほどに大量に出てくる涙。
「マルス……ごめん……マルス……」
マルスは俺の腕に包まれる形となって、
口からは大量の血を吐血する。
その血が俺の顔に付着して、鉄のツーンとした匂いが俺の鼻腔を刺激する。
「あは、は、は、は……、は……」
マルスが必死に笑おうとするが死に瀕していてとてもぎこちない……
「ロイドぉお……ずりぃじゃねえか……」
マルスの言葉に俺は胸をぐちゃりと抉られる……
俺はその言葉に反論なんか出来ず、ごめんとひたすらに謝ることしかできない……
「ロイドぉお、おれのぶん、までぇ、いきてぇ、くれぇ」
マルスが最期に言ったのは俺を罵声する言葉なんかじゃなくて、
「ありがとう、ロイド……」
と俺に対する感謝の言葉だった……
俺は騙し討ちという形でマルスの胸を貫いたのに、俺に感謝を垂れるマルス……
マルスの体温が徐々に下がっていくのが感じられる。
腕もブラーンと垂れ下がってしまっていて、マルスが死んだことが感じられた。
マルスの顔はどこか幸せそうに笑っているようだった……
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアアアアア!」
絶叫して、泣き叫ぶしかこの悲しみと怒りを晴らす方法が無かった。
そんな俺の悲痛の叫びにさらに興奮して大歓声をあげる下卑た貴族たち。
晴天の中、マルスを抱き抱えた俺の絶叫が闘技場を埋め尽くす。
これが俺の剣奴としてのデビュー戦であった。
俺から一度も敗北することはなかった……
対戦相手が良かったからなのかもしれないが……
親友のマルスを自分の手で殺して、逃げ回る子供の首を撥ねて殺し、老人にそっと寄り添いながらも胸を貫いて殺した。
こうして俺は99人の命を奪ってきた、そしてあと1人、あと1人殺せば俺も晴れて、この地獄から解放される……
あと1人……
と、俺は今日、ようやく剣奴として100戦目を迎える……
俺は剣奴として稼いだお金で購入した大剣を担いで今日も地獄の舞台へと立つ。
あと、一勝すればここから出れて、以前と同じように暮らせる……
そして、今日は解放されるかもしれないので、妻と娘が門で待ってくれている……
だから何がなんでも勝たなくてはいけない……
俺は太陽の光が差し込む闘技場へと舞台へと上がる。
と、そこにいたのは火傷で肌が焼け爛れた華奢な1人の少年だった。
そして、開始の不吉な合図が鳴り響く。
「ごめんな……坊主……でも、仕方がないことなんだ……」
俺は坊主に心の底から謝罪をして、坊主に大剣を向けて斬りかかる。
俺の最初から急所を狙う形で大剣を振り下ろしたのだが、どうやら大剣の先がぶれてしまったようで、斬られたのは少年の耳だけだった……
少年は自分の耳を見て、絶叫していた……
俺もその少年に同情を寄せるのだが、ここは生きるか死ぬかの闘い……
手加減なんてしない……
俺は大剣を胴体を真っ二つにするように、横薙ぎで大剣を振り斬る。
でも、またも剣先は掠るだけで胴体には届かず、少年の腹を掠めるだけで終わった……
そのあとも俺が優勢で試合が運んでいるように思われたのだが、
俺は隙を突こうと大剣を振りかざしたのだが、気づいた時には俺は少年の剣に吹き飛ばされて、腹からは内臓が吹き出していいた……
ハハハハハハハハハ。
なんだよぉ……こいつ……
ここに来て……
最期の一戦だっていうのによぉ……
マリアぁ、ごめんな……父さん……
もうみたいだ……
アリス……マリアを頼んだぞ……
ごめんね……2人とも……
そして、俺の意識は深い闇へと消え去った。
——————剣奴士『豪剣』のロイドは解放を賭けた最終試合で、名もなき醜い少年に敗北、そして敢なく死んでいくのであった。
⭐︎
なんだかすごく暖かくて気持ちいい……
これはお母さんに抱きしめられた時のようなそんな感覚……
優しくて、暖かくて、それでいてすごく頼もしい……
そんな感覚……
わたしがこの世界に来てから1日という短い時間しか経っていないのだが、この感覚が凄く懐かしく感じられる……
わたしはこの感覚を感じながらもふと閉じていた瞳をそっと開ける……
と、そこには牢屋にいた彼が私に何かしているようで、
「…………えっ……何してるのよぉ……」
「おぉ! 起きたか……」
おぉ! 起きたか……じゃないでしょ!
今私に何しようとしてたのよ……
わたしが気絶してたから、なんかひどいことをしようとしたんじゃないでしょうね……
もしそうだったとしたら手刀でこいつの意識を刈り取ってやる……
わたしは彼に自分の貞操を守るためにも、一生懸命睨みを利かす……
突然、襲いかかってくる嫌な感覚……
人を自分の手で斬ったあの気色悪い感覚……
そして腹から出た血の生暖かいさ……
自分の衣服についた血の生臭い匂い……
わたしの全身にとてつもない気持ち悪さが駆け巡って、
「ゔぉぉええっ………」
わたしはひどい吐き気に苛まれて、嘔吐物が出てくるかと思ったら、朝食を取っていなかったもので、何も出てこずただ胃液が自分の口から垂れ流されるのであった。
口から出てきた胃液が火傷の跡を刺激し、ものすごくヒリヒリして痛い……
と、わたしが気持ち悪くしているのを見計らったのか、
「おい、大丈夫か!? これを飲めよ……」
差し出されたのは衛兵から差し出されたような泥水なんかじゃなくて、いつも元いた世界で飲んでいるような綺麗に透き通った水だった。
わたしはそれをみて、突然喉の渇きを感じて、差し出されたコップを彼から奪うようにして、コップに入った水を飲み干す。
ゴクッ! ゴクッ! ゴクッ!
「ぷはぁあ!」
何よぉ……これ! めちゃくちゃ美味しいじゃない……
なんなのよぉ……
わたしはあまりにも美味しい水に何故だかわからないが涙が止めどなく流れてきた。
もぉ……単なる水じゃない……
なのに、なんなのよぉ……
なんでこんなに美味しいのよぉ……
美味しい水を渡してくれた彼は泣きじゃくるわたしをただそーっと見守るただそれだけだった。
泣きじゃくって涙がカラカラに枯れてしまったあと、わたしが落ち着いたと判断した彼は
「聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
と、突如真剣な面持ちで尋ねてきた。
「う、うん……」
わたしはこの状況に少しばかり恐怖を抱くのであるが、
「俺はお前に興味を持った。お前の名前は?」
「へっ!? わたし!?」
何をいうかと思えば、いきなりわたしのことを口説いているの?
なによぉ、このひと……
それにわたしこんな火傷でボロボロになっていて、どう考えても気持ち悪いじゃない……
肌はドロドロで髪も燃えてしまってチリチリの状態……
どうしてこんなわたしを口説こうとするのよ……
わたしが女だから? 女だったらなんでもいいってわけ!?
確かにこんなところにずっといれば、なんでもいいって思うかもしれないけど……
でも、この人わたしが女って気づいてくれたの?
それはそれで少し嬉しい気もするけど……
「わ、わたしはミツキ、ケンナギミツキ……」
「え!? お前、名字があるのか? ってことはお前は貴族か!?」
わたしは普通に自己紹介したつもりでいたのだが、
「ううん。わたしはミツキ。ただのミツキ……」
「お前の名前はミツキっていうんだな……」
「うん……そうだけど……」
乱暴な口調だけど、普通に話しかけてくれる容姿端麗な青年。
でも、この青年があんなことを言うなんて……
「いやぁぁ! びっくりしたよ……てっきり、お前のこと男かと思ってたわ」
カッチーン! なんだか脳の欠陥がプチリと切れたそんな感じがした……
なんなのよぉ……こいつ……
わたしに美味しい水を渡して、優しくして、口説かれたと思ったら、なによそのセリフ……
こいつ……嫌い……
わたしは火傷で焼け爛れて醜い姿だが、必死に冷徹な瞳を彼に向けて、
「あっ……ごめん……なんか気に触ったかな……」
わたしの怒りを察してくれたみたいで、素直に謝ってくれる彼。
「ふん……」
わたしは鼻をふんと鳴らして、必死に彼に反抗してやる。
でも、わたしはこの人のことが少し気になってしまって……
「あんたは?」
「おれ!? 俺がどうしたって言うんだよ……」
「名前よぉ! あんたの名前は何?」
「あぁ、そういうことか……俺の名前はソルス、ただのソルスだ」
「ふぅーん。ソルスね……」
と、普通に会話をしているのだが、突如さっきの情景が思い浮かんで、
わたしが気絶しようとした間に彼が私に何かをしようとしていた……
「ねぇ、あんたぁ! わたしにさっきなんかいやらしいことしようとしたわよね!」
こいつ、名前はソルスって言ったっけ……
呼びにくいしあんたでいいや……
こいつはわたしが女だと知っていて、わたしになんかしようとした……
何をしようとしたのか聞くまで、わたしの気持ちが収まらない……
だから、こいつがいうまでは……
そして、やろうとしたことによってはこいつを……
「あぁ。さっきのことか……みみ————」
えっ!? みみ、みみってなに……耳!?
わたしはさっき———斬り落とされてって
「え!? 付いてるっ!」
なんで!? わたしさっき完全にから斬り落とされていたよね!?
なに!? 時が戻ったっていうの?
「あぁ。お前が手に持ってたからつけといてやったぞ?」
なになに!? その軽いノリは……
ぬいぐるみの耳が取れたから縫っておいたよーみたいなノリは……
誰が耳をそんな簡単にくっつけれるっていうのよ……
魔法かなんか使わないと絶対にそんなことなんて出来ないでしょ!
「ど、どうやってやったのよ?」
とりあえず治してくれたことは嬉しいけど、その方法が気になるし、
「ん!? そんなの決まってんだろ? 魔法だよ! 魔法!」
えぇぇぇぇえ! って驚くべき……
もうわたしにいろんなことがありすぎて、もう驚き疲れちゃったから、スルーでいいかな……
でも、魔法がある世界なのか、ここは……
「その魔法でわたしの耳を直してくれたの?」
「あぁ。いちよな……耳がないのは辛いだろ? あぁ、あとお腹も切り傷で済んでたから治しておいたよ!」
あっ……本当だ……彼、ソルスの言う通り斬られた傷も塞がっていて……
でも、火傷の跡はまだ残ったまま……
「ソルス……ありがと……本当に……」
わたしは自分の体を善意にも治してくれたソルスに純粋に感謝の気持ちを抱くのであったが、
「気にすんな! いやぁあ! それにしても女の胸って本当に柔らかいんだな……」
スパッ!
カッチーン! 脳内の血管がはじけたわたしの手刀が彼の首元へと飛び、彼の意識を奪うことになった。