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剣なんか嫌いです。  作者: 月風レイ
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剣なんか嫌いです。

 ある日、牢屋の同居人がこんなことを言った。

 ———俺たちは使い捨ての玩具でしかないのだと。


 そいつの言葉が俺の脳内に残り続けている。確かにあいつが言っていることはあながち間違ってはいない……

 だが、間違っていないものの真実ではない……

 俺は他の奴らと違って使い捨てになんかならない……

 使い捨てになるのは弱いものだけなのだ。

 捨てられたくなければ強くあればいい。


 たが、俺が玩具であることは認めざるを得ない。

 俺は裕福な貴族が娯楽を興じるための道具でしかない……

 何せ、俺は闘技場の剣奴であるのだから……


 そして、言葉を残していった同居人も昼間に剣奴として試合があった。

 だが、その日彼は牢屋を出てから部屋に戻ってくることはなかった。

 そして次の日も彼は戻ってくることはなかった。

 ここでは強い者が生き残り、そして弱い者は消え去っていく。

 ———彼は負けて死んだ。ただそれだけだ。

 別に彼が死んだからと言って憂うわけでもない……

 もう、こんな環境には慣れてしまった。

 俺はここに来てもう5年の歳月が経っている。

 齢12の時に借金奴隷として父と弟と一緒にここに連れてこられたのであった。


 俺は生きるためにも何十人も殺してきたし、俺の同居人は何回も闘いに敗れ死に、何度か交代している。

 俺は別に同居人というだけで、特別な感情など抱いたりはしない……


 そして、その同居人が戻ってこなかった次の日には新しい玩具を補充するが如く、俺の前に新しい同居人が現れた。

 1人の小柄で華奢な弱そうな少年だった。

 

 俺はこの時彼を見て、こう思った。

 ———可哀想なやつだ……こいつはすぐに負けて死んでいくのだろうと。



 ⭐︎



 初夏の頃、太陽が真下に照り付けて、熱い日差しが私の頭頂部を強く焼き付けてくる。


「はぁーあぁ! なんたっていうんだよぉ…… なんでこんなに熱いんだよぉ!」


 私は夏が超絶に嫌い。

 汗は無駄にかくし、周りの人は汗臭いし、ゆっくりと湯船に使ってお風呂にも入っていられない……

 それにもっとムカつくのは海だったり、プールだったりとリア充どもがこの季節に活性化することだ。

 だから私は夏が嫌いなのだ。

 だがしかし、私は冬が好きということでは一切ない。

 私は冬も超絶に嫌い。

 外に出るのは億劫になるは、とにかく寒いわ寒いわ……

 それに夏と同様にこの季節はクリスマスやバレンタインでリア充どもが活性化する。

 これもまた私にとって気に入らないことだ。


 私は初夏の日照りに照らされながら制服姿で歩道橋を鰐足で歩いている。

 

 そして私の隣には小柄で可愛らしい女の子がいる。


「もぉ……みーちゃん……女の子がガニ股で歩くなんてはしたないでしょ! それに口調も気をつけないといけないよ」


 と、私の母親のように、女らしさがどうとかの説教を垂れてくる少女。

 

 この説教を垂れてくる少女とはというと、名前は花宮香織。年齢は私と同じで高校2年生の17歳。香織は私の昔からの友達、いわば幼馴染みたいな存在なのだ。容姿はというと目はまん丸としていて、体格は小柄。

 髪はセミロングと長めであって、その髪は絹のように美しく、艶がある。

 仕草や風貌からは女の子らしさとか気品を持ち合わせているのが感じられる。


 そんな人物から真っ当な指摘をされてしまうと私も真正面からは言い返す事ができないので、


「はぁぁあ! 別にいいだろぉお!」


 私はムキになって、香織に突っかかる。


「はぁ……そんなんだからいつまで経ってもみーちゃんはモテないんだよぉ……」


「な、なによぉお!」


 突っかかった私に対し、香織は可愛いらしい顔をしながらも、さりげなく私の心の傷を抉ってくる。

 確かに私は少しばかり雑なところはあるのは認めるけれど……


 じゃあ、こんなことを言う本人はモテているの? というと。

 …………残念ながら、花宮香織は学校内でめちゃくちゃモテている……

 そして私はというと、学校のみんなには"いつも香織のそばにいる付き添いの人"、もしくは"雑で乱暴な女"としか思われていない。

 こんな私だって香織みたいに女の子らしくなりたいと思うのだが、どうしても空回りして乱暴な感じになってしまう。


「べ、別にいいもんね……わ、私は恋愛なんて興味ないんだから……」


 私は虚勢を張って、声高々にそんなことを香織に言ってやる。

 でも、やっぱり正直なことを言うと、乱暴だと言われる私だって恋の1つや2つくらいはしてみたいと思っていた……

 でも私に恋なんかはできなかった……

 かっこいいと思えるような人なんて見つからなかったし……

 私は生まれた家が悪かったんだろうか……

 そんな風に私は考えていると、隣からの香織から


「まぁ、みーちゃんは強いから、1人でも生きていけそうだよねぇ!」


 何を基準にして強いとするのかはわからないけれど、私は確かに剣という部門に置いてはこの世界でも5本の指に入るくらいの実力者だろう。

 でも、正直なことを言うと本当の私はすごい泣き虫だし、意地っ張りだし、頭も弱いし、剣以外は本当に何もできない。

 

 香織に煽てられた私は


「ま、まぁね……私は強いから、弱っちぃ男なんて要らないわ! はっはっは!」


「ふふふ。うん。そうだよね。みーちゃんは私と違って強いからね! 男なんてね」


 香織は可愛い顔をこちらに向けて、そんなことを言う。


 私は否定なんてすることも出来ずに本心とは裏腹の言葉を口にしてしまう。


 香織はこんなことを私に言うけれど、私の方からしたら香織の方がよっぽど強いと思う……

 香織はなんたってすごく可愛いし、それに頭もいいし、運動を除いては香織はなんだってできる。

 私はそんな器用な香織に嫉妬してしまうことが多々ある。

 私も香織くらい器用だったら、恋の一つや二つくらいできたのかもしれない……





 私、剣凪美月(けんなぎ みつき)は日本を代表する剣術家『剣凪家』の長女に生まれた。

 そして剣術家に生まれた宿命か、小さな頃から遊ぶことは許されず、毎日毎日空いた時間には稽古と、いった感じだった。

 女である私は剣凪家のルールとして、12歳まで剣術を続けなければならなかった。

 でも、12歳まで頑張ったら剣術を習わなくてもよくなると思って12歳までは親に従って、必死に頑張ろうと思った。

 そしてそんな私には2人の兄がいた。

 兄たちは私にすごく優しくしてくれた。

 長男の兄は『剣鬼』と呼ばれるほど剣を扱う才能があった。それなのに私が11歳の時、長男の兄さんは17歳の時に、長男の兄さんはトラックに撥ねられるという不慮の交通事故でこの世からいなくなってしまった。

 そして次男の兄はというととても優しくてしてくれるものの生まれてから病弱な体質で剣を持つことができなかった。

 そういった事情で12歳になったら剣術から解放されるといった私の希望は潰えてしまって、私が次代の『剣凪家当主』となることが決まった……

 『剣凪』はそれはそれは名門と呼ばれる家柄で小娘の私の感情なんかで決定を覆すなんてことは出来ず、渋々にも私はその決定に従うことにした。

 12歳になってからは稽古は前以上に厳しくなっていった。

 毎日の素振りは1万回がノルマとされ、サボれば食事抜きなどが当たり前だった。

 そんな訓練をしていく私の手はもはや女の子とは思えないくらいにまめができていた。

 私はそんな男みたいにゴツゴツと硬い自分の手が本当に嫌いだ。



 そんな武闘家の私に対して香織はというと、香織の家系は皇家の分家にあたる。

 つまり花宮家というのは日本の皇族というわけだ。

 

 そして香織は3人姉妹で、2人の妹をもつお姉ちゃんだ。

 花宮家には不運にも男の子が産まれず、次代を継ぐのは長女の香織となった。

 そして次代当主となる香織は跡取りとして名に恥じぬように小さな頃から、音楽や踊り、詩歌、そして礼儀作法などみっちりと叩き込まれていたのだった。

 

 そして、武家の剣凪家と皇家の花宮家は昔からの深い縁があり、香織とは小さな頃から仲良くしていた。家族絡みで交流があったのはもちろん、そして同じく同年齢の女の子として次代当主となる境遇が似ていたことから香織と私はすぐに打ち解けあって、今では親友と呼べるところまで仲良くなった。

 香織と私は高校は同じところへと進学し、2人でいる時は家にいるときのように形式ばった感じではなく、砕けた感じで日々を過ごしていた。


 私の場合、家に帰れば剣術の稽古がすぐに始まり、香織の場合は花道や茶道、琵琶や琴の練習があるそうだ。

 


「はぁーあ! 人生って面白く無いよなぁー!」


 私は本当に最近こんなことを思うようになった。

 やっぱり女の子なのに剣の稽古ばっかりで本当に毎日毎日嫌になってくる。

 お兄ちゃんがトラックなんかに撥ねられる事が無かったら、今頃私は家に帰ったらお菓子なんか作ったりして……

 お兄ちゃんの稽古をぼんやりと見ていられたのに……

 少しだけお兄ちゃんたちが憎らしい……

 と、そんなことを考えていると


「もぉ……みーちゃんはまたそんなことを言って……」


 香織は私のそんな様子に呆れ顔。


「でも、確かに私も時々思うわ……こんな家に生まれなければよかったなぁなんてね……」


 香織は私に呆れ顔を見せるものの、香織も同じような境遇にいるので私の気持ちを理解してくれる。


「……だよなぁ。家に帰ったら、すぐに剣の稽古でほんとぉーにもううんざり……これ以上私が強くなってどうするの……」


「ハハハ。そうだよね……みーちゃんはもう剣道の大会で毎年優勝してるもんね……」


「それもあるんだけどなぁ……」


 私は嫌々ながらも剣の稽古は毎日毎日サボらずやってきた。

 だって、稽古をサボれば父さんの叱責が深夜まで続くし、夜ご飯は無くなるし……

 稽古をするしかない環境だったのだから……

 そのせいで私の実力はメキメキと上がっていった。

 同年代の女子なんて相手にならないほどに、それも私の場合は男装をしてまで男の子の大会に出て、優勝するまでにもなった。


 そして、私はもうあの人なんかよりももう強い……

 

 そんな風に私が自分がどんどん強くなることを憂いていると、


「でもさ……私は、まだみーちゃんの方がいいと思うよ……」


「はぁぁあ! そうかぁ? 私からしたら香織の方がいいと思うけどぉお……」


 香織の口から奇怪な言葉が飛び出る。

 どう考えたって香織の方が羨ましい……

 私もできることなら香織のように女の子らしく生きたかった……


「うーーん……そうかなぁ……私はやっぱりみーちゃんが羨ましい……」


 香織は本当にそんなことを思っているみたいで、私に羨望の眼差しを向けて、


「だって、みーちゃんにはしっかりと面と向かって戦う相手がいるじゃん……私なんてさ、戦う相手なんていないようなものだよ……やってることは全部自己研鑽で毎回毎回張り合いがない……」


 やっぱり香織は奇怪なことを言う。

 どうして、相手がいる方がいいんだろう……

 男装してまでむさ苦しい男たちを相手するなんて、暑苦しくて、私は本当に嫌いなのに……


「いやいや、相手がいない方がいいに決まってるじゃん……何言ってるのよ、香織」


 私と香織の意見はお互いがないものねだりであって全く相容れない。

 私と香織は長い期間で気兼ねなく話せる仲にはなったものの、生きてきた環境が武家と文家にあたるので、考え方も違えることが多々ある。

 でも、だからといって仲違いが起こるというわけでもなく、互いに認め合い、互いの違うところに羨ましさを抱きと、ある意味で私と香織の感性性は相思相愛といったものなのである。

 


「はぁーあ! どっか違う世界に飛ばされでもしないかなぁ……そしたらさ、私は静かにひっそりと女の子らしく暮らしてみたいなぁ……」


 突然、そんな考えが私の脳裏をよぎったのだが、


 いやぁ。本当に違う世界に行きたいな……

 こんな堅苦しい家じゃなくて、穏やかで女の子らしく生きてみたい。

 剣なんかは持たずに……


「ふふふ。それいいね、みーちゃん。私ももし違う世界に飛ばされたとしたら、みーちゃんみたいに剣を持ってかっこよく生きてみたいなぁ……」


「えぇー! 香織が? 無理でしょ……一歩走れば転ぶくらいの運動音痴なのに……プププ」


「もぉぉ! みーちゃん……私だって、できないことだってあるんだよぉ!」


「でも、いいよなぁ……香織のそういうところも男たちにとってポイント高いもんなぁ……」


「まぁ、ギャップっていうやつかな、ふふふ」


「ギャップねぇ……私にギャップなんて……」


「そう!? みーちゃんはいつも乱暴だけど実際は意外と繊細だよねぇ。そういうところ可愛いとおもうんだけど!?」


 やっぱり親友の香織は本当の私の気持ちにも気付いてくれてるんだなぁ。

 私は少しばかり嬉しくなってしまって、


「ほ、ほんと!?」


「うっそー! 冗談だよー!」


 と、香織の言葉に少し嬉しくなった私だがそんな気持ちも香織の言葉で消え去ってしまう。

 私は私の純情をからかう香織に怒りを感じたので、少し仕返しをしてやることにする。


「そ、そ、そんなこと言ったらさぁーあ! 香織は顔は天使みたいに可愛い顔をしてるくせに性格は悪魔みたいに腹黒いところあるよなぁ!」


 そう、目の前にいる香織はというと可愛いだけでなく、腹黒な一面も併せ持っている。

 でも、それをうまく調整できるのが香織が世渡り上手である証拠であって、私みたいな不器用人にはできないことなのだ。


「ハハハ。な、な、何言ってるのかわかんなぁーい!」


 小柄な少女がくるくるとその場を無邪気に回って惚けている。

 いつもは気品もあるのだが、様相はコロコロ変わることが多々あって、


「ほらぁ! 私はそういうところのこと言ってんだよぉ! 」


「ふふふ。何を言っているのかしら……私には如何なことをおっしゃっているのかは見当もつきませんわ……ふふふ」


「な、何なんだよぉ……急にお嬢様モードに入って……それ、ほんとにやめてよね……本当に鳥肌立って、耐えれないからさぁーあ!」


 香織はまた態度をコロッと変えて一段雰囲気が大人びて、小柄な少女からり思えないほどのオーラが漂いだす。

 流石は花宮家次代当主といったところだろうか。


「ふふふ。ごめんごめん。つい、楽しくなっちゃってね……」


「はぁーあ! 私だって剣一本さえあれば威圧で香織の1人くらいをちびらせることだってできるんだからぁ」


「確かに、みーちゃんが剣を持つと凄いよね……なんか台風が突然やってきたみたいな感じ?」


「はっはっは。台風のような脆弱な風で済めばいいなぁ。生娘よ」


「ふふふ。なにそれ。変なの。それにみーちゃんが脆弱とか生娘とか難しい言葉を使えたんだね。意外だよ」


「う、うるさいなぁ! 私だって言葉くらい知ってるわよ!」


「ふーーん。変なの。みーちゃんが言葉を学ぶなんて……明日は雪になるのかな?」


「べ、別にいいでしょぉー! 私だって、やればできるんだからねぇ!」


「そうだね。みーちゃんはなんだってやればできる子だもんね! ふふふふ」


「な、なによぉお! それ私に喧嘩売ってんのぉお! 買ったわよぉぉ!」


 私は自分がなんでもできるからと言って調子付く香織の頬っぺたをムニムニとする。


「ひぃあぁぁいい。ほえん。ひーひゃん」


 と、香織が涙目になって謝ってくるので私もほっぺから手をどけてあげる。


「はぁーあ! 本当に他の世界に行けたりなんかしないかなぁ……」


 私はまたそんなことをボソッと呟く。


「うん……本当にそうだよね……まぁ、それは物語の中の話であって、現実ではありえないよね〜」


 と、物憂げにしながらも香織はそんなことを呟く。


 そして、私と香織は歩道橋を降りて家に向かって帰っていくのであった。




 ⭐︎



 

 私、剣凪美月は親友の花宮香織と途中で別れ、私は自分の家へと寄り道はせずまっすぐに向かう。

 でも家に帰ると、忽ちにして稽古が始まってしまうので、少しでも稽古が始まるのを遅らせるためにも、私は道端の石を蹴りながら、下を俯いてとぼとぼと歩いていく。

 それでも家までの道のりというのには限りがあるわけで、どれだけゆっくりと歩いだとしても道を違わなければいつかは着いてしまう。

 

 そんな風にして、私は『剣凪』と書かれた荘厳な木造の扉の前までやってきてしまった。

 私は渋々ながらも扉を開けて中へと入って行く。

 

「ただいま帰りました」


 私は乱暴な口調ではなく、あくまで礼節を大切にしたもので……

 私の家外の乱暴な口調は、家の息苦しさから自分を一時的にも解き放つためのものなのかもしれない……

 もともと血の気の多い家系に生まれたからなのかもしれないんだけど……


 剣凪家の訓練中の門下生たちがずらずらと集まってきて、


「「「「お帰りなさいませ。お嬢様」」」」


 門下生が道の両端にずらりと並び、大袈裟に礼をしてくる。


 私はこういう大袈裟なことも大嫌いだ。

 お嬢様なんて言わないでほしい。

 でも、お嬢様なんて言うんだったら私を女の子のように扱ってほしい……

 できれば私は普通の平凡な女の子として生まれてきたかった。

 剣なんかを毎日振り続けて、わざわざ手にまめなんて作りたくなかった。

 ————手のまめは努力の結晶だ

 なんて誰かは言ったけど、私はそんなふうには思わない……

 私からしたら剣を振って手にできる豆は私にとって呪痕のようなものだ。

 どうして好きで手を汚くしなきゃいけないんだろう……

 私は香りのような女の子らしい細い手で、お菓子なんて作れたら幸せだったことか……

 私はいつまでも深々と礼をする門下生の道を抜け、屋内へと入って行く。


 私は屋内に入り自室に戻って、白い道着と竹刀だけを持って屋内の道場へと向かっていく。

 私は道場の扉をゆっくりと開け、


「父上。ただいま参りました」


 父さんが瞑想をしているのか座禅を組んで待ち構えている。

 なんなのよ。毎回毎回座禅ってなによ……

 男の人って言うなら本当に暑苦しい……


「遅い。今まで何してあったのだ……」


 瞑想を続ける父さんから低い重音が道場内に轟く。


「はい。申し訳ございません」



「はぁ……お前は伝統ある剣凪家を継ぐ人間。そんな人物がこのようでは剣凪家の恥以外の何者にもならん。———————」


  —————時間は厳守。礼節を重んぜよ。目上のものに対して敬意を抱くのは当然。そして、相手に対しても誠実であれ。


 これが父さんの説教文句の一つであった。

 他にも父さんの説教文句は沢山あって、一部のマニアには売れそうな名言集でも作れそうな勢いだ。


 本当にいちいち堅苦しいは、暑苦しいは……本当に面倒で仕方がない……

 

 だが、そんな父さんを煽って怒らせるわけもいかなく、


「以後、肝に銘じておきます……」


「わかれば良い……では、稽古を始める、剣をもて!」


 父さんの一声で私の稽古が始まる。

 まずは簡単な素振りをやるように促される。

 毎日1万回の素振りをもう、5年間続けてきた私は特に父さんに注意されることなんかはない。


 私が竹刀を型に則って振るたびに道場が揺れ奮い出す。


 ビュゥン。ビュゥン。


 私の振るしないから悍しい音が鳴る。


 父さんはその音を聞いて満足げに頷いている。



 はぁ……なんでこの音がいいんだろう……

 こんな音なんて聞きたくもない……

 普通の女の子はこんな音を出さない……

 でも、父さんの前で手を抜くことなんて出来ずに私は素振りを続ける。


「よし! 素振りはこの程度でいいだろう! じゃあ、今日は久方ぶりに試合をしよう!」


 父さんの口からそんなことが発せられる。


 父さんに反対するわけにもいかないので、私もわかりましたと頷き、父さんから間合いを取る。


 私と父さんは道場の中央で正面で向かい合う。父さんと私は共に相手に敬意を払うために礼をする。


 私の目の前にいる父さんの歳は今年でもう50歳とかなり歳をくっている。それに対して私の歳は17とピチピチの若さで、父さんに体力的な面で私が劣ることはもはやない。

 だが、経験や技術においては父さんがかなり上であって、剣術の指南を父さんにしてもらうということは一般的に見れば光栄なことなのであるが……

 本当は剣が好きではない、私には別になんの感情もないのだが……

 それに普通は光栄に思うことなのだが、今の私にとってはもはや父さんに教わることはなに一つない。

 だって、父さんよりももう私の方が確実に強い。

 以前までは父さんの技術の方がかなり上であったのだが、最近の私の感覚はどうやらおかしいみたいだ。

 相手の剣筋がものすごく遅く、止まってみえている、そして相手の剣から伝わる熱気、覇気が私の体で全身で感じられ、相手の思考が手にとるようにわかってしまう。

 そして、私の体が自分の思うように動き、ものすごく軽い…… 

 長男の兄さんが生きていた時、私は一度、兄さんから今の私のような現象を体験したと聞いた覚えがある。


 私は兄さんのそんな話を聞いて、その時だけは目をキラキラと輝かせて、私もそんな風に一度なってみたいなんて思ったのだが……

 

 全ての感覚が鋭く研ぎ澄まされて、全身がそれに呼応するが如く、自分の思うままに自在に動く。

 兄さんは確かこんなことを言っていた気がする。


 ————剣神が舞い降りたような感覚



 私の今の現状もこれにあたるのだろうか……

 昔一度は憧れを抱いたものの、今は嬉しいものではない……



「はぁああ!」


 と、一声に魂を込め、父さんが竹刀を上から下へと振り下ろす。


 父さんの斬撃には重い気合いと覇気が乗って、私に襲いかかろうとするのだが……

 


 やはり嫌でも覚醒してしまった私にとってはその剣筋がものすごく遅く見えてしまって、

 私は自分の竹刀で、父さんの斬撃をうまく受け流すようにしていなす。


 私の竹刀を辿るようにして、父さんの竹刀が軌道から逸れていく。


 私の今使用した技というのは、


 剣凪流水龍の型、『水壁』

 

 と、言われた技の名前だ。

 水龍の型は受けに強い型であって、女の私は体の柔軟性が男性よりもあるために、水龍の型は私の1番得意な型であったりする。


 他にも、火龍、雷龍、風龍と様々な型があるわけだが、次代当主となる私はきっちりと剣凪流の型は全てみっちりと叩き込まれていた。


 父さんはいなされた竹刀をつばめがえしの如く私に向けて振り抜こうとするのだが、やはり遅い。


 私はバックステップで父さんの剣筋を軽く躱して、振り抜いた時にできた隙をついて、私は父さんの胴へと自分の竹刀を叩き込む。


「はぁああ!」


 暑苦しい私は掛け声なんか出すのは大嫌いなのだが、形式上はしっかりと気合いを込めたような掛け声を出しておく。


 竹刀を思いっきり振り抜いて、

 

 剣凪流雷龍の型 『一閃』



 私の一撃が父さんの胴へと直撃……


 はぁ……とうとう私はやってしまった……

 今までは試合で父さんに勝つことは無かったのだが、とうとう私は父さんから一本を取ってしまった……


 私に敗北を喫した父さんは一杯喰わされた顔をしていたが、すっと立ち上がり深々と礼をして道場は去っていった。


「流石は私の娘だ……」


 父さんは最期にそんな言葉を残していった。


 実の娘に剣術で負けたということは、真の剣術家の父さんからしたらかなりショッキングな出来事なのだろう……

 それに父さんは亭主関白で女性をどこか見下しているような傾向がある。


 だから、我が子に負けたという事実が女に負けたという事実が同時に襲いかかったことであろう。


「はぁ……すこしやり過ぎちゃったのかなぁ……でも、父さんなら私が手を抜いていたら、すぐにそのことに気づくだろうし……」


 私は1人の残された道場でそんなことを呟く。


「でも、父さんに勝つのは遅いか早いかの問題だったよね……」



 私は暗くなった気持ちを少しでも紛らわすためにも、道場で素振りをひたすらに続けるのであった。

 1万回くらい素振りを休憩もなしにしたせいか、足と腕にもう力が入らなくなってしまった。

 私はそのまま疲労感に耐えきれず、道場で大の字で寝そべる形となって、ぼんやりと天井を見上げる。


 ああ。もう最悪……なんで私こんなに汗くたくたなのよぉ。


 それになんなのよ。この手……

 ゴツゴツしてるし、皮もめくれちゃってるし……


 もう、こんな場所嫌よ……

 私は普通の女の子として生きていきたい……

 剣なんか持たずに女の子らしく、朗らかに……

 


「はぁ……本当に異世界なんかに行けたりしないかなぁ……」


 私は道場の中央でそんな風に呟きながら、疲労感と虚脱感に負けて深い眠りへと落ちていくのであった。



 


 ⭐︎




 ポタン。

 ポタン。

 ポタン。

 ポタン。



 一定の間隔で水が水面に滴っていく音。

 そんな音を私はなぜだか心地よく感じてしまう……

 水音が私の耳を優しくくすぶるのとは裏腹に……

 あれ!? なんか地面がものすごく硬い……

 道場の床は木製でできているから、こんな石みたいには硬くないはず……


 私は背中に硬い違和感を感じたので、閉じた目蓋をふと開けてみる。


 と、私の瞳に映ったのは……


「えっ!? なにここ? 洞窟?」


 一面が岩で覆われて、鉱石らしいものが、電灯のように青白く光っている場所だった。


 日本にもこんな綺麗な鉱石があるんだなぁ……一瞬感心した私だったのだが……


「えっ!? ここって本当に日本なの?」


 突如、そんな考えが私の脳裏を過ったのだが……


「いやいや……違う世界なんて……あるはずないよ……これはきっとあれだな……また、剣凪流の訓練とかなんかだろうな……」


 

 私は置かれた状況を訓練の一環だと思って立ち上がって、とりあえず洞窟の中を移動してみることにした。

 わたしは白い道着を着ていて、手には竹刀が握られていた。


 洞窟内を進んでいくとだんだんと大きくなる音があった。


 ザザザザザザザザザザザザ。

 これは水の音? それもとても大きい……



 わたしはその音に釣られて洞窟を進んでいく、と向かった先にはこの洞窟の入り口と思われる場所にたどり着いていて、その入り口からは陽光の光が漏れ出している。

 だが、その入り口はどうやら水のカーテンで遮られてしまっているようで、


「この洞窟って滝の裏の洞穴?」


 わたしは自分が目にしている光景からそんな風に現状を把握するのであった。

  

 私はいつまでもこの洞窟にいるわけも行かず、とりあえず外に出て状況を確かめることにする。


 鋭く打ち付ける滝で創られた水のカーテンを勢いよく突き破ると、そこには青青とした木々が茂っていて、


「え!? ここって森の中?」


 わたしはどうしてこんなところに連れてこられたんだろぉ……

 本当にこれが剣凪家の特別な訓練の一種なの?

 でも、とりあえず確認するにしてもこの森を出てみないと……


 と、わたしは滝を潜って森の中へと足を進めるのだが、


「痛ぁぁぁ! なんだよぉお!」

 

 わたしは道着に裸足という姿であったので、折れた木片が時々足に刺さってきて、


「もぉぉ……こんなんだから、わたしは剣凪家が嫌いなのよぉ」


 本当にこれが剣凪家の伝統ある訓練だとして、次代当主の私が乗り越えなければならないとするのならば、本当に私は剣凪家のことを憎く思う。

 どうして、こんなことをしなければならないのか……

 わたしは女の子なのに……


 私はそんな不満を頭たまに唱えながらも鬱蒼と茂る山道を竹刀で道を切り分けながらも進んでいく。


「もぉぉ! 本当ここどこなのよぉ! どう考えたってこの訓練はやりすぎだよぉ!」


 かなり歩いたせいかわたしは喉が乾いてしまって、近くに流れている小川の方向へ足を進める。

 私は小川のところで屈んで、水を手で掬って、ゴクゴクと飲む。


「ぷはぁぁ! ここの水、美味しい……これは家に持って帰って飲みたいレベルかもぉ!」


 ミネラル豊富な水を飲むことで精力が回復し、さらにこの水を持って帰りたいと思ってみたものの、水を入れれるような容器もなくて、私は休憩のために小川にある岩を椅子にして座る。


 と、体が落ち着いたせいか脳が急激に周りだし、先程までは感じられなかった不安がドット押し寄せてきた……


「もしかして……これって、普通に考えたら遭難した……ってことなんじゃないの?」


 え!? ヤダヤダヤダ……

 そんなことしたら私普通に死んじゃう……

 なんで!? こんなことをするの父さん……

 私いくら剣が強くても中身はただの女の子なんだよ……

 それに私剣以外はなにもできないのに……

 どうして……

 これが本当に訓練だというの……

 それにこんな訓練一回も聞いたことがない……

 

 と、不安に苛まれているわたしに突如絶望が押し寄せる。


 ゴソゴソ。

 ゴソゴソ。


「え!? 誰!?」


 この物音の正体が人であったらどれだけ嬉しかったことだろうか……

 だが、そんな願いは一切届くことなく、物音がした方から現れたのは……


「クマぁああ!? 大きすぎるでしょ……」


 突如、物陰から現れたのは体長メートルほどもある大きなクマだった……


 とてつも大きい巨躯に鋭い鉤爪。それにサーベルタイガーのように鋭い牙。さらに、目はルビーのような紅瞳。

 

 巨大なクマが私の方をみて、唸り声を上げる。


「グォォォオオオオアアア!」


 その体から発せられる唸り声は私の鼓膜を破りそうなほど大きなもので、思わずわたしは耳に手を当てる。


 と、唸り声は襲撃の合図だったようで、

 巨大なクマが私に向かって走り出してくる。


 私は突如訪れた恐怖に足がすくんで動くことができなかった……


 あぁ……終わりだ……

 わたしこんなところで死んじゃうんだ……

 小さな頃から剣ばっかりで、女の子らしいことなんて何一つさせてもらえなかった……

 恋の一つもできなかった……

 そして……私は剣凪家の伝統ある訓練の最中クマに襲われて死ぬんだ……


 そんなの絶対に嫌だ……

 わたしはまだまだ生きてたいし……

 恋だってしたい……



 なんてわたしは惨めなのよ……

 どうしてお兄ちゃんはいなくなるのよ……

 どうしてわたしは剣凪家に産まれて来ちゃったのよ……

 どうして……どうして……わたしは普通の女の子でいられないのよぉ……



 わたしは自分をこんな運命に晒した家系が憎い……

 こんな家から生まれてこなければ……


 わたしがそう嘆いている間にも、クマは徐々にわたしに近づいてくる。


 はぁ……わたしはこのままこのクマに襲われて、そのあとは餌として食い散らかされて死ぬんだろうなぁ……

 絶対にそんなのは嫌なんだけど……

 でも、どうしようもない……

 こんなでかい熊に私が太刀打ちなんてできるはずなんてない……


 『剣鬼』と呼ばれた兄さんでさえもトラックの突進には抗えなかった……

 人間には限界というものがある……

 そして、人間なんかが竹刀で巨大な熊に打ち勝つなんてことは絶対にできない……

 わたしはもうここで死んでしまう……


 ああああああぁぁアアアアアア。

 嫌だそんなの……

 死にたくなんかない……

 ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ……

 怖い………

 

 

 私が絶望に打ちひしがれる中、刻一刻と迫る自分の命の灯火が消える時。


 絶望の淵に立たされてた現状。

 それに今まで嫌々ながらも歩いてきた厳しい道のり。

 そして、先の見えない自分の未来……

 

 全てがその時頭の中を駆け巡る。



 ハァ。もう無理だ……

 わたしはやっぱりここで死んじゃう……



 ハァ。でももし、生まれ変われるとするなら、わたしは普通の女の子になりたいな……


 そういえば兄さんが亡くなったのも私と同じ歳の時だったっけ……


 ハァ。どうせ死んでしまうなら、最期くらいはかっこよく大往生と行きたいところだ……


 わたしは物語のお姫様なんかじゃないから、こんな窮地にいたとしても助けてくれるような王子様なんていない……


 ここ日本にはおそらくそんな強い人物なんていないだろうし……

 

 結局わたしは自分でなんとかしなくてはならない……


 ハァ。王子様来てくれないかなぁ……

 と、そんな願いは届くことなんかなく……



 巨大クマが私の方へと勢いよく駆けてくる。


 ハァ。どうせ死ぬなら、最期くらい……わたしだって……


 私は竹刀を構え、向かってくる熊の正面に立つ……


 その瞬間押し寄せてくるいろんな思い出。

 

 毎日父さんに叱責された小さい頃の記憶。

 叱責された私を優しく宥めてくれたお母さん。

 小さい頃に輝いていたお兄ちゃんの姿。

 病弱でもいつも優しく笑って接してくれたもう1人のお兄ちゃん。

 剣凪流を習得しようと毎日訓練に励む門下生のみんな。

 わたしは自分をこんな風にした剣凪家の人間がすごく憎い……

 わたしにこんな運命を授けた人たち……

 でも、そんな彼らであってもやっぱり私の家族だった……

 私の大好きな家族だった……

 親友の香織。

 乱暴なわたしといつも一緒にいてくれた……

 辛かった思い出ばっかりだと思っていたけれど、やはり楽しかった思い出もたくさんあって……


 ハァ。もう、お別れなのか……


「みんなごめん……」



 脳内を思い出が駆け巡って、どうしても涙が出てきてしまう……

 自分の死を諦めたと思ったものの、やっぱり私は……


「まだわたしは……いきだぁいよぉぉ!」


 ワンワンと涙を流す。その最中にもクマは勢いを止めずに近づいてくる……


 私は拭いても拭いても出てくる涙を道着で拭き、いつも以上に竹刀を握る手に力を込める。


 ハァ。私…………

 やっぱり生きてたい……

 死にたくない……


 私はこんな足掻き無駄とはわかっていてもやっぱり剣凪家の血が入っているせいか諦めきれず……


「はぁぁあ!」


 剣凪流火龍の型 『焔』


 私は竹刀を持って巨大なクマに向かって斬撃を決める。


 クマは大きな爪で私を引き裂くようにして、


 ズバッ!


 クマは鋭利な爪で攻撃したのに対して、わたしは斬れ味など一切ない竹刀、そんな分の悪さでは勝てるはずなんかなく……


 わたしはそのまま意識を刈り取られた……



「さようなら……みんな……」



 私はそのまま地面へと倒れ込んだ。



 

 


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