第9話「驚きのミーティング」
本日の2試合目。
試合の相手は富久少年FCだ。
富久は毎年、馬少と優勝争いをしているチームで、僕たちにとっては格上の相手なんだ。
これは気合をいれなくちゃ!
「みなさん!練習してきたことを出し切ってください!」
「「「はい!」」」
と、威勢よく試合はスタートしたものの、6対2で負けちゃった。
☆☆☆
5月5日、日曜日。
今日は朝から公民館でミーティングという名の反省会だ。
たんぽぽちゃんのお父さんは、僕たちのチームの父兄にも声をかけているらしく、ほとんどみんなのお父さんとお母さんも来ていた。
あれはお姉さんかな?
ちょっと怖い…健介くんと一緒にいる美人のお姉さんは誰だろう?
昨日の試合はビデオに撮ってあり、それをみんなで見ながら、反省をするらしい。
これまでは、前日の試合で失敗したところを監督が覚えていて、それを重点的に練習する、という感じだったんだけど、たんぽぽちゃんのお父さんは、ビデオで見て確認するようにしたいらしいんだ。
☆☆☆
「では、みなさん!ビデオをみますよ!さて、誰のから見ますか?」
誰のから?
ちょっと意味がわからない。
誰のって言われても…
「そうですかー。みなさん、謙虚デスネ!では、一番シュートを入れた、こじろう君から見ましょうか」
ええ?僕から?
嫌だなぁ。
僕は昨日、沢山シュートを決めたんだけど、沢山シュートを外したんだ。
それに相変わらず、ディフェンスは下手っぴで、沢山ドリブルで抜かれた。
「では、こじろう君のハイライトを始めますよー」
と、失敗ばかりを気にしてたんだけど、たんぽぽちゃんのお父さんが映したビデオは、僕が試合で活躍したシーンしか流さなかった。
そして、ところどころ、映像をストップして、みんなに開設を入れている。
「オーウ!このタイミングで前に出るのは素敵デスネー!」
「ワーオ!みなさん、見て下さい!ボールをもらって、シュートをするまでの、このドリブル!まさにロナウドじゃありませんか!」
「ゴーーーーーーッル!素晴らしいシュートです!」
「はぁー。凄かった!この、こじろう君のハイライトビデオをyoutubeに貼って置くので、後でもう一度見て下さい!」
僕の予想は大きく裏切られ、失敗したシーンは全く映されず、良かったシーンをただ流して褒め称えてくれるだけだった。
そして、たんぽぽちゃんのお父さんから、最後に一言。
「こじろう君、これからも、良いパス、良いドリブル、良いシュートでチームを勝利に導いて下さい!」
「はい!」
としか言えないよ。
「ふふっ。では、次は誰にしましょうか?あ!由香里ちゃんにしますか?」
その後も同様に、たんぽぽちゃんのお父さんは、みんなの活躍シーンを集めた、ハイライト動画を編集していて、ここが良い!あそこが良い!というのを少し大袈裟に解説していた。
たんぽぽちゃんのお父さんにかかれば、そんなに活躍していなかった、初心者の健介君やゴールキーパーの豪でも、大活躍をしたように思えるから不思議だ。
「健介君の切り替えしが良いよね!ちゃんとディフェンスに回ったら、ラインまで戻っているし、パスが回ったら積極的にボールを奪いに向かっている!ほらっ!健介君の切り返しで良さで、相手が失敗したね!健介君はまだサッカーを始めて間もないけど、抜群の感覚を持っているネ!」
これだけ、褒められたら、いつも無表情の健介君も笑顔になっている。
それに、険しい表情をしていた健介君のお姉さんも「あんたけっこうやるのね」と言って健介君の肩を抱いて喜んでいる。
「健介君のお姉さん!健介君は素晴らしいです!このままチームに入ってもらえないですか?」
「あら…やだ。私、母親です」
「え?お若いからてっきりお姉さんかと思いました」
「ほんっと、外国の人はお上手ね。チームに入るかどうかは、健介が決めることですけど、もう決まってるんでしょ?」
「うん」
こうして、健介君は仮入部ではなく、入部することになった。
☆☆☆
その夜。とあるおでん居酒屋。
「たんぽぽちゃんのお父さん、朝も一緒だったのに、夜もお呼びしてしまって、すみません」
「いえいえ。誘って頂いてアリガトウゴザイマス」
「いや。賭けはあなたの勝ちです。まさか1ヶ月も経たないのに、こんなにチームが強くなるなんておもっていませんでした」
「強くなっていませんよ」
「え?」
「チーム自体はまだ強くなっていません。すでにあなたが強いチームを作っていたので、昨日はそれを表に出しただけですよ」
「どういうこと…なんでしょうか?」
「このチームは元々強かったんです。あなたという素晴らしいコーチがいて、こじろう君や達也君や、雄二君…みんなどこのチームに行ったってレギュラーになれる選手だってことは、あなたもわかっていたでしょ?」
「はい…でも、勝てなかった」
「そうですね…そうなんです。このチームは上手くなることを目的としていたのです」
「え?今は違うのですか?」
「今のチーム目標はロナウドです。といったら、抽象的になってしまいますね。本当の目的は、前も今も変わらず、子供たちがサッカーを通じて成長することです」
「そうですね」
「そこは同じですので、その手段を変更しました。これまでは、【サッカーが上手くなること】が子供たちの成長とされていたのを、【サッカーで試合に勝つこと】にシフトさせてました」
「ん?どういうことでしょう。サッカーが上手になることと、勝つことは同じではないのですか?」
「はい。明確に違います。んー。例えば、パンチ力が強いボクサーが必ず勝つのでしょうか?」
「いえ。パンチ力だけでなく、テクニックやスタミナなどが影響するので、必ず勝つとは限らないと思います」
「はい。私もそのように思います。では、サッカーが上手い子たちが必ず試合に勝つのでしょうか?」
「んー。そうなのではないでしょうか…」
「そうなんですよ。まさにそう!サッカーはそう錯覚させるスポーツなのです」
「錯覚…ですか?」
「はい。それは錯覚です。現に私達もみたでしょう?由香里ちゃんのあの素晴らしいシュートを」
「たしかに。由香里ちゃんはサッカーを始めてまだ1ヶ月も経ってないのに、シュートを決めました」
「では、由香里ちゃんは、相手チームの少年よりサッカーが上手かったのでしょうか?」
「いえ…そう言われれば、そうかもしれません」
「そうです。私はサッカーの上手さと勝敗は、必ずしも一致しないと考えています」
「うーん…恥ずかしながら、そのようなことを考えたことはありませんでした…」
「ええ。だからこそ、私はヘッドコーチを依頼したのです。しかし、私はコーチングは出来ません」
「まさか、全く勝てなかったチームを勝利に導いたんですよ?」
「それはあなたの力です。あなたのコーチングが実ったのです」
「たんぽぽちゃんのお父さん、そう言って私も成長させようとしているのですね…本当にあなたは凄い人だ…」