第7話「成長」
試合開始3分で、ほぼ勝負は決定した。
西戸山少年サッカーチームはハーフラインから前にボールを出せない。
通常の試合なら、ハーフラインまでは、相手からプレッシャーをかけられずにボールを運び、ハーフラインからオフェンスとディフェンスの勝負が始まる。
しかし、古宿少年サッカークラブはハーフラインなど関係なく、常にボールを追いかける選手が2人いる。サバンナでシマウマを追いかけるライオンのように、公園でフリスビーを追いかけるイヌのように。
普通なら、プレッシャーをかけられた選手は、他の選手にボールを渡して終わり…なのだが、怒涛の勢いで迫られるので、プレッシャーを続けられるうちに、パスのコントロールは乱れる。
だからといって、西戸山の少年たちも毎回ボールを奪われるわけではない。
ほとんどはボールをキープ出来ている。
だが、ほとんどの場合だ。
試合開始3分までは、ボールを奪われるのなんて、10回中1回くらいだっただろう。
しかし、その1回の成功体験が子供を成長させる。
体の入れ方やパスの出させ方、これまでこじろう君のパパに教わっていた知識を、頭では理解していたのだが、この試合を通じて体が覚えていく。
それに、何と言っても…
「オー!ナイスプレッシャーです!」
「それに追いついちゃいマスカー!」
というたんぽぽちゃんのヤジにも聞こえる応援の声だ。
プレッシャーをかければ褒められる。
ボールを奪えなくても褒められる。
死神チームがプレッシャーをかけて、こぼれたボールをDFが拾えばまた褒められる。
このサイドラインの一人大騒ぎはディフェンスだけではない。
ボールを奪った瞬間に、走りだせば褒められる。
そこにパスを出せば褒められる。パスが通る通らないは関係ない。
FWとMFのパス回しをする前に、そのポジションに行けば褒められる。
これも、パス回しが上手くいく、上手くいかないは関係ない。
そこからシュートを打ったりすると、たんぽぽちゃんのお父さんは絶叫する!
両手を高らかに上げて、足をバタつかせて絶叫する!
「ウォーウ!ナイシュー!」
枠から大きく外れても関係ない。
シュートを打ったという事実が、このアメリカ人のおっさんを絶叫させるのだ!
そんなとき、1本のシュートがようやくゴールを決めた。
もうチーム合計で10本は打っただろうか。
同じポジショニングから、同じタイミングでシュートを放つ。
西戸山のDFだって、それに慣れて上手に守って来る。
だからといって、全て防げるわけではない。
やっぱり10本に1本くらいはゴールがきまるのである。
こじろう君のシュートがゴールを捕らえる瞬間!
「エクセレントーっ!!!」
といって、たんぽぽちゃんのお父さんは、膝を地面につき、両手を天に伸ばして叫んだ!
まるでワールドカップの決勝でゴールを決める代表のように。
そして、サイドラインにいるもう一人の監督、こじろう君のお父さんに「こじろうパパ!」といってハイタッチを促し、こじろう君のお父さんは、周りの目を気にしながら、控えめに「いえーい…」と言ってハイタッチをしていた。
この試合で、子供たちが成長しているのが、こじろう君のお父さんの目にもわかった。
試合開始直後は、こんな戦術で勝てるのか?という疑問があったのだが、今、目の前では通用するどころか、相手チームは全く対応できていない。
素人の子供たちも経験者と同じ頻度で試合に出場しているので、パス回しは相変わらずうまくいかず、サイドラインにボールが転がったり、相手にパスを出してしまったりしている。
だけども、素人の子がパスが通すこともある。それが練習の成果なのか、偶然なのかはわからない。
というか、偶然であるとして何が問題なんだろうと思う。
偶然を利用してはいるが、その偶然を生み出す、戦術が、この死神システム2-2-1なのではないだろうか。
思えば、このシステムはしっかりしているようでしっかりしていない。
死神たちがプレッシャーをかけて、相手のミスを誘うのなんて、不確定要素が多すぎるし、素人の子供をピッチにいれてパス回しをさせてシュートまで持って行くなんのも、不確定要素が多すぎる。
だが、結果は上手くいっている。
そんなことを考えているうちに、こじろうがさらに追加点をあげた!
「くそっ!乗るしかないこのビッグウェーブに!」
こじろう君のお父さんも、こぶしを天に掲げて膝を地面につけて、「ぐおぉぉぉぉお」という言葉にならない言葉を絶叫した!
☆☆☆
ハーフタイム
「みなさん、素晴らしいデス!こじろう君、みんなに言いたいことはありますか?」
「う…うん。正直、10本以上シュートを打って2本しか決められていないから、申し訳なく思って…」
「ノーウノウノウ!前半で2本もシュートを決めたのです!素晴らしい事じゃないですか!ね?こじろうパパ?」
「ああ!こじろう凄いぞ!それにそのこじろうにパスを出した剛と拓海!良いアシストだった!その剛と拓海にパスをだした達也と一太も良かった!さらに、その前にボールを奪った死神ポジションのみんなも凄かったぞ!」
「それじゃ、みんなじゃん」
といって、雄二君がみんなの笑いを誘った。
「そうです!みなさん素晴らしかった!後半は予定通り、パス回しを逆回転にして下さいね!」
「「「はい!!!!」」」