第4話「練習試合で負けたら監督を交代して下さいね」
たんぽぽちゃんのお父さんの提案に、ほとんど全員が疑問を持った。
だって、少年サッカーは8人制なのに、チームに16人いるとサッカーが出来ない子が増えちゃうんだもん。
人数が少ないとサッカーができないけど、人数が多いと出場できない子が増えちゃう。
僕も出場出来なくなると嫌だなぁ。
「あのー…アンダーソンさん、質問よろしいでしょうか?」
「おお、どうしました?えーっと…」
「良の母親です。16人に増やすと、サッカーが出来なくなる子が増えませんか?」
「良君のお母さんですか。ご質問アリガトウゴザイマス。16人全員がレギュラーですので大丈夫ですよ。8人制サッカーは11人制と違って、交代が自由なのです。こじろうくんのお父さん、間違いありませんね?」
「はい…そうですけど…それはサッカーが上手くない子も出る…ということなのでしょうか?」
「オオ!それはありません。なぜなら、こじろうくんのお父さんが、みんなのサッカー技術を向上させるのですから!」
そう言って、たんぽぽちゃんのお父さんは僕のお父さんにウィンクを送った。
☆☆☆
4月15日。月曜日。
僕たちは、お昼休みにミーティングをすることにした。
何をミーティングするのかしらないけど、希と由香里がミーティングをするってうるさいんだ。
なんだか僕のお父さんの元気がないんだ。
たんぽぽちゃんのお父さんとダブル監督をすることになったのが、自分の実力不足だと思ってるんだ。
たんぽぽちゃんのお父さんも、僕のお父さんは教えるのは上手だって言ってるのに。
機嫌が悪い…っていうよりも、へこんでるという感じなんだよなー。
はぁぁぁ。
「ちょっと!こじろう君!話し聞いてるの?」
「え?希?何だっけ?」
「もーう!たんぽぽちゃん、どう思うー?うちの学校の男子?これだから?」
「ちょ、ちょっと希ちゃん。そこら辺で、いいんじゃない?」
「もうまたー。たんぽぽちゃんは甘いんだからー」
「希も、それくらいにしてやってくれよ。こじろうはぼーっとしてるやつなんだよ」
「ぼーっとはしてたけど…何だっけ?」
「ほらー。サッカークラブに勧誘する順番よー。登録選手の上限は16人だから、あと6人しか入部できないでしょ?」
「あ。そーか!」
「そーか!じゃないわよ!もーう!あんたはこの順番で誘いなさいよ!」
うう…既にそんなに話が進んでいたんだ…僕はどれだけぼーっとしてたんだろう。
「ついでに!テストで80点を切ったら、試合に出れないんだから!あんたたち…ってゆーか、こじろうは勉強もしなさいよ」
「僕だけ?」
「そりゃそうよ!知らないの?雄二も塾に通い始めたのよ!」
「げっ!クラブ内で通ってないの僕だけかよ!ぐぅぅ」
「って、ことで、勧誘くらいしっかりしなさいよー」
あー、もう!
女子には口で勝てないよ!
☆☆☆
月曜日の夜。とあるおでん居酒屋。
「すみません、こじろう君のお父さん」
「どうされました?私と一緒に飲みたいなんて」
「あの、ワタシ、勘違いされていると思いまして」
「どういう…ことでしょうか?」
「率直に言いますと、私はあなたの指導力は素晴らしいと考えています」
「では、なぜ…ヘッドコーチを代わられた…のでしょうか?」
「はい。正直、私はサッカーの不合理さが許せないのです」
「不合理…さですか?」
「はい。あなたは、サッカーの勝ち方をご存知ですか?」
「勝ち方ですか?相手より点数を多く取って…」
「いえ。試合が始まってから、点を取るまでの手順といいますか、メカニズムといいますか」
「ああ。確かに。決まっていないかもしれませんね。しかし、スポーツというのは決まっていないのではないでしょうか」
「そうなのでしょうか?例えば、野球です。日本ではサッカーと同じくらい流行っていますよね?」
「はい。日本でもプロのある数少ないスポーツですね」
「野球だと、試合が始まってから、点数を取るまで、戦略的に考えられています。しかし、サッカーはどうなのでしょうか」
「うーん。おっしゃりたい事が今ひとつわかるようでわかりませんね…」
「サッカーは、試合に勝つ、ということと、上手くなる、ということが切り離されているように思うのです」
「そうでしょうか?」
「はい。ポジションによって、使用頻度の多いテクニックと、使用頻度の少ないテクニックがありますよね?」
「はい。それはありますね」
「例えば…ですけど、使用頻度の低いテクニックを練習する必要があるのでしょうか」
「うーん。効率化…ですか?それは子供たちの可能性を消すことにはならないでしょうか」
「それは逆だと思います。色々なポジションを試してみる機会になると思うのですが、いかがでしょう」
「正直、私は反対です。サッカーは、全技術上手になって、さらに体力と精神力をまんべんなく鍛えるべきだと思います…が、それで結果が出なかったのも、事実です」
「そうですか。それでは、このやり方で、少しだけ試してみませんか?」
「少しだけ…と申しますと?」
「そうですね。ゴールデンウイークの練習試合まで、でいかがでしょうか?」
「わかりました。それでは、練習試合で負けたら監督を交代して下さいね」
「ええ。男と男の約束です」
「ふふっ」