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第36話「雄二くんはオンナが苦手」

 古宿少年サッカークラブの二大おバカ選手の一角、雄二くん。

 彼はお勉強の成績が急上昇していた。

 理由は2つ。塾に通い始めたという点と、単純に周りが勉強し始めたからだ。



「100点…雄二のくせにありえない…」

 そう発言したのは、雄二のクラスで、リーダー的な存在のるるちゃんだ。

 るるちゃんは他の子よりも若干成長が早く、何より口が達者だ。

 毎日、かわいく髪の毛をセットしてくるし、お洒落な服装を着こなしている。

 自分がかわいく見える格好を選び、自分がかわいく見える角度や表情を知っている。

 パパのネクタイだって、るるちゃんが選ぶ。

 だって、ダサいパパなんて、るるのパパに相応しくないんだもの。


「え?なんで、僕の100点がありえないの?」

「だって、あんたクソバカじゃん。カンニングよ!カンニング!田島先生!雄二くんカンニングしてます!」

 

「このクソブス!殺す!」

 雄二くんは煽り耐性0なのだ。

 自分も、よく他人をからかったりするのだが、からかわれるのは苦手だ。

 攻撃力100だが、防御力0。

 煽り耐性0で、かつ、語彙力もそんなに高くないので、女の子には「ブス」としか言えないのだ…


「ちょっと!雄二くん!ブスって何なの?ブスって?先生はねぇ、悲しいよ!自分のクラスにそんなこと言う子がいたら!放課後職員室に来なさい!わかったね!?」

 雄二は、まんまと、るるちゃんトラップに引っかかっり、放課後職員室に有難いお説教を頂きに向かうのだった。

 



☆☆☆



 放課後。

「失礼しまーす…」

 雄二くんは職員室に入ると、田島先生が険しい表情でこちらを見ているのが見えた。

 田島先生だって、男の子が女の子に「ブス」って言うことくらい、毎年経験しているので、何とも思っていないハズだ。

 女の子に「ブス」って言っちゃう年齢になったのね、くらいのものだって思ってんのに、わざわざ職員室まで生徒を呼んで怒りたいかね。

 まあ、先生だって怒っている風に見せないといけないってのはわかる。

 笑ってばかりじゃ先生は務まらない、ただそれだけなんでしょ?と、雄二は高を括るっていた。


 雄二くんは、たいして怒られないと舐めてはいるのだが、それなりにビビりにビビってはいる。

 なぜなら生来の臆病な性格に加え、田島先生が苦手なのだ、職員室の空気が苦手なのだ。

 

 田島先生のデスクへ着くまでに、他の先生たちが、雄二くんを見ている。

 映画に登場するシーン、新人の囚人が折に入る時のような気分だ。

 デスクへ向かう途中、廊下を歩いている新人囚人が、他の極悪囚人たちにからかわれるような感じに思えた。

 立ち止まることはできないので、田島先生のデスクまで進む。

 囚人たちは声をかけてはこないが、不気味な顔でこちらを見ている、そんな風に思えた。


「で、なんだっけ?」

 聞きたいのはこっちだ。

 お前が呼び出したんだろ!と大声で言ってやりたいが、そんなことを言おうものなら、目の前の極悪看守だけじゃなく、周りの囚人たちからも一斉に襲い掛かられることは容易に想像できる。


「るるちゃんに、ブスって言った件です…」

「なんでそんなこと言ったの?」

「えーっと…」

 なんだっけ…?

 職員室に呼ばれたことにビビって、なんでなんだか忘れてしまった。


「意味もなく、るるちゃんにブスって言ったの?」

「え?いや…」

 あ…そうだ!思い出した。

「あ…あの…テストで100点を取ったのをカンニングだって言われたからです」

「言い訳するんじゃないよ!あんた反省してないね!」

 えーーーーーっ!

 理由を聞かれたんじゃなかったっけーーーっ!


「反省してます…」

「じゃあ、なんで言い訳した?」

 理由を聞かれて答えたら、反省してないってことになるの?

 なるのか??

「言い訳…じゃなくて…ブスと言った理由です」

「じゃあ、あんたカンニングって冗談を言われたら、ブスって言ってもいいって言ってんの?」

 いや…もうどうしよう…これ、話し通じてないよね。

 困った。苦しい。

 職員室ってだけで、空気が薄い気がするくらい息苦しいのに、話が通じない苦しさが相まって、のどが渇いてくる。


「いえ…ダメです」

「じゃあ、言い訳するんじゃないよ!男らしくない!あんたみたいな男がいるから、この国は腐っていくんだよ!」



 この後、1時間くらいお説教は続いた。

 雄二くんは、下を向いて反省している風の態度を示しているのだが、田島先生が何に対してこんなに怒っているのかさっぱりわけがわからなかった。

 反省した顔を作って、「早く終わってくれー」と心の中で願うのであった。



☆☆☆



 翌日。

 るるちゃんは雄二をからかった。

「雄二ー。昨日どうだった?」

「ああ?うるせーよ」

 るるちゃんに絡んでも、自分に得することがない。

 こういう時は無視だ。無視。


「なに無視してんのよ!ムカつく」

「………」

 無視無視。女子と言い争ったって良いことはない。

 悔しいが口では女子に敵わない。

 幸い、無視をするのが一番効果的なのだ。


 るるちゃんは、雄二くんに無視されて、氷のような表情になった。

 プライドの高い女子にとって、男子の無視はイラつく。

 

 休み時間に、るるちゃんは、田島先生に訴えた。

「先生!雄二くんが昨日のことを根に持って、無視してきます!」



「雄二くん!終業式の後で職員室に来なさい!」

 雄二くんは小さな声で「うわぁ…」と嘆くことしかできなかった…

 るるちゃんと話したらからかわれるし、無視したら先生に怒られるし、もうどうすりゃいいんだよ。

 くそっ!


 クラスの男女たちも雄二くんが悪くないことはわかっているが、るるちゃんにターゲットにされるのが嫌なので、誰も弁明はしてくれない。

 可愛くて、お洒落で、ちょっとおバカな女の子は大人受けが良い。

 るるちゃんとお友達だってだけで親は喜んでくれる。

 そんな女の子に逆らえる子供なんていないのだ。


 雄二くんは、またも、るるちゃんトラップにハメられて、田島先生の大目玉を食らうこととなってしまった。



「ああ!もう!女って嫌い!」



☆☆☆


 8月3日土曜日。

 既に夏休みに入っている。

 1学期は田島先生にはこっぴどく怒られたのだが、そんなことはどうでもいい。

 夏が忘れさせてくれる。



「さあ、今日は切り返しの練習をしますよ!」

 桐生先生に教えてもらったのは、全力でダッシュしてからの方向転換だった。

 これまでは意識していなかった、走りながら方向転換。

 言われてみれば、そうかもしれない。

 走りながら左に曲がろうとすると、円を描くように進んでしまう。

 車が左折する際に、円を描きながら曲がるように。


 野球でも塁を回る時には、円を描くように回ってしまっている。

 野球の場合なら、ディフェンスが付いて来ないのでそれでもいいのだが、サッカーの場合はディフェンスを振りほどかないといけない。

 なので、円を描くように方向転換するとディフェンスを振りほどくけないので、「角度をつけて」方向転換する必要がある。理想は90度。直角に曲がる。

 ディフェンスも円運動で付いてくるので、こちらが直角で曲がれば、その瞬間フリーになれるということだ。

 

「お!いいですね!雄二くんの様に、進む方向とは逆に肩をぐいって入れてみて下さい」

 この「方向転換」の技術は、ディフェンスを振りほどくための技術だ。

 なので、逆方向へ行くと見せかけるのがポイントになってくる。

 腰から下は、既に曲がる作業に入っているため、フェイントには使えない。使えるのは上半身だ。

 目線ではフェイントがバレバレだが、肩の動きはディフェンスを騙しやすい。

 自分は、肩の動きで散々騙されてきたってのもあるんだけど…


 この技術は使える。

 最早、陸上の技術ではなく、サッカーの技術だ。



「痛い!」そう言って、萌ちゃんが倒れてうずくまった。

 雄二くんは痛がる萌ちゃんを見ていられなかった。

 ほんの10秒前の好奇心は吹き飛んでいた。



「これは股関節を痛めましたね。一旦病院へ行きましょう」

 桐生先生が萌ちゃんを病院へ連れて行った。


「まったく…これだから女ってのは…」と雄二くんが口にすると、チームメイト全員から非難の目で睨まれてしまった。無言の圧力。

「いや…ごめん」雄二くんはそれしか言えなかった。


 最近、るるちゃんや田島先生のことでイライラしていたのだが、それをサッカーで怪我をした子への愚痴で解消しようとするなんて、自分でも卑怯だと思うし、そういう意味で言ったんじゃない。

 ただ、オンナへの感情が爆発しただけなんだ。


 なんだか、情けなくなってきた。



☆☆☆



 晩。

 萌ちゃんの診断結果が母親経由で伝えられた。

 普段、全然運動しない人がいきなり運動をすると股関節を痛めることがあるらしく、大きな怪我ではなかったらしい。

 来週の練習までには良くなるそうだ。

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