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第35話「希はピアノが大っ嫌い」

 小学5年生。

 この頃の女子は感受性が爆発している。

 その爆発エネルギーは10代後半になると太陽フレアに匹敵するのだが、11歳の彼女達の感受性が猛威を振るうにはまだ早い。

 もちろん、人によって違う。

 生来、鋭い感受性を持っている人もいれば鈍い人もいる。外的要因も大きい。

 幸か不幸か、感受性が乏しいままで一生を過ごせば「落ち着いた人」「大人な人」と評価される。



 

「何で課題の練習が進んでないの!」

「………」

 希はピアノが得意だが、ピアノが嫌いだ。

 自分から進んで、個人のピアノ教室に通っているわけではない。

 ママが子供の頃、ピアノを習っていたので、自分にも習わせようとしているだけだ。


 やりたくもないのに、毎週、ピアノ教室に通い、課題を与えられる。

 ピアノのせいで、友達と遊べる時間が制限されるし、そもそも、ピアノ教室って時間通りに進まない。

 予定時間よりも早く教室が始まることや、遅く始まること、早く終わることや遅く終わることがざらにある。

 子供ながらに、時間管理出来てない先生ってどうなのよ?って思う。


「コンクールで勝つためには…」って先生は言う。

 バカじゃないのか?って希は思う。

「プロになりたがってる人に言ってあげなよ」って言いたいけど、言ったら怒られるから言わない。

 だから、心の中で毒づく。


 希はピアノが得意だ。たぶんプロになりたがってる他の子よりも得意だ。

 去年は高校1年生までが出られるコンクールで銀賞を取った。

 だけど、ピアノは嫌い。

 銀賞を取った時、プロのピアニストに「高校までは、その弾き方でいいけど、その先を目指すなら音を抜く練習をしなさい」と言われた。


 希は「じゃあ、初めからそう教えろ、バカ」と思った。

 ジュニアコンクールとプロの弾き方は違う。

 

 審査員は「子供のうちは、正確に弾けることが重要」と言う。

 なら、課題曲を選ばせるのを廃止して、同じ曲を弾かせて審査すればいいじゃん、と思う。

 そうだ!音ゲー方式でやればいいじゃん。

 偉そうな事言って、お前らなんてピアノで成功しなかった癖に、子供相手に大口叩いてんじゃねーよって、思う。

 ほら、審査員なんて必要ないじゃん!あー、スッキリした、と心の中で毒づいて解決する。


 だいたい、審査員って、審判でしょ?

 審判がしゃしゃり出て来るっておかしくない?

 お前らは正しく、ジャッジしてればいいんだよ!って誰も思わないの?

 私だけ?


 だいたい、ピアノの先生も、コンクールコンクールってうるさいよ!

 コンクールって子供の音楽教育には弊害じゃない?

 だって、どこのコンクールに行ってもソルフェージュ能力の低い子ばっかりだよ。 

 あれでしょ?

 コンクールで勝たせることが、先生の実績になるから、ソルフェージュみたいな基礎を疎かにさせちゃうんでしょ?

 あの子達、ピアノを止めちゃったら、何にも残らないよ。

 だって、コンクールのために基礎すら学んでいない、ハリボテなんだから。


 なんでもかんでもコンクール、っておかしいよ!

 コンクールなんて、全っ然!楽しくない!

 音楽って、音を楽しむんじゃないの?

 何で、みんな、好きでもない課題曲を正確に弾けるようになることが良いことだと思ってんの?

 本気でそれが楽しいと思ってんの?

 で、頑張った結果、「プロじゃ通じない」って言われて。

 ホント死ね。

 コンクールに関わる、先生も審査員も全員、雷にでも打たれて死ね。



 希の感受性は今、まさに爆発している。



 こんな大爆発時期に出会ったのが、たんぽぽちゃんだった。

 

「ちょっと、何?あの子?ヤバい」

「希にも見えるの?」


「どういう意味?」

「だって、あの手の子は、心の汚い人には見えないって聞いたわよ」


「誰によ!それに誰の心が汚いのよ!」

「冗談冗談、怒らないでよ!実在するかどうか、話しかけてみましょうよ」


「それは、そうしましょ」

「希だけ、触れなかったりして」


「由香里!」

「だから冗談だってば」



 こうして、希と由香里はたんぽぽちゃんの取り巻きとなり、まんまとサッカークラブに入部することになった。



 希はサッカーに思い入れがない。全くない。

 スポーツにも思い入れがないし、運動神経は女子の中でも悪い方だ。


 希としては、自分とは真逆の存在を見てみたかっただけだった。

 好きなのに弱いチームの子らってどんな気持ちなんだろ?


 練習が始まると、やっぱり自分は下手くそで邪魔者扱いだった。

 他の子らよりも優れているのは、リズム感だけ。

 

 だけども、そのリズム感が役に立った。


 MF?ボランチ?

 まあとにかく、自分のポジションはリズム感が物を言う。

 

 作戦に必要なのはリズム感だ。

 同じポジションに中で、初心者は自分だけ。

 だけども、上手くボールが蹴れた時は必ずシュートまで繋げることが出来る、という自負も出てきた。


 なんたって、自分には音が聞こえる。

 相手の選手が、どこにいて、どのタイミングでボールを奪いにくるのか、わかるのだ。

 音とリズム。簡単なことだ。

 だけど、自分にはサッカーの技術が追いついていないので、基礎練習が必要なのだ。


 基礎練習を疎かにしてはいけない。

 ドリブルもパスもシュートも、全て基礎が重要だ。

 それだけじゃない、走るのだって、止まるのだって基礎が重要。

 当たり前だ。

 基礎を疎かにするということは、ハリボテを作るだけだ。



「あ…」

 希には思い当たる節があった。

「ハリボテ…」

 サッカーをやっているちゃらい奴らとか、ピアノのコンクールの審査員連中って、ハリボテなんじゃないの?


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