第33話「こじろうパパ先輩」
「おい!新人くん!この仕事まだ終わってないのか?」
「あ…はい…すみません…」
「今日のお昼までって言われてなかったか?」
「申し訳ありません…13時までには上げますので…」
「毎回毎回…」
「すみません」
課長が新人を怒鳴りつけるのが日常になってしまった。
課長は課長で、しっかり仕事の全容を教えてあげればいいのに、それをしない。
新人くんは新人くんで、言われた仕事を適当にこなしていればいいのに、納得のいかない仕事には手をつけない。
その幅寄せはこっちにくる。
新人くんがやり残した仕事は、自分がやらなきゃならないし…
「こじろうパパさん…聞いて下さいよ~」
新人くんからの課長への愚痴も聞いてやらなきゃならないし…
そして、こじろうパパは決まってこう言う…
「まあまあ…」
良く言えば、穏健派、悪く言えば、事なかれ主義、それがこじろうパパなのである。
「なんで、課長はプロジェクトで忙しい時に、こんな社内向けの会議資料を優先させるんですかね?」
「これもプロジェクトの一環なんだよ。お偉いさん方に進捗状況とか伝えないと、次のプロジェクトの予算がなくなっちまうだろ?明日の朝、会議だから、課長としては今日中にまとめる必要があるんだよ。変な話だと思うかもしれないけど、新人くんの評価も、その資料を基に考えられるから、正確に作った方がいいよ」
「そうなんですか?実績よりも実績を表したPPTが重要って…でも、それならそうと課長も言ってくれればいいのに」
「まあまあ…手伝ってやるから、どこまで出来てる?」
「何もやっていませんよ!」
「マジかー。まあ、いいよ、一緒にやっつけちまおう!」
「はい~…」
事なかれ主義の人は、どこのコミュニティでも高評価を得る。
言われたことはちゃんとこなすので、上司には信用されやすいし、部下には頼られやすい。
実際、こじろうパパは中学校・高校生・大学でもサッカー部でキャプテンだった。
こじろうパパよりもサッカーが上手な者はいたのだが、練習を休まず、規律を守り、他社を思いやる姿勢が常に評価され続けてきた。
だが、事なかれ主義の人は、前例主義の者が多い。
強大な後ろ盾のある組織に属しているなら、前例主義でいいのかもしれないが、そうでないなら事なかれ主義の者は弱い。
こじろうパパも同期が課長に昇進していく中、一歩手前で停滞している。
こじろうパパは、たんぽぽちゃんのお父さんが、チームを改善していくのを傍で見ていて、ようやく自分の間違いに気が付いた。
自分が小学生の頃から大学まで、基礎メニューと言えば、ドリブル・パス・シュートだった。
ずっと、同じ練習方法だ。基礎練習の反復こそが信頼できるテクニックを磨いていく。
本当か?そが正しいかどうかを検討すらしたことがないのに。
自分がそうやって来たから、子供たちにもそう教えているだけじゃないのか?
本当に正しかったのか?
こじろうパパに革命が起こった。
たんぽぽちゃんのお父さんだけではなく、萌ちゃんともまたこじろうパパに革命を起こした人物である。
萌ちゃんのような、どうしようもない運動音痴の子は、育てようがないと思っていた。
小・中・高・大学と、そういう運動音痴の子もサッカー部に入って来る。
だけども、直ぐに辞めていく。
だから、こじろうパパは、運動音痴の子が入って来ようが来まいが、特に練習メニューを変えることもなかった。やる気があれば続くし、なければ辞めていく。
多くの人は辞めていく。運動音痴の子は辞める確率が高いだけ。そんなもんだと思っていた。
だけど、たんぽぽちゃんのお父さんは練習メニューを変えた。
より基礎…というか基礎過ぎる内容ではあるが、まさかのサッカー以前の問題、走り方の練習という、おおよそ考えられないくらいの基本的なところまで、遡って練習を始めてしまった。
しかも、足の速い選手まで巻き込んで。
ちょっと、やり過ぎなんじゃないかと思ったのだが、これが子供たちには好評だったし、自分も楽しいと思ってしまった。
走る、という単純で誰にでも出来ることだけど、そこには科学があり、上手くなれるメカニズムがある。
長い間、サッカーをやっている間に、サッカーについて考えなくなっていた自分に気が付いた。
2週間。たった2週間で萌ちゃんが走れるようになった。
もちろん、2週間前と走るスピードはそんなに変わらない。
他の子にしたって、ほとんど変わっていない。
だけども、みんなサッカーが上手くなっている。
正しい、フォームで走ることが、どうしてサッカーを上手くさせているのか。
その答えは簡単だった。みんな動きにメリハリができたのだ。
ずっと動きの速い選手をマークするのは案外簡単なものである。
マークしづらいのは、ゆっくり動いていたと思ったら、次の瞬間いきなり速く動き出す選手だったり、走っていたのに、次の瞬間立ち止まっていたりする選手だ。
つまり、緩急なのだ。サッカーとは緩急のスポーツなのかもしれない。
ギアチェンジがスムーズにいくやつが上手いやつなのだ。
桐生先生は、走り方を教える過程で、ギアチェンジの方法を教えていた。
それが子供たちのサッカー技術を向上させたように思える。
運動音痴の子のために、練習内容を変えたのだと思い、たんぽぽちゃんのお父さんは、なぜみんなの足を引っ張ることを、わざわざやらせるのかとも思ったのだが、それが全員にとって結局プラスになった。
運動音痴であるという、というのが問題の原因だと思っていたのだが、そうではなかった。
子供たちは、走り方を教わったことがない、というのが問題の本質であり原因だったのだ。
だから、自分は問題解決を誤り、たんぽぽちゃんのお父さんは、問題解決をクリアした。
そう思えるようになった。
日々のコーチングには大きく2つのことが重要なんじゃないかと思うようになってきた。
選手たちに全体像を教えること。
サッカーのテクニックを一つ一つ分解すること。
たんぽぽちゃんのお父さんは、試合の初めから終わりまでのプランを用意しているし、それは、チームのどの選手も理解している。
その中で必要な動きを分解して、テクニックとして自分が教えている。
これまで、自分が所属していたサッカーチームでは、体力や筋力は選手任せだったし、試合プランも大まかにしか決まっていなかった。
サッカーとは、そんなものだと思っていたし、それ以上深くは考えなかった。
問題の本質…これを見極める力が自分には弱いんじゃないのか?
というか、問題の本質を見極めた事すらないのが、自分なんじゃないのか?と思ってきた。
「新人くん、この資料なんだけど…」
「はい…」
「ここ。ここは何で%にしたの?」
「あ。はい。%にした方がインパクトが出ると思って。だって、評価に関わってくるんですよね?」
「あー…これ、課長が資料をまとめるときに、新人くんの数字を実数に戻すから意味がないよ」
「え?そうなんですか?」
「そうだよ。ちなみに、この仕事…なんで売り上げがマイナスなの?」
「え…前任の3年目さんが、赤字でも仕事を取った方がトータルでプラスになるからって…」
「あー。うん…3年目さんの前任は俺なんだけど、そんな上手いこと言って、先方はそんなやり取り覚えてくれちゃいないよ。あそこは担当もコロコロ変わるからね。契約をまとめるとき課長に相談した?」
「え…いえ…」
「了解。なら、これを提出するときに、僕と一緒に説明しにいこう。その前に、3年目くんには僕から話しておくよ」
「ありがとうございま…す」
「よっぽどのことがない限り、赤字の仕事だけは受けちゃだめだよ。会社に損害があるというよりも、君がマイナスの評価になっちゃうからね。それを回避したかったら、課長に相談しなきゃ」
「そうですよ…ね?」
「うん、まあ今はこの資料を終わらせよう!」
「はい…」
☆☆☆
「課長、新人くんと3年目くんなんですけど」
「あー、あいつら、ほんっと、使えないよな。他の部署に回すように人事には伝えてるんだけど…」
「まあまあ、で、ちょっと二人の資料を見てほしいのですが…」
「どれ?」
「ここです」
「おいおい…これどういうこった?」
「彼ら、赤字で仕事を取ってくるのが常習化していますね」
「やられた…明日の会議プチ炎上決定だな…金額が大したことなくて良かったよ…」
「え?課長気付いてなかったんですか?」
「知らねーよ!若い奴らのやっすい案件なんて!あいつら呼び出して怒鳴りつけてやろーか、ったく。」
「まあまあ…パワハラで逆にやられますよ…まあ二人ともまだ若いので…もし良かったら、私が教育係をしてもいいですか?」
「おー。サンキューサンキュー。助かるよ。悪ぃね」
「いえいえ。ではそういうことでお願いします!」




