第28話「相手を引き剥がす2つの方法」
7月7日日曜日。
今日からは、萌ちゃんも練習に参加する。
僕たちのチームは、いわゆる体育会系のサッカークラブじゃあない。
チームによっては、バリバリの体育会系で、先輩やコーチが絶対!みたいなチームもある。
うちのチームは、キャプテンすら存在せず、上下関係も厳しくない。
たんぽぽちゃんのお父さん曰く、古宿少年サッカーチームにとっては、「コーチ」というのはFWやキーパーと同じで1つのポジションである、というポリシーから、上下関係で考えることに違和感があるらしい。
アメリカ人の考えってみんなこうなのか?
そんなうちのチームは、選手もコーチも「おっはよー」という挨拶から練習が始まる。
なんともフラットなチームだ、と僕は思う。
今日は、なんだかいつもとちょっと違う。
なんとなーく、男子の気合の入り方が違う。
いつもと、今日の違いは1つ、萌ちゃんがいるからだ。
そして、萌ちゃんは普通の女の子とは違う。
萌ちゃんは、他の女の子とは体が違う。
女性として出来上がっている。
たんぽぽちゃんファンの僕も、みんなに釣られていつもより練習に熱が入ってしまう…
☆☆☆
萌ちゃんはダメダメだった。
本当の運動音痴。
僕は、ここまで運動神経のない子を見たことがない。
まず、萌ちゃんは走れない。
萌ちゃんは、両手を猫みたいに内側にたたんで左右に振って走る。
達也が萌ちゃんの走りを見て「あ…そっか…」と言った。
「何が」と聞き返すと、「おっぱいが揺れないように抑えながら走ってるからだよ…たぶん」と答えた。
「あ、そっか…」
萌ちゃんはボールを蹴ろうとすると、空振りをするし、体力も限りなく0。直ぐに息が切れていた。
今日は新しい発見があった。
世界で一番運動神経が悪い女の子がチームに入ったからって、チームが弱くなることはない。
チームはより一層団結力が増し、気合の入った全力の練習が出来るようになる、つまり、チームは強くなるってことが証明されて日となった。
今日はとんでもなく活気のある練習日だった。
みんな、自分のいいところを見せようと必死で、まさにバーサク状態。
「オオ!みなさん素晴らしい。ついに、ビーストモードに入りましたか…」
アメリカにもそういう表現があるのか…。
☆☆☆
7月13日土曜日。
今朝も「おっはよー」という挨拶と共にグランドに集まる。
我らがヘッドコーチ、たんぽぽちゃんのお父さんが、どうみても70代のおじいちゃんをグランドに連れてきている。
白髪でしわくちゃのおじいちゃんが、ジャージ姿でグランドに立ってるのって、ちょっと違和感がある。
「今日は変則的な練習をしマスね!特別講師に来て頂きました!桐生先生です!」
桐生先生か。先生にしては歳をとり過ぎている。
先生の先生の先生くらいの年齢だ。僕は何を言っているんだろう…
「あー。どうも、桐生です。みなさんと同じ小学生です!」
は…はい?
「はっはっはっ。ジェネレーションギャップかの。ギャグが滑ったわい」
お…おお…ギャグだったわけですか。へ、へー。
「では、さっそく、走り方講座を始めたいと思います!」
「は、走り方講座?」
グランドがざわついた。
「速く走りたいひとー」と、桐生先生はみんなに手を挙げながら呼びかけた。
僕だってもちろん足を速くしたい。
小学生の僕たちって、なんだかんだ言って、足が速い奴が偉いのだ。
みんな手を挙げていた。
「足を速くする方法を知ってるひとー」桐生先生はそう言って手を挙げた。
今度は手を挙げる人はいなかった。
「はっはっはっはっ。変わらんのぅ。みんなは学校で体力テストで50m走を測ったりせんのか?」
「測ります!」
「テストはするのに、速く走る方法は教えてくれんのか?」
う…たしかに…学校では50m走を毎年測定するけど、どうやったら、足が速くなるかは教えてくれない。
「面白いのぅ。上達する方法を教えずに、テストだけする科目。体育は不思議な科目じゃのぅ。さ、それはいいとして、もちろん、足が速くなる方法はある」
あるんだ!良かったーっ!
足の速さなんて、生まれ持っての才能だと思ってたよ。
「よし、まずは、走る時の基本姿勢からじゃ。みんなこっちへ移動するぞ」
そう言って桐生先生に連れて行かれたのは、グランドの端っこ。体育倉庫だ。
「よし。君、お名前は?」
「こじろうです」
「では、こじろうくん。この壁に、後頭部、お尻、踵を付けて立ってみてくれ」
「はい!」
僕は桐生先生に言われた通り、後頭部とお尻と踵を壁にくっつけた。
「おお!君は完璧じゃな!では、一歩前に出てから、そのままの姿勢を意識して10m程走ってみてくれ!」
「はい」
言われるがままに、走り出すと、桐生先生は「完璧じゃ!完璧じゃ!」と絶賛してくれた。
一人ずつ、同じ動作をさせられたんだけど、桐生先生の言いたいとこがなんとなくわかってきた。
足の遅い人ほど、体勢が崩れるのだ。
「はい。ちょっと見えにくいですけど、皆さんの動作はiPadで撮影しています。一人ずつ確認してみましょう!」
若干の悲鳴が聞こえた。
意外にも、自分がこんなにすぐに体勢を崩して走っているとは思ってなかったようなのだ。
「確認しましたね!では、もう皆さん気付いてきるとは思いますが、足が速くなる方法、その1です。体を真っ直ぐに保つ、ということを意識して下さい」
なるほど。
はじめに、壁に後頭部とお尻と踵をくっつけたのは、そういうことだったのか。
壁を使って体を真っ直ぐにしたんだ。
「あの、桐生先生…真っ直ぐに意識してるんですけど…崩れちゃう場合はどうしたらいいですか?」
「現実的で良い質問ですね、萌さん、ですか?」
「はい…」
「はっはっはっ。先生としては完成されている子より、未完成の子の方が教え甲斐があるから良いんですよ。萌さん、ちょっとお尻を触っても良いですか?」
「はい」
なぬっ!あの、むっちり膨らんだお尻を触るとですか!?やだっ!変態!変態じじいがいます!
「みんなもいいかい?体を真っ直ぐに意識することが難しかったら、頭にあるツムジと、お尻の肛門、ここに一本の棒が刺さってると思ってみて!」
痛い痛い。なんちゅうことを想像させるんだ。
って言いながら、変態ジジイは、萌ちゃんのツムジとお尻を触っている。
「人に触ってもらうと意識し易いじゃろ?」
「はい!」
「じゃあ、そのまま、頭からお尻に棒が刺さってると思って、10mくらい歩いてみて!」
「えーと…はい」
嘘だろ…萌ちゃんが普通に歩いている…
「良い感じじゃ、まずはその姿勢で歩くことから始めてねー!」
「はいー」
変態じじい…いえ、桐生先生!
私が間違っておりました!
「いいかい?走るってことは、実はコケる動作の繰り返しなんだよ。右足で地面を蹴って、前にコケそうになるのを、左足で支えて、今度はその左足で地面を蹴って前にコケそうになる。この繰り返しだね。ここまではいい?」
そう言われればそうだ。
走るってことをそんな風に表現されたことがないけど、たしかに、走る動作はコケる動作の繰り返しだ。
「この単純な動作を邪魔するのが、上半身の動きだね。ほら、上半身がグラグラ動いちゃうと下半身もそれに釣られてグラグラしちゃう、その結果、前に進むエネルギーが左右に分散されて、足が遅くなっちゃうね」
なるほど。だから、上半身の姿勢は重要なのか。
「さて、今週の足が速くなるポイントはこの1点だけです!来週は次のステップに進むので、普段歩くときなんかにツムジから肛門に棒が刺さってのを意識して練習しておいて下さい」
え?もう終わり…
「もう一つ、走る、という点において、皆さんにアドバイスがあります。これは、練習も必要がないので、テクニックとして覚えていて下さい!じゃあ、こじろう君!」
「はい!」
「こじろう君、10m走ってから、急に止まってみてまらっていいかい?動画を撮らせてもらうよー」
「はい!」
僕は、桐生先生に言われたとおり、10m走って止まった。
「いいねー。では、今度は10m走って止まる時に、こんな風に、脇を開いて、肩を横に広げて閉じるのと同時に止まってくれないかな?わかる?」
「はい。止まる時に、羽ばたく感じですよね?」
「あ、うーん、羽を一気に閉じる感じだね」
「はい!やってみます!」
僕は言われた通りにしてみた。
あ…新感覚…
「こじろう君、どうだい?」
「正直、驚くくらい急に止まれました…」
「さっきの、走る理論で、上半身が速く走るのを邪魔するった説明したよね?」
「あ!はい!」
「みんな、気付いたね!そう。上半身の力を使って急に止まることが出来るんだ。陸上選手とかだと、急に止まるテクニックは必要がないけど、サッカーだと必要だよね?見過ごされがちだけど、サッカーでは相手と距離をとるには2つの方法があるね。スピードで抜き去る方法と、急に止まって相手を引き剥がす方法。どちらも、練習で上手くなれるから、今日から、一緒によろしくね!」
凄い…
走るってことを真剣に考えた事がなかったけど、こんなに奥が深くて、面白いことだったんだ。
それに、萌ちゃんのお尻を触ったのが衝撃だったし、それも含めて桐生先生のインパクトは凄い!




