第23話「15対2の試合」
真子が見事にシュートを決めて、サイドラインの外で見守る父兄たちも大喜びだ。
健介と大樹がベンチに戻ってきて、代わりに正人と雄二がピッチに入った。
死神の中では、雄二が一番やりにくい。
大樹程の体力はないが、雄二は大樹に次ぐ体力の持ち主で、何より、サッカー経験者だ。ボールコントロールこそ上手くないが、体の入れ方や走っている時の緩急など、ちゃんと嫌がることをしてくるのが、こいつ、雄二だ。
正人は正人で、けっこう攻撃的なディフェンスを仕掛けてくる。
というのも、前回の練習試合でシュートを決めてから、正人はディフェンスからオフェンスへの切り返しが異常に早いのだ。
なんとなく、雄二はディフェンス的死神で、正人はオフェンス的死神という感じだ。
さっきはパス回しを行っていた相手チームのMF遠藤くんだが、今度はドリブルで突破することにしたみたいだ。
しかし、雄二に阻まれている。
遠藤くん程の一流の選手でも、雄二は抜かれない。
抜かれないどころか、基本通り、サイドへサイドへ遠藤くんを外へ押し出している。
雄二はきっちり、遠藤くんの腰を見据えて、動きについていっている。
遠藤くんが、その卓越した足技で雄二を躱そうとしても、雄二がその足を見ていないんだから、抜けるわけがない。
遠藤くんが雄二を弄ぶように、ボールを目の前にやったりして、足を出すのを誘っているが、雄二は乗らない。というか、腰しかみていないので、乗れない。
遠藤くんの理想は、雄二に足を出させて、出した足の方から抜きたいんだろうけど、そうはいかずに雄二にせまられて、じりじりとサイドラインに寄って行ってしまっている。
遠藤くんはパスを出せばいいのに、何故かパスを出さない。
遠藤くんは強引に雄二を抜こうとして失敗し、ボールを雄二にはじかれて、ボールがサイドラインを割って出て行ってしまった。
遠藤くんが「くそっ!」と言って、雄二を睨んだ。
雄二はそれに気付く間もなく「あ。交代だ!」といって、たんぽぽちゃんと由香里にポジションを譲った。
そして、やっと達也と僕にも出番がやってきた!
達也は一太と、僕はジャエルと交代してピッチに入った。
遠藤くんと対峙するのは、由香里。
由香里は雄二と同じく、遠藤くんの腰を冷静に見ている。
やっと、僕も落ち着いてきたみたいだ、。
由香里が何をしているのかが、わかる。
由香里は、遠藤くんの腰が浮くのを待っているんだ。
人は腰を落とせば止まり、腰が上がれば走りだす。
走りだす場所も由香里は作っている。
微妙に体の角度を内側に傾けて、外に走るように仕掛けている。
遠藤くんが動いた。
由香里の計画通り、外に走る。
由香里は、それを追う…のではなく、真直ぐ後ろに走る。
すると、遠藤君は抜いたハズの由香里とまた、出会うことになる。
なぜなら、遠藤くんは由香里の外側に抜いているからだ。
外側に抜くと、抜いた後に内側に返ってこないと、ゴールには近付けない。
だから、由香里は、遠藤くんに抜かれた後、遠藤くんは追いかけない。
遠藤くんが外に膨らんで、返ってくる場所、すなわち、由香里の真後ろに向かって走るんだ。
遠藤くんは大回りをして、由香里は最短コースで次の1対1スポットまで到達する。
だから、わざと外っ側へ抜かせるように誘導している。
「由香里…上手い」
というか、僕がずっとお父さんから怒られていた、ディフェンスのポジション取りを、たった2ヶ月でマスターしてるとか…天才か、こいつ?
と、思ったけど、雄二も出来てたな…。
いやいや。待て待て、由香里って、将来プロになるかもしれない、遠藤くんに1対1で負けてない!
嘘だろ…?
遠藤くんは、たまらず、柿谷くんへパスを出すと…たんぽぽちゃんがボールをインターセプトした。
たんぽぽちゃんは、せっかく奪ったボールを大きくクリアした…と誰もが思ったのだが、それを全力で追う者が一人、由香里だ。
由香里は、たんぽぽちゃんが大きく蹴ったボールを拾いに走った。
あれ?これ届いちゃうやつだ!と、気付いた相手チームのディフェンダーもボールを追うが、走りだしに負けているので、由香里に先行されている。由香里はボールをギリギリトラップして、逆サイドにパスした。その先にいるのは、たんぽぽちゃんだ。
由香里のパスはころころと気の抜けた感じの転がり方になったが、ちゃんとフリーになったたんぽぽちゃんの足元に転がり、たんぽぽちゃんが放った全力シュートはゴールに突き刺さった!
そして、ピッチ上からみる恒例の…「ゴーーーーーーーーーーーーッル!!!」
由香里が遠藤くんに勝ち、たんぽぽちゃんが柿谷くんに勝ち、由香里がアシスト、たんぽぽちゃんがゴール…もうついていけない。
☆☆☆
サイドライン。
「アンダーソンさん…これは何が起こっているのでしょうか?」
「こじろうパパ。簡単ですよ。今、私達は15対2で戦っているのです。見て下さい。子供たちを」
こじろう君のお父さんは子供たちの顔を見る。
「ほらね。みんな、次は自分が決める。次は自分の番だ!って顔をしているでしょう?」
「はい!本当にそういう顔をしていますね!」
「ええ。相手チームはどうですか?あの上手な2人の少年のサポートをしようとしていませんか?」
「はい。たしかにそうですね。あの突出した2人が主役で、後は脇役に徹している感じがします」
「そうです。だから、ほら、フィールド内でも、ボールを持っていない子供たちの動きが全然ちがいます。達也くんは、遠藤クンも柿谷クンも両方カバーできるように気を配っていますし、こじろう君と、真子ちゃんも、パスコースを限定させて、大樹くんと健介くんがインターセプトしやすいように、フェイントを入れ続けていますね」
「はい」
「私は、この試合が、15対8になると思っていました。おそらく相手チームはそこまで強いチームではないのでしょう。15対2になってしまいました。全員が主役。全員がエースでないとこうなってしまうのデス!」
フィールドにいる、将来絶対にプロになると噂されている、遠藤くんと柿谷くんは、まだ試合開始からたった5分なのに、2か月しかサッカーを経験していない子を相手に、足をふらつかせながら苦悶の表情を浮かべて戦っていた。