第21話「僕がエースじゃないの?」
6月22日土曜日~23日日曜日。
今日・明日の練習は、基本練習と、来週の練習試合で使う作戦の精度を上げる練習だった。
☆☆☆
日曜日の午後。
達也と健介と僕は、僕の家でゲームをしながら、だらだらしていた。
来週が練習試合ってこともあって、どうしても話題はサッカーの話しになる。
「やっぱり作戦を完璧に実行するのは難しいよね」
これは本当に僕の心の声だ。
実は、作戦に従って実行するだけのサッカーというのに、若干の抵抗がある。
「そうだよね」
達也も同意しているのか?
「紙の上で上手くいくことも、実際にやってみると上手くいかなかったりしてるよね」
あら?
サッカー初心者の健介も同意する。
「だって、簡単なパス回しだってミスはするし、シュートなんて、キーパーがいると半分くらい入らないよね」
そうなのだ。そんなにうまくいっていないのだ。
「だよね。なんかうちのチームの練習って、サッカーを上手くなる練習っていうより、作戦の精度を高めるための練習って感じだよね」
達也もそう思ってたのか!うんうん。なんか違う!
「うーん。それって、おかしいの?上手くなることと、制度が上がるって、同じ事じゃないの?」
たしかに。健介の言い分もわかる。うーん。
確固たる何かが僕にはないから、そう言われるとそうだなー。くらいにしか思わない。
「うーん。実際、上手くなってるのかな?」
すると、達也が紙とペンを持ち出して、何かを書き始めた。
「ざっと計算するよ。チームで一番良く使う作戦の2-2-1は、パス2回にドリブル、そしてシュートを打つよね。現状、パスは7割上手くいくから、パス回しが上手くいく確率だけで49%だ。そして、ドリブルが上手くいく確率が90%で、シュートがゴールの枠に入る確率が50%。つまり、シュートが枠に入るまでの確率は25%程度しかない」
おお。まだ習っていない確率計算。
でも、このくらいはアホの僕だってわかる。
「そのうち、ゴールが決まるのは、半分もないから…僕たちのサッカーはオフェンスに入ってからゴールを決めるまで10%くらいの確率か…」
達也が結論をだした。
なーんだ、10%か。たいしたことないな。
あまりに確率が低いから意気消沈しちゃった。
でも、達也は自分の計算をみて「すげえ!」と喜んでいる。
「なんで?凄いの?」
「バカ!これまでの俺たちのサッカーがどのくらいか知っているか?10回攻撃をして、1本シュートを打つくらいだったんだよ!だから0点の試合ばっかりだっただろ!」
「う…たしかに」
「それに、シュートを決めてたのだって、お前の個人技だ!それが止められたら終わりだっただろ?」
「うん」
うーん。
思い当たる節がありまくる。
これまでのサッカーは行き当たりばったりで、攻撃をしていた。
今みたいに、どうやって点数を取るのか、明確な答えを持っていなかった。
社会の授業でいったら、世界の海洋を勉強せずにテストを受けて、ただ間違えて、答えが返って来るといった感じだった。
だけど、今は違う。
明確にどうやったら点数が入るのかがわかる。
自分の動きだけじゃなくて、他の人の動きまでがわかる。
これが、作戦か、と今実感した。
そして、達也が変なことを言った。
「このシステムになってから、DFが脚光を浴びるようになって嬉しいよ!」
ドヤ顔で達也がDF上位論を唱え始めた。
「へ?FWでしょ。FWを軸に作戦を考えてるとしか思えないんだけど…」
いや。完全にFWだろ?
シュートを決めるのに、前線でボールをキープするのも、FWだよ?
「え?ごめん…ちょっと待って、このチームの特異性は圧倒的に死神でしょ?」
健介まで、そんなことを主張し始めた。
「ええ?DFの細かい動きで、相手のポジションをズラして、有利にしてるって知らないの?」
「いやいや。それは知ってるけど、FWは最前線でボールのシュートとキープを両立させてるんだよ?」
「え?最前線は死神でしょ?ディフェンスからカウンターまで、常に相手に緊張感を与えてるのは死神だよ?」
何い?
それぞれが、このチームのエースだと思ってたってわけか!
「ちょっと、待って、じゃあ、みんながエースって思ってるってこと?」
また達也がまとめだした。
「うん!」
「うん…」
「って、ことはさ…俺ら以外の全員も思ってるってことじゃないの?」
「はっ!そうかも」
「だね…」
「僕と一太ってタイプが違うよね。僕はショートパスもロングパスも得意だけど、一太はそれよりも、フィールド全体を見渡す力が強い。まあ、一太は体力が全くないから、かなりフィールドにいる時間は限定的だけどね」
達也が、急にもう一人のDF、一太をほめ始めた。
「つまり?」
「つまり、僕と一太がいる時じゃあ、チームの攻め方が若干変わってるってことなんだ。良いとか、悪いとかじゃなくて」
「うん」
何が言いたいのかわからないよ?
「あー。これだからFWは!だから、俺と一太じゃ、同じ作戦でも違うように相手チームに見えるってことさ」
「ええ?そんなことある?」
「あるよ!だって、俺らの微妙なポジショニングで、お前らのパスのアシストとかしてるんだぜ?」
「そうなの?」
「そうだよ!」
わからない。
「それはわかるかも!」
健介が「わかる」発言をしやがった。俺はわかってないのに。
「だって、練習をしてるとき、達也は若干上がったりするだろ?その時、ディフェンスに入ってるとやっぱり、下がらないといけないもん」
「あっ。そういうことか。それなら、思い当たる節があるかも…」
「そうだろうよ!」
達也にキレられた。
うーん。全体のことが分かった感じがしてたけど、ちょっと考えが浅かったのかな?
「ということは、これ、チーム全員が思ってるぞ」
「何を?」
何の話だっけ?
「自分をエースだって思ってるんだよ!」
「あー!そういう話しだったね!」
「それって、ダメなの?」
さすが初心者の健介。エースは僕じゃないとダメってことをここでスパッと言わなきゃな!
「全然、ダメじゃないよ!むしろ最高だよ!」
「ええ!」
この後、理論攻めにされて、僕はあえなく完敗した。