第1話「たんぽぽちゃん」
「たかし!何度言ったらわかる!プレッシャーをかけるんだ!あーもうっ!」
僕の名前はこじろう。古宿小学校に通うサッカー少年です。
で、僕を怒鳴っているのが、僕のお父さんです。
お父さんは小学校の頃からずっとサッカーを続けていて、今では、僕たち「古宿少年サッカークラブ」の監督をしています。
お父さんが、こんなに怒っている原因は…「古宿少年サッカークラブ」は創設以来一度も勝ったことがないんです…
「こじろう。お前はシュート力はあるんだから、ディフェンスを鍛えれば、一流の選手になれるんだよ!もっと頑張れ!」
「はい!」
はぁ~。どーせ、練習したって、次の試合も負けるんだし、帰ってゲームがしたいよ。
☆☆☆
4月1日。今日から僕も小学校5年生だ。
ここから勉強が難しくなるって聞いている。
そろそろ授業もちゃんと聞かなくちゃいけないんだろうなあ。
「こじろう!聞いたか?けんじのやつ、サッカークラブ辞めたってよ!」
「え?嘘っ。うわー。今日、帰ったらお父さん機嫌悪いだろーなー」
「本当だよ。次の土日の練習に行くの嫌だなぁ。ってゆーか、7人になっちゃったしサッカーできないよね?」
「うう…」
こいつは親友の達也。
まったくサッカーには興味がないんだけど、同じマンションに住んでるってだけで一緒にサッカーをはじめたんだ。
「ねえ、ねえ、知ってる?今日、転校生が来るんだって!」
「えー。男の子かな?女の子かな?」
この甲高い声の二人は、希と由香里。
こいつらは、僕と達也が住むマンションの向かいに建っている高級マンションに住んでいる金持ちっ子たちだ。
と、そこに立花先生が入って来た。
立花先生は180㎝を超える大阪出身の大男の上、口が達者で理論武装なので、PTAも校長先生も逆らえません。
これから卒業するまでの2年間は立花先生か…地獄だな。
「はいー。黙ってー座ってー。お?座らんやる、なんや?俺とやるんか?」
はじまったー!
捕まったらお説教が長いので、みんな大人しく席に着いた。
「はい!みなさん!今日は転校生がやってきます!転校生の登場です!」
いや。そんな紹介の仕方、転校生も入って来辛いだろ。
ヤバい奴が担任になってしまったなぁ…
その2秒後。僕は恋に落ちた。
教室が一瞬凍り付いた後、転校生が頭を下げて、お告げを言った。
のではなく、名前を言っただけなのだが、僕には神からのお告げに聞こえた。
「たんぽぽ・アンダーソンです。よろしくお願いします…」
静寂は直ぐに終わった!
まず、女子たちが「キャーっ」という金切り声を上げ、耐えられなくなった男子たちもざわざわと「かわいくね?」とあちこちで噂のように話していた。
「おーい!お前ら、静かにしろって言ったよな?ホンマに先生とやるんか?レフェリー付けてポロレスでもなんでもやったろか?」
立花先生の脅しに負けて、みんな一瞬で黙った。
なんで熊みたいなおっさんと小学生がプロレスをしなくちゃなんないんだよ。
「よーし。アンダーソンさん…」
「あ。先生。たんぽぽでいいです」
「お。そうか。たんぽぽさん。あそこ、こじろうの横が開いてるから、そこに座ってねー」
「はい」
お調子者の、翔太も信也も康太も、誰もたんぽぽちゃんの足を引っかけてをこかそうとはしなかった。
たんぽぽちゃんが席に座ると、いい匂いがしたような気がした。
これから卒業までの2年間は天国だぜ!
☆☆☆
今日は一日中、たんぽぽちゃんの周りに女の子の群れが出来上がっていた。
そのお陰で、隣の席の僕は邪魔者扱いだ。
「ええ!たんぽぽちゃんの家ってあのマンションなんだー!」
「きゃーっ!かわいそー!」
女子たちがいつになく、わーきゃーわーきゃーうるさい。
「こじろう!達也!」
「「ん?」」
「たんぽぽちゃん家って、あんたたちと同じマンションなんだって!」
「「へーそう」」
ラッキー!!!!!
俺も達也も平静を装っているが、内心、めっちゃ嬉しかった。
☆☆☆
学校が終わり、家に帰るところなんだけど、僕の足取りは重かった。
だって、家に帰ったら、お父さんの機嫌が悪いだろうから。
けんじのやつ、何でサッカー辞めちゃうんだよ。
って、勝てないからに決まってるか…
お父さんの練習はきつい上、けっこう暴言吐くからな~。
「そう落ち込むなって、こじろう~」
「うう…」
「こじろう君、落ち込んでるの?」
声をかけてきたのは、まさかのたんぽぽちゃんだった。
「ちょっと、たんぽぽちゃん!こんなヘンタイ達に話しかけたら、脳みそが腐っちゃうわよ」
「そうよ!」
さっそく、たんぽぽちゃんの取り巻きになった、希と由香里が、たんぽぽちゃんに的確なアドバイスを教えている。
まあ、僕たちはヘンタイだよ。
僕たちは、お母さんのパソコンでエロ画像を検索している。
そんな小学生は、世界中探したって、僕たちくらいのもんさ!
「おいー。やめろよ。こじろうはけんじのやつがサッカークラブを辞めちまって、落ち込んでんだからよー」
「いいって、落ち込んでねーよ」
「こじろう君はサッカーをやっているの?でも何でけんじくんが辞めたら落ち込むの?」
ん?見た目とは違って、たんぽぽちゃんは積極的な子なのかな?
「まあ、なんだろ。うちのチームって、全員で8人ちょうどだったから、けんじが辞めたことで試合が出来なくなっちゃうだろうからさ」
本当は、お父さんの機嫌が悪くなるのが嫌なんだけど、そんなこと言っても仕方がないから…ちょっとかっこつけちゃったかな?
「そうなんだ?でもサッカーで11人でやるんじゃないの?」
「小学生は8人でやるんだ」
「ふーん。掛け持ちでいいなら私が入ろうかなー」
「ええ?たんぽぽちゃんが?」
「ちょっとたんぽぽちゃんやめときなよ!」
「そうよ!毎週末、こじろうと達也と一緒にサッカーするとか。きっついわよ!」
「まあまあ。でも何かのスポーツはしたいって思ってたから。そうだ!二人も一緒に行こうよ!」
「えーっ!由香里どうする?」
「まあたんぽぽちゃんが行くなら、行こうか…な」
「わー。決まりね!じゃあ、こじろう君、達也君、次の練習に三人で見学に行くわ!」
「うん。じゃあ、次の土曜の9時に練習があるから、8時にマンションの入り口で」
「うん」
「「はーい」」
☆☆☆
土曜日の朝、たんぽぽちゃんは立花先生よりも大きなおっさんを連れて待ち合わせの場所に立っていた。