下賜姫は口説きます
エレノア視点です。
泣きながら部屋に走りこんだ私を、エミリは目を丸くしながらも迎え入れてくれた。
ソファーに座らされ、ハンカチを握らされ、聞かれるがままにあったことを話すと、エミリは優しく背中を撫でながら最後まで話を聞いてくれる。
「エレノア様は旦那様の事がお好きなんですね……。」
話が終わると同時に、感心したようにビオラにそう言われて、私は泣いた以上に顔が熱くなるのを感じた。
エミリはせわしなくビオラと私の間で視線をさまよわせてから、はぁ~っと大きなため息をついた。
「そう……いうこと、なんですね。」
エミリに確認されると、悲しみよりも羞恥心の方が大きくなったのか、話すだけ話してすっきりしたのか、涙はどこかへいってしまった。
「そうね。……お慕いしているわ。」
そう答えると、エミリは驚きを隠せない様子だったけれど、ビオラとデイジーは心底嬉しそうに微笑んだ。
「ここへ来るまでは、こんな風に自分が思うだなんて考えもしなかったのだけれど、私はカルロス様をお慕いしているし、カルロス様の妻として受け入れていただきたいのよ。」
「そんな風に想われて、旦那様はお幸せですわ。」
デイジーの言葉が重荷となって心に落ちてくる。
「……どうかしら?先ほどの事もあるから、カルロス様は私にそのような事望んでらっしゃらないのではないかしら。」
自分で言いながらどんどん気持ちが重くなってくる。
「旦那様もお年がお年ですからね、諦めてしまっていらっしゃるのかもしれません。」
「逆はあったとしても、まさか、エレノア様が旦那様を男として慕われるなどと、想像しにくいですもの。」
「だからこそ、夫人の部屋では無く、この客間をエレノア様の部屋にとされたのでしょうけれど。」
「今となってはそれも無駄な配慮と言わずにいられませんわね。」
ビオラとデイジーは私を慰めようとしてくれるけれど、結局、カルロス様は私を欲してくださらなかったという事に変わりは無い。
「何にせよ、私ではアディソン伯爵夫人として足りないと判断されたという事でしょう。」
自嘲してそういうとビオラとデイジーに労し気な目で見られる。
私は侍女たちに力なく微笑みかけることしかできない。
この話は終わりにしましょうと言いかけた時、すぐ隣から地を這うような低い声が響いた。
「足りないなら、足せばいいのですよ。」
「……エミリ?」
長年聞きなれた侍女の声でなければ、思わず飛び去りたいほどの迫力ある声に、私は目を丸くした。
「幼い頃の淑女教育から逃げ回って、後宮でも権力なんて全く興味を持たずに自分の好きな事だけしていたエレノア様に、伯爵夫人としてのスキルなど備わっているはずが無いではありませんか。それを泣いてごまかしたところで事態はかわりません。次の社交までに、旦那様をうならせるくらいの淑女にお成りになればいいのです!」
耳に痛い言葉がいくつもあったが、エミリが私を鼓舞してくれていることは伝わってきた。
「そうですよ、伯爵夫人の心得をマスターして、旦那様を振り向かせてみせましょう!」
「せっかく夫婦になるのに、今のままでは勿体無いです!エレノア様の本気を旦那様に見せつけてやりましょう!」
とビオラとデイジーにも発破をかけられて、私は心のどこかにあった闘志に火がつくのを感じた。
コンコンっとノックの音が、どこか気遣わし気に響く。
ビオラが確認すると、カルロス様が来室が告げられる。
たくさん泣いてしまったがその後タオルで目を冷やしたので、それほど見苦しくはないだろう。
侍女たちと、伯爵夫人としてこれからするべき勉強についての作戦会議も終わっている。
入室の許可を告げるとカルロス様がクルスを伴って入って来た。
ソファーを勧めて私も座る。
位置は隣。
カルロス様は少し驚いたように身じろぎしたが、もう遠慮はしない事にした。
「……エレノア?もう大丈夫なのか?」
「はい。先ほどは見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。」
「いや、見苦しくなどは無いよ。こちらこそすまなかった。泣くと思わず……。」
カルロス様の顔には戸惑いの表情が色濃く出ている。
どうして私が泣いたのか、今でもわからないのだろう。
「カルロス様、私などではカルロス様の妻となるには足りない事ばかりであるとは承知しております。けれど、それで良いとは思っておりません。どうか、あなたにふさわしくなれるように、教育していただけませんか?」
そうお願いしながら、ソファーの上に置かれたカルロス様の手に指先でそっと触れる。
ピクリとカルロス様が小さく震えるが、手を振り払われたりはしない。
それに勇気づけられて、触れる面積を少し増やす。
「私、カルロス様の妻に……本当の意味での夫婦になりたいのです。」
「……私と、夫婦に……?」
「はい。」
私は心臓が爆発しそうだったけれど、真っ直ぐにカルロス様を見つめてそう告げた。
こちらを見つめるカルロス様は驚きを隠せない様子で、言葉をなくしている。
伯爵夫人として、伯爵家を支えたい。
妻として、カルロス様と共にありたい。
ゆくゆくは、カルロス様の子を産み育てたい。
緊張と恥ずかしさでうまく言葉にならないそれらの気持ちを瞳に込めてカルロス様を見つめ続けた。
カルロス様は私の瞳をしばらく見つめてから、天井に向かって大きく息を吐いた。
重ねていた指先をそっと握り返してくれる。
そのくすぐったさに思わず握り合っている手を見つめると、カルロス様の節だった大きな手が遠慮がちに私の指をつまんでいた。
「君は……エレノアは、……とても、いい子だね。」
そう言って私に向き直ったカルロス様は少し赤い顔をして、はにかんでいた。
「君が思うがままに学べるように整えるよ。」
「はいっ!」
私は思わずカルロス様の手をきゅっと握る。
「精いっぱい頑張ります。頑張りますから……」
「……?」
「社交界に連れて行ってくださいませ。いつも、あなたの側に居たいのです。」
私の言葉にもう一度驚いたカルロス様は、今度は手をくいっと引いて私を胸の中に閉じ込めた。
大きくて温かい胸の中は、私と同じ速さで鼓動を刻んでいた。