跡継は惹かれています
スカーロイ視点→執事のクルス視点です。
朝食を共にと叔父さんから言われて、無理して早起きをした。
昨日の深酒が祟って本当ならまだまだ寝ていたい。
そんな自分とは裏腹に、エレノア様は長旅の影響など全く感じさせない元気な様子で食堂に入って来た。
ゆっくりと休めたならいい事だと思う。
この朝食が3人でとる初めての食事なのにもかかわらず、かなり打ち解けた和やかな雰囲気だった。
俺はエレノア様の佇まいがとても気に入った。
にこにこ微笑みながら素朴な朝食プレートを味わう様子はとても気位の高い貴族女性には見えない。
かといって、ぴんと張った背筋や、優雅な食べ方はとても庶民のものではない。
いつもの朝食がエレノア様が食べているだけで格段に上質なものに見えた。
食事の途中で、護衛騎士たちの話になった。
昨晩のシガールームを思い出す。
騎士たちは俺以上に皆かなり飲んでいた。
なかなか起きてこられないだろう。
早くても見送りは昼ごろになってしまう。
そのため、叔父さんも俺も今日は一日仕事は休みで屋敷に居る事にした。
「エレノアはどのように過ごすつもりかな?」
「特に予定は無いのですが……何か……ふ、夫人としてのお仕事はございますか?」
自分の事を「夫人」と呼ぶのに慣れないのか、エレノア様がほんのりと頬を染める。
その様子をみて、叔父さんまで気恥ずかしそうだ。
「……ま、まぁ、そのうち家を取り仕切ってもらう事になるだろうが、ゆっくり覚えればいい。昨日の今日だ、数日はゆっくり休みなさい。……退屈な様なら、屋敷の中を案内するが……。」
「よろしいのですか?」
叔父さんの提案に心底嬉しそうにエレノア様は微笑む。
その笑顔があんまり可愛いものだから、俺も叔父さんも一瞬言葉をなくしてしまった。
「小さいが図書室がある。本は好きかい?」
「はい、とても!」
「それはよかった。では後程案内しよう。」
この後、屋敷を見て回る約束を取り付けて、叔父さんもエレノア様も満足気だ。
俺は「おやっ」と思う。
叔父さんの計画通りに事を進めるならば、ここは「スカーロイに案内させよう」というべきところではないのだろうか?
知略に長けた義父にしては珍しい。
何か自分には思いもよらない戦略があるのだろうかと訝しむ。
けれどもうれしいのを隠しもしないエレノア様の様子に、二人の約束に口をはさむ気にはなれなかった。
伯爵家の図書館など俺では案内が務まらないというのも大きな理由だ。
読書好きな叔父さんとちがって、必要以上に本を読みたいと思わない。
まぁ、これから時間はたっぷりあるのだ、焦ることも無いだろうと結論付けた。
俺がフォークを置いた時、エレノア様はまだ半分ほどしか食べてなかった。
俺が食べ終わったのをみて、エレノア様は目を丸くしている。
その様子に、しまったと思う。
女性との食事の際は女性のペースに合わせて食べるのがマナーだった。
仕方がないから謝ろうと、
「テーブルマナーが成ってなくてすみません。」
と眉を下げてみた。
「いえいえ、とんでもないっ!その、とても早くていらっしゃるので、びっくりしてしまって……」
返ってきた言葉に含みはなさそうで、ホッとする。
「あぁ、よかった。もともとが平民みたいな暮らしをしていたもので、下品だと思われていたらどうしようと心配しました。」
「そのような……こちらこそ、不躾に失礼いたしました。」
エレノアがニコリとほほ笑むと俺もニコリと笑みを返した。
そのやり取りを見ていた叔父さんはにこにこといつものように微笑んで見せているけれど、どこかさびし気に見える。
その様子を横目で観察しているうちに、執事のクルスがコーヒーポットを持って入室してきた。
☆★クルス視点★☆
自分の容姿が威圧感を与えることを重々承知している。
承知しているというか、わざとそのようにふるまっているのだ。
カルロス様の執事として、またアディソン家の私兵団の一隊長として働いてきた私にとって、自分の見た目が畏れの対象になるのは悪い事では無い。
日頃からカルロス様以外の誰に対しても無表情を崩さず、一線を持って接するようにしている。
だから、新しく主の奥様になる姫を疎ましく思っている事は誰にも悟られていないはずだ。
主一家の食事が終わるのを見計らって食堂に入室し、給仕がテーブルの上の食器類を片付けると同時にカルロス様の前にコーヒーの入ったカップを置く。
ティーカップよりも武骨な印象のコーヒーカップは黒琥珀のような光沢のある黒い液体で満たされている。
コーヒー好きのカルロス様の為に、私が毎朝手ずから淹れる至極の一杯だ。
いつものように、カルロス様が香りを楽しんだ後ゆっくりと一口味わうのを見守る。
満足げなため息が聞ければ、今日も変わらず主を満足させられたと私自身も満足する。
執事の常でそんな心の動きはおくびにも出さず、コーヒーを飲まないスカーロイ様には紅茶を注ぐ。
それから新しい奥様にはいかがなさいますか?と聞いた。
「私もコーヒーをいただきます。」
「ミルクとお砂糖は?」
「結構です。」
その答えにほんの一瞬言葉に詰まるが、周りに気取られずに「承知しました」と答える。
正直、若い娘がブラックコーヒーを好んで飲むとは思えなかった。
カルロス様に気に入られるために合わせているのかと思えば、その小狡賢さが鼻につく。
うんと苦いコーヒーを入れ直してきたい衝動を抑えつつ、カルロス様に出したものと同じものをだした。
小さくお礼を言い、新しい奥様がコーヒーカップを持ち上げるのを、先ほどカルロス様を見つめたのとは全く逆の気持ちで見つめる。
苦味に顔をしかめるか、なんならむせて失態を晒せは良いのにと思う。
私はもとより、主の元に下賜姫が来ることを苦々しい気持ちで受け止めていた。
主が若い頃は再婚して跡継ぎをと望んでいたけれど、長年再婚する気配もなくスカーロイ様を養子にして大事に大事に育てている様子を見れば、主の望みも知れるというものだ。
スカーロイ様も次代を担うに足る人材に成長した。
最近はただ穏やかに伯爵家が存続し、カルロス様の老後が安寧したものであれば良いのだと考えるようになっていた。
そこへポッと出たのが下賜の話。
王命ということで拒否はできなかったけれども、カルロス様にとっては描いていた安定した老後を乱す、波乱の種であるに違いなかった。
もし万が一夫婦の証と情けを与えた先にカルロス様の子どもでもできてしまえば、お家騒動の懸念が高まる。
カルロス様が生きているうちは伯爵家の跡取りに興味がないふりができたとしても、未亡人となり伯爵夫人との差を感じてしまえば、我慢が聞かなくなるのが女という厄介な生き物だと私は思っている。
この目の前にいる少女と見紛う可憐そうな女性だって、そのうち業突く張りの熟れて腐った婆に成り果てるのだ。
そう考えていたから、新しい奥様がカルロス様と同じような満足げなため息をついた事に、私は戸惑った。
「……とても、おいしいわ。」
そうして、ななめ後ろに立つ自分を振り返り、満足そうに微笑む少女の可憐さにビクリと体が震えるのを耐えられなかった。
「……それは、よろしゅうございました。」
慌てて取り繕うが、こちらを見るカルロス様やスカーロイ様の目が面白いものを見つけた子どものような色をしている。
「貴女はコーヒーがお好きなの?」
スカーロイ様が訪ねるとエレノア様はコクリと首を縦にふった。
「小さいころから、よくいただいていたのです。私、おじい様っ子だったもので……おじい様と言っても曾祖父なんですけれど、曾祖父の暮らす離れではお茶の時間はコーヒーでしたの。」
「……曾祖父……。」
エレノアの返事にカルロス様が遠い目をしてつぶやいたが、それはスカーロイ様の言葉にかき消され聞きとがめられることをの無いつぶやきだった。
「小さい頃から飲んでいると慣れるのかな?私は全く飲めないんだ。黒いし苦いし……。」
「まぁ。」
スカーロイ様のおどけた言葉に新しい奥様がくすくすと笑っている。
私は小さく咳払いをして、動揺をごまかすので精いっぱいだった。