侍女は疑っています
侍女エミリ視点→エレノア視点です。
エレノア様がお戻りになったのを出迎えた時、少々涙目だったのは仕方のない事だと思う。
「ごめんなさい、エミリ。早くに目が覚めたものだから、お庭をお散歩してきたの。心配させてしまったかしら?」
エレノア様がしゅんと肩を落とすので、私は首をフルフルと横に振る。
「私がもっと早くお部屋に参ればよかったのです。お散歩だろうと思っていたのですが、中庭にお姿が見えず慌ててしまいました。」
そう微笑むと、エレノア様も気を取り直したように微笑み、もう一度謝罪の言葉を口にしてから、朝の支度をはじめた。洗顔を手伝いながら私はまだドキドキとしている心臓を沈めたくて、エレノア様にばれないように小さく深呼吸をした。
もぬけの殻となった寝台を見つけた時、まず、しまったと思った。
早起きの主も今日ばかりはゆっくり休みたいだろうと部屋に入るのを遅くしたのが間違いだった。
後宮の一室を与えられた姫であったにも関わらず、エレノア様は一人で行動することにためらいが無い。
朝の早い彼女は着替えも髪結いも簡単に済ませ朝の散歩に出かけることが幾度となくあった。
そんな場合、たいていは後宮の庭――中でも建物の陰になるような手入れの行き届いていない庭――に訪れて雑草と呼ばれるようなどこにでもありそうな――けれど、よく手入れされた花壇にはない――花を愛でていた。
今日もそうだろうと庭に下りて姿を探したが、なかなか見つからなかった。
どこに行ってしまったのかと考えた時に、まさか、この下賜に絶望して逃げ出したのではないかという考えが頭をよぎった。
エレノア様のような若い娘がいくら良い人だからってアディソン伯爵を夫として気に入るはずが無い。
昨日は旅の疲れを理由に寝室を共にすることは無かったが、もしかしたら今晩あたり、真の夫婦にと迫られるかもしれない。
そうなる前にと屋敷を出たかもしれない。
そんな考えがふと浮かんでしまって、他の侍女に助けを求めることもできず、一人でエレノア様を探したのだ。
もし、出ていくのなら必ず自分を連れて行くはずだと思おうとしても、つい最近、暇を言い渡されそうになったせいか、そう信じきれもしない。
一通り庭を探し回った後、一度部屋に戻ってどんな洋服を着て行ったか他に持って行ったものは無いかと確認している時にエレノア様がひょっこり帰ってきたのだ。
多少見苦しい顔をしていたかもしれないが、泣き出さなかった自分を褒めてあげたい。
エレノア様が帰ってきても、ただ散歩に行ってただけと言っても、先ほどの悪い予感を馬鹿らしいと切り捨てる事ができない。
表面上は穏やかにこの状況を受け入れているように見えても、いつも飄々として感情を表に出さない主だからこそ、アディソン伯爵の妻になることを本当はどう思っているか、長年側にいた侍女である自分にも判断できなかった。
エレノア様がどう身を振ろうとも――たとえ、それが王命に逆らうような事であっても――私が一緒についていくことだけは認めてもらわないといけない。
そう心に決めて、豊かな金髪に櫛をいれる。
「旦那様から朝食を共にと言付かっておりますので、少々準備を急ぎます。」
「あら、そうなの。えぇ、お願い。」
エレノア様の本心を読もうと鏡越しに見つめても、瞳の奥に悪感情を見つけることなどできない。
普段着の簡素だけれども可愛らしいドレスを着て、鏡の前に座るエレノア様の表情は窓の外のように晴れ晴れと輝いて見えた。
☆★エレノア視点★☆
昨日の晩餐で使われたホールとは違い、朝食は家族用の食堂に案内された。
食堂には丸テーブルが3台置かれ、そのうちの一つにカルロス様とスカーロイ様が既に座っていた。
3つのテーブルには皺ひとつ無い真っ白なテーブルクロスがひかれ、中央に鮮やかなグリーンが活けられた小さな花瓶が置いてあるが、イスが用意されているのは二人が座っているテーブルだけだ。
私が部屋に入るとスカーロイ様はさっと立ち上がり、イスを引いて席を教えてくれる。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
「おはよう。昨日はよく休めたかい?」
「はい、おかげさまでぐっすりと眠らせていただきました。」
朝の挨拶を交わしながら席に着くと、カルロス様とスカーロイ様はにこにこと微笑みをこちらに向けている。
気恥ずかしさに若干うつむくと、整然と並んだ数本のカトラリーがキラキラと輝いているのが目に入る。
朝の陽ざしが降り注ぐ食堂は明るく和やかで、とても居心地が良い。
昨日の今日で、カルロス様のこともスカーロイ様のことも何一つ知らないのだが、二人が私を気遣ってくれていることくらいはわかる。
実家のクロック伯爵家では暖かい食卓や家族の団欒など無かったが、カルロス様達が醸し出す雰囲気は、ひいおじい様の住まう離れや仲の良い姫達が集まった後宮のサロンで感じたものと似ていた。
自分の居場所がある事に自然と笑みがこぼれる。
ほどなく、良い匂いが漂ってきて、思わず顔を上げると、パンとスープ、サラダにオムレツ、果物と紅茶が配膳された。
「うちでは朝食はすべて一時に配膳し、使用人は食堂から下がる事にしているんだが、それでいいかい?」
ずらりと並べられたお皿にびっくりしているとカルロス様がそう尋ねてくる。
「はい、もちろんです。」
カルロス様の言葉に応えると、後ろに控えていたエミリに頷いてみせた。
エミリは小さく腰を落とす礼をしてから、配膳係と一緒に食堂を出ていく。
それを見送ってからカルロス様の合図で祈りを捧げて、朝食が始まる。
「こんな風に料理を並べるのって、やはり、はしたないとされるのですか?」
サラダをつついているとスカーロイ様が尋ねる。
私は少々返事に困って首をかしげた。
確かに実家でも後宮でも一皿一皿サーブされることが多かったが、かといって、はしたないというほどの事では無いように思える。
「はしたない……とまでは思いませんよ?」
私がそう答えると、スカーロイ様は大げさに胸をなでおろした。
「それはよかった。貴女に嫌がられたらどうしようと思いましたよ。」
その芝居じみた仕草にくすくすと笑ってしまう。
「正式にはあまり良くないのかもしれないが、朝食くらい家族水入らずでゆっくり食べたいじゃないか……というのが、アディソン家の伝統なんだよ。」
カルロス様がそう教えてくれた。
私はカルロス様の方に向いてからゆっくりと肯いた。
「……それに、私たちの世話をしなくて済むから、使用人たちも焼きたてのパンが食べられるようだよ。」
そう言って片目をつむる彼は今日もとてもチャーミングだ。
「それは、良いですわね。エミリも……私の連れてきた侍女も喜んでいると思います。」
私がそう返事をすると目の前の二人は満足そうにうなずいた。
昼食や夕食は仕事の都合などでバラバラになることが多いが、朝食は皆でそろって食べたいというカルロス様に私は大きく首を縦に振って答えた。
カルロス様と共に過ごせるなら早起きなど全く苦ではないし、もともと朝は早いのだ。
アディソン伯爵家のルールを覚えるごとにカルロス様の妻になっていくのだと思えば朝食の取り方ひとつ大事に思えた。
「ぜひに。食事は皆でいただくのが一番おいしいですから。お仕事の都合がよろしい時は昼食や夕食もご一緒させていただきたいくらいです。」
そう言うと優しい微笑みが返ってきて、私は嬉しさで胸がいっぱいになってしまった。
会話がひと段落したところで、スープカップを手に取れば、朝畑で収穫したスナップエンドウがぷかぷかと浮いている。
なんだかうれしくなってゆっくりと味わった。
いくら胸がいっぱいでもカルロス様が手塩にかけた野菜達を残す選択肢は無い。
「おいしい。伯爵家のお料理はなんでもおいしいですね。」
「そう言ってもらえると嬉しいね。」
「素朴が売りの田舎料理ですよ~。しばらくすると、ガツンとくるもの食べたくなりますよ。」
「そうですか?……素朴な味付けで済むのですから、素材が良いのですわ。」
「ふふふ、エレノアは良い舌をしている。スカーロイの舌はまだまだお子様なんだよ。」
「あ、そういうこと言います?」
スカーロイ様を中心に食卓の上では穏やかな会話が続く。
時折訪れる沈黙も重苦しさは無く、もう何年もこうして3人で朝食をとっているかのような気分になる。
こんな温かな場所が与えられるなんて、下賜って最高っ!!と叫びたいくらいの気持ちを抱えたまま、私はゆっくりとおいしい朝食を味わった。




