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伯爵様はごねています

久々の投稿です。

『「めでたし、めでたし。」じゃ終れないっ!』の番外編になります。先に本編を読んでいただいた方が楽しんでいただけるのではと思います。

「そこをなんとかしてもらえないだろうか?」

 私の言葉に目の前の文官がほほをひくつかせている。

先の戦争の褒章に王太子の後宮から姫を下賜すると言われてからほぼ毎日、打ち合わせの度に同じセリフを吐いている。

現在52歳、元妻と死別してから十数年、いまさら年若い後妻を迎えるなど、とてもじゃないが気持ちが追いつかない。

「昨日の説明で、ご理解いただけたとばかり思っておりました。」

 目の前の文官は小さな咳払い一つしてからそうそう言ってメガネの端をくいっと上げた。

30歳前後だろうか、日に焼けない肌にきれいな指先のひょろっと背の高い彼は顎の細い整った顔を銀縁のメガネで隠している。

このような男になら後宮の姫でも喜んで嫁ぐだろう。

私のような、もう爺さんといわれて良い頃の男に靡く(なびく)はずもない。

こちらとて、王太子の後宮の姫など孫も同然、可愛いさより面倒臭さが先にたつ。

破綻するとわかっている婚姻関係を結ぶなど愚の骨頂だ。

「理解はしている。けれど納得ができない。いっそ戦功ごと下賜の権利を君に譲りたい。」

「恐れ多いですよ。アディソン伯爵様の功績をかすめとるなど滅相もございません。」

「私がいいと言っているのに……。」

「伯爵様以外がダメと言うのですよ。」

 自分が無駄なあがきをしていることなどもうわかっている。

いくら話し合いを続けても平行線のままだ。けれども、どうしても「諾」とは言えない。

自分の平穏な暮らしと、娘っこ一人の人生を守るため私はぐだぐだ言い続ける。


「あんまりご理解いただけないようですと、上の者に変わるしかないのですが。」

 ため息交じりな文官の言葉にピクリと眉を上げる。

彼の言葉には若干脅しのニュアンスが混じっている。

「あぁ。そうしてくれて構わないよ?」

 待ってましたとばかりに、私は余裕しゃくしゃくで頷いた。

将軍だろうが宰相だろうが相手にとれる身分と経験を有している。

はじめから私は特例をつくる権利のある人物と直接話がしたかったのだ。

この若い文官が思いのほかのらりくらりと私の相手をし続けるので、今まではその機会が得られなかっただけだ。

「ただ、上の者に変わるとなると、どのような姫が良いかとか、細かな調整ができなくなる可能性もありますけれど?」

「構わない。で、君の上司は誰なんだ?」

 彼の淡々とした悪びれない様子に、もう少し危機感を持てばよかったのだ。

であれば、私には細々とではあるが根回しや交渉の余地が残されていたはずだった。

「下賜についての最高責任者は王太子殿下です。」

 殿下の前で下賜を否定したら不敬にあたる。

どんなに身分と経験があろうと王族と渡り合うのは無理だ。

「打ち合わせの日程を調整いたしますか?」

 文官の笑顔が憎らしい。


 王太子殿下(最終兵器)をちらつかせて一気に場を支配した文官に丸め込まれ、結局後宮の姫を下賜されることになった。

下賜姫の希望を聞かれたりしたが、田舎暮らしに耐えられる健康であんまり派手じゃない姫をと答えた。

参考までにと見せられた絵姿の姫達は皆若くて可愛くて……皆同じに見えた。

容姿や性格にこだわりは無い。

若い頃は人並みにあったけれど、もう女性への興味など忘れてしまっていた。

最低限同居人として、生活レベルが合えば後の事は何とでもなる。

 王都で下賜姫を待つわけにもいかず、準備をするため領地に帰る。

望んでいようといなかろうと、新しい家人をないがしろにするべきでは無いし、そんなつもりもない。

年寄りの後添いとして田舎暮らしを強いるのだから、居心地のいい部屋や好みの装飾品など私が用意できるものは惜しみなく与えるつもりだ。

衣装などは好みもあるし姫が来てからで間に合うにしろ、ある程度部屋の改装などを済ませなければいけない。

 着々と進む下賜姫受け入れ準備を横目で見ながら普段通りの仕事を進めていると、領地の視察からスカーロイが返ってきた。

「叔父さんご結婚おめでとうございます。」

 と帰宅の挨拶もそこそこに、ニヤニヤとたちの悪い笑みを浮かべながら寿ぎのセリフを吐いた。

妻が亡くなってしばらくしてから、伯爵家の跡取りにするべく彼を養子にした。

その時点で後妻を娶る可能性を捨てたつもりだったのだ。

予定外の事態を若者に面白がられていることに、頭をかきむしりたくなる。

「なんだ、挨拶もしないで。」

「いえ、お目出度いなぁと思いまして。ずいぶんと若いお母さんができる様で私も嬉しくて。」

 屈託のない笑顔で言えば何でも許されると勘違いしているんじゃないかと思うくらいの、義理の息子のきれいな笑顔に片眉だけをしかめて答えると、スカーロイは姿勢をピッと伸ばした。

「……ただいま帰りました。ギムタの村については急を要する案件はございませんでしたので、のちほど報告書を上げます。」

「ご苦労だったな。報告書は明後日までに頼む。もういいぞ」

 シッシと手で追い払うとスカーロイは逆に机に身を乗り出して近づいてきた。

「で、どんな姫なのですか?」

 そう問われて腕を組んで考える。

「あまり存在感の無い、おとなしい姫だと聞いている。」

 私の回答にスカーロイはもどかしそうだ。

「……そういう事じゃないんですよ。」

 普段以上に気安い言葉が返ってきた。何を期待しているのかわからないが、彼のまとう雰囲気はどうも浮かれている。

彼の実母は健在だというのに、いまさら年若い義母に何の用があるというのか……いや、面白がっているだけだな。

スカーロイは机の上に重ねてあった書類の束の中から、釣書と姿絵の入っている革製表紙の本を見つけて開いた。目聡い奴だ。

「可愛い、感じの良い子じゃないですか~。」

「姿絵など当てにならん。」

 自分でも適当にしか見ていない本をすっと取り上げて閉じる。スカーロイは一瞬だけ残念そうな顔をしたが、すぐに諦めて私に向き直る。

「そりゃそうでしょうけど、後宮の姫だってことは殿下のお眼鏡にかなった美姫ってことですよね?」

 彼の明るく気安く誰とでもすぐ馴染むのは長所だと思ってきたが、認識を改める必要がありそうだ。

この年になって20歳の若造に良いように弄られてはかなわん。

私はぐっと眉間にしわを寄せて見せたが、効果はいまひとつ感じられない。

「そうとも限らない。一時期は来る者拒まずだったようで、殿下のご意向など無く家のごり押しで入内する令嬢もかなりいたと聞いているからな。」

「えぇ~?後宮ってそんな気軽に入れるものですか?」

「本来なら違うな。現後宮は節操なく栄えたからな……だからこその下賜だ。」

「そんな、夢も希望も無い……ちょっとは楽しみにしましょうよ~。」

 伯爵家に養子に入ったころは14歳の素直で要領の良い利発そうな子どもだったのに、年をとるごとに出来が悪くなっていくのは、自分の教育のせいだろうか。

実際のスカーロイはとても有能な若者で、18歳頃から少しずつ領地経営に関わらせ、今では領主の仕事の1/3ほどは完全に任せられるほどになっている。

にも拘わらず、彼はいつだって相手に侮らせるような態度をとるのだ。

「まだ10代の幼な妻なんて、男のロマンですよ~。」

「だったら、お前が娶ると良い。」

 勝手な言いように思わず返した言葉だったが、スカーロイはキョトンと目を丸めて

「そんなことして、いいんですか?」

 とまんざらでもない反応をした。

「いや……でも、……うーん。」

 珍しく歯切れの悪い私に、スカーロイは黙って返事を待っている。

 城の決定により下賜姫を受け取るのは私でないといけない。

つまり、下賜姫と婚姻を結ぶのは私でないといけないが、それを書類上だけの事にして、実際はスカーロイと夫婦になれば良いのではないだろうか?

幸いな事に、スカーロイには妻どころか、恋人も婚約者も居ない。

普通、幼い頃から順々にするはずの貴族位を継ぐ為の勉強を、養子になってから一気に学んでいた彼に女の子を追いかける時間など無かったのだから仕方がない。

伯爵家としても、家の為に養子になってくれた彼に政略結婚まで強要する気になれず、結婚は後ろ暗いところの無い身元のはっきりした女性ならば誰でもいいと考えてきたのだ。

ただ、スカーロイが下賜姫に興味があるというのなら話は別だ。

 下賜姫さえ納得すれば、書類上はカルロスの妻という事にしておいて、スカーロイと事実上夫婦として結び、カルロスが死んだあとに書類上スカーロイと再婚すれば全て丸く収まる。

若くして未亡人となった場合、夫の血縁関係者と再婚する事は貴族の間では良くある事なのでこの流れに問題は無い。

この企みが王城にバレれば面倒な事になるかもしれないが、夫婦の営みが交わされているかどうかなどそうそうバレるものでもない。

さらに、エレノアに子どもができたとして、それが実際はスカーロイの子どもであれば、ゆくゆく跡取り問題で揉めることもない。

カルロスが死ぬまで10年ほど多少の不自由はあるが、それ以降の事も考えるとこれが最良の案だと思われた。

「おまえ、本当に下賜姫を妻にする気があるのだな?」

「う~ん、その子が私を気に入ってくれるなら。……あと、あまりにも絵姿と違う感じでなければ…?」

 正直な返事に思わずうなずいた。

「向こうの意向は……まぁ、大丈夫だろう。10代の少女が、お前か私かどちらかを選べと言われたら、九分九厘お前をえらぶだろうからな。問題はお前が気に入るかどうかだが……」

 下賜姫の扱いがうまくいけば、このどこか頼りない跡取りに腹芸を教えるいい機会になるかもしれない。

私は話を詰めながらも、どこか呑気にそう思っていた。

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