会いたかった人
「メルディア嬢、少しお時間よろしいでしょうか?」
パーティーに参加していた男子生徒に声をかけられて、めんどうだと思った。踊る相手もいないのだから、隅で休憩していても誰も話しかけこないと思っていたのに。
メルディアの友人はみな、将来結ばれると約束された婚約者と仲睦まじく踊っている。一方、メルディアには婚約者どころか異性の友人すらいない。
だからダンスの相手を申し込まれるなんて思っていなかった。
申し訳ないがダンスの相手はできないとやんわり伝えると、首を横に振られた。
「メルディア嬢にお会いさせたい人がいるのです。一度、お目にかけていただけませんか?」
にっこりと微笑んで、その男子生徒は返事を待つ。
この目の前にいる生徒は初対面で、会わせたい人がいると言われても見当がつかない。
断る理由もないので頷くと、ここで待っていてほしいと言われた。
彼が言った「会ってほしい人」というのを考えながら待っていたのだが――メルディアは思いもしなかった人物と出会うことになる。
「お待たせしてすみません。この大勢の中、人ひとりを見つけるのは至難の技ですね」
戻ってきた彼は顔に苦笑いを浮かべながら、冗談混じりに謝罪の言葉を口にした。
「そういえば、挨拶が遅れました。……俺はエイブラハム・クロフォードと申します。以後お見知りおきを」
恭しく頭を下げるエイブラハムに、メルディアもドレスの裾を軽く持ち上げ頭を下げた。
「私はメルディア・ジゼル・ブロッサムです」
「噂どおりの美しさですね。……ふむ、宝石の輝きすら霞む美しさか……」
見つめながら呟くエイブラハムに、メルディアは少し居心地の悪さを感じた。きっとエイブラハムは“チャラい人“なのだとろうと思った。
「あの……クロフォード様がおっしゃっていた、私に会わせたい方というのは?」
じっと無言で見つめられることに耐えかねたメルディアが尋ねると、一瞬真顔になったあと、また苦笑いを浮かべた。
「すみません。すっかり忘れていました」
なかなかに酷いことをさらりと言い、自分の後ろにいる人影に何かを話した。エイブラハムが後ろに顔を向けるまで、そこに人がいることに気がつかなかった。なぜ話の途中で入ってこなかったのか疑問に思う。
「紹介します。こちらは俺の友人の――」
それだけ言いかけて、隣に目を向けた。メルディアの目線もつられて動く。
隣にいる人物を認識すると、どくんと心臓がはね、目を大きく見開いた。
(――スペンサー……?)
なぜそう思ったのか、メルディア自身にもわからない。
「ヘリオット・ウィル・ベルシャムズです」
穏やかな顔つきの青年が、優雅に礼を取る。
綺麗な茶色い髪の毛も、黄色い瞳も、顔も、声も背も――全てが彼とは違うのに。
目の前にいる、ヘリオットと名乗った青年に、懐かしい面影を感じた。
「はじめまして。メルディア・ジゼル・ブロッサムです」
困惑しながらも、粗相のないようにお辞儀をする。
(なにを言っているの私は……? 目の前にいるのはスペンサーではなくベルシャムズ様なんだから。前世のことなんて、今から二百年近く前のことなのよ。もう逢えるわけないんだから……)
二百年前のことを未だに引きずっている自分に嫌悪感を抱きつつ、もう逢えないことを思うと胸が締め付けられた。
床に落としていた視線をヘリオットに向ける。容姿はスペンサーと似ても似つかない。さっき感じた懐かしさも、今はなにも感じない。
「メルディア嬢、どうされましたか? ヘリオットをそんなに見て。……もしかして、一目惚れしたのですか?」
ニヤニヤしているエイブラハムの言葉に、かっと顔が熱くなった。エイブラハムは隣にいるヘリオットを小突く。
「良かったなーお前。美人で有名なメルディア嬢に見惚れられてるぞ。……おーい、聞いてるのか?」
無表情で固まっているヘリオットに、ひらひらと手を振る。先ほどまでの丁寧な口調は、ヘリオットに対しては使わないらしい。
「ああ、すまない。考え事をしていた。……なにか言ったか?」
その言葉を聞くと、エイブラハムの眉がピクリと動いた。お前はぼけっとし過ぎだと、ヘリオットの頭を雑に撫で回す。
ヘリオットの方が僅かに背が高く、エイブラハムが無理矢理屈ませている状態だった。
ひとしきり撫でて満足したのか、ぐしゃぐしゃになった髪を整えるヘリオットをよそに話しかけた。
「こいつには異性の友人がおりません」
「お前は多すぎるんだ」
唐突な会話にヘリオットがツッコミを入れるも、エイブラハムは無視して話を続ける。
「ですが優しいやつなんです。だから学園生活の最後に、メルディア嬢のような見目麗しいご令嬢と踊らせてやりたいと思いまして」
見目麗しいだなんて上手い世辞を言うものだと思いながらも、その申し出は快く受け入れた。
メルディアもダンスは好きだ。誰とも踊らずに終わるのも味気ない気がした。
ヘリオットとメルディアが踊っているとき、エイブラハムは我が子を見るような目をしていた。
(さっきまでごねていたのが嘘みたいだ)
ダンスの誘いを断っていたヘリオットに、せっかくなんだから相手すればいいのにとエイブラハムは苦言を呈していた。
それでもかたくなに拒むヘリオットに、なぜかムキになって「お前がいっしょに踊りたくなるような相手を捜してきてやる」と言ったのだ。正直に言えば、なにかヘリオットをからかえるネタが掴めればとも思っていた。
(やっぱりあいつも美人には弱いんだな……)
本人に言えばお前じゃあるまいし、と返されるようなことを考えていた。
二人が踊り終えたあとは学校を出てどうするかなど、会話で花を咲かせていた。
なったばかりの友人だが、わだかまりなど一切感じさせない。
(――見つけた)
(私の会いたかった――愛しい人)
ある場所で、彼は楽しそうに微笑むメルディアの横顔を眺めていた。
立場として――誰にでも平等に向けなければならない、その慈愛に満ちた眼差しで。