王女セルリア私の成すべき事
相内 充希 さま主催「共通書き出し企画」参加作品です。
それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた。
万年雪を頂く山に囲まれた国サリアス……その国の一粒の宝玉、王女セルリア。雪の様に白い肌、丈なす金の髪は流るるか如く、冬麗の空の色を写したかのような碧の瞳、初夏に咲き誇る薔薇の唇。
吟遊詩人は唄う、天上の白き宝玉と呼ばれていた姫の美しさを、他国の王城で高らかに歌い上げる。
*****
それは天上の白き宝玉と呼ばれていた。
白き万年雪を頂いた
汚れなき白の都の宝玉
色鮮やかな衣を纏い
ひらり ひらりと舞いをまう
金色の髪を結い上げ
花をかざりし その姿
冬麗らかな
空の碧の光を目に宿し
花の顔薔薇の唇
まさに 一粒の宝玉
一人の乙女
それは天上の白き宝玉と呼ばれていた。
白い都の 白亜の宮殿
そこでその者は
花の顔ほころばせ
ひらり ひらりと
舞う姿 まさに天女と称するに
ふさわしき 乙女なり………
*****
『そのような、美しき王女がいるとは、是非とも我が手に………』
唄を聞き、歌が広がる。やがて、宝玉を求めんがため、力ある国々の王族達が、良からぬ企みを、小国ながら、内情が裕福なサリアスを狙い、血なまぐさいそして、利益と欲にまみれたどす黒い駆け引きを起こした。
*****
天上の国、白い石造りの都、白亜の王宮。穏やかな国王である父、物静かで思慮深い王妃である母、善良な家臣達
『天上の白き宝玉』そう呼ばれていた私
空は青く澄みきり、太陽の光は大地へと綺羅に降り注ぎ、吹く風は爽やかに空を舞う。穏やかで静かな、ある日、ある時、ある場所で、
一人の姫が空を見上げ、ほろほろと泣いていた。
―――この、太陽の光も、空の青さも、風の香りも、何処にいようと変わらぬもの。この地も故国も、同じように与えられている。
穏やかに時が過ぎ行く白き城にて、艶やかな衣を身にまとい、国の太平を祈る為、神にささげる舞をまうのが私の幸せ。優しく見守る父上、母上、神官、忠義な家臣達………
………サリアス、この国が穏やかに、時過ぎ行く様に、万年雪を頂く霊峰に、居られる白き神よ、私の舞を捧げましょう、御守り下さい、我が神よ………
その国は………もう………無い、私が祈りを捧げた国は……何処にも無い………
ああ、私の愛しい白き都、サリアスよ、二度と帰れぬあの大地、今は朽ち果てし我が祖国。
私は、何故にこの地に来たのか、この世に神がおられるのなら、お教え下さい。愚かな私に、無力な私をお導きくださいませ。
美しき婚礼の衣装に身を包み、白い都の王女は涙をながしていた。はらはらと、真珠の様な涙を流していた。
国民は無邪気に歓び、王は欲望を得た喜びに満ち、若き姫は胸張り裂けん想いの中で、神に祝福を誓う時を迎えた。
*****
その日、ヒマの帝国は、新しき若き王の即位式に国中が浮かれていた。前王の死後、喪にふくした後、時が満ち新しい国王が立ったのだ。
街中至るところで花が飾られ、撒かれ、大通りでは、食べ者の屋台が建ち並び、美味しそうな薫りを漂わせている。
老いも若きも晴れ着に身をつつみ、外へと繰り出し、笑いさざめきあう。
祝いの花を捧げるめに、宮殿へと向かう人々の姿。誰もが、笑顔を見せている。
街の広場では、この日に合わせた旅芸人達が、楽器を奏で、歌を歌い、ある者は奇術を見せ、ある者達は珍しい動物を引き連れ、練り歩く。
舞姫は、薄絹をひらりひらりと操りながら、艶やかな姿で、花を撒き散らしながら、軽やかに踊り、人々を魅力する。
楽しく、華やぎに満ちた光の光景。そこに来るまでに、闇が加わっていたこと等、想像すら難しい幸せに満ち足りたヒマの帝国。
しかし、ある場所に、その国を冷ややに見下ろす美しき人がいた。
「セルリア様、良き日をお迎えになられまして、おめでとうございます」
宮殿の一部に建てられている、塔の最上階で、街を見下ろしている新しき王の母『皇太后、セルリア』に側近のハナムギが声をかける。
「ええ、ありがとう、ハナムギ、貴方と私、共に迎えた今日ですね」
穏やかに微笑むセルリア皇太后、少し年老いた彼女だか、この地に嫁ぐ前、王女の頃に『天上の白い宝玉』と人々に称された、その美しさは、まだまだ健在。
「それにしても、いいお日よりです。今は亡き故国サリアスの皆の加護でしょうか」
皇太后に、何処となく容貌が似ているハナムギは、幼い時より主の取り巻く世界の表も裏も、全てにおいて支え、仕えてきた。
「ええ、そうでしょう。そして、そうでなければなりません」
毅然とした表情で、かつてあった故国『サリアス』の方角へと空を見上げる皇太后。
小国だが、豊かで美しき白い都、そう呼ばれたかの国は既に瓦礫と化し、もう樹木に覆い尽くされる程の時が過ぎている。
この、ヒマの国の軍隊によって、亡国に成り果てた、我が愛しい白い都。
いかほどの時が過ぎても、こうして立場を獲ても、彼女の心は黒く、恨む気持ちは消えない。
皇太后は冷たい視線を、浮かれる城下へと送る。サリアスと違い、くすんだ赤茶色の石と、黒い木で造られたヒマの街並み。
他国の者達は、こぞってその美しさを称える。まるで夕陽が沈み行く空の色の様と、
しかし彼女には、不快な物でしかならない。赤茶色の色は乾いた血の色、黒い木は燃え尽きた人々の骸の色、けがわらしき憎しみの色。
――――あの日、あの夜、あの知らせを、ヒオウギより受け取った時より、彼女にとって、この街の色は、憎しみの炎を燃え上がらす火種と化している。
大国ヒマから国を守るために、妃としてこの地に踏み入れた。そうすることで、攻めいる事はないとの約定だった。
しかし、小国だが、裕福なサリアス公国を疎んじていた前皇帝は、望むべき者を手にいれた途端、手のひらを返した。
夜の闇に乗じてヒマの軍隊が、故国に奇襲をかけ、一夜にして全てを焼き尽くした。
王も、家臣達も、民も、男も女も、老いも若きも全て惨殺された。強奪、鬼畜の振舞い。赦せぬ蛮行。
遅れて旅立ったヒオウギは、その動きを途中で察知し、引き返し崩れ落ちた都を、遠目にしたのだった。そのままに一手を交わしに、祖国へ戻ろうと考えたのだが、何も知らぬ姫に、知らせを送る者がいないと、血の滲むほどに唇を噛みしめ、闇に紛れてその場を離れた。
「姫様、姫様、何も知らせぬ方が、忠心とは思いますが……」
疲れきった顔で現れたヒオウギから、ハナムギを通じて密かに聞かされたのは、彼女と王の婚礼を翌日に控えた、前祝いと称した賑やかで、晴れやかな夜の闇の中だった。
*****
「この国は小さいが穏やかで美しい。多くを望まなければ皆、食べる事には困らない。幸せに暮らせるのだよ」
一国を治めるのには、穏やかすぎた感があるサリアス公王。争いを厭い、静かな時を愛した。
国を守れぬ愚かな王、しかし彼女は思う。
わずか妃として、この地に来るまでの和平とは、誰が思おうか、最初から存在していない物であろうと、
数週間のみの約定等、意味があるのかと、この思いは決して消えぬ、消してはならぬ。
サリアスの無念をはらしても、抱えて行く事になるであろう、あの時に産まれた闇の心。
こうして、新しき国王の母として立場をえようとも、猛る想いは衰えぬ。
「まさか、私が妃として、この国に入った時を狙うとは、かえすがえすも、卑劣なヒマの王、我が主、憎きファシア前皇帝陛下……」
それまで過ごした彼女の時が、走馬灯の如く脳裏を過る。
ヒマの後宮に入宮してからは、決して彼女達に優しいとは言えない、嫉妬と欲望にまみれた世界。呼び寄せた王ですら頼りにならない。
ただ二人、故国より、共にこの国へと参った者が、唯一の味方、主従の垣根を越えて、今では同士とも言うべき存在の者達と、生きる為、宿願を果たすべく、乗り越えて来た数々の日々。
過去を思い出し、次第に心が高まってゆく、セルリア皇太后。そして、冷たく薄く笑う。
「ふふふ、私は強くなったわ、その事だけは、陛下に感謝しなくては、ねぇ、ハナムギそうは思わないこと?」
街から目を離し、傍らに立つハナムギと、笑みを交わしあう。強い主従の絆。
「そろそろお時間でございます」
傍らで、静かに控えていた、護衛のヒオウギが、二人に声をかける。
彼もまた、ハナムギと共に、故国からこの地に入り、終生、ただ一人の主に仕えることを誓った者。
「ありがとう。貴方も、ヒオウギ」
優しく声をかける皇太后、力強く頷くヒオウギ、彼との間にも、ハナムギ同様に絆が結ばれている。
三人が揃い、不意に新しき皇太后は、声をたてて笑う。この場には、人払いをしているので、気兼ねがない。
そして万が一、誰かに聞かれていたとしても、何も心配は無い。それだけの力と地位を彼女は有していた。
*****
………この国の妃になった私、愚鈍で気位高い正妃、高慢で、着飾る事しか能がなかった第二王妃、そして私は、亡国であれど、王女として嫁いだので、第三王妃の立場を与えられた。
別棟だったけど住まう後宮には、数多な女達がいたわ。王のお手つきとなった、身分の低い、でもしたたかで賢い女達。
そんな彼女達を見下し、産まれたお子を奪い他国への布石として、幼い内に差し出していた、第一妃、それは人質と言ってもいい扱いになっていたと、いち早くこの国の内情を調べ上げた、ヒオウギから聞いている。
第二王妃は、女達が身籠ると産ませない様に様々な悪行を繰り返していた。ひそかに呪詛を行い、薬を忍ばせ、或いは事故に見せかけてと、下女達に心配りをし、情報を得たハナムギが、そう教えてくれた。
「後宮の女達のお心を、掴むのです、王でも身分高い他の妃達よりも、彼女達と親しくなるのです」
二人が声を揃えて、進言をしてきてくれた。何もかもが、変わった私の取り巻く世界。強くならなければ、後宮の女達を見習わなければ、生きていくことは出来なかった。
第二王妃、彼女が最初に、私に毒を仕込んで来たのは、何時の事だったかしら、お子を身籠らぬ様にか、どうかは知らない。その頃より王は新しい私に夢中だった。
汚らわしい男になど、触れてもらいたくもなかった。でも、私がお子を、男子を産む、それは課せられた運命だった。
運命の神は私に微笑んでいたのか、試練を与えるべく動いていたのか、皇太子となるお子は身分高い妃達にはいなかった。
愚鈍な第一王妃は、産まず女になっていた。それは第二王妃の策の成果と、密かに囁かれていた。
第二王妃は、良からぬ行いが過ぎたのか、お子を身籠っても、お育ちになることはなかった。彼女が調合する特別なお香、その材料の一つ、麝香の薫りが、常に部屋に満ちていたせいなのかは、わからない。
………善良な無垢な白き宝玉のままに、振る舞った。誰に対しても、それを隠れ蓑にして、この手を汚したわ。私と似ているハナムギと入れ替わったり、ふふふ、それはもう色々………『己の為に、他者の命を奪ってはならぬ』そんな神の教えにも逆らった、でも神は、私の味方だった。今でも、昔も。
……皇太后は、過去の旅から戻る。満足感溢れる思いが笑顔となり浮かぶ。かつて密かに争った、第二王妃はもういない、身籠った彼女に呪詛を行った罪で、断罪された。
愚鈍だった気位ばかり高い第一王妃は、重役でもあった父親が、公金を横領している証拠をヒオウギが王に伝え、一族皆閑職に回され、そして干されて失脚した。
王子を産んだのは、そんな時だった。皇太子の生母として、彼女の立場は誰よりも尊くなったのは言うまでもない。
………城下を見下ろしながら、皇太后は孤独だが、それまでとは違い、強く自身の意思で歩いて来た、旅の記憶から戻る。満足感と、万感の想いが混ざり胸に込み上げてくる。
「成せばなる、とはこの事ですわね、王よ、先代の我が主、貴方様が私の国から奪った物を、遠慮なく頂きますわ、そっくりと、ホホホホホ」
皇太后セルリア、したたかで、美しく華やぎ、強い意思の光を煌めかせた碧の両目を細め、笑顔で澄んだ空色を眺める。
一つ大きく頷く、あの時眺めた空は悲しい色をしていたが、今日の良き日には、なんと晴れやかに思えるのだろうと。
たとえ胸の奥底に、消えぬ黒い氷の炎が揺らめいていようとも、この空色だけは穏やかで、美しく思えた。
そろそろ行きませんと、とヒオウギの声が、再びかかる。ハナムギが頷く。
そして我が子、皇太子の戴冠式に向かうべく、彼女はドレスの裾をふわりとさばき、腹心達を従え、優雅にその場を後にした。
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吟遊詩人は高らかに歌い上げる。美しき姫の物語を………
それは天上の白き宝玉と呼ばれていた。
白き万年雪を頂いた
汚れなき白の都の宝玉
色鮮やかな衣を纏い
ひらり ひらりと舞いをまう
金色の髪を結い上げ
花をかざりし その姿
冬麗らかな
空の碧の光を目に宿し
花の顔薔薇の唇
まさに 一粒の宝玉
一人の乙女
それは天上の白き宝玉と呼ばれていた。
白い都の 白亜の宮殿
そこでその者は
花の顔ほころばせ
ひらり ひらりと
舞う姿 まさに天女と称するに
ふさわしき 乙女なり………
『完』