眠れない男の夢
廊下を走っていく山田を、人々は恐れおののいて見つめた。彼は病棟の地下にむかって階段を駆けおり、その中でも一番奥の部屋にむかった。
看守が呼び止めようとしたが、彼の顔を見るや否や黙りこむ。横を通りすぎて扉をくぐる。
真っ白な細長い廊下がつづいていた。早足で通りすぎるうちに声が聞こえる。女性のうめき声だ。道のつきあたりには、小さな液晶とカメラしかなかった。
カメラが山田の瞳をとらえたが、なにも反応しない。舌打ちをして目からコンタクトを抜きとる。
真っ青な瞳が、カメラをまっすぐに見つめる。
なにもなかった壁が左右に割れ、奥へとつづく道ができた。
道の向こう側には小さな白い部屋があった。中央に天蓋付きのベッドが置かれている。それ以外にはなにも置かれていない。
彼はベッドに近寄ると、天蓋をめくった。
一人の女性が横たわっていた。
骨と皮だけの手足が、手錠で柱につながれていた。着ている真っ白なワンピースの下から大量の管が伸びており、ベッドの下につながっている。
乾ききった唇からも管が伸びており、そこから定期的に液体が流れていく。
しわだらけの首やほうれい線からそれなりの年齢であると推察できる。しかし、それでも彼女はまだ44歳だ。
青い瞳が見あげて、獣のようにうなった。
彼がベッドの脇にひざをつくと、女性は手足を暴れさせた。がたんがたんとベッドが揺れて、すぐに静まる。もはや暴れるだけの体力すらないのだ。
先ほど机から取りだした紙包みを、ポケットから出した。丁寧に包みをあけていく。ぴたりと手が止まった。彼の喉から泣きだす直前のような声がもれた。
しかし、すぐに毅然とした表情で顔をあげ、右手に握ったものを彼女の胸に突き刺した。
じわりじわりとワンピースが赤く染まっていく。
不思議と女性は抵抗せず、ぼんやりとしていた。ゆっくりと視線を下げ、胸に刺さった青いペーパーナイフを瞳の中にうつす。青色が入り混じって、夜のような虹彩になる。
山田はナイフから手を離すと女性の手をとった。人間のものとは思えないほど、やせ細った手のひらだった。彼女は不思議そうな顔をして山田を見つめている。
「眠るんだ」
彼女のまぶたに手をかざす。
「もう、眠ってもいいんだ」
声が聞こえたかどうかは分からなかったが、手をどかしたとき、すでに彼女の目は閉じられていた。
生命維持装置が甲高く鳴り響いた。
山田はナイフを引き抜くことはせず、その場にうなだれたままでいた。
その音が自分の刑罰だと知っている。それでも、彼女だけは。
「……おやすみ、アリス。よい夢を」