表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡の国のバカ  作者: 阿部ひづめ
眠れない男の夢
60/173

恒常化、祈りの果て


 山手線改札をくぐった二人は、雑踏を駆け足で進んだ。迷惑そうにする人たちを避けながら、スクランブル交差点につく。


「座標は」と、山田がたずねた。


「ちょうど真ん中です!」


 信号はまだ赤だ。群衆をかきわけて前に進みでる。交差点を規則正しく車が通りすぎていく。

 はやく、はやく、変われ。ナオコは信号をにらみながら気持ちをはやらせた。


「交戦中の可能性が高い。離れるなよ」

「はい」


 車道側の信号が赤に変わった。まばらに人が歩きはじめる。

 山田がナオコの腕をひいて走りだした。アスファルトを踏みしめた足先から電撃のような寒気がはしる。

 まばたきをする。二人は誰もいないスクランブル交差点の真ん中に立っていた。


 山田がナオコをかかえて飛んだ。足元から突きでた白い触手を目視して、横にころがる。


「5課3班、山田志保。精神分離機の使用許可を申請する!」


 彼の右手に青いペーパーナイフが出現する。ナオコも同じく申請して、ゴルフクラブをつかんだ。

 交差点の真ん中に巨大な蛇が生えていた。まるで電柱のようだった。以前ナオコが対峙した蛇よりも、数倍大きい。


「爬虫類ですか?」


「いや」


 山田がさっと周囲に視線を走らせた。交差点の向こう側から破壊音がひびく。アスファルトが左右に裂け、ひび割れていく。


「よけて!」


 叫び声が聞こえたが早いか、前にむかって転がる。背後で地面が沈んだ。あわてて逃げようとすると、由紀恵が駆け寄ってきて、手をつかんでくれた。


「由紀恵さん……!」


 ナオコは彼女が無事だったことに安心した。しかし、その全身が傷だらけであると気付いて顔色を変える。


「ケビンは?」


「いま、もう一体を引きつけてる」と、早口で言った。


「もう一体?」


 由紀恵は絶望的な表情で「双子よ」とつぶやいた。


「おいっ、ぼーっとしてる暇はないぞ!」


 山田が怒鳴った。アスファルトがぼこぼこと沈んでいき、二匹目の蛇が地面から出現した。

 巨大な蛇は牙から灰色の液体をたらして、ナオコたちを威嚇した。


「ダメだっ」とケビンが足を引きずらせながら近づいてきた。

「ぜんぜん歯が立たねえ、こいつら……」


 蛇の体に、もう一体の蛇がからまっていく。白くいびつな塔は、二つの頭と四つの目で自分たちの獲物を興味深そうにながめた。

 山田がふいに顔を真っ青にした。


「イキトシ」

「イキトシ」


 空から音がおちてきた。間違って黒板をひっかいてしまったときのような音だった。


「イケトシ」

「イケトシ」


 蛇たちはお互いの顔を見つめて、裂けめのような口を開いた。哄笑しているような表情を浮かべ、灰色の瞳で人間を見下ろす。


「イカサズ」

「イカサズ」


 山田がナイフを片手に走りだした。

 

「ブージャム、ブージャム、ブージャム」片方の蛇がいななく。


「黙れっ!」


 彼は怒号をあげながら、蛇の体を駆けあがる。呆然としていたナオコたちも武器をかまえて、もう一体の蛇に攻撃をしかけた。


「ブージャム、ブージャム、ナゼナゼナゼナゼ」

「ナゼナゼ、ブージャム、ワレワレワレ」


 壊れたスピーカーのように鳴きつづけている蛇の側面にかけより、ゴルフクラブを振りおろす。がつん、とヘッドが弾かれた。鉄を殴ったかのような感触にぎょっとする。同じく由紀恵も槍を突きたてるが、刃は数センチも埋まらないようだ。


 山田が蛇の頭部にたどりついた。巨大な瞳が目前にいる彼をとらえて細まった。


「ブージャム、ブージャム、コイコイコイコイコイ」


 ナイフが瞳に沈んでいく。

 灰色の涙を流しても、蛇は抵抗をしなかった。笑っているように見える。


「マツマツマツマツマツマツマツ、ワレワレワレワレワレワレワ」


 腕が深く沈んでいき、口がだらんと開かれたままになる。


「ケビンっ」


 ケビンがもう一体の蛇の側面によじ登っていく。

「気を引け!」と叫び、振り落とされないように必死だ。

 ナオコと由紀恵は二手に分かれ、蛇の気を引こうと攻撃をつづけた。粉塵をたたせながら、白い触手がのたうちまわる。

 山田は蛇の死体から飛びおりると「相浦、離れろ!」と叫んだ。


「そいつは……」


 ケビンはその言葉を聞かず、蛇のまぶたに指をかけた。皮膚が固いならば柔らかいところをやるしかない。


「イキトシ、イケトシ、イカサズ」


 騎兵銃が火を噴く。ずどん、と銃声がひびき、銃弾は蛇の眼球からあごまでを突き抜けた。牙をむきだしにした口から、灰色の血が滝のように落ちた。


 やったか、とケビンがつぶやく。

 ゆらりと蛇の体がかたむいたので、彼は頭部から飛びおりた。


 次の瞬間、アスファルトにひびが入った。


 ナオコは由紀恵が飛び出していくのを見た。槍を脇にかまえて、ケビンに向かって投げる。落下していく彼の肩に槍が突き刺さり、血が噴きでた。彼の靴先を牙がかすめる。

地面から姿をあらわしたもう一匹の蛇は、食い逃した獲物を惜しそうに見た。そして両手をひざにつけている由紀恵をぎろりとにらみ、頭部を彼女へと向けた。


 ナオコは手を伸ばした。由紀恵は呆然として立ちすくんでいる。ケビンが地面に落ちた。


 視界が暗くなった。音がすべてなくなった。

 気づいたときには、スーツの胸ポケットしか見えなかった。心臓が鳴っている音が、ナオコの心音と混ざっている。


「や、まださ」


「見るな」


 頭を胸に押しあてられると、ひざから力が抜けた。


「みるな、って、なんで」


 頭を強く抱えられて、後ろをふりかえることすらできない。驚くほど世界は静かで、なんの音も聞こえなかった。

 ケビンの絶叫が聞こえた。

 視界は暗いままだ。なにも見えない、わたしにだけ、なにも分からない。

 心音が混じっていく。イキトシ、イケトシ、イカサズ。蛇たちのささやきが脳内をめぐる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ