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鏡の国のバカ  作者: 阿部ひづめ
眠れない男の夢
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こんな日

 翌日、13時ちょうど。新宿駅南口にいたナオコは、すっかりふさぎこんだ気持ちで行きかう人々を見ていた。

 くもり空なのに空気は蒸して、いやな汗をかく気候だ。結局休日によく着ている灰色のスカートにTシャツという地味な恰好にしてしまった。昨晩は飯田のせいでよく眠れず、朝もぼんやりした気分で準備をした。


 こんなに気が抜けているとまた山田からどやされる。ほおを叩いてなんとか気持ちを切り替えようとする。

 そもそも今回の買い物は、男性を射止めるための服を買うという目的があったはずだが、あいにくその必要はなくなったのだ。

 今日は山田に普通の生活スタイルというものを教えてあげなければ。

 頭をそのことでいっぱいにしようと頑張る。これはデートではなく、ごく普通の感性を伝えるための相棒としての努力だ。だからなにかをやましく思ったり動揺する必要はない。飯田のことも、今は忘れるべきなのだ。


「……大丈夫か」


 ナオコは地面から数センチほど飛びあがった。山田はうろん気に腕を組み、こちらをじろじろと見ている。


「さっきから尋常ではない表情の変わり具合だが」


「来ていたなら、さっさと声かけてくださいよ!」


 壁から離れて彼に向き合い、ぶしつけな視線に耐える。山田は普段とたいして変わらない白いシャツとスラックス姿だった。ネクタイを付けていないしシャツもカジュアルな素材感のものだが、特に変わり映えはしない。

 シンプルな服装が似合うのはたいへんよろしいことだが、昨晩自分はあれほど頭を悩ませていたのに、と勝手に恨みがましくなる。


「意地悪な姉二人と継母にでもいじめられたのか?」


「え?」


「灰でもかぶったのかと思ってな。どうせタンスの中に白黒灰色くらいしか入っていないんだろうが」


 シンデレラを揶揄されたのだ。彼女は山田をにらみつけ「……ベージュと紫もあります」と苦し紛れに口にした。


「そうか。水墨画でも描くかのような配色だな」


 彼はとっとと歩きはじめた。




 2人は駅の近くに建つショッピングビルに入った。天下の新宿は平日でも人がたくさん歩いている。

 店をきょろきょろとのぞきながら、そもそも最近は服を買っていなかったと思い当たる。仕事が忙しくなってわざわざ休日に街まで出るのが億劫(おっくう)だったのため、めったに買い物に出ていなかった。必要なものはその都度購入していたが、それも寒いからセーター、暑いからTシャツを買うだけの無味乾燥な買い物だ。


「山田さんって、こういう場所で買い物とかするんですね」


 たしかに自分は無精だったなと反省しつつ話しかける。


「実際に足を運ぶのは無意味だとか言って、全部ネットですませているタイプだと思っていました」


「消耗品はそれでもいいだろうが、身に着けるものはオススメしないな」


 ふらりと店に立ちより、視線を走らせる。


「どのように見られるかは、女性にとって大切なことだろう。中身を見てほしいのならまず外見に気を配るべきだ……身の丈に合わない服を着ている人間ほど、みっともないものもない」


 彼はマネキンの横にかかっていた薄手のあわい水色をしたセーターを手に取ると、ナオコの体に当てた。


「合わない服ですか」


 セーターを両手でつかみ体に合わせてみる。これが似合うのかどうかすら自分には判別がつかない。


「よかったらご試着いただけますので」と輝かしい笑顔をうかべた店員が駆け寄ってきた。上品な印象をもつ彼女は山田とナオコを見比べると「あら」と目を丸くした。


「彼女さん、すごくかわいらしい方ですね」


 かあっと頬に熱がのぼる。分かっていたことだが、このシチュエーションではそう間違えられてもしかたがない。昨晩も困惑したが、飯田と間違われるのとは話が違う。

 あわてて否定しようとしたが、それより先に山田が口をひらいた。


「いや、妹なんだ」


 絶句して彼を見あげる。うそをおくびにも出さず「秋口になっても着られるような、羽織ものなんかは置いているか?」とたずねている。

 店員は「あら、失礼いたしました」と満面の笑みをうかべた。


「すてきなお兄様でうらやましいです。少々お待ちくださいね、こちらのセーターに合うものがちょうどあるんです」


 店員が離れて、すかさず「なんてうそをついているんですか!」と突っかかる。

 彼氏だと間違われるのが嫌な気持ちは分かるが、それならそれで否定するだけで構わないはずだ。

 山田はうっとうしそうに彼女を手で払うと、店員が持ってきたカーディガンを渡した。


「ほら、着てみろ」


「お似合いになると思います」と、店員に試着室へと押しこまれる。

 言いたいことは山ほどあったが、とりあえずこれを着ないことには会話をしてくれなさそうだ。


「着ましたけど」とカーテンを開く。

 山田は頭からつま先まで眺めてから「いいんじゃないか」と告げた。店員も横からほめたたえるので気まずかったが、たしかに自分でも似合っているような気はした。


「とりあえず、それに合わせる方向でいくか」


「待ってください、ひとそろえ買うつもりなんですか?」


 彼女は悲鳴をあげた。先ほど値札を確認したら、普段購入する服の3倍はした。そこそこ貯金はあるほうだが、この調子で下も小物とそろえると出費が痛い。


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