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鏡の国のバカ  作者: 阿部ひづめ
眠れない男の夢
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犬と犬

 マルコは穴のあきそうなほどナオコを見つめた。どんどん椅子の座り心地が悪くなっていく気がする。

「じつは」とマルコが口を開いた。


「ナオコくんにはまた山田くんとバディを組んでもらおうと思っていたんだけれど」


「えっ、本当ですか!」目を見開いて、身をのりだす。


「うん。昨日山田くんにそれでいいかって聞いたら、いいって言うから……だからぼくとしても、てっきり君たちが仲良くなったのかと思ってたんだけど」


 彼はそう語ったあと「違ったかな」と首をかしげた。その視線にほんのわずかな疑いを感じて「違いません!」と強く否定する。


「でも山田さんの調査を失敗したのに、いいんですか?」


「それは構わないよ。君たちの信頼を高めることも目的だったわけだし」


 マルコは口ぶりこそ明るかったが、目つきに伺うような色をのせている。


「……でも、もしかして、嫌だった?」


「嫌じゃないです。むしろうれしいです!」


 ナオコはきっぱりと言いきった。

 それは本心だった。正直なところ取引によってHRAに居ることを許されたとはいえ、山田とまた相棒になれる可能性は低いと見込んでいたのだ。

 だが、まだ相棒でいることが許されるのであれば、山田が副作用に苦しんでいてもすぐに助けることができるだろうし、願ったりかなったりである。


 ナオコは一気に明るい気持ちになり、マルコにむかって「ありがとうございます」ともう一度頭をさげた。


「そんなに、うれしいんだ?」


 マルコはぽつりとつぶやいた。

 ナオコは頭をあげると「うれしいですね」と真面目な顔をした。こんなに物事がうまく運ぶのは久しぶりだった。


「これからは〈芋虫〉として、もっと役に立てるよう頑張ります。山田さんとも、前よりうまくやっていけるように努力するので……」


 彼はこちらをじーっと見つめたまま、口をとざしている。その様子におかしなものを感じて、勢いのよい言葉もだんだんと尻すぼみになる。


「あの、すみません、どうかしましたか?」


 マルコは「いや」と視線をそらした。


「そんなに仲良くなったんだ、と思って」


 ナオコはきょとんとして「そんなにってほどでもないですけれど」と言った。


「でも、なんだか昨日の山田くんも変だったし」


「変?」


「なんかボーっとしちゃってさ。普段は口をひらけばギャーギャーうるさいのに」


「ギャーギャー……」


 山田がマルコにたいして、普段どのような口をきいているのか想像がついた。


「なんかあったんだね」


 彼がなぜか悔しそうに言うので「なにもないですよ」としらを切るしかない。

 うそをはばかる気持ちもあったが、山田との取引を優先するならば本当のことは口が裂けても言えなかった。

 彼は子供のようにほおを膨らませた。


「なにがあったか、二人ともぼくに話す気はないわけだ。ふうん」


「ほんとうに、たいしたことは……」


「べつにいいよ。部下のプライベートにまで首をつっこむつもりはないしさ」


 不機嫌そうな彼に、ナオコはどうすればいいのか困惑した。


「プライベート、というか。その」


 彼はつんと横を向いてしまっている。その姿が子供帰りしたように見えて、ついほほえんでしまった。


「たしかに仲良くはなれました」


 マルコは少しだけ傷ついたような顔をした。


「言われなくても、そんな顔をされたら分かっちゃうよ」


「わたし、変な顔していますか?」


 ナオコは自分のほおを触ると、首をかしげた。


「しているよ……」


 彼はうつむいて、いじけたように指先をいじる。そしてふっと顔をあげると、すばやくソファから立ち上がり、ナオコの横に腰かけた。

 急に接近してきた彼に、思わず身じろぎをする。


「くやしい」と、マルコがにらみつけた。


「いまになって、すごーく悔しい」


「ま、マルコさん?」


 どんどん近づいてきている彼から顔をそむけて、胸元を手でおさえた。心臓の音がどんどん大きくなっている。


「仲良くしろって言ったのは、ぼくなんだけどね……でもやっぱりぼくの方が、少しだけ君と仲良くなっていたいや」


 真剣そのものといった顔で手をのばし、彼女のあごに手をやった。

 ハリウッド男優のように、耳元に唇をよせる。

 ナオコは氷の像のように固まっている。なにを言われるのか、と目をぎゅっとつむった。


「……冗談だよ」


 くすりと笑い声が聞こえ、目をひらく。

彼は腕を組んでいたずらっ子のような笑顔を浮かべていた。からかわれたのだと気づく。


「マルコさん、心臓に悪いですよ」


 胸に手をあてて安堵の息を吐く。彼のジョークには本当に慣れない。アメリカンジョークの勉強をするべきかもしれない。


「ごめんごめん、ナオコくんって反応が面白いからさ」


 反省のみられない謝罪をしながら「うーん、なんだろう。君をみていると、かまいたくなっちゃうんだよね」とあごに手をあて、手をポンとたたく。


「そうだ、昔友達が飼っていた犬に似ているんだ。小さくて、尻尾を追いかけるのが好きでね。何度もくるくる回って、かわいかったなあ」


 それは褒め言葉なのか、それとも暗に犬並みだと馬鹿にしているのだろうか。さすがに口に出せず「ありがとうございます」と顔をひきつらせる。


「それじゃあ、明日から、また特殊警備部の一員としてよろしくね」


「はい! ありがとうございます」


 勢いよく頭をさげる。

 彼は眩しいものを見るようにして「今度、復帰祝いしようね」とナオコの頭をぽんぽんと叩いた。

 ペットの犬にするような仕草に、くすぐったくなる。仮に犬扱いなのだとしても、それでもいいかと思えるような親愛を感じた。





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