表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡の国のバカ  作者: 阿部ひづめ
眠れない男の夢
2/173

絶賛相棒中

 中村ナオコは、会社員である。

 しかしながら、合コンの自己紹介では、

「警備会社で事務員をやっています」と、うそをつく。

 良心の呵責をおぼえながら、照れ笑い。本当は、事務員なんてほど遠い職業だった。


 株式会社HRA日本支社特殊警備部第五課三班、中村ナオコ。


 それこそが、真実の肩書きである。

 彼女の仕事は、ただひとつ。世界を守ることだった。







「こういう言い方すると、かっこよくねえ?」


 特殊警備部二課一班の相浦ケビンが、人差し指をたてた。彼のまえには、鶏のから揚げ定食が置かれている。


「マーベル作品の観すぎだよ、ケビン。わたしたち、パワードスーツもなければ、ムジョルニアも持ってないんだよ」


 ナオコは、ため息交じりに言った。日替わり定食の、ヒラメのムニエルをまずそうにつつきながら、

「あるものっていったら、精神分離機と〈芋虫〉なんて不名誉なあだなだけ……」と、落ちこむ。


 彼らは、株式会社HRA日本支社の食堂で、昼食を食べていた。

 日本支社は、渋谷と恵比寿のあいだに、ひっそりと建っている。外から見ると、白い長方形に見える建物すべてが、HRAのビルだった。

 食堂は、ほとんど常駐警備部と保全部の人間で埋まっていた。特殊警備部の人間は、窓側の席につく、彼ら二人だけだ。


「〈芋虫〉はヒーローっぽくねえな」

 

 愛嬌ある顔で笑った相浦ケビンは、身長190センチ近い大男だった。黒いスーツが筋肉でふくれあがり、屈強なマフィアさながらだ。


「それに、ヒーローは手首を縛られて、ビルの屋上で転げまわったりしない」


 ナオコは自虐的に言った。


「それはそうだな」

 彼女の両手首をみて、気の毒そうにする。

「よくあんな野郎と、一年間も組んでいられるぜ。俺なら、発狂して自分で自分のケツを食う」


「『ムカデ人間』みたいだね」


 彼らは、映画鑑賞という趣味を共有する仲間だった。


「ハイター博士みたいに、あいつをどっかのどうでもいいヤツと繋げてやりたいぜ。そうすりゃ、一生顔を見なくてすむのによ」と言って、鼻を鳴らす。


『あいつ』とは、ナオコの相棒である山田志保、その人のことだった。

 ナオコは、入社して今年で四年目になる。去年の春に常駐警備部から特殊警備部に異動になり、五課三班として働いている。

 山田の傍若無人ぶりは、部署でも有名だった。ナオコは、彼の初めての相棒である。


「いまになって身に染みるよね。そりゃあ、みんな山田さんの相棒を嫌がるよ」

 彼女は、かわいた笑いをうかべた。

「わたしが、仕事できないのもあるけどさ。でも、無理だよ」


 今朝の仕事を思いだして、憂鬱になる。手首が縛られていたことを免罪符にしたいが、山田の強さは異常だった。歴代の相棒たちが、音をあげたのも分かる。彼と組んでいると、自分の存在意義を見失うのだ。


「山田さんって本当に人間なのかなあ」


「化物に決まってんだろ」ケビンは眉間にしわをよせて、吐き捨てた。

「木のまたから産まれたんだよ。血が〈虚像〉みたいな灰色でも、俺は驚かないぜ」


〈虚像〉とは、今朝、戦闘した怪物のことだ。

 ナオコは、彼の言い草に苦笑しつつ、

「まえに見たときは、赤い血だったよ。まあ、山田さん、滅多にケガしないけど」と、言った。


「本社組だからって偉そうだしよ。こっちの人間なんぞどうでもいいのなら、さっさとアメリカに帰ればいいのにな」


 株式会社HRAは、ロサンゼルスの本社の他に、モスクワ、ロンドン、ストックホルム、シンガポール、キャンベラ、北京、ソウル、そして日本に支部をもつ。

 日本支部は7年前に出来たばかりで、現在は150人ほどの社員で成立する。山田は、その創設のために本社から派遣された立場で、ほかの社員よりも地位が高い。

 

「さすがに、もう本社には帰らないんじゃないかなあ。たしかに、ちょっとくらい里帰りしてくれてもいいんじゃないかなあ、とは思うけど」


「ほう、里帰り」


 ナオコは、青ざめた。むかいのケビンが「うげっ」と、声をあげた。


「悪いが出張の予定はないな。君こそ、さっさと実家にでも逃げ帰ったらどうだ?」


 おそるおそるふりかえる。山田が完璧な無表情で見下ろしていた。


「や、山田さん」


「背後に気を配らないなんて〈芋虫〉の風上にも置けんな……相浦、おまえもなぜ気づかない。食事のときに無防備になるなど、よっぽど腹のすいた動物のようだ」


 ケビンのこめかみに青筋がたつ。


「おーおー、あいかわらず、よく回る口だぜ。あんたこそ、たまには食堂でメシ食ったらどうだ? あ、ぼっちメシが嫌なタイプか?」


「ああ、生まれついて繊細でな。君の犬食いを前にして、食事ができる自信がない」


 山田は真顔だった。ケビンが殺気立つ。


「えええっと、山田さん。なにか御用でしたか?」


「ああ、そうだ」

 ふいと、ナオコに目をむける。

「16時以降、出動命令がなければ、執務室に来い、とマルコ殿からの連絡だ。それまでは待機。以上だ」


「あ、はい。了解です」


「パシリは大変だな」


 嫌味たらしく言うも、山田は肩をすくめて去ってしまった。むっとしたケビンが、罵声を浴びせようと口をひらく。


「ケビン、こんな場所で喧嘩してもしかたがないって。また由紀恵さんに怒られるよ」

 

 彼は、ぎくりとした。由紀恵とは、ケビンの相棒である、二課一班の新藤由紀恵のことだ。

 席にすわりなおし、

「あいつ、どうしてあんなに性格がひん曲がっているんだ」と、むっつりする。


「あれで女が寄ってくるんだから、どうかしているぜ」


 ナオコは、なにも言えなかった。それに関しては、彼女も不思議だった。山田は、どうしてか女性にもてる。かなり頻繁にとっかえひっかえしているとの噂だった。


「うーん、かっこいいからかなあ」


「かっこいいか? ステイ・サムのほうがイケてる」


 ケビンは、苛だちまじりに水を飲みほし、

「でも、まあよかったな」と、言った。


「呼び出しついでに、マルコさんに言っとけよ。あんなのとバディは無理だって」


 ふりかえって、山田のすがたが無いことを確認する。ナオコは、しっかりとうなずいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ