恋愛偏差値
【恋愛】……特定の相手に対し恋をして、愛や温もり、そして幸せを感じるようになること。
ほんの数行で説明されている言葉の意味が、私にはわからない。教えてくれる人もいないし、教科書だってない。
恋愛って、なんですか?
***
「かわいくて勉強もできる!千秋藍が二学期中間も1位を獲得!ライバル冬馬に大差で勝利!だって」
学年掲示板に貼られた校内新聞を見ながら、幼馴染の夏目唯が見出しを読み上げた。A3用紙二枚に渡って書かれたそれには、テストや部活のニュースからゴシップ記事まで様々な内容が書かれている。不定期に掲載されるそれは、学年ごとに内容も違い、今や生徒のちょっとしたバイブルになっている。
「もー。新聞部の人たち、また勝手にこんなの書いてる」
普段見ている分には楽しい記事でも、自分のことを書かれるのはなんだか苦手なのだ。別に悪いことをしたわけではないが、周りの視線も気になって少し恥ずかしい。
「まぁ、いいじゃん。きっと、みんな羨ましいのよ。藍はほんとにかわいいしさ」
唯に頭をぽんぽんされながら、藍は唯の方を見上げた。背の順で万年先頭の藍と違い、唯は真ん中より少し後ろくらい。細くて明るくて藍にいつも優しくしてくれる。藍には、唯の方が断然可愛いく見える。
「それにぃ、その前髪の短さはかわいいこしか似合わないのよっ」と言いながら唯は藍の額をつんと突く。
びっくりして「はうわぁ!」と変な声が出てしまった。
額を押さえながら唯を見ると、「かわいーかわいー!」と彼女は悪戯っぽく笑っていた。
容姿学力共に良く、周りの人は羨ましいと言う。でも、悩みとか欠点がない人間なんていないのだ。
額を押さえながら悶々とさせていると「おっはよー!」とジャージ姿の男子生徒が割って入ってきた。
「あ、大輔おはよ!」
「大ちゃんおはよう」
彼はもう一人の幼馴染、春田大輔。藍たち三人は同じマンションに住んでいて、幼稚園からの付き合いだ。
「あんた、朝からテンション高いね」
「朝練で体温まってるからなっ!って、学年新聞更新されてんじゃん!なになに、かわいくて勉強もできる!千秋藍が中間も1位を」
「それ、さっき私が読んだよ」
「え、そーなん?」
「二人本当仲良いね」
「そお?」
唯と大輔、二人は中三の頃から付き合っている。付き合う前から個々に相談を受けていたから、お互い好き合っていることはわかっていたし、応援もしていた。でも、誰かを好きになったことのない藍には、その気持ちがわからなくて、何を言えばいいのかいつも迷っていた。楽しそうな二人を見ていると、きっと幸せな気持ちなんだって思うこともあるけれど、藍にはまだ、誰かを好きになることなんて出来る気がしない。
一限の予令が鳴り、次々と生徒が離れて行く。
「やっべ!唯、俺ら一限移動だぞ」
「そうだった!急がなきゃ!」
唯と大輔は急いで廊下を走って行く。
「藍、またお昼休みにねぇー!」
手を振って二人を見送る。長い髪をゆらして女の子らしい唯と、体格が良くていかにもスポーツ少年という感じの大輔。二人は本当にお似合いだと思う。二人は今『恋愛』をしている。
昼休みになり屋上へ上がると、何人かの生徒がすでに昼食をとっていた。十月の程よい気候で、この時期は外で昼休みを過ごす生徒が多く、藍たちも最近はここで待ち合わせをしている。しかし、周りを見る限り唯も大輔もまだ来ていないようだ。
藍は二人を待ちながら、ベンチに座って中庭を眺めた。四階建ての校舎の屋上からは、中庭が一望できる。中庭はコの字型の校舎の真ん中にあり、綺麗にペンキの塗られた真っ白なベンチと色とりどりの花が植えられた花壇、そして中央には噴水がある。昼休みの人気スポットというそこには、既に二十人ほどの生徒が集まっていた。
すると、その中の一人に向かって三人の女子生徒が駆けて行くのが目にとまった。
「冬馬くーん!」
振り返ったのは金髪の男子生徒。女子生徒たちは、男子生徒の前まで来るとカバンから小さな袋を取り出した。
「これ調理実習で作ったクッキーなの。良かったら食べてもらえないかな?」
冬馬と呼ばれた男子生徒がその袋を受け取ると、女生徒たちは「きゃー」っと言いながら元来た廊下を戻って行った。
彼の名前は冬馬蓮。藍と同じ二学年の生徒だ。金色の髪は地毛で、日本とアメリカのハーフらしい。整った顔立ちと、学年総合二位の実力から女子生徒の人気を集めている。このての人間は恋愛なんて余裕なのだろう、と藍はしばらく彼を眺めていた。すると──
「へぇー。藍はあれがタイプなのか」
突然横から聞こえた声に「はにゃっ!」と変な声が出てしまった。いつの間にか唯と大輔が隣にいたのだ。
「い、いつからいたの!?」
「女の子たちが冬馬にクッキー渡してるとこからだな」
ほとんど最初からだ。こんなに近くにいたのに全く気づかなかった。それほど集中していたのかと思うと恥ずかしくて頬が熱くなる。
「冬馬はライバル多いわよ。なんて言うか、クールな感じが良いとかで」
「そんなんじゃないよ。私、話したこともないし」
「そうなの?でも、冬馬もよく放課後図書室で勉強してるって聞いたよ。藍も図書室で勉強してるんでしょ?」
「うん。でも、冬馬くんがいるのは時々だし、いる時はいつも女の子に囲まれて勉強教えてるよ」
放課後に図書室で勉強するのは、中学からの日課だ。でも、冬馬がいる日は女の子たちが騒がしいので“ある場所”に行く。だから、彼と顔を合わせる機会はほとんどないのだ。
「なーんだ残念。藍もやっと恋愛に興味持つようになったと思ったのに」
「もぅ、高校生二年生にもなって初恋もまだなんて、お母さんは心配よぉ」
大輔が声を高くして大袈裟に泣き真似をする。
「大ちゃんいつから私のお母さんになったのよ。恋愛なんて、そんなのよくわかんないよ」
そう言って、きゅっと辞書を抱きしめた。小さい頃からわからない言葉は全部辞書が教えてくれた。でも、恋愛とか恋とか愛とか、そうゆうものは文字だけでは理解できなくて、なんだかもどかしい。
「へぇ。じゃぁ、男の子にドキッてしたこととかもないの?」
「ないよ」
「うわっ即答かよ!」
「うーん、じゃぁ…」
唯は大輔に何やら耳打ちし、大輔はそれに頷くと、二人はニコッと笑って親指を立てた。そして、大輔は藍の前に行くと「ドンッ」と壁に手をついた。
「え?」
大輔の顔が近い。近すぎて、瞳の大きさや、まつ毛の一本一本、呼吸の音もはっきりわかる。そんな距離。それに、普段と違う真剣な表情。毎日見ているはずなのに、急に大輔がすごく大人に見えた。だけど…
「藍、俺おまえのことが」
「大ちゃん餃子食べた?」
「…え?」
「なんかニンニクの臭いがする」
一瞬にして大輔の表情は元に戻り、唯は「あちゃー」と目を覆った。
「大輔の班、調理実習餃子だったの忘れてた」
「もう!俺お嫁に行けないっ!」
大輔も手で顔を覆い大袈裟に泣き真似をして見せた。
「あの…ごめんね。なんか間違えたかな」
「藍、壁ドンって知ってる?」
「カベドン?なぁにそれ?」
その答えに二人は、蔑むような視線を送る。
「ま、待って、今辞書で調べるから!」
「「載ってるか!!」」
辞書を捲る間もなく、二人に突っ込まれ、ビクッと手が止まった。
「…おまえ、恋愛って教科がなくてほんと良かったよな」
「本当にね。でも、あったらそれだけは藍に勝てたのになぁ」
「そ、そんなことないよぉ。教科書があって誰かがちゃんと教えてくれてたら、ちゃんとわかるもん。…今まで誰も恋愛のことなんて教えてくれなかったから」
そう。国語だって数学だって学校で教えてくれた。教科書を読んで授業を受ければ、面白いくらいにわかっていく。だから、恋愛だって誰かが教えてくれれば私にだってちゃんとわかる。ちゃんとできる。でも、そんな授業をやることは一生ない。そう思っていた。しかし――
「じゃぁ、俺らが授業してやるよ」
…え?
「そうね。少なくとも藍よりは恋愛偏差値高いし」
え?
「じゃぁ今日の夜藍の部屋で」
「決まりね」
えぇー!?
こうして、今日から私は『恋愛』という授業を受けることになったのだ。
放課後になり図書室に行くと、冬馬の姿が見えた。今日は彼らがいる日のようだ。
──今日はあっちにしようかな。
きびすを返して向った先は、校舎の裏にある林の奥。ここは学校の敷地内で、以前は美術のスケッチや生物の授業で使用されていた場所らしい。しかし、移動の時間がかかったり、広すぎて道に迷う生徒がいることから現在は使われなくなり、生徒の立ち入ることもほとんどない。つまり、誰にも邪魔されない勉強に最適な場所なのだ。
林に入って五分ほど歩くと、赤い屋根の付いた東屋が見えてくる。少し大きめの屋根の下には、木でできたテーブルが二つと椅子が四つずつ置かれている。ここが藍の秘密の勉強場だ。
座って荷物を下ろすと、小さなため息が出た。
「恋愛かぁ。今日の夜どうしよう…」
手に持った辞書をテーブルの上に置く。小さい頃に貰ってからずっと持ち歩いているこの本は、青空の様な色の表紙に白い文字で『辞空』と書かれている。それを再び手に取り、後ろの方のページ、“れんあい”という言葉を引く。勝手に決められたこととはいえ、授業というからには予習をしないと気がすまないのだ。
「えっと、【恋愛】…特定の相手に対し恋をして、愛や温もり、そして幸せを感じるようになること …もぉー。恋もわかんないのにわかるわけないよぉ」
ページを戻し、今度は“こい”のページを開く。
「【恋】…相手のことを好きだと感じ、大切に思い、ずっと一緒にいたいと思う感情」
身体の力がガクッと抜けた。
こんなの、唯ちゃんや大ちゃんに感じてるのと何が違うの?二人のことは好きだし、大切だし一緒にいたい。でも、これはたぶん恋じゃない。
「うぅー、わからないよぉ。何かもう疲れてきちゃった……もぅ、やめやめ!唯ちゃんたちも、夜になったら忘れてるかもしれないし」
慣れないことをしたせいか、少しうとうととしてきた。誰もいないし中間も終わったばかりだ。少しだけ、と思いテーブルに突っ伏したら、ふわふわと意識が遠のいていった──
どれくらい眠っていただろう。目を覚ますともう日が傾き、空がほんのり茜色になったいた。
「私寝ちゃったんだ。今何時なんだろう」
身体を起こそうとすると、背中に少し重みを感じた。見るとそこには上着がかけられている。紺色の、男子の制服。誰かがかけてくれたのだろう。でも、誰が…
「こんな所で寝てたら風邪ひくぞ」
突然聞こえたその声に、驚いて後ろを振り返るとそこには金髪の男子生徒が座っていた。
「と、冬馬くん!?どうしてここにいるの?」
さっき図書室に入っていく所を藍はしっかりと見た。今日も女子生徒に勉強を教えるのだと思い、藍はこの林に来たのだ。普通の生徒はここへは来ない。彼がここに来た理由は何なのか。その問いに冬馬は冷めた声で答えた。
「見ればわかるだろ」
言われてようやく気がついた。テーブルに置かれたノートや教科書、それ以外にも何冊か本が積まれている。彼も藍と同じく、ここで勉強するために来たのだ。藍が起きてからも目線はずっと教科書に集中している。
「でも、さっき図書室にいなかった?」
「本借りただけだ」
「そうなんだ。…あの、珍しいね。今日は図書室でやらないの?」
「あそこでやるのは、勉強教えてくれって頼まれた時だけ。いつもはここでやってる」
そうか。藍は冬馬が図書室にいる日しかここへは来ない。だから今まで会うことがなかったのだ。自分の他にもここへ来る人がいたことに、藍は少し嬉しい気持ちになった。
「あの、これありがとう」
背中にかけられた上着を冬馬の横に置く。冬馬は「ああ」と短く返事をしたが、視線は相変わらず教科書に集中していた。
初めて近くで見る冬馬の顔は、まつ毛が長くて鼻がすっと通っていて、男の子なのにとても綺麗だった。なんだか綺麗すぎて見入ってしまう。すると、突然冬馬が顔を上げた。ずっと教科書に向いていた視線がこちらを向き、心臓がどきっと跳ねる。
「なぁ」
「は、はい!」
「その辞書、ちょっと貸してくんない」
突然話しかけられた動揺から、敬語になってしまう。手元の辞書を手に取り冬馬に渡す。
「どうぞ」
「サンキュ」
辞書を受け取った冬馬は、ペラペラとページを捲る。その時ほんの一瞬だけ、彼が笑った。いつもは少し冷たさを感じるくらいの表情が、その一瞬はとても優しく見えた。トクンと心臓が胸を打つ。
今のはなんだろう?考える間もなく、スマホが「きゅぽ」っという音を発した。見ると、唯から「部活終わったから帰ろう!正門で待ってるね!」とメッセージが届いていた。
「あの、私そろそろ帰るね」
「あぁ。じゃぁこれ借りてていい?」
「え?」
「明日も放課後ここ来るなら、その時返す」
今まで誰にも貸したことなんてない藍の宝物。でも何となく、彼になら貸しても良いと思った。
「うん。わかった」
夜八時。インターホンが鳴り、宣言通り唯と大輔が藍の家にやって来た。
「おじゃましまーす!さぁ授業するわよー!」
「本当にやるんだ…」
「あったりまえだろ!準備万端だぜ!」
大輔が持ち上げた通学鞄をパンと叩く。中身がぎっしりと入っていて、ファスナーがギリギリ閉まっている状態だ。いったい何が入っているのか、不安で仕方ない。
部屋に入った二人は、さっそく鞄を開けて準備を始める。そして、鞄の中から数枚のプリントを取り出して藍に渡した。
「これ何?」
「まずは、藍の恋愛偏差値を知ろうと思ってね。簡単な質問よ」
プリントには、たくさんの質問事項が書いてあった。“今まで観た恋愛映画は?”“男の子にドキっとする瞬間は?”など。その数は100以上もある。
「こんなのいつ作ったの…って、何その格好?!」
顔を上げて驚いた。プリントに目を通している間に、二人は白衣姿になっていたのだ。
「いいだろこれ!科学部から借りてきたんだ!」
「こうゆうのは雰囲気も大事だからね!」
眼鏡までかけて二人ともノリノリだ。あのパンパンになった鞄はこの白衣のせいらしい。そして正座をすると、大輔がこほんと咳払いをした。
「では、これから第一回恋愛の授業を始める!」
「気をつけ、礼!」
「よ、よろしくお願いします!」
唯の勢いのある号令に、つい言葉が出てしまった。二人は満面の笑みを浮かべ、数枚の紙を差し出した。
「では、まずはそのプリントに答えてみたまえ」
「は、はい」
大輔は眼鏡をクイッと上げ、先生になりきっている。こんな話し方の先生はいないような気もするが、楽しそうなので良しとする。
質問数は、全部で103もあった。はい、いいえで答えるものがほとんどだが、記述もあり全部回答するまでに三十分以上かかってしまった。
「はいお疲れー!」
「どれどれ…恋したこと、なし。男子にときめいたこと、なし」
「これは重症ですね、大輔先生」
「うむ」
大輔が一つずつ読み上げていく。自分で書いたことでも、こうして声に出されるとなんだか恥ずかしくなってくる。そして、質問が後半に差し掛かった時、唯が突然「えっ?!」と声を上げた。
「大輔ちょっとここ見て!」
「何だね?…え、まぢかよ?!」
キャラも忘れて驚く二人。そんなに変なことを書いたつもりはないが、気になって藍もプリントを覗き込む。唯が指差す先にある質問は“今日学校で話した男は?”というもの。その回答に藍が書いたのは、大輔、体育の美波先生、そしてもう一人…
「藍、冬馬と話したの?」
「うん。今日放課後に林の中で」
藍は、今日の出来事を二人に話した。
「……なるほど。そんなことがあったのか」
「で、どうだったの?初めて冬馬と話してみて」
「えっ…と、思ったより優しかったよ。私が寝てる時に背中に上着かけてくれたし、辞書渡した時ちょっとだけど笑ってたし」
「え?冬馬が」
「笑った?」
唯も大輔も目を丸くした。たしかに藍も彼の笑ったところを見たのは初めてだが、そんなに珍しいことなのだろうか。それから、二人は何かヒソヒソ話すと、にっと笑って頷いた。
「よし!今日の授業はここまで!」
「じゃぁ、また明日ね!おやすみー」
「え?ちょっと」
何がなんだかわからないまま、二人はそそくさと帰っていった。
次の日の昼休み。唯と大輔は昨日に引き続きニコニコ…いや、ニヤニヤと笑っていた。
「ねぇ藍ー。今日も放課後あそこの東屋に行くんでしょ?」
「うん。辞書返してもらうだけだけど」
「それだけ?」
「え?それだけだけど…なんか、あれが無いと落ち着かなくて」
「へぇー。そういえばあの辞書、いつも持ち歩いてるよな。そんなに大事なのか?」
「たしか、何年か前にアレンくんっていう外国の男の子に貰ったのよね?」
「うん。十歳の時おばあちゃんの田舎にで会ったこなんだ。図書館で宿題やってる時に辞書が必要になって探してたんだけど、小さい図書館だったから数が少くて全部貸し出されちゃってたの。そしたら、その男の子が自分の辞書を貸してくれたんだ。日本語もすごく上手で、仲良くなって毎日その図書館で会うようになってたんだ。それで、夏休みの最後の日に自分の辞書をくれたの」
「おー!何かいい感じの出会いじゃん!それからそいつには会ったのか?」
「ううん、その夏だけ」
次に行った時には彼はもう図書館にはいなかった。後でおばあちゃんからあの後すぐ引っ越したんだと聞いた。だから、藍にとってのアレンくんの記憶はあのひと夏だけ。アレンくんと同じ金色の髪をしたお母さんに手を引かれて行く後ろ姿、それが最後だった。
「まぁ、昔のことは良いとして。藍!今日は絶対寝ちゃダメだからね」
「そうよ!もぅお母さん心配なんだからぁ」
再び現れた大輔お母さん。でも、そんなに心配することだろうか。
「そうだよねぇ。まだ暖かいけど外で寝たら風邪引いちゃうかもしれないもんね」
「ちっがーう!!本当にこうゆうことには疎いんだから!」
「俺らが言ってんのは、女の子がそんな無防備に寝顔なんて見せるんじゃないって事だ!」
「…寝顔?」
言われてみればそうだ。冬馬がいた事に驚き過ぎて気づかなかったが、彼に寝顔を見られたのだ。そのことに気づいた途端、いっきに顔が熱くなった。
「あっ。赤くなった」
「一応恥じらいの気持ちはあるらしいな」
「うぅー。唯ちゃん大ちゃん今日一緒に来てくれないかな?」
「ダーメ」
二人はとても楽しそうにそう言った。
昼休みの話のせいか、午後の授業はほとんど頭に入らなかった。悶々としているうちに、放課後はあっという間に訪れ、藍は重い足取りで東屋へと向った。
東屋の赤い屋根が見えてくると、緊張で身体に力が入ってしまう。でも、そこには誰の姿もなかった。冬馬はまだ来ていないようだ。そのことに少しだけホッとした。心の準備ができる。昨日のことは忘れて普通に接するのだ。辞書を返してもらったらすぐ帰ればいい。
椅子に座って景色を見る。ここは緊張をほぐすのには最適なのだ。例えば少し暑いくらいの気温でも、林の中に入ると調度良く気温が下がり、風に揺れる木の音がとても心地よい。今の時期は所々に紅葉も見られるし、校舎や道路から離れていて余計な音も聞こえない。ゆっくり心の準備をしよう。しかし、そんな時間は無かったようだ。
「今日は寝てないんだな」
冬馬は藍が到着して五分も経たないうちに現れた。
「冬馬くんっ」
準備のできていない心臓がドキッと跳ねた。そのまま強い鼓動を繰り返す。しかし、冬馬はそんな藍のことは気にせず、昨日と同じ席に座った。そしてそのまま、ノートや教科書を広げて勉強を始めた。もちろんそこには『辞空』もある。
あれ?辞書返してくれるんじゃ…そう聞きたかったけど、辞書を開く彼を見たら、言葉が喉の奥で消えてしまった。その理由はすぐにわかった。似てるのだ。アレンくんに。
いつも無邪気に笑っているアレンくんは、勉強する時には真剣な表情になる。でも、辞書を開く時、優しく微笑むのだ。
小さい頃しか知らないから、今は全然違うかもしれない。でも、すごく似ている。そう思って見ていると、視線に気づいたのか彼の手が止まった。
「なに?」
突然向けられた視線に怯んでしまう。その表情はまた元に戻っていた。
「あっ、えっと…こ、これ!教えてくれないかな?」
本当のことを言えるはずもなく、咄嗟に英語の教科書を掴んで冬馬に見せた。
「あぁ。いいよ。どこ」
「え、えっと、ここ!」
今日の午後の授業でやったところを開く。お昼の一件であまりちゃんと聞けていなかったのだ。
藍の指さす先を確認するために、冬馬は席を立って藍隣に座った。自分で言ったことなのに、なんだか頬が熱くなる。
「あー、これか。簡単に言うと、過去完了っていうのはある過去からある過去までを繋いだ【線】なんだ。『東京に引っ越す前に十年間大阪に住んでいた』みたいな。それで大過去は、ある過去よりさらに前の過去の【点】。例えば、I lost my book I had bought the day before.『私は先日買った本をなくした』って文だと、“買った時点”と“なくした時点”これが点なんだ。それで──」
冬馬は淡々と説明をするが、びっくりするほどわかりやすい。みんなに教えてと頼まれることにも納得だ。藍は自分が理解していても人に説明するのは苦手だ。だから、単純にすごいと思った。
「――で、これはhadを使うとこうなる」
「…冬馬くんすごいね」
「え?」
「とってもわかりやすくかったよ。説明も完結だし、優しい言い回しで、なんて言うか、辞空みたい!」
言ってからちょっと恥ずかしくなった。でも、本当にそう思ったのだ。
当の本人はというと、一瞬驚いた表情を見せたあとプッと大きく吹き出した。
「あはははっ。辞空って、俺、辞書に例えられたのなんて初めてだよ!」
冬馬が笑っている。彼がこんなに笑っているところなんて、藍だけではなく学校の誰も見たことがないかもしれない。
「ご、ごめんね。変なこと言って」
「いや、いいよ。変だけど、結構嬉しかったから」
藍の発言がよほどツボだったのか、冬馬は笑いを抑えながら続けた。
「おまえ、そんなに辞書好きなの?」
その問には、なんの迷いもなく答えが出た。
「うん!好き!」
辞書のことを聞かれたことで緊張が解けたのか、藍は笑顔でそう言った。
冬馬は「そっか」と優しく微笑んだ。本当にその表情は、アレンくんのようだった。
その日の夜。インターホンが鳴り、再び唯と大輔が家にやって来た。しかし、その格好は昨日とは違うものだった。
「ねぇ。それどうしたの?」
「演劇部から借りてきた!」
二人が着ているのは、イタリア憲兵の制服を真似た衣装だという。黒と赤のマントまで付いていてとても授業をする格好には見えない。
「今日の授業は取り調べだ!」
「あぁ。だからそんな格好んなだね………え?取り調べ?!」
【取り調べ】…事件の被疑者や参考人に出頭を求めて、事情を聴取すること。と、辞空の説明文が浮かぶ。
「今日も冬馬に会ったんだろ。何があったか洗いざらい話してもらおうか。吐いちまった方が楽になるぜい」
今日は完全に刑事モードの大輔。友達とはいえ、尋問をされるとなんだかすごく悪いことをした気分だ。
「あのぉ…これって、授業なの?」
「まぁ、私たちもいろいろ考えて、やっぱ恋愛は実践教育が良いんじゃないかと思ったわけよ。とりあえず、話してごらん」
実践教育ということがいまいちわからないまま、藍はまた今日の出来事を二人に話した。
「ほほぉー。アレンってやつに似てたと!」
「ねぇねぇ、その時なんか感じなかったの?ドキドキしたとか、萌えたとか!」
「そ、そんなのないよ…意外と優しくて話しやすい人だなとは思ったけど」
「お!なんか良いじゃんか!」
「よしよし。じゃぁ、藍に課題を与えます。明日から、できる限り放課後東屋に行って冬馬と勉強すること!」
藍は戸惑いつつも、唯の勢いに押されて「うん」と小さく返事をした。
それから、ほとんど毎日藍は東屋に行き、冬馬と勉強した。二回目の時と同じように、二人は自然と隣の席に座る。そして、お互いの得意分野が違うことから、わからない所を教えあったり問題を出しあったりして話すことも増えていった。冬馬の表情も前よりずっと柔らかくなり、一緒にいて緊張することもない。そして、十一月が終わる頃には、放課後冬馬といることが当たり前になっていた。
しかし、そんな日々に突然終わりが訪れた。
「千秋。俺、明日からここ来るのやめるわ」
「あっ、もう外で勉強するにはちょっと寒いもんね」
コートを羽織ってはいるが、このところ指先が少し冷えるようになっていた。でも、冬馬の言った意味はそのことではなかった。
「いや、ちょっと期末まで家で勉強しようと思ってな」
それを聞いて、なんだか少し寂しいと感じた。少し前までひとりで勉強するのが当たり前だったはずなのに…
「そっか。じゃぁ、期末までお互い頑張ろうね」
気持ちが顔に出ないように意識して笑顔を作った。そうしないと、なんだか哀しい顔になってしまいそうだったから。
そしてその日を境に、冬馬が放課後東屋に来ることはなくなった。
十二月に入り、すっかり冬の気温になったある日のことだ。ノートを買うために藍はいつもと違う駅へ向かった。いくつもの線が通る大きな駅で、帰宅時間前でもかなりの人が行き交っていた。そんな中に、見覚えのある姿があった。冬馬だ。後ろ姿だけど、制服に金色の髪、間違いなく彼だった。すると、改札を出ていった彼に知らない女の人が駆け寄っていった。藍は咄嗟に柱の影に隠れる。
あれ?私なんで隠れたんだろう……
その女の人は、肌が透き通るように白くて、アナウンサーみたいに清楚な服装で、冬馬より少し年上に見えた。とても楽しそうに寄り添っているところを見ると、きっと恋人なのだろう。冬馬の表情は見えないけど、きっと幸せそうな顔をしているに違いない。そう思った瞬間、キュッと胸が締め付けられるように苦しくなった。
その日は、布団に入ってもなかなか眠れなかった。
「ちーあき!魂抜けてるぞ!」
次の日の放課後、机に突っ伏しているところにクラスのこたちがやって来た。
「うー。なんかやる気出なくて。勉強したくないんだ」
「うそでしょ!?」
「三度の食事より勉強が好きな藍ちゃんが勉強したくないなんて!」
「天災の前触れ?なにが起こるの?地震?洪水?富士山の噴火?いやぁー!!」
クラスメイトの大袈裟なリアクションに周りの注目を浴びてしまった。
別に、勉強が嫌いになったわけじゃない。でも、なんだかやる気が起きなくて、教科書を開いても全然集中できない。
──そんな気持ちのまま、気づけば期末テストは終わっていた。手応えなんて少しもない。こんな風に終わったテストは初めてだ。
テストが終わって数日経ったある日、昼休みに生徒たちのざわめきが聞こえた。階段を上りきるとその理由がわかった。期末テストの順位が発表されたのだ。ただ、学年掲示板の前に集まっている生徒の数がいつもより多い気がする。すると、掲示板を見ていたクラスメイトが、藍の元へ駆け寄って来た。
「ちょっと千秋!あんた今回どうしたのよ」
「十番にも入ってないじゃない!それでも私より上だけど!」
突然囲まれて戸惑いつつも、「えっと、ちょっと山が外れちゃって」と、普段通りを意識して対応する。
しかし、そうこうしているうちにクラスのこたちだけではなく、他クラスや新聞部にまで囲まれて問いつめられてしまった。さすがに限界を感じたその時、突然上着をグイッと引っ張られた。
「うわぁ!な、何?!」
「ちょっと来い」
「え、大ちゃん?!」
引きずられるように集団から離れる。そして、連れてこられたのは学校の屋上だ。この時期になると、ここに来る生徒はめったにいない。しかし、ベンチにはひとり座っている生徒がいた。
「連れて来たぜ」
「さ、何があったか話しなさい」
待っていたのは唯であった。
「何がって、何?」
「隠しても無駄よ!あんた見てたらわかるんだから。期末の結果が何よりの証拠。いつ相談に来るかと思ったけど、やっぱかかえちゃったのね」
「冬馬と、何かあったんだろ?」
「…何もないよ。冬馬くん十一月の終わりから放課後来なくなったから全然会ってないし」
「あいつ違う所で勉強してたのか?」
「うん。来なくなる前、家で勉強するって言ってた。でも本当は…」
「本当は?」
先を促されるが、あの日の光景が蘇り胸がチクっと痛くなった。でも、今はひとりじゃない。唯と大輔がいてくれる。だから、続きを話す勇気が出た。
「あのね、本当は、冬馬くん…彼女、できたんだと思う」
「「彼女?!」」
藍が途切れ途切れに繋げた言葉に、二人は同時に叫んだ。
「…うん。この前、放課後に女の人と歩いてるの見たの。すごく綺麗な人で、たぶん年上。仲良さそうに歩いてた。それを見てたらなんだか変な気持ちになって。唯ちゃんと大ちゃん見ててもこんな気持ちにはならないのに、なんだかすごく苦しくて、切なくなって…何か、モヤモヤするっていうか、胸がぎゅって苦しくなって、教科書開いても全然やる気が起きなくてそれでっ…」
心のモヤモヤが溢れてきたその時、優しく抱きしめられる感覚を感じた。
「藍、泣かないで」
「え…?」
言われるまで気づかなかった。いつの間にか、涙が溢れていた。唯が優しく藍の背中を擦る。
「藍、それが恋だよ」
「…恋」
「そうだよ」
「俺も唯も、同じような経験して今がある」
「付き合うまではモヤモヤしたり、苦しいこともたくさんあったよ。藍に相談したりもしたよね」
そうだ。唯と大輔が付き合う前、二人から受けた相談は前向きなものばかりではなかった。他に好きな人がいるかもとか、異性として見られてないんじゃないかとか。たくさん悩んで苦しんで、それでも好きだから想いを伝えたんだ。
「…唯ちゃん、大ちゃん。ごめんね。私、二人がこんな気持ちでいたのに、あの時全然わかってあげられなかった」
「いいんだよ。藍は一生懸命わかろうとしてくれたし、毎日毎日同じような話ししても何も言わずに聞いてくれた」
「聞いてもらえるだけでも、気持ちが全然違うんだ。俺ら、藍には本当に感謝してんだぜ。だから、今度は俺達の番だ」
「さっ、藍。最後の授業だよ!自分の気持ち、ちゃんと伝えておいで!東屋で、冬馬が待ってるよ」
なんだか不思議な気持ちだ。さっきまで不安で苦しくて押しつぶされそうだったのに、二人に話したら今は前に進む力になった。
「唯ちゃん、大ちゃん…ありがとう。私、冬馬くんに気持ち伝えてくる!」
「行ってらっしゃい!」
「頑張れよっ!」
「うん!」
藍は、冬馬の元へと駈け出した。
林の中は、最後に来た時よりも辺りの空気が冷えきっていた。静かに揺れる木の音と、鳥の囀りだけが聞こえる。そして、林の奥、赤い屋根の東屋に冬馬の姿があった。
「冬馬くん!」
声をかけた瞬間、心臓がドキドキと胸を打った。走ってるからじゃない、それがわかる。このままじゃ冬馬に聞こえてしまうんじゃないかと戸惑った。その瞬間、石に足を引っ掛け、藍は地面に突っ伏した。
「おい、大丈夫かよ千秋?!」
慌てて駆け寄ってくる冬馬を見て、きゅっと胸が締め付けられる。でも、これは辛さじゃない。伝えたい気持ちが溢れそうになって苦しいのだ。
「あー、なにやってんだよ。泥だらけじゃんか」
駆け寄ってきた冬馬は、制服に着いた葉っぱや泥を叩いてくれた。
「どこも痛くないか?」
優しい声。転んでぶつけた所はきっと痛いはずなのに、今はそれより、この人に伝えたかった。
「…あのね冬馬くん」
「ん?」
「私、冬馬くんとここで勉強するのすごく楽しかったの。知り合ってたった一ヶ月だったけど、もうずっと前から知ってる気がしちゃうくらい、冬馬くんがいるのが当たり前になってた。だから、一緒に勉強しなくなってからはすごく寂しくて…彼女さんといるところ見たらなんだかモヤモヤして、勉強もやる気が起きなくて…でも、唯ちゃんと大ちゃんに教えてもらったんだ。これが、恋なんだって。それでわかったの。私ね、冬馬くんのことが…っ」
次の言葉は何かに遮られた。一瞬、何が起きたかわからなかった。でも、それがわかった途端、頭が真っ白になり、頬が火照る。重ねられた所が──唇が熱い。彼の熱が伝わり、次第に同じ温度になっていく。藍は、ゆっくりと目を閉じた。
──少しして唇を離してから、冬馬は言った。
「…いきなりごめん。でも、先に言うな。俺は、七年も待ったんだから」
「七年?」
「やっぱ気づいてなかったんだな」
「どうゆうこと?」
冬馬とは小学校も中学校も違う。高校からは同じだが、クラスも違って、東屋で会ったあの日が出会いと言っていい。しかし、冬馬は少し笑って藍の辞書を手に取った。
「これ、俺の辞書なんだ」
「え?」
頭が混乱した。この辞書は、七年前に出会った彼から貰ったものだ。名前は聞かなかったけど、辞書にはちゃんと書いてあった。
「でも、名前がここに」
辞書の裏には“AREN”と書いてある。ほとんどかすれてしまっているが、かろうじて読み取れる。
しかしそれを見た冬馬はくすりと笑った。
「それ、ARENじゃなくて、“TOMA REN”って書いてあったんだよ。最初のところはかすれて消えちゃったみたいだけど」
「え…私、ずっとアレンくんだと思って…髪も金色だったから外国のこかなって……それじゃぁ、冬馬くんは、本当にあの時の…」
「そうだよ。俺あの時じいちゃんの家に住んでてさ、よくあの図書館に行ってたんだ。そしたら、勉強してる辞書好きの女の子に出会ったんだ。話しかけたら、じいちゃんの作った辞書、すごい褒めてくれてさ、俺すっげー嬉しかったんだ」
「おじいさんの作った辞書?」
「そう。俺のじいちゃん辞書作る仕事しててさ『辞空』はその集大成なんだ。それで、その子が帰るときに『辞空』を渡したんだ。大事にしてくれると思ったし、どっかで俺のこと覚えててほしくてさ。その時は、ただそれだけだったけど、その子が帰ってから気づいたんだ。俺はその女の子が好きだったって。けど、俺その後すぐ引っ越してあの場所に行くことがなくなったから、もう会えないって諦めてた。そしたら、高校入って驚いたんだ。あの時の辞書を持ってる女の子がいたから。でも、クラス違うし、子どもの頃に会ったきりだったから顔もあやふやで話しかけて良いのかわからなかった。それで、やっと話せたのは二年の秋だった。でも、話したらすぐわかった。あの時の女の子は千秋なんだって。だから決めたんだ。期末で学年一位取ったら、この七年越しの気持ちを伝えようって。でも、千秋に勝つには相当勉強しないといけないと思ったからさ、東大行ってる従姉に家庭教師頼んで必死に勉強したんだぜ」
「じゃぁ、もしかしてこの前一緒にいた女の人って」
「あー、見られてたのか」
「うん。駅でたまたま。きれいな人だし、仲よさそうだったからてっきり彼女かと……」
「ないない!!ああ見えてあいつの指導鬼みたいなんだぜ。課題終わらなかったら、俺が千秋を好きだって新聞部にネタ提供すとか脅してくるし」
意外だった。冬馬がここまでしていたなんて。
なんだか、胸を締め付けていたものがふわっとなくなっていった気がした。
「まぁ今回はいろいろあったけど、一位は一位だ。春田と夏目にも背中押されたしな」
「大ちゃんと唯ちゃんに?」
冬馬は優しく藍を抱きしめた。
「俺は、千秋が好きだ」
その言葉に、ぽろりと涙がこぼれた。嬉しい気持ちがどんどん溢れてくる。
「さっき二人に呼ばれてな、千秋とのこと全部話したんだ。そしたら、ここで待ってろって。がんばれってさ。あいつら、良い奴らだな」
「そうだったんだ」
二人に背中を押されたのは藍だけではなかった。冬馬への気持ちが恋だということに気づけたのも、ここで彼とまた会えたのも、全部二人のおかげだ。だから、最後の授業を藍もしっかりやり遂げようと思った。
唯ちゃん。大ちゃん。ありがとう。
そして、藍もそっと手を回して応える。
「私も好き。冬馬くんが好き!」
その気持ちが伝わり、互いの手にぎゅっと力がこもった。寒かったはずの身体は、彼の温もりに包まれている。心臓は相変わらずドキドキと大きな鼓動を繰り返しているが、もう何も気にならない。冬馬といられることが、ただ、幸せだと感じた。
私は不器用で、恋愛偏差値はまだまだ低いかもしれない。
でも、少しだけわかった気がする。
【恋愛】の意味、その答えを――。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
今回は恋愛ものを書きましたが、どきどきするようなシーンってなかなか難しいですね。恋愛偏差値が低すぎるからかもしれませんが。
次はまた連載を考えています。
また気まぐれに書こうと思うのでよろしくお願いします。
榛名一颯