12話 罰と対価
『罰金刑』……うちに嫌がらせしてきた相手なんだよな、罰金刑ですんで良かったって思っていいのやら。複雑な思いでその言葉を受け止める。
「ルカ君。失った物は金銭のみとは、限りませんよ」
「……信用ですね」
「そうです。金などあとから稼げばいい。信用を取り戻すのは容易ではありません。それが一番の罰になるでしょう」
それ以降は、静かにジギスムントさんが帳簿をめくる音が部屋に響き渡っていた。
「あ、ルカ。今度……」
「ごめんっ、急ぐ。明日また聞くから!」
翌日の放課後、何かを話しかけようとしてきたアレクシスを遮って、俺は大急ぎで教室を飛び出して商人ギルドに向かった。近頃、授業以外の時間も事業案を練っていたりして学校での友人関係がおろそかになりそうだ。ただ今日は本当に急がないといけない。
副ギルド長の執務室で、男達は神妙な顔つきで椅子に座り、ジギスムントさんが話し出すのを待っている。俺はいつかと同じく、控えの部屋でそれを覗いていた。
「この度は大変、残念な事になりました」
「……営業取り消しとは、随分な処置かと思います。売価を固定させるのは開業の条件のひとつでしたが、あまりにも……」
店主の一人から恐る恐るといった感じでそんな声が上がった。予想はしていた反応だ。
「この事業の根幹を理解しなかった、あちらの落ち度です。他にも帳簿の改ざんや他の宿への嫌がらせなど、複合的な要素を加味しての判断です」
自分達の中から、営業取り消しという事態が起こった。店主達はその事に皆怯えているようだった。脅しは十分。ただ、あまり萎縮させてもそれぞれの宿の自由な工夫が死んでしまう。
「皆さん、安心して下さい。キチンと取り決めが守られている限り、取り消しといった処置はありませんので」
ジギスムントさんは今回はよほど悪質な事件を受けての処置である事と、今一度ルールの徹底を店主達に説明していった。
「お疲れ様でした、副ギルド長」
「なんです、改まって」
誰もいなくなった執務室で、椅子にようやく腰掛けたジギスムントさんに話しかける。
「いえ……反発もあったでしょうし。全てをお任せしてしまって」
「とんでもない。それよりルカ君……こちらをどうぞ」
「へっ……」
ジギスムントさんにお礼を述べると、彼はそれを遮って机の引き出しから革袋を取りだした。
「こちらが明細です。間違いがないか確認を」
「これ、これって……」
渡された革袋はずっしりと重たい。紐を引いて中身を確認するとキラッと中の硬貨が光を反射した。そうか、そうか……とうとうか。
「売店の売り上げの一割……今月の『金の星亭』の取り分です」
「金貨が1、2……10枚もありますが……」
情けない事に動揺のあまりに声が裏返る。いままでせこせこ働いた金しか見た事のない俺は不労所得というものに戸惑ってしまった。初月でこれだ。
よくよく考えてみれば、一店舗あたりの売り上げがこれだけあれば……この金額になるか。もっと店舗が増えたり、一店舗の売り上げが増えればこればどんどん膨らんでいく。……はずだ。
「市場の売り上げも今の所は影響ありません。がんばりましたね、ルカ君」
「あ……ありがとうございます!」
肩掛けバッグに入れた金貨を不自然に抱え込みながら怖々と市場を横切り、家へとたどり着いた。次回の受け取りには父さんに付き添って貰おう。大金を子供が持って歩くのは心臓に悪い。振り込みにして下さいっていってもATMがないもの。さて、こいつを早く父さん母さんに預けなきゃ。
「父さん……母さん……」
「なぁに、どうしたのルカ。怒らないから言ってご覧なさい」
帰宅して早々、おどおどと切り出した俺に母さんが優しく話しかけてくる。……なんか勘違いされてるし。
「いや! そういうんじゃないけど! これ!」
「何……お金? あら、まぁ……嘘……」
革袋の中身を見た母さんが絶句するのをまるで他人事のように俺は眺めていた。……現実味ないよね。少なくとも8歳の子供の小遣い稼ぎの金額ではない。
「どうしようかしら……」
「いやいや、宿の改装に使おうよ」
「お前の言う事ももっともなんだがな、ルカ。お前が稼いだものだろう」
結局、使い道は保留のまま俺への報酬は両親の部屋の金庫にしまわれた。ラウラの賃金は今の運転資金で十分だし、もっとまとまった金額が貯まるまではこのままで行こう。となった。ますます両親が俺を持てあましているな……。
「ユッテ、ユッテ」
「なんだよ」
「ユッテの取り分を決めてなかった。何割を……ぶっ!」
売店の開店から今までの運営、それから今回のフランチャイズ計画に全面的に協力してくれたユッテに今回の収入の分け前を相談しかけた所で、尻を思いっきり蹴り上げられた。痛い! あと危ない! なにがとは言わんけど。
「ルカ、一言いっとくぞ」
「な、なに……」
ずいっとユッテが腰に手を当てて、前のめりに俺の前に顔を突き出す。
「水くさい事言うな。あたしはお前の……」
「ん?」
「か、家族だろ!」
今度は背中を叩かれた。何か言う度に手を出す癖を直して欲しい。
「家族だから、いいんだ。ルカはその金をこの宿の為に使うつもりなんだろ?」
「うん、そうだけど」
「だったらあたしの使い道も一緒だよ。だから取り分とかそういうのはいらない」
「う……うん、そっか……そっか」
ユッテは俺とおんなじ方向を向いてくれていると、家族だと言ってくれた。とことん乱暴だけどな!
金の使い道は一旦保留だが、これが毎月溜まっていくんだよな。苦労はしたさ、でも……これだけの規模になるなんてな……今更遅いし、後悔はしてないけど。あとはしっかりとこれを生きた金にするのが俺の使命だ。
ぐっと掌に力を籠めて、俺は自分の頬をはたいた。ビビってる場合じゃ無いぞ、気合いだ気合い!!
次回更新は4/1(日)です。




