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『金の星亭』繁盛記~異世界の宿屋に転生しました~【Web版】  作者: 高井うしお
七章 輝きのなかで

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9話 大事なものは

 協議の結果、認可を出した宿屋の数は7軒。めったな事では後から取り消しは出来ないので慎重に選んだ。認可の出た宿屋が出来た事で、いずれ自分の所もと思う宿屋も出てくるだろう。その日に備えて後ろ暗い行いを控えてくれればいいのだが。

 商人ギルドの人員が色々動いたようだがやはりうちに落書きをした犯人は見つからないままだった。証拠となる、書かれた文字もすぐに消してしまったからな……。


「起こった事は仕方ない。大事なのは次の手を打つことだ」

「ルカ、まとまったぞ」

「ああ、ありがとう」


 夜半の屋根裏部屋で、ユッテに手伝って貰いながら売店の運営方法を作成していた。ユッテがくれたのはこの一月のうちの売店の人数と品物の数を割った物。仕入れの目安にする為だ。

 他はごくシンプル。売価は統一する事、新しい品目を増やす時はギルドに相談する事、商品は小分けにして差別化する事。

 接客については触れてない。元々宿屋なんだからバザーの時みたいにいらっしゃいませからはじめる必要なんて無いと思うからだ。

 

「ユッテ、売店のいいところはどんなところだと思う?」

「へ? ……市場の開いてない時間でも買い物が出来るだろ? あとはちょっとずつ買えるし、あちこち回らなくても必要な商品がある」

「そう、それを一言で言うとなんて言う?」

「……便利……かなぁ」


 そこだ。ここを売店を開く宿屋の主人達には理解して貰わないといけない。俺達が売っているのは商品じゃない「利便性」だ。だから高くても文句もそう出ないし、市場ともうまくやっていけている。

 利便性に金を払う。この考え方を分かって貰えないと、輪を乱されてしまう。そうなったら『金の星亭』ごと売店を出すのを商人ギルドは禁じないといけなくなるだろう。


「ああルカ、月がもうあんなところに。今日はもう寝よう」

「そうだね。遅くまで付き合わせてごめん」

「大丈夫。ルカも無理するなよ。おやすみ」

「おやすみ……」


 ようやくそれぞれの寝室に戻る。明日、学校が終わった後、ギルドでは新しい売店の説明会がある。さすがに俺からプレゼンって訳にはいかなかったが、隣の部屋から覗かせて貰えるという。その前に内容をジギスムントさんに説明しないといけない。


「ひっさびさにプレゼン資料を作ったなぁ……あふ……」


 すでに深い寝息を立てている、隣のソフィーの布団をかけ直してやってから、俺もすぐに眠りに落ちた。




「ねぇ、バルトさん。これ……凄いね。なんでこんな風になっているんです?」

「あ、ははは……色々あるんですよ。ほ、ほら秘書がこっちでお茶を用意したりしますしね」

「……ふーん」


 俺は今、副ギルド長ジギスムントさんの執務室の控えの部屋にいる。驚いたのはドアの一部から執務室がのぞけるようになっていたのだ。表側からはドアの飾りにしか見えなかったが裏側には凸レンズのような奇妙なガラスのようなものがはまっていてかなり広い空間を見渡せる。

 確かに秘書の人はこちらが席についたら見えているかのようにお茶を出してきたけどさ。絶対それだけじゃないよな。


「それより、ルカ君。人が来たら大きな声を出さないでくださいね。姿は見えなくても声は聞こえますからね」

「……もしかして声も大きく聞こえたりするんですか、この部屋」

「ふっ、副ギルド長からはルカ君の存在は表に出さないようにって託かっていますので……」


 まぁ、この街でも特に重大な商談の行われる部屋だ。なんらかの魔道具のひとつやふたつあったって当然と言えば当然だ。これ以上、バルトさんに冷や汗をかかせるのも可愛そうだがらツッコミはこれくらいにしてあげよう。

 そもそも説明会の様子が直接見たいと無理を言ったのはこっちなんだから。


「ではルカ君、ここに座って。じっとしておいてくださいね。私はもう行きますので」

「はーい、ありがとうバルトさん」


 心労が顔に出ているバルトさんにはニッコリととっておきのスマイルでお見送りをしておいた。


「さって……どうなるかな」


 バルトさんが執務室に続くドアの前に置いてくれた肘掛け付きの椅子に腰掛ける。ふっかふかだな。椅子に身を預けながら、ノートをぺらりとめくった。


「皆さん、こちらへどうぞ」


 先程、控えの部屋から出て行ったバルトさんが七人の男達を執務室に案内しているのが見える。それにしても……本当に丸聞こえだなこの部屋!

 かすかにざわめきながら進められた席に座る一同。いつも置いてある応接机は取っ払って、プレゼン会場の様に席を組んであるので顔がよく見える。これも俺からお願いしたことだ。


「皆さん、お待たせいたしました」


 ようやくジギスムントさんが執務室に現れた。本当は俺から説明したかった。これまで俺が頭をひねって、眠い目をこすって作った案だ。だけどそれじゃダメなんだ。俺はようやく8歳。こんな子供に言われてはいそうですかって普通はならない。それなりの立場と威厳のある人からの言葉でないと大概は納得しない。ジギスムントさんはこう言っちゃあれだけど、相当変わっていると思う。


「それでは説明会を始めます。こちらをごらんください」


 ジギスムントさんは俺がまとめたレジュメを手渡しながら説明をし始めた。神妙な顔つきで皆、話に聞き入っている。俺じゃやっぱりこうはいかないよな。


「……以上です。なにか質問は?」

「あの、商品の値段なのですが……市場と一緒ではいけないのでしょうか。お話だとせっかく安く仕入れることが出来るのに」

「これは市場の商店を守る為に絶対必要な措置です」

「しかし……高い値段では売れないのではないですか?」

「先程も説明したように、あなた方が売るのは商品ではありません。それが分からないようでしたら……受理した申請はまた却下しないとなりませんね」

「あ……いえ……どうか忘れて下さい」


 ぴしゃり、とジギスムントさんは言い放った。バーコード頭の宿屋の親父はそれを聞いて焦りの色を浮かべる。あの親父の宿は要チェックだな。

 そのほかの宿の主人達の顔色はよく分からない。とりあえずは言われたとおりにやってみよう、という感じだ。


 その数日後から、おのおのの宿で売店が設置された。商人ギルドからの報告では派手に売り場を設置したところもあれば、机をひとつ置いただけの規模まで色々だ。彼らが頑張れば頑張るだけ俺の懐には金が入ってくる。市場と上手く共存していく限りは。


「このまま上手いこと貯まれば、改装費用だけじゃなくて従業員や家具や設備にも当てられると思うよ」


 帰宅した俺は夕食のウサギのローストにかじりつきながら、両親にそう報告した。


「やっと落ち着いたから、これからはまた仕事手伝うね」

「ルカ……あなたって子は、無理ばかりして」


 良い報告のはずだが父さんも母さんも困ったような顔をしていた。けどさぁ……目の前にチャンスがあったら掴むだろう?


「うーん……余計な事したかな、ぼく」

「そうじゃないのよ、ルカ。あなたが心配なの……。でもそうね、もし追加の収入が入ったら従業員を雇いましょう」

「従業員が先?」

「そうよ。ルカがきちんと学業に専念できるように。食堂利用のお客さんも増えているのよ。ルカの作ったソース目当てで」

「そっかぁ……」


 宿の仕事が減れば俺の負担は減るな。各売店のマネージメントもあるから実は少し続けられるか不安だった。


「ありがとう、かあさん」

「頑張るなら、みんなで頑張るのよ。ね、そうでしょルカ」

 母さんに優しく髪を梳かれながら、今回は一人で抱え込みすぎてしまったなと反省した。今日の説明会も父さんに任せたって良かったんだ。


「うん、心配かけてごめんね」


 染みついた社畜根性ってのはこれだから困る!


次回更新は3/4(日)です。3/7に閑話投稿を予定しております。

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