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『金の星亭』繁盛記~異世界の宿屋に転生しました~【Web版】  作者: 高井うしお
七章 輝きのなかで

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5話 一歩一歩

「おお……すごい」

「かわいくできてるな、ルカ」


 十日後、俺とユッテは出来上がった人形を覗きこんでいた。クルトの作った人形は頭部だけ木を削り出して他は布を縫い合わせてつなぎ合わせてあった。簡単なワンピースも着せてあり、瞳には緑色のビーズかなにかがはめてあって、ちょこんと口元は赤く塗ってある。

 クラウディアの連れて行ってくれた店も他の店もなんかリアルめでちょっと怖かったんだよね。デフォルメ気味のクルトの作った人形は素朴な感じで可愛らしい。


「髪の毛も目もしっかりソフィーと一緒だ。ここまで手が込んだやつとは思わなかったよ」

「大変だったんじゃないか、クルト」


 ユッテが人形を受け取りながらクルトに聞いた。


「……うーん、ちょっとはね。でもルカ君の役に立ちたくてさ。俺達、教会に納品に行く度にちょっとずつ字も教えて貰ってるんだ」

「……シスターに?」

「そう。きっかけはみんなルカ君だよ」


 そう言ってクルトはいつかのように照れくさそうに鼻をかいた。正直、バザーの時はそこまで考えていなかった。ただ、ユッテから話を聞いて最適だと思ったからお願いしただけだ。


「……ぼく……か……」

「そう、その感謝もこめて作ったんだ」

「うん、そうか……ありがとう」


 そう改めて言われるとなんだか恥ずかしい。そんな俺の袖をユッテが引いた。


「ルカ、そろそろソフィーの誕生会はじまっちゃうぞ。早く帰らなきゃ」

「あ、そうだね。クルト……じゃあこれ貰ってくね」


 またね、とクルトは俺達がスラムのごちゃごちゃした角を曲がるまで手を振っていた。

 ――俺の何気ない行動が、クルト達の生活を変えた。ほんのちょっとだけど。でもそんなのは今まで誰もやらなかったからだ。俺が作った新しい繋がり。少しの嬉しさとともに……やっぱり俺はここでは異物なんだな、とも感じる。


「ルカ、またなんか難しい顔してる」

「いや……あんな感謝されるとは思わなくてさ」


 家への道を急ぐ傍ら、ユッテは微妙な顔をしている俺を見て珍しく心配そうに話しかけてきた。俺の複雑な心境は……彼女には理解のできない部分だろうからなんとなく誤魔化してしまう。


「それだけの事を、お前はやったって事だよ。素直に受け取って置けよ。あたしはクルトの気持ちはよく分かる」


 そう言って一足先に家へと入っていくユッテの後ろ姿を見ながら、ようやくちょっと肩の力が抜けたような気がした。




「ソフィーおめでとう!!」

「ありがとうー!」


 いつもの少し遅めのお昼。ご馳走を前に家族みんなでソフィーの誕生日を祝う。ソフィーもこれで6歳。母さんからは新しいワンピースがプレゼントされた。


「気を付けて扱うんだぞ」


 父さんがソフィーに渡したのは小ぶりのナイフだ。鞘にはワンピースとそろいの刺繍がしてある。父さん……俺も7歳の誕生日の時はそっちが良かったな。稽古用の木剣はちょっと使い込んだ感じになってきたけど、貰った短剣はまだ新品同様だ。


「ぼくとユッテからは……じゃーん、これ!」


 満を持して袋に隠していた人形を取りだした。


「うわぁ! お人形!」

「ソフィー、持ってなかったろ?」

「うん! おにいちゃん、ユッテおおねえちゃんありがとう!」


 ソフィーはギュウっと受け取った人形を抱きしめた。そしてにまにまと笑いながら見つめている。喜んで貰って何よりだ。


「このお人形、ソフィーと髪と目の色がおそろいなんだぞ」


 笑顔のソフィーに釣られて笑いながらユッテがそう言い添えた。


「あっ、本当だ! じゃあソフィーの妹だー」

「おー? じゃあ名前をつけなきゃ」

「うーん……じゃあねー……サラ! サラにする」


 こうしてクルトの作った人形はサラという名前を付けられてソフィーの妹分となった。椅子をもう一つ運んできて隣にサラを座らせて、いつもよりちょっと豪華な食卓を囲む。

 ささやかな宴も終わりに差し掛かったところで、おもむろに父さんが立ち上がった。


「えー。せっかくのめでたい席なので、ここで報告をしたいと思う」

「……? どうしたの、父さん」

「これを見てくれ」


 父さんがテーブルに広げたのは……ああ、見覚えのある紙。


「屋根の修理の見積もりだ。しめて金貨20枚。そして……」


 どん、と革袋がテーブルに置かれる。父さんがちょっと得意気に口の端を持ち上げた。


「ここに金貨20枚がある」

「おお……じゃあ」

「夏までに屋根を修理するぞ」

「また、うちをきれいにするの? やったー! おきゃくさん喜ぶねー」


 見積もり内容は、雨漏りこそしていないが風雨にさらされて黒っぽく変色していた屋根瓦を全面的に葺き替えるという内容だった。ソフィーは壁と窓を直した時を思い出したのか喜んでいるけど、今泊まっているお客さんには余り関係のない改装だ。そりゃ、ほっといたらまずいことになるだろうけどさ。

 それより、外観が綺麗になることで新規のお客さんが入る可能性の方が見込めるだろう。


「はーあ、厨房の改装はいつになるかしら」


 母さんはため息をつきつつも笑顔だ。厨房はなぁ……料理の提供が全面的に出来なくなるからその分の休業も考えて資金面も余裕を持ってやらないといけないだろう。まずは次の一歩。しっかり踏みしめて次の一歩だ。


「まぁまぁ、母さん。一歩一歩だよ」


 翌日には早速バスチャンさんが屋根瓦の点検をしにしやってきた。高い高いはしごを使って屋根に登り、屋根の瓦を点検している。


「マクシミリアン、危ないとこだったな。これなんかもう割れてたぞ」


 瓦のかけらを手にしてぼやきながらバスチャンさんは降りてきた。うーん、こんなのが頭の上から落ちてきたら危ない。やっぱり屋根を優先して良かったな。

 屋根の修理はその後五日間かけて行われた。真新しく輝く赤茶色の屋根を俺達家族全員で見上げる。


「ずいぶん……綺麗になったわね」

「ああ、屋根だけでこんなに変わるとはな」


 母さんと父さんが見つめながら言うとおり、屋根を変えただけで随分と印象が変わった。なによりこっちも気分がいい。


「お客さん増えるといいね」


 綺麗な外観はここに泊まっても大丈夫という安心感を与えてくれるだろう。あとは外壁の塗り替えと厨房かな。地道に資金を貯めて進めていこう。さてはともあれ……。


「よーし、新装開店!」

「そうね。がんばりましょう」

「おー!」


 プチ改装をすませて、心機一転だ!

次回更新は2/11(日)です。

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