3話 花盛りの娘達(後編)
ああ、カメラがあったらこの瞬間を切り取っておけるのにな。少女から女性へと変わりかけの女の子が着飾って、花を振りまく。その姿はなにか神々しいものを感じられる。
「赤ちゃんだったあの子がねぇ……立派になって」
「見に来れて良かったね、リタさん」
「ええ、準備は大変だったけどねぇ。あの子も喜んでるし」
隣のリタさんは娘の成長に感無量、といった感じだ。パレードとともに人々もちょっとずつ移動していく。山車が途中とまる度に、人々から歓声が上がった。ヒラヒラと舞う花びらが頬をかすり、冷たい感触が伝わった。
「それじゃあ、リタさん。ぼくはそろそろ戻るから最後まで楽しんでってね」
「ああ、悪いねぇ。気を付けて帰るんだよ」
「はーい」
人混みを抜けて宿へと戻る。戻った頃にはアンズのパイは残り三分の一ばかり、といった所だった。
「ふえーっ。随分売れたんだね」
「ルカ、もうちょっとゆっくりしてきても良かったのに」
「でも母さん達、休み無しでしょ? 店番代わるからご飯を食べておいでよ」
パレードを見に行ったのか、もう道端の人通りもまばらだ。この時間なら俺一人で十分だろう。
「いらっしゃいませー!」
店先で残りのパイを売り尽くす為に声を出す。しばらくしてパレードが終わったのか人通りが増え、母さん達も戻って来た。日が傾きはじめた頃には十個ばかりのパイを残してお開きとなった。
「ルカ君!」
「ラウラ、リタさん」
店じまいをしていると、ラウラとリタさんが通りの向こうからやって来た。すでに祭りの衣装は着替えて普通のワンピースに着替えている。
「ラウラ、凄かったね」
「あんなに一杯の人の前に立って、緊張しちゃった。私、変じゃなかったかな」
「ちっとも。ああそうだ、これお土産に持って帰ってよ」
俺は売れ残りのパイを油紙に包んでラウラに渡した。
「まぁ、ありがとう。ああ、まともにご飯も食べられなかったからお腹がペコペコよ」
「今年はソフィーも手伝ったんだよ」
「そうなんだ。ソフィーちゃんもしっかりしてきたよね」
「そうかなぁ……」
「これは内緒よ……。ルカ君が商学校に行ったばかりの頃は学校で泣いてばかりだったもん」
そうだったのか。家に帰ればいるのになぁ……って言ってもソフィーはまだ5歳。赤ちゃんに毛の生えたようなもんだ。
「ソフィーちゃんはお兄ちゃんが大好きなんだろうねぇ」
「ほら、作り直したクッション。アレを作った時もね、今度は破れないようにって何度も縫おうとしてね……ふふっ」
ラウラは小さく笑うと、リタさんと共に帰っていった。他人から妹の事を聞くのは何だか変な気分になるな。およそ十年後、もしソフィーが花娘に選ばれたら存分に着飾って主役を楽しんでもらおう。ソフィーは一体何色のドレスがいいだろう。ああ、その前にユッテの番か。ユッテは淡い藤色が似合いそうだ。
「うん! がっつり貯金しなきゃな」
「……何をだ?」
急に声がして振り返ると父さんが立っていた。父さんは俺が途中になっていた店仕舞いを手伝ってくれようと表に出てきたみたいだ。
「いや、ユッテとソフィーが花娘をやる時にはバッチリとドレスを仕立てなきゃって思って」
「そう……か……そうだな」
「父さんはソフィーのドレスは何色がいいと思う?」
「ルカ、いくらなんでもまだ気が早いぞ」
呆れたようにため息を吐く父さんの向こう側から、こちらに走ってくる人影が見える。……レリオだ。
「ルカ君!」
「レリオ……さん?」
額にうっすらと汗を滲ませて、荒い息を整えるレリオ。今朝、リオネッラさんが産気づいて家を追い出されたって言ってたよな。アルベールの姿は無い。まさか……。
「う、産まれました!」
「えっ!!」
「女の子です!」
「……ええっ!!」
「なんでそこでビックリするんですか」
……なんとなく男の子だと思っていた。でも良かった、無事に産まれたんだ。ああ、母さんに知らせなきゃ。
「母さん、母さん。アルベールさんのとこ、女の子が産まれたってよ!」
「あら、安産ね」
「そうなの?」
「ルカを産んだときは丸一日以上かかったわよ」
ひえー。俺には想像の埒外だ。そんなぽかんとしている俺をよそに、母さんはなんだか厨房を漁っている。
「母さん……何してるの?」
「産後には滋養のいい物をね……。王冠鳥の肝臓の乾物が……どこいったのかしら」
なんだその恐ろしげな代物は。ようやく戸棚の中から小さな小箱を引っ張り出すと、母さんはレリオに渡した。
「これはお祝い代わりね。よく戻してスープにでもして食べてちょうだい」
「あ、ありがとうございます」
「後日、赤ちゃんを見にうかがってもいいかしら」
「ええ是非!!」
数日後、落ち着いた頃に俺と母さんとソフィーとでアルベールの家を訪れた。市場で花束を買って、土産に焼き菓子を携えて。
「こんにちはー!!」
「いらっしゃい!」
ドアをノックするとアルベールが飛び出してきた。満面の笑顔である。
「ほらほら、うちの王女様のお顔を早く見てください」
「あ、はい。おめでとうございます」
「早く早く!」
赤ちゃんが王女様なら、アルベールは王様かい。浮かれきって普段に輪をかけて暑苦しいな。小さな居間にはリオネッラさんが赤ん坊を抱いて待っていた。
「この度はお世話になりまして」
「あら、ちっとも大した事してないわよ。これからの方が大変なんだから、なんでも相談してね」
「はい、ありがとうございます」
うわー、小さいな。壊れてしまいそうだ。指も爪も作り物みたいだ。ソフィーも身を乗り出して赤ん坊を見つめた。
「うわー、かわいいねぇ」
「どうです? 美人でしょう。誰に似たんでしょうかね」
「そう……ですね」
ふわふわの金髪は母親譲りだろうか、顔は……まだ赤くてくちゃくちゃでよく分からん。だけどまぁ、癪だけどアルベールは男前だし、リオネッラさんも美人だからどちらに似ても綺麗な子になるだろう。
「皆さん、今日は来てくれてありがとう」
「レリオさん、おめでとうございます」
「ありがとう。家族が増えたから、ますますしっかり働かないと」
レリオが俺達にお茶を淹れてくれた。しっかり者がここに居るから大丈夫そうだ。
「ところでアルベールさん、赤ちゃんの名前は?」
「フィオーレと名付けました。そうそう、この子の誕生を記念して新しい歌を作ったんです。聞いてくれますよね?」
こうして、ヘーレベルクには春の訪れと共に、新しい小さな仲間が増えた。俺はすやすやと眠っているフィオーレに語りかけた。
「フィオーレちゃん、よろしくね」
「ル、ルカ君!? 聞いてます?」
次回更新は1/28(日)です。




