1話 花盛りの娘達(前編)
木々の芽が膨らみ、薄緑のみずみずしい先端を見せ始め空気は緩む。そんな季節がやってきた。新しい命の誕生と共に、新年がやってくる。
そして冒険者達も冬眠から醒めたように活動をはじめ、迷宮をはじめとして街に賑わいが戻って来た。
――そして、ヘーレベルクの新年といえば花の祭りである。祭りに向けて、普段やってくる冒険者や商人のほかに物見遊山の観光客も増えるのだ。うちにとっては商機である。
「粉の分量はしっかりとね、アンズの砂糖煮は焦がさないように気を付けて!」
「はーい!」
今年の『金の星亭』はユッテとソフィーも手伝って、名物のアンズのパイを作成中だ。厨房から食堂まで甘く香ばしい香りが満ちている。ソフィーは粉を計り、リタさんと母さんが生地を作り、ユッテがくつくつ煮立つ砂糖煮の鍋を見張っている。女性陣総動員で作りあげたこのパイは宿の外に台を出して祭り当日売りさばく予定だ。
「うーん……春だ」
学校から帰ってきた俺は、荷物を置いて着替えると臨時店舗の売り場に置く予定の木箱を揃える。去年の倍は作る予定なので頑張って売りさばかないと。
「ユッテは当日は居ないんでしょ?」
「いいや、宿を手伝うよ」
「そうなの? 稼ぎ時だっていってたじゃないか」
「あたしはもう食い扶持があるからな、河岸は別のやつに譲ったさ」
そっか。定職についたから、別のスラムの子供に譲ったのかな。ユッテは去年のように花売りはしないらしい。接客に関してはユッテは安定した戦力だもんな。ありがたい。
「ルーカー君―!」
「ルカ君、もう帰ってますか?」
その時、表から久々に聞く声が聞こえた。祭りを控えて、騒がしい『金の星亭』にやって来たのはラウラとディアナだ。あれ、珍しいな。
「一体どうしたの? うちに来るなんて」
「あのね、私達……『花娘』に選ばれたの!」
「へぇーっ」
去年、フリフリの衣装を羨ましそうに眺めていたもんな。確か、みんなフリルの衣装に花冠を被ってほんのりと薄化粧をしていた。ふーん、ラウラとディアナがねえ。
「ラウラ! なんなんだい、ここまで来て」
「あ、お母ちゃん」
ラウラの声を聞きつけたリタさんが厨房から出てきた。エプロンで粉まみれの手を拭いつつ、気まずそうに俺に軽く頭を下げた。
「ごめんねぇ、この子ったらはしゃいじゃって」
「リタさんは当日見に行くんですか?」
「ええ、山車の出る時だけ抜けさせてもらうよ」
娘さんの晴れ姿だもんな。その間は店番を頑張ろう。そう思っていた俺の袖をラウラがグッと引っ張った。
「ルカ君も来てよっ!!」
「……え、ぼく?」
「ラウラ、わがまま言わないの。まったくあんたは」
そんなラウラをリタさんがたしなめた。その声にラウラは不満そうにつま先をカツカツぶつけている。
「ほらね、ルカ君は無理よ」
「だってフェリクスも来られないのよ?」
「そんなのわかりきってるじゃない」
「だぁってぇ……」
うーむ、祭りの様子は去年見て回ったからちょっと抜ける位……どうだろ? 祭りの最高潮は花の山車が広場から練り歩くシーンだ。そこだけならなんとかなるかも。しかし俺とリタさんが両方抜けるのか。
「ちょっとだけなら大丈夫だろ」
「ユッテ」
「ハンナさんにあたしにソフィー、三人いればどうってことないさ。行ってやんな」
「……だってさ」
「わぁ、ユッテちゃんありがとう」
まぁ、そんな訳でちらっとだけどラウラとディアナの晴れ舞台を見に行くことになった。山車のパレードは去年は手伝いで見られなかったので楽しみだな。
「ユッテ、また迷惑かけちゃったね。ユッテが花娘をやる頃にはうちもちゃんと人手を雇ってみんなで見に行かなきゃ」
「なっ! 着れるかあんなフリフリの」
「なんで? 似合うと思うよ」
「そっか……いや! まだそんなの全然先の事だし!」
うちも女の子が二人いるもんな。自営の接客業で自由がきかないといってもその辺はおいおい考えなきゃいけない。一生に一度の晴れ姿でひとりぼっちじゃかわいそうだもんな。ユッテは我慢しちゃいそうだし、ソフィーはぶすくれそうだ。
トレイに出来上がりのパイを並べつつ、数年後にはやって来るだろうその時を思った。
――翌日。心配していた雨も降らず、祭りは滞りなく行われるだろうと思われた。が、俺はちょっと困っている。
「おにいちゃん、おはなはー?」
「いや……あれはだな……」
去年俺が気軽に配りまくった花。その辺のを摘んできただけだけど……この日に花を贈る意味を母さんから聞いて俺は青ざめたのだ。その意味は「愛しています」。ああ、妹よ確かに愛しているけどそういう意味じゃない。
「ねー! おはなー」
「わーかった、ちょっと待って」
だけどソフィーはしっかり覚えていたようだ。なぁなぁで誤魔化すつもりだったのに。俺は朝っぱらからロイン川の川辺に花を摘みに飛び出す羽目になった。ソフィーと、母さん……一応ユッテも。今年はこれでお仕舞い!
「ほら、ソフィー。これでいいか」
「わーい」
「母さんはこの青い花」
花を差し出す俺に、母さんはちょっと呆れたような顔をした。
「ルカ……去年言ったわよね?」
「分かってるけど、ソフィーが欲しいっていうんだからしょうがないよ。はいユッテ」
「……いらない」
「……そう」
ユッテにも花を渡したが断られて余ってしまった。ついでみたいに渡したのが勘に触ったみたいだ。小さくてもユッテも女性だって事だな。悪い事した。
「そいじゃこれはどっかに生けておくか……」
「ルカ、俺にはないのか」
「えっ……」
なに言い出すんだ父さん。最高に花の似合わない人は勘定に入れてないよ。そもそもおっさんに花をプレゼントする趣味は……去年はあれでそれだった訳で。
「マクシミリアンさん、それならあたしソレ貰います!」
「……あ、そう?じゃあ」
俺はユッテの髪に小さな白い花を差してやった。そうしながら、ふと視線を移すと父さんがうっすら笑っていた。あ、クソわざとか。父さんも人が悪いや。
そして女心はもっと分からない。ご機嫌に厨房に向かうユッテの後ろ姿を見ながら、俺はため息を吐いた。
次回投稿は1/15(日)です。




