16話 白い試練(後編)
ヘーレベルクの市壁の南門を過ぎた農村近くの森の前、寒風吹きすさぶ中……俺は立っていた。母さんの所為である。厚い上着に、マフラーをぐるぐる巻いてしっかりと防寒はしているけれど。
「さぁ、ルカ。このロッドを持ってあの木を狙うのよ。街中じゃないから火だって雷だって使い放題よ」
「母さん……森の木を傷つけちゃって大丈夫なの?」
「ええ、村長のベンノさんからは許可を貰っているわ。薪が足りないかもしれないから大歓迎ですってよ」
昔使っていたものだろう、赤いローブに身を包んだ母さん。何か効果を付与してあるのかそれ一枚だけで寒そうな素振りも見せていない。
「ぶえっくしょん! ……ったく、夫婦そろって人使いが荒いんだからなぁ」
盛大にくしゃみをしたのはゲルハルトのおっさんだ。定番の羽毛入りの上着を着ているが、こっちは寒くて仕方がないらしい。冬の間はのんびり過ごそうとしていたところを護衛に駆り出されてちょっと不機嫌だ。
「ゲルハルトさん、ちゃあんと見ていてくださいね。ルカが魔法を使うところを」
「わかってら、ハンナ。坊主、見ててやるからさっさと終わらせようぜぇ」
仕方ない、やるか。俺は目の前の木の根元に向かってロッドを振り、火の魔法を放った。三発ほど火の玉が出て木の表面を焦がす。確かに母さんの言うとおり、水魔法を使っている時よりすんなり魔力の通りがいいような。誕生日に貰ったこのロッドのおかげかも知れないけど。
「母さん、やったよ!」
「まだまだね……。いい? 今から見本を見せますからね」
「えっ……」
母さんが別の木の前に立つ。風を受けて、ローブがはためいた。家から持参したロッド……これも昔の装備だろう。赤と金色のキラキラ光る石が先端についていて、棒にはぐるりと読めない文字が彫り込んである。
「火の精霊よ、私の呼び声に答えて……」
呟く母さんの声に応えるように、ロッドが輝く。ゆらり、と炎があがり松明のようにどんどん大きくなっていく。大きくなっていって……ちょっと大き過ぎないか!?
「はいっ!」
母さんがそのまま腕を振ると巨大な炎の塊が木に飛んでいった。炎は木を包みこむと盛大に燃え上がる。パチパチと木の爆ぜる音と煙、焦げた匂いが辺りにただよう。
「イメージが大事なのよ? それとコントロールね。それじゃ、今度は雷の魔法! 雷の精霊よ……」
イメージは分かったけど、コントロールは説得力がないよ母さん! 心の中で突っ込んでいるそんな俺には気づかず、母さんは雷魔法の行使に移った。次は赤かった宝石が金色に色を変えていく。紫電がその周りをバチバチと囲み、母さんの髪が逆立った。
「はいっ!」
高々と上げたロッドの先から雷が柱のように飛び出し、ぐるりと螺旋を描く。そうして目の前の木を真っ二つにした。バリバリ、ドーンと派手な音を立てて崩れ落ちていく。
「ね、こんな風にやるのよ?」
「う、うん母さん……でもすごい燃えているんだけど」
笑顔で振り返った母さんの背中で炎と雷の直撃を受けた木が燃えさかっている。これがかつての二つ名「炎雷の寵姫」か……って、これ薪にするのは無理だろうな。ごめんなさいベンノ爺さん。
「さ、やってみなさい。ルカ」
「う、うん……」
問題は魔法の練習っていっても、そう何回も俺は魔法の行使を出来ないって事だ。水魔法だと大体三回が限度だ。母さんが納得するようなのを……あと一発でひねり出さなきゃ。
「うーん……火……雷……」
火は? でっかい火……火炎放射器みたいな? 雷は……ああ、社会科見学で資料館で放電実験を見た。一瞬で耳がクラクラする稲妻が上から下に突き抜けていったんだ。あれはビックリしたな……あんな感じか。精霊さんに呼びかけるのは恥ずかしいからパスだ。
「やってみる。母さん、ゲルハルトさん少し下がってて」
俺は木の前に立ち、先程のイメージをする。体を駆け巡る魔力がロッドに集まっていく感じがする。これが、コントロールってことか?
「よっ、と!」
俺はロッドを振り上げた。ロッドの先からは何も出ない。
「おいおい坊主、カラ降りか?」
「ううん、今だよ!」
狙いの木の上に小さな雲が出来た。それが赤く染まっていき炎を噴射した。その火柱の周りに雷を纏わせて木に命中させる。木は燃え上がり、雷を受けて飛び散った。あたりに火の付いた木片が散乱する。わわっ、危ない! 俺も慌てて距離を取る。
「母さん! どう!? これでいい?」
「あ……ええ! すごいわルカ! やっぱり私の子ね!」
一瞬ぽかんとしていた母さんだったが拍手で俺を迎えてくれた。良かった、納得してくれたみたいだ。
「ね、ゲルハルトさん。見たでしょ? ちゃんとマクシミリアンに言っといてね」
「ああ、そりゃかまわんが……お前さんたち一体どの木を薪にする気だ」
真っ黒焦げと爆散した三本の木を見てゲルハルトさんはため息をついた。まだパチパチいっているし火だけでも消さないと……。
「ごめんなさいゲルハルトさん、ちゃんと火は消す……おええっ!」
「ルカ?」
「魔力切れだ! ハンナ、お前も無茶をさせすぎだ。まったくお前ら夫婦にはついて行けん。割り増し料金を貰いたいところだぜ」
家に帰るくらいの体力は残しておくつもりだったが、俺はありったけをぶっ放してしまったようだった。慌てて母さんとゲルハルトさんで火を消して、母さんに抱かれて家まで帰った。
「ねぇねぇ、マクシミリアン。ルカってばすごかったのよ。やっぱりあの子は魔法の方が才能があるのよ」
「だが、体力がないな。やはり剣で鍛えないと」
「もう、それは大きくなったらついてくわよ!」
家に帰ってからの母さんはそんな風に鼻高々で父さんに報告したけど、体力面で指摘されていた。まーたこれか。教育熱心なのはありがたいけどねぇ……。別に剣や魔法が出来ても使うところないからなぁ。
俺はとっくに魔力切れの症状は治っていたが、めんどくさい夫婦の言い争いに巻き込まれないように、そっと狸寝入りを決め込むのだった。
次回更新は12/31です。2017年が終わりますね……。
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