13話 覚悟のすすめ(後編)
「クリストフ、待っていたぞ」
「なんだって?」
父さんはクリストフさんに近づくと、スッと鉤爪をアレクシスに向けた。
「アレク! こんな所に居やがったのか」
「……親父」
「あー、あー! とりあえずエールを二杯ね!」
思いっきり拳をグーにしてずかずかと接近してくるクリストフさんに、俺は盾になるようにアレクシスの前に立った。気持ちの面では。本当に盾になったらはじき飛ばされちゃう。俺はテーブルの椅子を引いて席をすすめた。
「ささ、座って。あ、何か食べます?」
「ぼうず、あのな……」
「うちで派手な喧嘩はごめんこうむるぞ」
ダン、と音を立ててジョッキを父さんがテーブルに置く。強面をいつも以上に凶悪に歪ませてすごみながら一緒の席についた。
「ちっ、安心しろ。ただこいつは連れて帰るからな」
「親父、あのさ……」
「お前は黙ってろ!」
口を開きかけたアレクシスを、クリストフさんは叱責の声で黙らせた。アレクシスは歯を食いしばって言葉を飲み込んで……そして爆発した。
「……いい加減にしてくれよ!」
「何をだ。一人前でもないくせに」
「親父の言う一人前って何だ? 俺は自分が食っていける位ならとっくに出来る」
「生意気言いやがって、誰に育てて貰ったと思っているんだ!」
「少なくとも親父には育てて貰ってねぇよ!」
あー! それ絶対言っちゃいけないヤツ! なるほど毎日こんな感じなのか。お互い頭に血が昇ってまともな話し合いになんてなってない。
「なにを……ぐえっ」
「……まぁ、落ち着けクリストフ」
父さんがクリストフさんを押さえた。物理的に。片手が鉤爪なもんだから、下手に動けなくてとりあえずクリストフさんは大人しく席についた。
「クリストフさんはなんでそんなにアレクシスの進路に不満があるの?」
「んあ? ぼうず、そりゃあアレクシスは冒険者ギルドの人間だからだよ」
「それってそんなにダメな事?」
「あのなぁ……下手に商人ギルドで勉強したってな、どっちつかずのコウモリ野郎って言われるのがオチさ」
クリストフさんはガリガリと頭を掻きながらそう言った。クリストフさんはクリストフさんで一応、アレクシスの心配はしてるんだ。もしかしたらその事で職場で立場が無いのかもしれない。
「いい結果を出すための、今は準備段階じゃないですか」
「あの薄気味悪いなれ合いばっかの連中の中でか!」
吐き捨てるようにクリストフさんは顔をしかめる。以前、アレクシスは両ギルドの認識の違いを嘆いていたけれど……上に立つ人間までもこうではなぁ。
「それは誤解ですよ。確かにそういう面もあるけど……あ、そうだコレ」
「なんだ? 肉がどうした」
「食べてみて下さい」
「うまいが……それが何だ」
「これが商学校に行った結果、生まれたソースです。もし行かなかったらこれに使っている調味料は手に入らなかったし」
環境を生かすも殺すも本人次第だって俺は思ってる。少なくともアレクシスが前向きに学校に来ている以上、偏見を少しでも晴らしたかった。
「親父、ルカはこういう事が得意なんだ。気がづいたら巻き込まれてる……それだけでも俺は行く価値があると思う」
「ぼうずには、前に一杯食わされたな。そういや」
「あれは……ごめんなさい……。でもぼくはアレクシスの味方ですよ。クラスのみんなだってアレクシスの事は一目置いてるし」
「そんな事になってるのか」
ちょっと考え込むようにクリストフさんは顎に手をやった。でもまだなんか引っ掛かってるみたいだ。
「変なヤツがいたらぼくがやっつけちゃうから!」
「ぼうず、そういう事じゃねぇんだっていうか……その」
「じゃあ、何なんです?」
クリストフさんは急に言いにくそうにもごもごしはじめた。もういい加減納得してくれないかな。
「んー、あー……そのなんだ……ギルド長の方に話が行っていたってのがな……」
「はぁ?」
「確かに先に相談したけど……親父……」
え? 何? やきもち? ギルド長ってあの白いヒゲの爺さんだよな。あれにやきもち焼いちゃってるの? アレクシスも呆れた顔をしている。
「ぷっ……あ、ごめんなさい」
「笑うなぼうず! 俺はこれでも親だぞ!」
「親父、この際だから言うけど……俺は冒険者として働く事にそんなにひかれないんだ。ただ、親父の仕事……やりたい事の手助けはしたいと思ってる。この街も好きだし」
「アレクシス……」
照れくさそうにアレクシスはそう言い足した。ちゃあんとそれを伝えてればこじれなかったのにさ。
「きっと風当たりも強いと思う。覚悟してるよ」
「馬鹿野郎、俺の目の黒いうちに下手なことさせるかよ」
「まぁ、なんだ」
コホン、と咳払いをして父さんが口を開いた。
「結局方法は違っても二人とも見ている方向は一緒だったって事だ……良かったな、クリストフ」
「なっ……ああ! くそっ」
「俺を見てれば、アレクシスの大変さも分かるだろう」
「あたりまえだ! ……おいぼうず、エールを持ってこい」
「えっ」
顔を赤らめたクリストフさんはやけくそ気味にエールを注文した。飲む気? ここで? って事は……。
「ルカ……ちょっとひとっ走り酒屋まで行ってきてくれ」
「だよね……」
その後、エールにワインに蜂蜜酒まで宿中の在庫を空にして、ついでに追加の酒も飲み干した頃にはアレクシス、父さん、クリストフさんはテーブルに突っ伏して動かなくなった。あああ……またこれだよ! しかも三人!
「ねぇ、アレクシス! 起きて!」
「む……ルカぁ……ありがとな……」
「うん、それは分かったからぁ! 起きて!」
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