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『金の星亭』繁盛記~異世界の宿屋に転生しました~【Web版】  作者: 高井うしお
六章 足跡は点々と

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7話 体験☆金の星(中編)

「はぁ……はぁ……」

「ラファエル、大丈夫?」


 洗濯を終えて、大きく肩で息を切らしているラファエルに声をかけると無言でコクコクと頷いた。ちょっと……スパルタ過ぎたかな。俺じゃなくて主にユッテのせいな気もするけど……。


「じゃあ、お昼にしましょう」


 その時、洗濯物を干し終わった母さんから声がかかった。厨房に移動して、ようやく一息の時間だ。昼食が出来るまでの間、お茶でも淹れようとお湯を沸かしながらラファエルに聞いてみた。


「どう? うちの仕事は」

「いつも……こんななのか?」

「いや、いつもはぼくが学校に行ってるから多分もっと忙しいはずだよ。一番バタバタしているのは午前中だけどね」

「そうか……」


 何か考えこむようにして、ラファエルは俯いた。ラファエルの家がどんなもんか知らないけど、こんなんじゃないだろうな。下手したら使用人とか居そうだ。『金の星亭』は家族経営だから、仕事とプライベートの切り替えも出来ないし。


「ま、とりあえず一休みしよ」

「ちょっと待て。手順が違う、まず茶器を温めろ」

「あ-。ごめんごめん」


 俺がお茶を淹れようとすると、ラファエルから指摘が入った。うーん……自分で飲むってなると適当になってしまう。こういうのっていざという時出ちゃうよな。気を付けないと。

そんな俺をじっと見ていたラファエルがポツリと漏らした。


「なんか……印象が違うな」

「何が? ぼくの事?」

「ああ。副ギルド長推薦の割には……抜けてるっていうか……」


 その後の言葉を続けようとしてラファエルは口を濁した。ふん、ラファエルがどんなご大層な人物像を俺に抱いていたのかは分からないけど、中身は小市民のおっさんで家だって零細の宿屋だよ。


「ぼくはフツーだよ」

「うん……そうなんだよな……なのに、僕はお前に負けた」

「ラファエル、そういうの疲れない?」

「疲れる?」

「勝つとか負けるとか、一々決められるもんじゃないでしょ?」


 まだ勝ち負けにこだわっているラファエルの前にトン、とお茶のカップを置く。それを受け取りながらラファエルは困ったような顔をしている。


「そうだな……」


 ポツリ、とラファエルは声を漏らした。まぁ、身にしみた性分は一朝一夕には変えられないだろうけど。


「さ! ご飯にしよう。モリモリ食べて、モリモリ働こう!」

「あ。うん」




 昼食を終えて、今度は夕食の仕込みに入る。裏口に届けられた野菜や肉を厨房に運び込んでいると、リタさんが出勤してきた。あ、リタさんにはラファエルの事を説明するのを忘れてた。ラウラにもクッションの事をまだ言ってないんだよな……。


「おや、かわいい子が増えてるね?」

「こ、こんにちは……」

「この人はリタさん。仕込みの手伝いをしてもらってるんだ。リタさん、こっちは学校の友達のラファエル。今日と明日は手伝いをしてくれるから」

「そうかい。ラファエル君、甘いのは好き?」


 リタさんはニコニコとラファエルの顔を青い眼で覗き込んだ。


「え、ええ……」

「それじゃあ、木イチゴのパイを焼こうかね! 頂き物で山ほど貰ったから砂糖煮にしたんだよ」

「リタさん、パイやくのー? ソフィーおてつだいする!」

「ありがとうね、ソフィーちゃん」


 やった、今日はリタさん特製のパイが食べられる。ミートパイはお客さんのつまみ用によく作るけど、お菓子のパイはたまにしか作らない。仕込みが終わったら出来たてほかほかのパイでおやつタイムだ。がぜんやる気が湧いてくる。


「よし、ぼく達はこっちで野菜の皮むきをしよう」


 ラファエルを引っ張って、厨房のすみっこに陣取りタマネギの皮むきに取りかかった。ペリペリ皮を剥がしながら俺はラファエルに語りかけた。


「あのさ、リタさんはクッション作ってくれたぼくの友達のお母さんなんだ」

「……そう、か……」


 それを聞いたラファエルはそれきり俯いて黙っていたが、急に立ち上がった。


「ラファエル……?」


 そのまま、竈の前のリタさんの方へ駆けていく。


「あのっ!」

「どうしたんだい、ラファエル君」

「僕、貴女の娘さんがルカ君に作ったクッションを……その……」

「あー、あのねー! このおにいちゃんこわしちゃったんだよ!」

「ごっ、ごめんなさ……い……」


 あーあ、せっかくラファエルが自発的に謝りに行ったのに、傍らに居たソフィーがトドメを差した。ラファエルの謝罪の声は震えて、やがて消え入るように小さくなった。小さく震えるその肩をリタさんの両手がそっと包んだ。


「ラファエル君、顔をお上げ。ああー、男前が台無しだねぇ」

「あのっ……ごめ……なさ……」

「うんうん、それはまた作ればいいからね。うちの娘は私が裁縫を仕込んだんだもの、すぐに作れるさ」


 ポケットから取りだしたハンカチでラファエルの顔を拭いながら、優しく答えるリタさん。そのスカートをソフィーがグイグイ引っ張りながら主張する。


「ソフィーもいっしょに作るの!」

「そうだねぇ、なら次はもっと上手に作れるね」

「うん!」


 笑顔でソフィーは頷いた。ラファエルはどうしていいか分からずに立ち尽くしている。うーん、もういいだろ。


「おーい、ラファエル! こっち手伝ってよ!」

「え、あ……うん!」


 無事に禊を終えたラファエルを呼び戻す。うん、目が赤いのはタマネギの所為って事にしておこう。そのまましばらく俺達は無言で皮を剥き続けた。




「スープに、煮込みに、パイに、ローストの準備も完了!」


 リタさんが、まるで指揮者のように厨房のテーブルとカウンターを一つ一つ指さし確認をする。


「と、いう事は……」

「……おやつの時間だねぇ!」

「やったー!」


 ソフィーが両手を挙げて飛び上がった。厨房はすでに甘く、香ばしい香りで満ちている。


「さ、みんなを呼んで来てちょうだい」

「はーい!」


 裏庭で薪割りをしていた父さんと、食堂の掃除をしていた母さんとユッテを加えて甘酸っぱい木イチゴの詰まったパイをお茶請けにしておやつ休憩に入る。バターたっぷりでサクサクの生地。木イチゴは砂糖は控えめでフレッシュな味わいだ。


「うーん、おいしー!」

「なぁ、ラファエル。リタさんは料理上手だろ?」

「ああ……しかし、賑やかだな」


 ガヤガヤと思い思いにパイをほおばる皆を前に、ラファエルが目を白黒させている。そんな彼の口にユッテがパイをねじこんだ。


「もがっ……」

「なーんだよ、美味しいモノはみんなで食べた方がいいじゃないか」

「そうでふね……」


 さっきから気になってたんだけど、ラファエル……ユッテには敬語じゃないか?なんだか納得いかないんだけど……。それはともかく、そろそろお客さん達が帰ってくるからこの後はもっと騒がしい夕食の時間だ。いきなり注文取るのは難しいだろうから今日はお運びだけにしとこうか。


「ラファエル、この後の事なんだけど」

「あ……そろそろ迎えの馬車が来ると思うんだ」

「え、そうなの?」


 そうだ、終業時間をしっかり決めていなかった。まぁ、普通は家の夕食の時間までには帰るよな……今日はここまでか。


「馬車なら、帰したぞ」

「なっ!?」

「……父さん?」

「うちで夕食を食べていけ。その後俺が家まで送ろう」


 壁に寄りかかってお茶を飲んでいた父さんがふいにそう言った。……父さん……勝手に何してるんだよ……。さすがにまずくないか? そう思っていると突然弾かれたようにラファエルが笑い出した。


「あはははははっ!」

「ラファエル?」


 どうした、カルチャーショックでぶっ壊れたか?


「大丈夫?」

「いや……もういいや、夜までしっかり手伝うよ」

「あの、ぼくから言っておいてなんだけど無理しなくていいから」

「いいや! この際とことんやってやる。ルカ、僕は何をしたらいい?」


 うーん、変なスイッチが入ってしまったか?夕食のサーブの段取りをラファエルと打ち合わせながら、俺は首をひねった。


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