5話 ぼくの父さん
父さんは、ゴツい。俺もどちらかというと父さん似なので、将来はこんな男になるのだろうか。大きくてかさついた男らしい手は安心感をくれる。
そんな父さんの手のひらはひとつしかない。父さんの左腕の手首から先は無く、義手をつけている。普段は義手の先の鉤爪で器用に仕事をこなしている。鉤爪は寝る前には外し、起床後は母さんが皮のベルトで肩から固定している。俺もやってみたい。
――あれから、父さんは三日に一回は狩りに出かけるようになった。簡単な革の防具を着込んで、剣と麻布をぶら下げて市壁の外に出ていく。ちなみに俺は市街から出たことがない。市壁の回りには市民の胃袋を支える農地が広がっていて、その近くの森や川には獲物になる動物や魔物が出るそうだ。
迷宮の影響か、これらの繁殖も活発で畑に悪さをしたりするので、冒険者ギルドから定期的に駆除依頼が出ている。父さんは、その依頼を拾っては肉を持ちかえっているのだ。
そう、父さんは引退したが冒険者のギルドタグを返却していない。冒険者の特典として手数料はとられるが、解体や素材の買い取りをしてくれるので、引退後も持ち続けるのはよくあることなんだそうだ。
父さんは肉だけ持って帰るので他の素材は売却している。それに加えて依頼料も入るので我が家の余剰金は順調に増えていっている。ある程度貯まったら宿の補修に回せるな。父さんは隻腕だし職人ではないので、さすがに細かい大工仕事はできないだろうから、どこからか大工を呼ぶことになるだろう。
今日も朝食の後は一度狩りに出て、昼下がりには大きな鹿の肉塊とともに早々に帰還した。
「うわぁ! すごい、大きい!!」
「すごぉい、おおきい」
ソフィー、それは真似しなくていい。というかするな。
「これだけあれば夕食にお客さんに出せるわね」
母さんもホクホクだ。今、母さんは新メニューの開発に熱心に取り組んでいる。たまに斬新すぎることがあるが……それは前世でも経験がある。一時期、お袋のせいで魔改造タジン鍋地獄とオリーブオイル漬け生活を送ったことがある。あれは地味に辛かった。
「ああ、運良く大物にカチあった……。それじゃ、薪割りをしてくる」
裏庭に回った父さんを、俺も追いかける。お手伝いもあるが……一度父さんとじっくり話してみたかったのだ。こないだの母さんの猛烈アプローチの話も聞きたいしね。
裏庭で、父さんが割った薪を拾う。父さんは片腕でパッカンパッカン薪を割る。すごいパワーとスピードだ。さすが元冒険者。体のキレが違うね。体といえば、俺の体は体感的にいきなり30歳から6歳になったので軽くてしょうが無い。ストレッチをしたら楽々床に手がつくし、近視や肩こりとも無縁だ。
俺は落ちていた薪を一本拾うと、バットの様にスイングする。おお、子供の体は頭でっかちなのでバランスをとるのが大変だが、なんてスムーズな動き。さよなら俺のヘルニア。
それを見ていた父さんが近づいてきた。あ、遊んでた訳では……いや遊んでたか。だって子供だもん!
「ルカ、こうだ」
そんな俺をよそに、父さんは薪を正中に構え振り下ろした。
――ヒュンッ
薪が空気を切り裂いた。すげぇ……。でも俺がやってたのは野球のスイングだ。剣術ではない。
「いずれ稽古をつけてやろう」
そう不敵に笑う。うう……怖い。絶対スパルタだよ。少年野球チームの監督だった前世の父と同じ顔をしてるぞ。
「ねぇ、父さん」
「なんだ」
「父さんはさ、なんで宿屋をやろうとしたの?」
これはずっと思っていた疑問だ。正直、父さんに客商売が向いているとは思えない。
「なんで……か」
それきり父さんは黙ってしまった。しまった、鬼門だったか?
「これを見ろ」
父さんは自身の義手を俺に向かって差し出した。
「おまえが生まれた後も、俺は冒険者をしていた。その時に迷宮で大怪我をした」
「もしかして頬の傷も?」
「そうだ……その時に負った。仲間に助けられてなんとか一命はとりとめたが、二度とおまえを両手で抱けなくなった」
「……」
「だが幸い、片手は残った。だからその後は、できるだけおまえたちと一緒に居ようと思ったんだ」
……そうか、俺たちの為か。ちょっと目から汁が出そうだ。
「でも、なんで宿屋なの?そりゃあ、片腕じゃ冒険者は難しいだろうけど、父さんは今だってバンバン狩りで獲物を捕ってくるくらい強いじゃないか」
狩りで使ってるの、弓とかじゃなくて剣だぞ。剣。つまり魔物相手に単独ソロで近接戦闘してるってことだ。
「それはな、うーん……」
「父さんの話聞きたい」
「そうか」
父さんは少し照れくさそうにしながら続けた。
「俺の父……ルカの爺さんもな、冒険者だった。『金の星』という大クランを率いていて、この家ははクランの集会所にもなっていた」
「へえ……」
親子二代の冒険者か。しかも大クランって……うちの屋号の大層な名前はそこからだったのか。どうりで名前負けしていると思った。そういえば、『金の星亭』ぼろいけど建物自体は立派だものな。部屋数も多い。
「常に人が入れ替わり立ち替わり出入りしているような家で、俺は育った。だから……」
――そんな風景がまたみたかったのかもしれん。そう呟いて父さんの話は終わった。父さんの横顔にはどこか哀愁が漂っていた。それは、偉大な父を超えられなかった自省か、それとも。
「父さんは今の『金の星』に満足はしてないよね」
「いきなりどうした」
「おっきなクランが率いるような冒険者と、うちのお客さんじゃレベルが違うじゃないか」
「それはそうだが……レベルの問題じゃない」
「どういうこと?」
「ひとつの選択の誤りが生死を分ける。冒険者の世界はそんな紙一重の世界だ。その覚悟の出来ていない連中には言いたいことも出てくる。それだけだ。」
そう、冒険者を客にしている以上、朝迷宮に出かけてそのまま二度と帰ってこないお客も当然いる。残った仲間が荷物を引き取りに来るが、なかにはパーティごと全滅して誰も引き取り手のない荷物が残ることになることもある。そんなときは、通常一週間ほどこちらで預かってその後は冒険者ギルドに持っていく義務がある。遺族がいればギルドを通して返却されるのだ。
ギルドからの謝礼も貰えるが、そんな時の父さんは無言でなにかをこらえるような顔をしている。いくら沢山の仲間の死を見たって、ほんの一時顔を合わせただけの客だって、命は命だ。案外それが割り切れなかったのが、父さんが冒険者をやめた一番大きな理由かもしれない、なんてことを俺は考えた。
「ならさ、ぼくらでなんとかしようよ。言いたいことがあるなら言えばいい。知らないならこれから知ればいいんだから」
「ルカ」
「ぼく頑張るよ。だから父さんも」
「……ああ」
よし今だ!アレを聞くときがきた。おーし、と意気込んだ俺に父さんが急に語りかけた。
「ルカ。気になっていたのだが、こないだから少しおかしくないか」
ギクッ。それはそうだ……今の俺の中身は父さんの年齢と大差ない。そんなこと信じて貰えそうにもないから何も言ってないが、父さんは鋭いな。
「そ、それは」
「……無理はするな。俺を頼れ」
幸い、父さんはそれ以上追及はしなかった。ごめん、父さん。うまく説明できる気がしない。俺たちは再び薪割りの作業に戻った。
「ところでさ、父さん」
「なんだ」
「結婚前の母さんの熱烈アプローチってどんなだったの」
「! ……なんのことだ」
「母さんに聞いたんだ。父さんが気づかないから母さんは……」
父さんが停止した。おーい、父さん。顔が真っ赤だぞ。なにされたんだ。いやナニされたのかな。子供には聞かせられないお話かね?
「……」
「……」
父さんは黙って構えた斧を振り落とした。
薪が斧に触れる前に薪はバラバラになった。
「うわあああっ!? 薪が! 薪が! 父さん! 父さーん!!??」
男は黙って!……なんでもない