4話 勝者の条件
――テストが始まった。極端に成績が悪く無ければ追試も留年もないので、そこまで周りも必死にはなっていないけれどね。それでも試験勉強については俺は頑張ったつもりだ。いつも家に帰ってからユッテ相手に新しく覚えた事を披露してたのも良かったと思う。
今回、俺がちょっと意地になっているのは、ラファエルの態度だ。ずっと受け流してけれど、マウンティングされ続けるのは正直うっとうしい。
「くだびれたな」
「そうだね、何か食べていこうか」
テスト期間でいつもより早く終わった学校の帰り道、俺達は屋台に寄ってドライフルーツ入りの揚げ菓子を買い求めた。揚げたてで湯気をあげるそいつを口に放り込む。ついでに買った熱いお茶をすすりながら俺はテストからの開放感に浸った。
「あふふ……」
「どうだった出来は?」
「うーん、まだ分からないけど全部答えられたかな。アレクシスは?」
「ルカが頑張っているのに、俺が手を抜く訳にいかないだろ」
アレクシスは見た目はヤンキーっぽいけど、意外と真面目なんだよね。それにしても、脳みその機能まで三十路になってなくて本当に良かった。暗記が必要な契約魔法なんて、そうでなければお手上げだった。さーて、結果はどうあれこれで冬休みだ。
二日後、テストの結果が発表された。廊下に掲示された成績順位に生徒達が群がっている。むむ、チビの俺にはまた厳しい状況だ。
「うわぁ、見えないや」
「ルカ、ちょっといいか」
「うわっ」
アレクシスは俺をひょいっと持ち上げると肩に乗せた。びっくりしたぁ……。アレクシスは俺を担ぎ上げたまま、集団に分け入っていく。どれどれ……。
「ぼくの順位は……お、2位だ! よし!」
「俺は5位、か。ルカに負けちゃったな。しかし5位か、まずまずだな」
「あ、1位が……」
俺の順位は全校生徒中2位だった。その上にあった名前。それは……。
「勝ったわね。ルカ君」
「クラウディア、断トツだね。凄いや」
俺の点数を大きく引き離してトップに踊りでたのは、唯一の女生徒クラウディアだった。
「めちゃくちゃ勉強したもの!」
順位表を感無量といった感じでじっと見つめるクラウディア。でもその横顔は少しやつれた様に見える。
「そんなに勉強したんだ」
「約束だから。一番の成績を取るって、親と約束したの。……それがここに通う条件」
「そうなんだ……」
かなり厳しい条件だ。そこまでして女一人で、商学校に通いたかったのか。ますます、そこら辺の甘ったるい坊ちゃんじゃクラウディアを相手には出来ないだろうな。
「嘘だろ!!」
クラウディアの努力に舌を巻いていると、まるで悲鳴のような声が聞こえた。この声は……ラファエル。クラウディアが1位、俺が2位。ラファエルの名前はその下、3位にあった。
「嘘だ……こんなの……」
そう呟きながら、ラファエルは俯いている。俺はアレクシスの肩からそっと降りた。どうしようか、このままこの場を去ろうか。個人的には3位でも大健闘じゃないかと思うけれども、それを俺からは言われたくないだろう。アレクシスの袖を引いて、見上げると彼も同じ考えなのか頷いた。
「どこへ行くんだよ!」
「……どこって……帰るだけだよ」
そんな俺達を止めたのはラファエルの方だった。いつも綺麗に櫛の入った、細い金髪が乱れて額に張り付いている。
「馬鹿にしてるんだろ……」
「してないよ」
「じゃあ、何だよ!」
いらだちを含んだ声が飛んでくる。上手く行かなかったり、他人より劣る所があったりなんていくらでもある事なんだけどな。人はそれをかみ砕いていくんだ、苦いけれど。ラファエルにとってそれは初めての味だったようだ。どんな言葉も、届かないように思う。
「……何かしたのか? こんなのは間違ってる」
「ラファエル、それは違う」
「僕は、期待されているんだ……お爺様だって今度こそ分かってくれるはずだったのに……」
「今回はぼくが2位だったけど、次は分からないよ」
「うるさい!!」
ラファエルの手が俺の胸ぐらを掴んだ。ギリギリと首元が絞められていく。その手首をアレクシスが掴んだ。
「やりすぎだ」
「僕は……悪くない」
「ルカも悪くないだろ」
「……っ」
アレクシスの手をラファエルは乱暴に振りほどいた。そして俺を睨み付けると大股にその場を後にした。ほどけた胸元のリボンが床に落ちたのを、アレクシスが拾って渡してくれた。
「……ありがとう」
「大丈夫か?」
「ぼくはなんとも」
ちょっと息苦しかったのとシャツに皺が寄った位で俺自身はなんともない。どっちかって言うと心配なのはラファエルの方だ。自尊心の塊の様な彼がどう納得して飲み込むのか。
その心配はすぐに現実になった。俺達が自分のクラスに戻ると、教室からカールが大声を出しているのが聞こえてきた。
「おい! やめろってば!」
「黙れよ!」
扉を開くとそこに広がっていたのは悲惨な光景だった。ひっくり返った机に、教室中に舞い散る羽。その中心にたたずむラファエルと、遠巻きに取り囲むクラスメイト達。
ラファエルの手にはナイフと……無残に切り裂かれた俺のクッションがあった。
「うそだろ……?」
思わず間抜けなそんな声が出た。ラウラとソフィーの作ってくれたクッションが、中身をぶちまけられてラファエルの手からぶら下がっている。
俺のつぶやきを耳にしたラファエルがハッと顔を上げる。こちらを向くと、震えた声を出した。
「違う……僕じゃない……」
「それは通らないよ、ラファエル」
「う……うう……」
状況証拠も目撃者も山程いる。ここまで短絡的な行動をしておいて、それでも否定の言葉が出るのは……。つくづく、挫折の機会を今まで得られなかった彼の不幸と言える。
「とりあえず、その物騒なものを離せ」
「近づかないでよ!」
「おっと」
手にしたナイフをアレクシスが取り上げようとすると弾かれたように、彼はナイフを振り上げた。アレクシスは難なくそれを避けると手首を叩く。カラン、とナイフは床に落ちて、アレクシスに教室の隅まで蹴り飛ばされた。
「……素人の、おもちゃ遊びじゃな」
アレクシスの静かに、でも確実に怒りを湛えた声が静まり返った教室に響いた。
「どう落とし前をつける?」
それは俺とラファエル、どちらに言っているんだろう。正直、俺は怒っている。大事なクッションを壊されたんだもの。ひっぱたいてやりたい。……でもそれで、元通りになるかって言ったら……。
「……ごめんなさい……」
絞り出すように謝罪の言葉を口にしたのはラファエルだった。でもどこかその表情は虚ろだ。ぶらりと下げた手からクッションの残骸が落ち、一粒の涙が彼の瞳からこぼれた。
「本当に悪いって思ってる?」
「え……?」
「あのさ、なんて言うか……何が悪かったのか分かってる?」
驚いた様にラファエルは俺を見た。頬を伝う涙の跡。俺はその涙を見て、決めた。挫折や他人を認めること価値観なんて人それぞれだってこと。どんなときも認められるなんてそんなことありはしないこと。それを知らないのがラファエルだ。
彼の過激な行動に、俺は驚きや怒りよりも……悲しさを感じてしまった。それでも……流す涙が彼にあるなら。
――それなら俺は、こいつと対話してみよう。そう思ったんだ。
次回更新は11/26(日)です。もうそろそろ書影が公開になるかも、はず、です。




