17話 三つの選択(後編)
「ルカ君、来たわよ」
「あ、クラウディアいらっしゃい!」
「これがそのブレスレットね……」
自分のクラスの露店を抜けてきたクラウディアがやって来た。ずらっと並べられた商品を眺める。ひとつを手に取りじっと見つめ、戻すとまた別の商品を手に取り見つめている。
「ううーん……」
「何をそんなに悩んでいるの?」
「ずっと身につけるものだと思うと……どれにしようか迷ってしまって」
「それ、願い事が叶ったら切れちゃうんだけど」
「叶ったら、でしょ? よし! これにするわ」
クラウディアはブレスレットをまるでおみくじのように手探りでひとつ選ぶとぐいっと俺に差し出した。
「えーっと、クラウディアのお願い事って……」
「ふふっ……内緒。でも……叶えてみせるわ」
代金を引き替えに、彼女はブレスレットを大事そうに抱えて去っていった。堂々としていたクラウディアの背中が小さくなっていくのを俺は見送った。
そうして日も傾き、あたりが薄暗くなった頃。ベルマー先生の声が広場に響いた。
「みなさーん! そろそろ後片付けの準備をして売り上げをこちらに持って来て下さい」
その声を合図に、露店の撤収に入る。ほんのわずかの在庫を残してブレスレットは売りさばく事が出来た。売り上げを納めた壺をカールが先生の元へ運んでいく。賑やかだった広場に静けさが戻って来る。
「どうかな……」
校長を中心に先生達が売り上げをカウントしていく中、マルコが不安気に呟いた。ほかのクラスの皆も、固唾を飲んで見守っている。
「今日はお疲れ様でした、皆さんの頑張りで沢山の売り上げが出来ました。教会の方々もきっと喜ばれる事でしょう」
ごくり、と誰かがつばを飲み込む音がした。いよいよ、売り上げの発表か。
「……今年最も多い売り上げを上げたのは2クラス。次いで3クラス、僅差でしたね。そしてその次は1クラス。皆さんご苦労様でした」
ハゲ校長がそう締めくくると、わっと2クラス……ラファエルのクラスの連中が諸手を挙げた。そうか、売り上げは勝てなかったか。でもクラウディアのクラスよりは儲けが出たようだ。
「ルカ・クリューガー! 僕の勝ちだな」
「……ラファエル」
はいはい。案の定、結果を聞いたラファエルは俺の元にやって来た。
「おめでとう。さすがだね」
「へっ? あ……ああ、そうさ! これが僕の力だ」
俺が素直に褒めると、ラファエルは拍子抜けしたような顔をした。これに地団駄でも踏んでやりゃ満足なんだろうがそこまでサービスしてやるつもりはない。ラファエルは一瞬、腑に落ちないような声を出した後、胸を張って歓声に湧く自分のクラスに戻っていった。
「ルカ……負けちゃったな」
「うん。でも僅差だったってよ」
「だけどさぁ……あんなに頑張ったのに」
カールがしょんぼりとして話しかけてきた。努力がイコール最高の結果を連れてくる訳じゃない。それが世の理だ。
「だけど元々分の悪い勝負だったんだ。僅差まで追いついたって事は頑張ったのは無駄だった訳じゃない。それに……」
「――楽しかったな」
急に頭の上から声が降ってきた。そして俺の頭に手が置かれる。
「……アレクシス」
「俺は楽しかった。皆はどうだ?」
「楽しかったさ! みんなこの日まで遅くまで準備して」
「カール、そうだね。それに……何か……そう、凄く勉強になったよ。人と物を動かすのがこんなに大変だって」
アレクシスの声にカールが同意し、マルコはそんな風にのべた。アレクシスはそんなみんなの様子を見て薄く笑いながら言った。
「ルカ、お前のおかげだな」
「……ぼく、ひとりじゃ出来なかったよ。みんなの協力があったからだ」
「胴上げでもするか!」
「……え? へ! ちょっと! 嘘!」
馬鹿力! 俺はひょいっと担ぎ上げられると、クラスメイト達に胴上げされた。ガクンガクン、と揺さぶられる視界の端にポカンとしている他のクラスの連中と先生達が見えた。
「ルカ・クリューガ―万歳!!」
*****
――数日後。俺は商人ギルドに来ていた。呼び出したのは、やはりあの男。副ギルド長のジギスムントさんだ。執務室に通された俺と……ユッテ。そう、今回は俺だけじゃなくユッテも一緒に来るようにと使いが来たのだ。
「失礼します」
「どうぞお入り下さい」
重厚なドアの向こうで待っていたジギスムントさんは応接テーブルで俺達と向かい合わせに席に着くと、懐をまさぐった。出てきたのは、俺達がバザーで売ったブレスレットだ。それを弄びながら副ギルド長は目を細めた。
「ルカ君、聞きましたよ。大活躍だったそうですね」
「あー……いやその」
この人が言うと褒め言葉もなんもかんも含みがあるようで、素直に喜べないんだよな。隣のユッテも居心地悪そうにしている。
「お陰様で、随分と教会から感謝のお言葉をいただきましたよ」
「はぁ……」
「――と、別にその言伝の為だけに来て貰った訳ではないのですがね。今日来て貰ったのは実は、これを教会で販売したいと申し出がありました……と伝える為です」
それを聞いたユッテが、弾かれたように顔を上げた。
「それっ! それ……本当ですか?」
「ええ……。君が製作に携わっているのですよね?」
「あたしではなくて、あたしの仲間……友人達です」
「お願いできますか。教会へこのブレスレットを作って卸すまでの段取りを」
「は……はい……!」
ジギスムントさんの言葉に答えたユッテの声はかすれて、震えている。ジギスムントさんをチラリと見上げると、無言でうなずいた。それを見て俺はユッテの手をギュッと握った。
「ユッテ、早くクルト達に伝えに行ってあげなよ」
「うん、うん! ……これで……これであたし、あいつらに恩返しできる……」
「ほら、行っといで」
俺は赤くなったユッテの鼻先は見なかった事にして、執務室から送り出した。恩返し、か。元のスラムの仲間達への罪悪感がユッテの胸中にはあったんだろうな。でも問題は大きくて。なんせ社会構造の問題だ。だけど……これで、ほんの少しだけれども小石を投げ込んだ事にはなるだろうか。
「副ギルド長、ありがとうございました」
「いえいえ。私は伝言を伝えただけです。それよりも、きちんと私のお願いを聞いてくれたようではないですか。バザーの段取りの話、興味深く聞かせて貰いましたよ」
「……別に、ぼくは貴方の為にやった訳じゃありません」
「まぁ、それでいいですけれどもね」
そんな俺の言葉を聞いてくっくっく、と楽しげにジギスムントさんは笑った。
次回更新は10/29(日)です。五章完結いたしました!!大変お待たせしました。




