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4話 ぼくの母さん

 俺は今、宿帳と仕入れの帳簿とにらめっこ中だ。数字をひろっては紙に書き込む。地道な作業だ。あぁ……会計ソフトとはいわんが表計算ソフトが欲しい……せめて電卓を俺によこせ。


 その作業の結果は、やはりというかなんというか、収支はギリギリ赤字ではないというところ。もし、急な出費が必要になったり、誰かが働けなくなったら借金をしなくてはならない感じだ。


 そして、父さんが買ってきた紙束をノートにしてこの宿の問題点・改善点をピックアップしようとしている。記述についてはルカの筆記の語彙が貧弱なため、日本語だ。まぁ、子供だし仕方ないよね。


 とりあえず、思いつくかぎりにあげてみる。まずは……。


「最大の問題は、純利益が少ないことだな」


 それに対する改善策を考える。


「空室を減らす、利用者を増やす、回転率をあげる、宿泊費の値上げ……」


 それから目下、問題に対して取り組めそうな具体的アクション。施設の老朽化に対しては宿の修繕をして顧客満足をあげること。食堂の利用率をあげるには、味もそうだしメニューの改善も必要だ。他には有料のオプションなんかも面白いかも。


「ほかに細々とした無駄をなくす努力や、新しいサービス……宣伝もいるな」


 課題と思ったことをピックアップしながら、今できそうなことをつらつらと書き加えていく。我ながら大雑把だが、書き起こしてみるとなんとなく方向性が見えてきたような気がする。


 宿泊費の値上げは、今のところは却下だ。まだロクに対策もしないうちに値上げをしたら、今の顧客が離れてしまう。それに、なんとかうちに泊まって生活しているお客さんをふるい落とすことにもなってしまう。ごろつき寸前が本当のごろつきになられちゃ寝覚めも悪い。


 新しいサービスは今のところ妙案が浮かんでこないし、まだ何がウケるかよく分からない。市場のリサーチが必要だし、その為の運転資金もあてがないのでとりあえず後回し。


 宣伝は要検討だな。どんな宣伝方法がいいのだろうか。インターネットもないし紙は貴重だし、この世界だとやはり口コミだろうか。とりあえず、今泊まってくれているお客さんに何がきっかけでこの宿を選んだのか聞いてみよう。



 母さんの記した帳簿によると、『金の星亭』の泊まり賃は一律『銀貨1枚』と格安だ。もしかするとこの界隈で最安値かもしれない。


 このヘーレベルクで一家族が一月暮らすのに、大体ゲルト金貨2枚……20万ゲルトあればなんとか暮らしていける。日割りにすると一人頭、銀貨2~3枚もあれば暮らしていける換算だ。


 うちの収入は税や食費、薪代やその他の支出をさっ引くと月に良くて金貨1枚程の利益。ここから宿の消耗品やら食材の仕入れ費用を抜くと手元にはいくらも残らない。



「目が疲れたー」


 俺は帳簿から目をはなして頭をふった。うーん、とのびをする。なんだか……折角、子供になったのに前世と似たようなことをしている気がするぞ。


 母さんはちょっとフワフワしたところがあるが、几帳面らしくしっかり毎月ごとに収支をまとめていた。正直……助かった。これで会計もザルだったら目も当てられない。


 それにしても、うちの母さんは真面目だし客観的に見てもなかなか美人なんじゃなかろうか。整った目鼻立ちに結い上げた淡い金髪に濃い色の青い瞳をしていて、いつも優しい笑みを浮かべている。子供を二人産んでも体型に崩れは見えない。


 うん、うちの宿屋の評価は『いまいちだけど安くて女将は美人な宿』に上方修正しておこう。




 だが……例の謎エンドレススープについての一件依頼、母さんの様子が少しおかしい。やはり、実の息子から手料理に激しくツッコミを入れられたのは堪えたのだろうか。自分でも言いすぎた自覚はあるけれども。


 とはいえスープの調理の改善後、夜の食堂利用が格段に増えた。ここいらはどこもそうだが、前世のビジネスホテルみたいに朝食付きの宿泊料金なので、多少まずくても朝食は皆食べるが夕食はよそですます客が多い。大体がただ酒を飲みたいやつらか、外にでるのが億劫になった連中かだ。


 だけど朝食のスープがまともになったことで、夕食もうちで食べてくれる客が増えた。これは宿泊料金を上げられない以上、貴重な収入アップにつながった。


 この気を逃さず、できればメニューの拡充を図りたいところだが、肝心の調理担当の母さんの様子がおかしいので言い出せないでいた。


 ――ここは、変化球でいくか。俺は一仕事終えてお茶を飲んでいる母さんに話しかけた。


「ねぇ、母さん」

「なあに?ルカ」

「母さんはなんで父さんと結婚したの?」


 ブッと母さんが飲んでいたお茶を吹き出した。


「な、何、どうしたの?いきなり」

「いや、何でかなと思って」


 無邪気を装ったが、興味があるのは嘘ではない。俺には父さんが女を口説いているところがあんまり想像できない。野次馬根性?その通りさ。


「と、父さんはなんて言ってたの?」


 おお、そうきましたか。


「父さんには聞いてないよ」

「そ、そう」

「で……なんで?」


 俺は上目遣いで母さんを見つめた。さあ、6歳児の無垢な疑問に答えるがいい!母さんは大きく息をつくと観念したように話しはじめた。


「母さんが結婚してって言ったのよ」

「母さんから?」

「まだ父さんが冒険者だった頃ね、母さんも同じパーティーにいたの」

「母さんも冒険者だったの!?」

「そうよ、母さんこれでも結構強かったんだから」


 そうして、母さんが子供向けにかぶせまくったオブラートをひっぺがすと、つまりはこんな話だった。


 冒険者だった二人は同じパーティーで、父さんは前衛盾役、母さんは後衛の魔術士。今もそうだが、当時の父さんはそこそこのランクのパーティーの花形で、寡黙だがそれが逆にいいと町娘たちになかなかモテていたらしい。


 うらやましいことだ。俺は前世でモテた試しがない。誰だ、一生に3回はモテ期が来るとかいってた奴。


 一方、母さんは父さんに思いを抱いてさりげなくアプローチしていたが、町娘たちより一緒に過ごす時間は長いものの……ちっともアクションを起こさない父さんに業を煮やして、とうとう強引なアタックをしたそうだ。


「――で、結婚した……と。父さんには言わないでよ?」

「言わないよ」


 言うけどね。あの父さんがどんな反応をするか楽しみだ。さて、場が和んだところで本題だ。


「ところでさ、夜のお客さんが増えたと思わない?」


 そう俺に言われて、母さんは思案顔をする。


「え? あぁ、そうね。そういえばそうかも」

「それでさ、メニューを増やしたらどうかって」

「そうねぇ……簡単なものなら増やしてもいいかもね」


 俺はさらにたたみかける。


「なにかおつまみになるモノはないかって時々聞かれるんだ。無いっていうとみんな外になにか買いに行ってるけど」

「なら、ナッツやピクルス……ううん、マクシミリアンが獲物をとってきたらローストした肉なんかも……! いいわね。うん、考えておくわ」


 そうして母さんはいつもの優しい笑みを浮かべた。


「ありがとうね、ルカ」

「いや、その……ごめんね」


 すまん、本音をまんま漏らしてしまって。母さんを傷つけた。


「なにが? ああ、こないだのスープのこと?」

「そう。言い過ぎたなと思って」

「そんなことを気にしていたの? いいのよ、あれは母さんが悪かったわ」


 俺は謝ることができてほっとした。ようやく母さんとぼく(・・)のしこりは溶けたように思えた。宿の経営も大切だけど本当の目的を忘れちゃいけない。今の家族の幸せがぼく(・・)の幸せだ。手段と目的を見誤って、ギスギスした毎日を過ごすのは俺だけでいい。





 ぼくはこの世界で幸福に暮らしたい。





 ――その為に、俺がいるんだから。


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