7話 小鳥のさえずり
「はぁ……どうしよう動けない……」
俺はパンパンの腹を抱えて、食堂の椅子にもたれかかった。美味しかったけど、如何せん量が多い。俺の食が格別細いわけではないぞ。食べ盛りの年齢の子たちに合わせているせいだろうか。
「それにしても……見事に男ばかりだね」
「そりゃそうだろう。仮に一人娘だったとしても婿をとればいいんだから」
「……女の先生とかはいないのかな」
教室でも食堂でも、視界がどうもむさ苦しい。商家の子息が集まればこうなるのは仕方の無いこと、とは頭では理解しているのだけど。せめて女教師……できれば、シスター・マルグリッドみたいな……こう、肉感的なタイプだとなおよろしいのだけど。
「作法の講師はたしか女性だったはずだぞ」
「まじで!」
気合いを入れて挑もうと思っていた授業の先生が女性と聞いてちょっとテンションが上がる。教会の学校の時はラウラやディアナがいたもんなぁ。正直うるおいが欲しい。こんな男子校状態じゃなぁ……と、あれ?
「アレクシス。女の生徒はいないって言ったよな」
「まぁ……いる必要がないって言うか。どうした?」
「あれ……女の子じゃないか?」
俺が視線を向けた先には一人の生徒が居た。茶色い髪の……そうだ、たしか入学式で体格が小さいからロックオンしていた生徒だ。食堂で一人食事をしている彼女の制服は上着こそ俺達と似通っていたが下はスカートだった。小柄だと思ったのは女の子だったから……か? それでも周りより年下に見える。
「本当だ」
「アレクシスは知らない?」
「誰でも彼でも知り合いって訳じゃないぞ。クラスも別みたいだし」
アレクシスは呆れた声を出した。そんなアレクシスを突っついてみる。
「ちょっと、声かけてきてよ」
「なんで俺が! それよりルカの方がいいんじゃないか」
「ぼく? なんで?」
逆にけしかけられてしまった。そう言われてちょっと想像してみる。アレクシスが声をかけると……ナンパみたいだな。俺なら……まぁ、チビだからただの好奇心って事で済むかもな。しかし……自分からハーイ、みたいなのは苦手なんだよな……。うーん、これは今まで培った営業スマイルを総動員かな。
「――よし、やってみる」
「ルカ! いい子だ、行ってこい」
アレクシスは変ににやつきながら手を振った。ガキ扱いはやめろ。ガキだけど。俺は一つ深呼吸をして、食事を終えてお茶を飲んでいる女の子に近づいた。さて……なんて声をかけよう。お茶でもしない? なんてお茶を飲んでる人間に言ってもしかたないし。
「や、やぁ……なにしてるの」
「……あなた、誰?」
あああ! 間違えた。色々間違えた。そうですよね、そりゃそうですよね。
「あ、あの……ぼくは、ルカ・クリューガー……君は?」
「クラウディア。クラウディア・ディンケル」
「そう……いくつ?」
「12歳。君は……随分小さいわね」
クラウディアは、じろじろと俺に遠慮無い視線を送る。まぁ、さっきからこっちもクラウディアを見ていたので、おあいこっちゃあ、そうなんだけど。
「8歳になります……君、女の子だったんだね。体が小さいから歳が近いかと思ったんだどな」
「ふーん……君もそんな風に言うのね」
「へ?」
「女の癖に、知恵付けてどうするんだって思ってるんでしょ? 君も」
「お、思ってないよ!」
しかし、むしろ女っ気がないので逆にわくわくしてた……なんてのは言いにくい。
「いいわよ。馴れてるもの。君もあれね、無駄に目立つもの。お互い大変ね」
「いやぁ……」
「じゃ、私はもう行くから」
クラウディアは何か勝手に納得したような表情をすると、トレーと持ってつかつかと食堂から出て行った。
「どうだった、ルカ」
「……ちょっと話しただけで終わっちゃった」
「なんだよ、しっかりしろよ」
「人をけしかけといてそれはないよ」
『ルカ』の人生初のナンパは不成功……なのかな?なんというか、年の割に落ち着いているというか……あっさりした子だったな。君も、って言ってたな……彼女もクラスの中で浮いているんだろうか。浮いているんだろうな。
「でも、名前は聞いたよ。クラウディア・ディンケルだって」
「ディンケル……ディンケル商会のとこか」
「なんの商売をしているの?」
「塩を中心に食品の商いをしている商会だな。かなり大きい商会だ」
「ふーん……」
ならクラスは違うけど、選択授業は一緒かもしれない。俺も選択授業は食べ物関係の授業を適当に取るつもりだから。俺が鉱石の種類を覚えた所でしょうもないから自然とそうなったんだけど。そんな風に思いながら、まだ重たい胃を引きずって家へと向かった。
「じゃあ、ここで。ぼくは買い物があるから」
「おう、また明日な」
アレクシスと別れて市場に寄る。昼飯で大分小遣いを使ってしまったので、手持ちが心許ないが……。クッションの質やデザインは問わないけど、厚みは欲しい。なるべく安そうな露店を中心に回ろう。
「あれっ、おにいちゃんだ!」
「あー! ルカ君!」
露店を冷やかして回っていると、突然声がした。振り向くとソフィーとラウラが居る。そうか、学校の帰りか。
「ラウラ、久し振り。ソフィーの付き添いをしてくれたの?」
「だってルカ君に頼まれたもの」
ラウラがニコッと微笑むと、えくぼが浮かぶ。これこれ。これなんだよなぁ……足りないのは。先程のクラウディアとの素っ気ない会話を思わず振り返る。
「どうしたの? ルカ君」
「えっ、いやっ……あのクッションを買おうかと思ってて」
あー、今……変な顔してたんだろうか。俺は慌てて誤魔化した。
「なんでクッション?」
「学校の席がさ、前の人の頭が邪魔で前が見づらいんだよ。ほら、周りと体格が違うから」
「ふーん、予算は?」
「銀貨2枚が精一杯だね……」
何軒か店を覗いてみたが、銀貨2枚で買えるクッションは薄っぺらで座布団みたいだった。俺の尻の下に敷く訳だ。大きくなくていいから、厚みが欲しいんだけど……中々ぴったりとくるものが無い。
「なら……私、作ってあげようか?」
「えっ、出来るの?」
ラウラの提案に、俺は驚きの声を上げた。
「真っ直ぐ縫うだけだもの。それくらい出来るわよ、やぁね」
くっくっく、とおかしそうにラウラは笑う。そうか……既製品を買う事ばかり考えていたけど手作りでもいいのか。やだなぁ……大量生産、大量消費に慣らされた感覚がこうもこびりついているとは。
「ソフィーもやりたい!」
「あぶなくないか? 針で縫うんだぞ」
「おにいちゃんのブレスレットでもつかったもん!」
これか。このがたついた縫い目はソフィーの手かな? でもなぁ5歳で裁縫かぁ……。
「ルカ君、ちょっと過保護よ」
「そうかなぁ……」
「ソフィー、教えてあげるから学校で一緒に作りましょ? ね? これなら中身だけ買えばいいでしょルカ君」
「うん……じゃあ、悪いけどお願いするよ」
計画を変更して、ラウラたちと共に市場で魔物の素材を探す。下手に羊なんかの家畜の毛や羽毛なんかより、ヘーレベルクではこちらの方が安い。ルク鳥という割とどこにでもいる魔物の羽毛を買い求め、ソフィーの手を引いて帰宅した。布は使い古しのシーツでいいだろう。うちにいくらでも転がっている。
「ソフィー、本当に大丈夫か? 真っ直ぐ縫うだけならぼくも多分できるけど」
「んもー! おにいちゃん、しつこいよ! ラウラおねえちゃんといっしょに作るからだいじょうぶ!」
あれこれグズグズ横で言っていると、とうとうソフィーが怒り出した。でも針で指をついたりしたら危ないじゃないか? 布を裁つのにハサミも使うだろ?
ううーん……ラウラの言うように俺は過保護なんだろうか?
次回更新は9/3(日)です。予定変更があった場合は活動報告、Twitterでお知らせします。
初めてファンアートをいただきました。




