5話 家と家
「ったく……冗談じゃないよ」
商人ギルドでの面談を終えて、俺はようやく我が家に帰れる。ぶつぶつと一人、愚痴がこぼれるのは今は大目に見て欲しい。
「あ。おにいちゃん帰ってきたよー」
家に帰ると、早速ソフィーが出迎えてくれた。
「お帰りルカ。学校はどうだった?」
「ただいま。思ったより疲れたよ、母さん」
「そう……それじゃルカ、お昼にしましょう」
「うん」
厨房に向かうと、テーブルの上には鹿のロースト、キャベツとチーズを焼き上げたグラタンに魚と豆のスープにサラダ、それから梨やブドウのタルトが豪勢に並べてあった。……これは。
「入学……とちょっと早いが誕生日祝いだ。おめでとう」
「父さん。ありがとう。……母さん、随分頑張ったね」
リタさんの薫陶のおかげか、去年の誕生日よりレパートリーが増えている。
「お祝いですもの。誕生日プレゼントを兼ねてだけど……はい、これも」
「ありがとう……なんだろう……棒?」
渡されたのは菜箸みたいな黒い棒だ。菜箸……ではないな。一本だし。持ち手みたいのも付いている。
「魔術士用の杖よ。去年は短剣だったでしょう? 今度は私の番よ」
「母さんの番……って、魔法の練習するの?」
「ルカは、私みたいに火魔法とかの方が向いていると思うのよねぇ」
お客さんが持っているようなのとは違い、かなり細身でコンパクトだ。まぁ、いきなり太くて長い杖を持たされても体のサイズに合わない。杖を持っているんだか、杖に持たれているんだか分かんなくなっちゃう。そういやこの間、街中でぶっ放すなって言われたばかりだけど。正直、水魔法についてはソフィーの方が覚えが良いからかな……。もしもやるなら市壁の外かなんかに行かなくちゃ。
「俺からはこれだ」
父さんからはドサッと紙束を渡される。以前もこんな事があったな。その時に貰った明らかに中古の紙と違って新しいものだ。ガサガサして質があまり良くないのに変わりは無いけれど……。
「勉強、がんばれな」
「うん、ありがとう」
これは本当にありがたい。今までのノートには色々ごちゃごちゃと書き込んであるし。紐で括って学校用のノートにしよう。しかし、去年貰った短剣は……部屋の飾りと化しているなぁ。練習用の木剣も最近握っていないや。さすがに悪いかな……また素振りくらいははじめるか、と考えているとユッテが俺の袖を引っ張った。
「ルカ、こっちはあたしとソフィーから」
「え、ユッテからも?」
「ソフィーもいっしょに作ったんだよ!」
ユッテが差し出したのは紐。ただの紐じゃない。革紐と色とりどりの糸で編まれた飾り紐だ。この長さだとブレスレットかな。
「冒険者相手に売る用に、スラム連中の小遣い稼ぎで覚えたんだ」
「へぇ……これが売れるの?」
「そこそこな。ほら、ここを見てみろよ」
指さした所を見ると、皮に俺の名前が彫ってあった。そうしてユッテは笑顔で胸を張った。
「腕だけが残ってもこれなら身元が分かるだろ?」
「へ、へぇ……」
手作りは嬉しいけど、用途がちょっと物騒だ。
「みてー、ソフィーもおそろいなんだよ!」
ソフィーが腕をまくって色違いのブレスレットを見せてくれた。ソフィーの目の色に合わせた緑色。俺のは青を基調にしたデザインだ。
「ユッテおねえちゃんもみせないの?」
「ユッテも自分のがあるの? 見せて、見せて」
「う……あたしは、これ」
ユッテがなんだか渋々見せてくれたのは、紫の糸で編まれたものだった。
「みんな、おそろい。ね!」
「そうだな。ユッテ、ソフィーありがとう」
よーく見るとガタガタした模様のあるブレスレットを、俺はありがたく身につけた。こんなに我が家でほっとした事があったろうか。
以前に家族で共有したこの宿のあるべき姿。「選ばれる宿」「帰る場所」。その目標に向かってなんとか道筋を辿ろう、単純にその一歩になるかと決めた進学だったけれどその第一日目はすでに俺の予想からは少々外れてしまっていた。
だけど。ここで回れ右するのも癪だし……何よりもこうやって家で待っていてくれる家族がいる。副ギルド長のジギスムントさんからは不穏な提案があったけれども、それはそれとして学べる事は学んで行こう、そう思うと少し心が軽くなった。
翌日。商学校二日目の朝。今日から選択の授業がそれぞれ決まるまでは午前中の必修科目のみの授業となる。初日に不本意なライバル宣言をされた所為で若干足取りが重いが、なるようにしかならない。
「おはよう!」
とりあえずデカい声で挨拶しながら教室に入った。俺に向かって視線は向けられているが返答は無い。うん、初日はイラついて態度悪かったしな。でもマイナス評価からの回復なら、むしろ「なんだこいつ」って所からの方が上がり幅は大きい。多分。
「おはよう」
入り口近くの生徒に、視線を合わせて挨拶した。お前だよお前。お前に言ってんの。
「あ、おはよう……」
よろしい。教室全体にあいつ無視しようぜ、みたいな流れは無いようだ。ま、二日目だしな。そんな調子で無理矢理挨拶して周りながら席についた。
「おはよう。元気だな」
「おはよう、アレクシス。元気に見える?」
「うんうん、から元気に見える……ふぁ」
後ろの席のデカい同級生はそう言ってあくびした。つくづくこいつの後ろの席でなくて良かったな……前が見えないもん。今だって、前の席の生徒の頭がちょっと邪魔だ。市場でクッションでも買ってこようかな……小遣いの使い道として正しいのか正しくないのか。
「アレクシスは眠そうだね」
「朝だからな……ってだけじゃなくてちょっと家がごたついてさ。昨日一日が随分長かった」
「長かったのは、ぼくも一緒だよ。家がごたついたって何?」
「親父の説教が止まらなくて」
盛大にお祝いして貰った俺とは大違いだ。
「初日から説教?」
「ああ。親父は進学に反対していたから」
「そうなんだ。でも説得したんでしょ?」
「いや、うちの親父はそんなもの聞きゃあしないよ。黙って入学したのがばれたんだ」
黙って入学か。怒るのも分からなくもないけど。……え? あれ? じゃあ、入学金と推薦状はどうしたんだ? それだけじゃなくて制服仕立てるのもうちでは一大イベントだったけど。
「あのさ……入学金とかどうしたの? 正直、安くはないでしょ」
「自分で稼いだ。おかげで入学する時期が遅くなったな」
「自分で稼いだって……」
俺も自分の学費は自分で工面したようなものだけど。アレクシスが例えば12歳で商学校に行きたいと考えたとして、四年。最大でもそれくらいの期間、自分でこつこつ金を貯めていたって訳か? 思ったより苦労しているんだな。
「何をして稼いだの? 家の手伝い?」
「そんなもんで金貨10枚も貯まるかよ……これさ」
アレクシスが首元から引っ張り出したのは冒険者ギルドのタグだった。
「ヘーレベルクで手っ取り早く稼ぐならこれだろ」
口の端を上げて、目の前でタグを揺らして見せるアレクシスを見ていると、なるほどな。とも思った。背丈はみんなとの歳の差だとしても、体格が良いのはその所為だったんだ。
なんとなく親近感の湧く……ちょとスレたような雰囲気もうちのお客さんの雰囲気とちょっと近いものがある。頭の中のアレクシスにレオポルトが持っていたような剣を持たせてみると……うん、制服なんかよりしっくりくるや。
「苦労してるんだね……」
「苦労はしたな」
俺みたいなのに、臆せず接しているところを見ると肝も据わっている。当然か。冒険者稼業だもの。って事は腕っ節もそれなりってことかな……。
決めた。俺は心の中で黒い笑みを浮かべた。超打算的だけど、こいつと仲良くなろう。ぼっち上等を諦めた俺にはここでの友人が必要だ。
「そっか、改めてよろしくアレクシス。うちは宿屋をやっているんだけどアレクシスの家は何をやっているの?」
「……うーん、やっているというか……なんと言うか」
「何? 勤めてるの? どこの商会?」
「ルカも会ってるはずだよ。俺の親父の名前を言ったら分かると思う」
何だよ、もったいぶりやがって。アレクシスはちょっと声を落として囁いた。
「俺の親父の名前はクリストフ。クリストフ・ライナー。……もうわかったろ」
「え、えええーっ!?」
ええええーーっ。それって冒険者ギルドの副ギルド長じゃないかよ。その息子がなんでこんな所に居るんだ!?
次回更新は8/20(日)です。予定変更があった場合は活動報告、Twitterでお知らせします。
今回の更新で50話となりました。これまで書き続けられたのも読んでいただいている皆様のおかげです。
御礼申し上げます。引き続き応援いただければ幸いです。




