3話 半ズボンVS半ズボン
秘密、と言ってにこにことただ微笑んでいるアレクシスから害意は感じない。けれど彼はそれ以上は話す気はないようだ。
「そうですか」
「そういう畏まったのもいいって」
「そう……? これでいい?」
敬語をやめると満足げにアレクシスは頷いた。その時、ベルマー先生から再度声がかかった。
「みなさん、今週中に選択科目は決めてきて下さいね。内容については個別にでも相談に乗りますから」
「先生、先生の科目はなんですか?」
一人の生徒が質問した。そうだな。先生の服装はローブ姿で商人には見えない。
「私ですか? 私は『契約魔法』の専門ですよ」
「契約魔法?」
「はい、皆さんこのようなものを見たことはあるでしょう?」
先生が差し出した右手にはやや大ぶりの指輪がはまっていた。あ、見たことある! 前にソフィーへの誕生日プレゼントのチケットを渡した際に、母さん持って来た指輪とよく似ている。
「これは、最も初歩的な契約印の魔法道具ですね、商人となり大きな契約の際にはもっと複雑なものを使用します」
ほー。少し興味が湧いた。契約の指輪のせいで俺は馬、兼騎士役を強いられた訳だけど、初歩的なものとは。街中に居ると、簡単な生活魔法以外に使う機会もないし、選択してみようかな。俺はカリキュラムの書かれた用紙の「契約魔法」の欄にとりあえず丸印を付けた。あとの科目についてはゆっくり家で考えよう。
そんな事を考えているとカーン、カーンという金属音が廊下に響いた。わっ何だ? あ、ベルか。教会の学校では尖塔のゴーンという鐘の音で終了だったからびっくりした。
「時間のようですね。本日はこれでお仕舞いです。明日から必修授業は始まりますから、皆さん遅刻のないように」
そう言ってベルマー先生は教室から立ち去った。さて、俺も帰るか。寄るところもあるし、さっさと家に戻って仕事をせねば。と、半分席から腰を上げたところで、周りの生徒がわっと俺の周りに集まった。
「ねぇねぇ、君何歳?」
「ルカってお前のこと?」
「おうちは何をやっているの?」
大人の目が無くなって、一斉にタガが外れたのか質問責めである。俺は時期はずれの転校生か。待て待て、ひとつずつ答えるから。
「ぼくはルカ・クリューガー。もうすぐ八歳。家は宿屋をやってます」
「なんて宿屋?」
「『金の星亭』っていいます」
「……知らないなぁ。どの辺にあるの?」
屋号を出したが、きょとんとされた。そりゃなぁ……市街中心部にある訳でもない、しがない宿屋だもんなぁ。
「俺、知ってる。馬車道通りのオンボロの安宿だろ」
一人の生徒から声があがった。その途端、彼らの目に微妙な嘲りの色が浮かぶ。あれでも部分改装して随分ましになったんだぞ。お客さんだって一応ちゃんと入っているし、人を雇う余裕だって出てきたんだ。
「……だから?」
思ったよりも低い声が出た。
「へ?」
「うちが安宿だからって何?」
跪けとでも言うのか。馬鹿馬鹿しい。俺の言葉に何と返していいのか分からず機能停止しているこいつらはほっといて、帰ろ帰ろ。
「ルカー。お前言うなぁ」
「……見てたのなら、なんか言ってよ。クラスメイトさん」
ひゅー、と口笛でも吹き出しそうな後ろの席のアレクシスには少し嫌みを言って教室の出口へ向かった。いかんな。馴れない環境にイライラしているみたいだ。そのまま出て帰ろうとすると、廊下に立ちふさがっている人物がいた。
「おい、お前がルカだな」
入学式で俺が歳が近いと思っていた金髪のウェーブの髪の生徒だ。クラス分けの掲示板の前で睨まれた時と同じように、鋭い目つきをして腕を組んでいる。背後には数人の生徒がまるで取り巻きのように控えていた。
「お前、何歳だ?」
「……もうすぐ八歳です」
もう今日何度目かわからん答えを口にした。とたん、金髪の生徒の顔がクシャッと歪んだ。
「八歳だって?」
「……八歳です」
「くそっ、八歳か!」
何回言ったって俺の年齢は変わらんぞ。そしてお前は誰なんだ。
「……君は誰?」
「僕を知らない? とぼけているのか?」
信じられない、という様にそいつの目が大きく開いた。そんな事いったってお前だけじゃ無くてこの学校の人間、誰も知らないけどな。
「いえ、本当に知らないんですけど……」
「だったら教えてやろう。僕はラファエル・エーベルハルト……十歳。エーベルハルト商会の長男だ」
家業まで、ご丁寧にどうも……。十歳、と言ったところでラファエルの眉間に不愉快そうにしわがよった。
「ルカ・クリューガーです。うちは宿屋をやってます。ではまた明日」
「ちょっと待て!」
「……自己紹介はすんだでしょ」
このあと気が向かない用事も控えているし、早く帰りたいんだけどな。ラファエルの脇をすり抜けて帰ろうとする俺を、取り巻き達が阻んだ。
「挨拶に来た訳ではない! いいか、これは警告だ」
「……警告?」
「僕よりも早く商学校に入学したからといっていい気になるなという事だ。僕だってお爺様の反対がなければ八歳で入学も可能だったのだからな!」
はぁ。こいつは何でも一番じゃないと気が済まないタイプなのかな。なら、心配ご無用。俺はそんなグイグイいく性格でもないし、まぁ年齢は中身がおっさんでドーピングされているだけだから。大いに勉学に励んで、トップをかっさらって欲しい。ついでに俺への好奇の視線もかっさらってくれるとありがたい。
「はい、いい気にはなりませんから安心してください」
「それのどこに安心しろって言うんだ!」
ラファエルが俺を指さした。正確には俺のひざこぞうの辺り。
「このエーベルハルト商会の跡取りである僕の制服のデザインを模倣しておいてよくもぬけぬけと言えたものだな!」
「えっ……」
……模倣、と言われてラファエルの制服を改めて見ると、俺と同じ半ズボンだった。まさか。
……もしかして気に入っているのか? というかわざわざこいつは半ズボンをオーダーしたのか? なんの為に? ただ悪目立ちするだけじゃないか。……ああ、こいつは目立ちたいタイプか。それじゃ面白くは思わないのだろうな。
「すみません、仕立て屋さんに制服を頼んだらこうなっちゃいました」
「嘘をつけ! 僕への当てつけだろう!」
「違いますって……お金が貯まったら普通のズボンを仕立てて貰いますから勘弁して下さい」
あの仕立て屋め。ノリでやっちゃいましたじゃ済まないぞ。クレームつけて負けさせてやろう。
「お金?」
「うち、そんなに余裕ないんで。だからちょっと時間かかるかもしれないけど、我慢してください」
ズボンひとつ仕立てるお金も余分な出費だ。こいつの家はなんか分かんないけど金持ちっぽいし、なんならこいつが出してくれれば御の字なんだけど。そう思ってラファエルの様子を窺うと顎に手をあて、何か考え込んでいる様子だ。
「……いや、駄目だ」
「はっ!?」
「それでは、まるで僕がお前を脅したみたいだろう」
いや、実質脅しに来ているじゃないか。そんなにゾロゾロお取り巻きを連れて。
「いいか。どっちがこの制服がふさわしいかは周りが決める事だ」
「はぁ……?」
「せいぜい足掻くんだな! 僕とお前の格の違いを見せてやる。いいな!」
言いたいだけ言って、ラファエルとその仲間たちは去っていった。
「なにを足掻けっていうんだよ……」
俺が呆然としていると、後ろから笑い声が聞こえた。すでに声変わりの済んだ声。持ち主は教室に一人しかいない。
「……アレクシス。笑うなよ、ありゃなんなんだ」
「さっきあいつが自分で言ってたじゃないか。エーベルハルト商会の息子のラファエル」
「そういう事を聞いているんじゃないよ」
「あいつ、おつむの出来は良いらしいが……あの性格だろ。落ち着きが出るまではって入学を保留されてたんだ」
反対したというラファエルのお爺さんは賢明だな。しかし、見る限りまだ早かったようだ。調子ノリノリじゃないか。
「とんだヤツに目を付けられたな。まぁ頑張れ」
「……はぁ、まじ勘弁……」
トラブルメイカーの匂いしかしない人物に目を付けられて、どっと疲労感が俺を襲った。
次回更新は8/6(日)です。
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