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『金の星亭』繁盛記~異世界の宿屋に転生しました~【Web版】  作者: 高井うしお
三章 幸せのかたち

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9話 車輪の行く末(前編)

 まず、本気で喧嘩を起こすなら、最悪の事態に備えるべきである。俺は家を出ると、まず一番近場から攻めることにした。近場にも程があるが……お隣だ。『剣と穂先亭』のドアをノックする。


「ウェーバーのおばさーん! 居ますー?」

「なんだい、なんだい。ルカがこっちに来るなんて珍しいじゃないか」

「ちょっと、お願いがあって」


 『剣と穂先亭』は建物こそ『金の星亭』よりややこぢんまりとしているが、手入れも行き届いていてぶっちゃけ綺麗な内装である。懐に余裕があれば、そりゃ普通はこっちを選ぶよな……。


「ルカ? 何かあったのかい」

「あ! そうそう。ちょっと冒険者ギルドと揉め事を起こしそうなんです」

「んん? 起こしそう? 訳を話してくれるかね」


 俺は売店のこととその売り物が原因で荷物持ち(ポーター)と揉めたことを話した。


「なるほどねぇ。で、あたしは何をすりゃいいんだい」

「近いうち、早ければ今日にでも冒険者ギルドから何か言ってくると思うんです」

「まぁ、あいつらも相当間抜けでなければそうなるだろうね」

「ウェーバーのおばさんには、それを見てて欲しいんです」

「見るだけ? それでいいのかい?」


 彼女は不思議そうに首を傾げた。俺が頼みたいのは事の顛末の見届け人だ。


「……冒険者ギルドがどう行動するかを見ていて欲しいんです。不正の無いように。厚かましいお願いなんですが」

「ルカ。あんたは本当に子供らしくないね。そういう時は助け合いだよ」


 ウェーバーのおばさんは胸を叩いた。


「売店はうちの客もたまに行ってるねぇ。なくなりゃ文句が来そうだ。気が向きゃ口も出すかもしれないが、それでいいね?」

「……はい! ありがとうございます!」


 まずは、一つ約束を取り付けた。さて、次は商人ギルドだ。市場を抜けてギルドの建物にたどり着く。昨日と同じように受付でバルトさんを呼び出して貰った。


「ああ、これから使いを出そうと思ってたんですよ……と、ルカ君だけ?お父上は?」

「今回の件は、ぼくに任されています」

「そ……そう……。実は私も副ギルド長にルカ君を呼ぶように言われていてね」


 宿屋の主人では無く、子供の方の呼び出しの指示に戸惑っていたところだったようだ。売店がらみのことだから俺が居た方が話が早いと副ギルド長は踏んだんだろう。


「ぼくだけで、副ギルド長に会えますか?」

「もちろんだとも。あっちの部屋で待っててくれるかい」


 商談室に入ると、さほど間も開けずに副ギルド長のジギスムントさんが姿を現した。


「ルカ君、行動が早いですね」

「時間がたてば、厄介事が増えそうだったので」

「厄介事……は、まだ来てないということですね」


 副ギルド長は隙の無い目つきを細めて、ソファに深々と腰を下ろした。懐から昨日バルトさんに預けたパンフレットを取り出す。


「バルトから昨日の報告は受けました。私からは……これを君が作った意図が聞きたい」

「――きっかけは、冒険者ギルドの書棚の中身です」

「ほう……私はそうそうあちらのギルドには行きませんけどね。確か迷宮(ダンジョン)に関する書籍が閲覧出来る様になっていたと思いますが」

「それらの大事な部分だけ簡単にまとめたのが、これです。あちこちの本を見なくても最低限の情報が得られるように」


 彼はなんだか楽しそうに口の端を上げた。俺はそれを見て、ここに来た目的を話すことにした。念には念を。最大の味方を得る為に。


「副ギルド長、ここからは商談です。……これを買いませんか?」

「これを? 私は迷宮(ダンジョン)には行きませんからねぇ……無用の長物ですね」


 ジギスムントさんはヒラヒラとパンフレットをつまんで弄んでいる。ああ、本当に意地が悪い。分かっている癖に。


「これ一枚の話じゃありません。この中身の方です」


 この世界に著作権というものがあるのか分からないが、俺は商人ギルドにパンフレットの権利を渡したかった。……今の俺の手には余るものだから。


「銀貨2枚で売っています。それほど売れるものではないですが……人手をかければもっと安く、そこら中で手に入るものにすることも出来ます」

「そうなれば、冒険者ギルドは困るでしょうね。色んな意味でね。」

「さあ、どうでしょう?」


 とぼけてみせた俺に、彼はテーブルに向かって前屈みになって囁いた。


「……君は冒険者ギルドの矛先をこちらに変えようとしていますね」

「……その通りです」

「その見返りは?」


 やっぱりそう来たか。でも見返りを要求されるってことは……一切話を聞かないという訳じゃないってことだ。


「見返りになるかは分かりませんが……ぼくは、商学校に進もうと思います」


 今は見た目は子供の俺だから、計算能力や言動が規格外に見えるだけで二十歳すぎればただの人って可能性は大なんだけど。ただ、現時点でこの副ギルド長のジギスムントさんは俺を買ってくれている。それを見越しての発言だった。正直に言えば、もう教会の学校にはほとんど遊びに行っているようなものだしな。


「ほう……。自分にはそれだけの価値があると?」

「いけませんか? ぼく自身、もっと世間を勉強しなくてはいけないと思っています」


 ここで、卑屈に安売りをしてはいけない。俺は彼とと同じようにソファに深く座り足を組んだ。体が小さいから足がプラプラしていてイマイチ決まってない……。ええい、ままならないな。そんな俺をみてこらえきれなくなったのかジギスムントさんは吹き出した。


「プッ……いや失礼。ルカ君、君の度胸は買いましょう。で? これは私の言い値でいいのかね」

「いえ、金貨3枚です」

「おやおや……もっと張ってもいいのですよ?」

「迷惑料込みです」

「金貨10枚、にしましょう……おかしいですね。安く買い叩くのが私の仕事なのに」


 実に楽しそうにニヤニヤ笑っている。これはこの先俺が頼みたいことも分かっているな。ジギスムントの狸……いや、副ギルド長はバルトさんを呼んだ。俺の前に金貨が積まれる。その場で権利譲渡の書類を作成し、割り印を押した。


「これで、この商品は商人ギルドのものです」

「で、副ギルド長はそれをどうするつもりですか?」

「君も意地が悪いですね……さあて、あちらさんはどう出ますかね。私の出演料は高いですよ……あ、私はちゃんとギルド員の利益は守りますからね。その為のギルドです」


 副ギルド長は口ではそう言いながら、頭の中の金貨を数えている様子だ。


「では、ぼくは一度家に帰ります」

「はい。まもなくまたお目にかかるでしょうが、気をつけて」


 その言葉を背に、俺はまた家に戻った。さあて、これから……茶番?いいや、大一番の始まりだ。


次回更新は明日5/6(土)予定です。連休中は頻度をあげて更新します。

予定変更・詳細は活動報告・Twitterなどでもお知らせします。


明日で三章完結します。

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